第10話 報酬の足りない依頼
男性の話を要約すると、こんな内容だった。
彼の十歳になる娘が重篤な病にかかり、家で床に臥せっている。
娘の治療には、特殊な薬草が必要だという。
その薬草は街の西にある歌声山の頂上付近に生えているので、それを冒険者に採取してきてほしいというのが、彼が冒険者ギルドに出した依頼内容だ。
ただ歌声山はかなり危険度が高いフィールドだ。
頂上までいかなければならないとなれば、その依頼のクエストランクはD+に相当する。
ランクD+のクエストを受けるためには、Dランク冒険者のパーティでは足りず、少なくともCランクの冒険者を擁するパーティである必要がある。
だがそのレベルの冒険者パーティとなると、この街の冒険者ギルドでは数少ない。
しかも現在ほとんどが出払っていて、街に滞在しているのは例の青年が率いるパーティだけだった。
さらに悪いことに、男性はあまり裕福ではなかった。
できる限りの借金をして冒険者に依頼するための資金を集めたが、クエストランクD+の依頼の適正報酬にはまったく足りない額だった。
ギルド職員によると、D+ランクでこの報酬額ではまず引き受けてもらえないだろうという話だったので、依頼人自らが件の冒険者に頭を下げて頼んでいた。
でもその頼み方が度が過ぎていたので、冒険者ギルドからも退出を言い渡されてしまった──というのが、男性が語ったいきさつだった。
冒険者ギルドの前の道端でそんな話を聞き出すと、まず感想を口に出したのは盗賊のジャスミンだ。
「ほーん、なるほどなぁ。そりゃああのイケ好かないやつ──ナイジェルとか言ったか? あいつも筋として間違ったことをしとるわけやないな。ランクに見合った適正報酬のないクエストを受けろと言われても、拒否するんは冒険者としておかしなことやない」
「でもあんな暴言を言ったり、蹴とばしたりする必要はないはずです」
むすっとして言い返すのは、魔導士のルシアだ。
ジャスミンは苦笑して、ルシアをたしなめる。
「うちもイケ好かんやつとは思っとるよ。でも断ったのに無理に頼まれれば、ああなるのも分からんでもないわ」
「違いますよ。ナイジェルさんはああいう人なんです。ありていに言ってクソ野郎です」
「わ、分かった分かった。ルシアもちぃと落ち着け。な?」
「私は落ち着いています!」
「ルシア、自分で落ち着いてるって言うときは、落ち着いてないんだぞ。落ち着け」
「うーっ」
ワウにまでたしなめられたルシアが、涙目になっていた。
ケヴィンはそれを見て、この温和な先輩にもこういうところがあるんだなと、新しい一面を発見した気持ちになっていた。
ケヴィンは男性──クエストの依頼人に問いかける。
「娘の命を救ってほしい、と言っていましたよね。そんなに重い病気なんですか?」
「はい……。医者によると、治療が遅れれば数日の間に取り返しのつかないことになる可能性もあると。病気を治療する神聖術でも、癒せない種類の病なのだそうです」
「それって、『緑斑病』ですか? 肌に緑色の斑点が浮かぶやつですよね」
「そ、そうです……! でも、どうして分かったんですか?」
「その条件だと緑斑病ぐらいしかないですから」
「おーっ!」
するとそこに、興奮した狼牙族の少女が食いついた。
ワウはケヴィンの手をつかんで、ぶんぶんと振ってくる。
「ケヴィンはすごいな! 医者もできるのか!」
「い、いえ。専門にはほど遠いです。神聖術を扱う身として、ひと通り基礎を学んでいる程度で」
「それでもすごいぞ! さすがケヴィンだ! ワウはますますケヴィンのお嫁さんになりたくなったぞ!」
「あ、ははは……」
ケヴィンは狼牙族の少女に手をつかまれ、キラキラした瞳を向けられて、困ったように笑う。
彼はいまだに、この少女からの好意をどう受け取ればいいのか分からずにいた。
だがそんな相変わらずぐいぐい来るワウを、魔導士のルシアが背後から抱き寄せて、ケヴィンから引き離す。
「こーらワウちゃん、無理に詰め寄ったらダメだって言ってるでしょ」
「……? ワウがケヴィンのことを好きだって伝えるのもダメなのか?」
「あー……。──ねぇケヴィンさん、ワウちゃんから好きって言われるの、嫌ですか?」
「えっ……い、嫌ではないですけど……どっちかって言うと、嬉しいですけど……でも、その……ちょっと、困ります……」
「うーん……だったらいいか。よし、ワウちゃん。ケヴィンさんに好きって伝えるのはいいよ」
「やった! ワウはケヴィンにたくさん好きって伝えるぞ!」
「えっ……あの、ルシアさん……?」
「あははははっ! いろいろねじくれてて面白いことになってきたな、このパーティ」
盗賊ジャスミンがケラケラと笑い、場に和やかな雰囲気が広がる。
だが依頼人は、放置されていた。
「あ、あのー……」
「ああ、すまんすまん、内輪で盛り上がってちゃあかんね。──しかし気持ち的に引き受けてやりたいんは山々やけど、問題はいくつもあるな。まず報酬が少ないんは、うちらも命を賭けて仕事しとる冒険者やから、無視はできんね。どうする?」
ジャスミンがほかの面々を見回す。
最初に口を開いたのはケヴィンだった。
「俺は引き受けたいです。俺たちがやらないとその子の命が危ないなら、やらないと。目の前で困っている人がいたら助けるのが聖騎士の──それを志す者の務めです」
さらに魔導士ルシアと、狼牙族の武闘家少女ワウが続く。
「私も引き受けたいです。今回は報酬には目をつぶります」
「ワウもだ。今はお金が残ってるから、報酬が少なくても大丈夫だぞ。それに薬草を採ってきてあげないと、その子が可哀想だ」
そして話を振った盗賊ジャスミンが、最後に肩をすくめて笑う。
「やれやれ、底なしの善人が多いパーティやな。うちは正直、こういうんはあんまり受けるべきやないと思っとるけど、でも多数決で文句ないよ。じゃあうちらの心は決まり。──ただもう一つ、大きな問題があるんよな」
ジャスミンはそう言って、背後にあった冒険者ギルドの建物を見た。




