第18話 歌声山の魔物
思わず聞き惚れてしまいたくなるような、美しく心地の良い歌声。
それを耳にしたケヴィンは、すぐさま叫ぶ。
「来ました、歌声です! 耳栓を!」
そして自らも、用意しておいた耳栓をして、外界からの音を遮断した。
後続の仲間たちを振り返って見れば、ジャスミン、ルシア、ワウの三人とも無事に耳栓をすることができたようだ。
ケヴィンは先輩冒険者たちと互いにうなずき合ってから、あらかじめ相談してあったとおりに行動を開始する。
見れば上空に、翼を生やした人型モンスターが複数体、現れていた。
モンスターの群れは、ケヴィンたちに向かって一斉に襲い掛かってくる。
そのモンスターは、人間の女性の裸身を土台にして、その両腕と下半身が大鷲の翼と脚に成り代わったような姿をしていた。
顔はいかにも怪物だというように醜悪で、口は大きく裂け、黒目のない眼球は赤く輝いている。
ハーピィという名称のモンスターだ。
その歌声には魅了の力があり、聞き惚れた人間を操って崖下へと落下させ、屍肉を食らう習性をもつという。
ケヴィンたちが耳栓をしたのは、その歌声による魅了効果を防ぐためであった。
だが歌声の力が対策されたのを知ったハーピィたちは、次にはその脚の鉤爪で冒険者たちの体を引き裂こうと、上空から急降下してきたのだ。
数は全部で五体。
ケヴィンは剣と盾を構え、それを迎え撃つ。
「──っ!」
少年は剣に神聖力をまとわせ、それを二度、鋭く的確に振るった。
彼を狙って襲い掛かってきた一体と、すぐ近くにいたジャスミンを攻撃しようとしていた一体は、それで胴体を真っ二つにされて崖下へと落下していく。
頼りない足場も、抜群の身体能力を持つこの少年にかかれば、どうということはなかった。
(まずは二体。でも問題は──)
ケヴィンは後方の仲間たちへと視線を向ける。
悪いことに、ルシアとワウの二人に向かって、三体のハーピィが攻撃を仕掛けていた。
十分な近接戦闘能力を持つワウはともかく、魔導士のルシアはまずい。
彼女は魔法を発動するための精神集中もままならない中、右の肩口をハーピィの鉤爪で引き裂かれたようで、魔導士のローブのその部分が赤く染まっていた。
ルシアは苦悶の表情を浮かべながら、魔導士の杖を懸命に振るって、襲い掛かるハーピィを牽制する。
だが彼女を襲うハーピィは嗜虐的な笑みを浮かべ、少女をいたぶるように攻撃を仕掛け続けていた。
(すぐに助けないと……! でも──)
耳栓によって仲間たちの声も聞こえないのは、連携を取る意味では不利になる。
特にこの崖っぷちの足場では、お互いの動きが衝突すると大惨事になる。
ケヴィンは仲間たちの意向を汲んで、慎重に動く必要があった。
ケヴィンがルシアを助けに行くためには、まず一つ隣のジャスミンと位置を入れ替える必要がある。
見ればジャスミンは、その背後の崖にぺたんと張りつくことで通り道に余裕を作り、ケヴィンのほうを見て指さしでルシアを示していた。
(さすがジャスミンさん、状況判断が的確だ。これなら──)
ケヴィンはジャスミンに向かってうなずいて、彼女の前へと踏み出す。
ジャスミンはケヴィンが元いた位置へと移動し、両者の立ち位置はつつがなく入れ替わった。
これでジャスミンが、弓を使ってハーピィに攻撃を仕掛けようと躍起になっていたりすれば面倒だったのだが、出しゃばらずにケヴィンに任せる判断をしたのはファインプレーと言えた。
おかげでケヴィンは、すぐにルシアのもとまで行って、彼女を守ることができた。
ルシアに鉤爪攻撃を仕掛けようとしていた一体のハーピィを、一刀のもとに斬り捨てると、さらに踏み込んでもう一体のハーピィを剣で両断した。
その頃にはワウも、自らが相手にしていたハーピィの撃破に成功する。
これで五体のハーピィをすべて打倒した。
周囲を見回しても、それ以上の敵影は見当たらない。
もう大丈夫だと思い、ケヴィンは耳栓を外す。
ほかの三人もまた、同様に耳栓を外した。
「くっ……はぁっ、はぁっ……あ、ありがとうございます、ケヴィンさん……おかげで助かりました……」
額に脂汗を浮かべたルシアが、どうにかという様子でかすかな微笑みを浮かべて、ケヴィンにお礼を言ってくる。
「傷を癒します、診せてください。……ちょっと重傷ですね。大治癒を使います」
ケヴィンはすぐさま、ルシアの肩の傷に治癒の神聖術を施した。
深くえぐられた斬り裂き傷も、それで綺麗にふさがった。
それでようやく、ルシアの顔色も良くなる。
「はぁーっ……。人心地つきました。ありがとうございます、ケヴィンさん」
「はい。大事なくて良かったです」
「ケヴィン、ワウも少し怪我したから、治してもらっていいか?」
「もちろんです。ワウさんも診せてもらいますね──ん、これなら小治癒で大丈夫です」
ルシアほど大きな負傷ではないが、ワウも傷を負っていたので、ケヴィンはそちらにも治癒術を施す。
これも傷はすぐに癒され、傷口は綺麗にふさがって元通りの綺麗な肌になった。
「おーっ、すごいな! 本当にポーションを使わなくても治ったぞ!」
ワウは感動したというように、目をキラキラと輝かせていた。
そこにジャスミンも、口を挟んでくる。
「いやぁ、ケヴィン様々やな。少年がいなかったらと思うとゾッとするわ」
「そんな。ジャスミンさんだってさすがですよ。あそこで道を譲ってくれていなかったら、こんなに簡単には済んでいませんでした」
「おっ、そういうところまで褒めてくれるん? お姉さんちょっと嬉しくなるわ。ケヴィンのことぎゅーって抱きしめておでこにチューしたくなるけど、してもええか?」
「や、やめてください! ていうか、こんな場所でふざけないでくださいよ!」
「あはははっ、悪い悪い。少年があんまりかわいいもんで、ついな」
「もう……どうしてみんな俺のこと、かわいいって言うかな……。俺は男なんだから、褒めるなら『格好いい』にしてほしいですよ……」
からかわれたケヴィンは恥ずかしそうに頬を赤らめて、口をとがらせていた。
その後、ケヴィンたちは危険な崖沿いの道をつつがなく踏破して、足場のしっかりした安全地帯へと無事にたどり着くことができた。
歌声山の最大の難関を乗り越えた冒険者たちは、いよいよ目的地である山頂付近へと到着する。




