婚約者に裏切られましたが、結果オーライでした
生まれた時からの婚約者に裏切られるって、こんなに辛いんだ…。
クラリス・デジレ・ディオドール子爵令嬢。それが私。私には生まれた時からの婚約者がいた。
ポール・ノエ・ライアン伯爵令息。いつも微笑を浮かべている美しい彼は、私の自慢だった。そして私も、彼の隣に立つのに恥ずかしくないよう美しさを磨き、教養を身につけて、いつだって彼のことを考えて努力してきた。
彼の両親はとても親切で、私達の関係を優しく見守ってくれていたはずだった。彼の弟妹達からも、早く本当の姉になって欲しいとせがまれたくらいだ。この国の貴族の子供が通う義務のある、貴族学園を卒業したら結婚する予定だった。
しかし、結婚が近付いてきたある日、彼の両親に呼び出された。婚約を解消したいという申し出だった。
「申し訳ないが、ポールには他に相応しい女性がいる。婚約は解消して欲しい」
彼が浮気したのかとも思ったがそんな様子もなく、むしろ両親が私との婚約を一方的に破棄したなんて寝耳に水だったらしい。その話をした時には心底驚いていた。そして彼の両親に話を聞きに行ってくれた。
事の顛末はこうだ。
彼の父方の遠縁に、お金持ちの公爵様がいる。その一人娘さんがまだ婚約者もおらず、彼との婚約を打診されたそうだ。普通は生まれついての婚約者が優先されるはずだが、彼の両親は爵位とお金に目が眩み私との婚約を解消することにしたらしい。
私は反対されても彼と結婚したいと思っていたが、遠縁の親戚の話を聞いた彼はそうではなかった。
「ごめん。相場の倍は慰謝料を払うから婚約解消を受け入れて欲しい。ずっと君と結婚しなきゃいけないと思って婚約していたけれど、違う人生があると知って、いいなと思ってしまった」
その言葉を聞いた時、ああ、私ってその程度なのかと思った。心に突き刺さるような言葉に、胸が痛んだ。
「私はポールが好きで、ずっと一緒にいたくて努力していたけれど、ポールはそうじゃなかったの?」
「それは…そんなことはない。僕も君が好きだった。けど、ずっと一緒に居過ぎて女性というより家族に近いというか…正直、恋愛感情ではないかなって」
ああ、もうどうしようもない。彼の心は私から離れている。彼の気持ちはもう変わらないだろう。
もう結婚は無理だと悟った私は婚約解消の打診を父と母に伝え、受け入れた。相場の倍は慰謝料をもらった。けれど心は乾いたままだった。両親は怒ってくれたけれど、爵位は相手の方が上。相場より高い慰謝料ももらった。できることはなかった。
その後、しばらく落ち込んで学園を休んでいたけれど、そんな私に更に追い討ちが掛けられた。私はポールの弟妹達を虐め婚約を解消された悪女、という噂が学園中に広まっていたのだ。
おそらくポールが、私との婚約解消を知られて嫌われるのを恐れてそんな噂を流したのだろう。私はみんなから白い目で見られた。しかし、そのポールが私との婚約解消の後あまり時間を置かずに公爵家の一人娘との婚約を発表したため、すぐに誤解が解けたのは幸いだった。彼の弟妹達も噂を聞くと否定してくれたのも有り難かった。友達もすぐに誤解してすまなかったと謝って戻ってきてくれた。だけれど、一度は婚約していた相手にこんな最悪な形で裏切られた私の心の傷はより深くなった。
そんな私に寄り添ってくれる優しい年上の男性と出会った。クレール・ドナ・エルネスト侯爵令息。彼は今にも自殺しそうな顔をしていたらしい私を気にかけてくれて、声をかけてくれた。それからはずっと一緒にいてくれて、冗談を言って笑わせてくれたり、どこかにお出かけに誘ってくれたり。後で知ったが、彼も婚約者から一方的に別れを告げられてフリーだった。私達は自然と惹かれ合い、婚約した。
その後結婚して、子宝にも恵まれて、充分過ぎるほど幸せに過ごしている。ポールと結婚していたらこんなに幸せだったかわからない。結果オーライかもしれない。
ポールは結局、遠縁の親戚の公爵家に婿養子になったそうだが、思い描いていた生活とは程遠いようだ。公爵家の一人娘は見た目は美しいが、癇癪持ちで何かあるとすぐキレる。彼女の両親はそんな彼女を甘やかすから手に負えないらしい。公爵家に婿入りして、贅沢三昧で素敵な日々、なんてとんでもなかった。まるで召使いのようにお嫁さんの世話を焼く日々。彼女が持ってきたトラブルも全て処理しなければならない。
そんなポールは社交界で見かけるたびどんどん元気が無くなっていく。正直ざまぁみろと思ってしまうのはご愛嬌だろう。反対に私はクレールと結婚出来た事で日に日に幸せを重ねている。幸せになることが復讐とは、よく言ったものだと思う。