5 ゴーレムとライオン
クウとは結局、4年の間四立の祭りの日だけ、このヒースの小丘で会うことになった。
毎回、狼と話すよりも村の祭りに参加するように促すが全く聞き入れず、クウは2月のインボルク、5月のベルテン、8月のルーナサド、11月のサウィンの度にやってきた。
それでも養父であるフィネガスからの教えはきちんと受けていたようだ。前世からの知識に加えて、このヒベルニアの知識も得たクウは優れた教養人となった。
ルウは狼の身で対峙する私に、「ニホン」の話を色々と聞かせてくれた。
「ガッコウ」の話はごくわずか、家族の話は全くなく、いつも「トショカン」で読んだ本の話を聞かせてくれた。前世のクウはまだ幼かったので、読んでいた本は子供用のものだったそうだが、それにしても高度な内容であるように思う。
ルウが捨てられていた神殿に祀られる神のこと。「スサノオ」「ゴズテンノウ」「ムトウシン」と三位一体の神であったようだ。昔の生での私と姉妹も三位一体の神であった。
家名の由来となった作家のこと。「コイズミ」はドルイドに興味があったようだ。エリンでの私の義兄弟ダグザも、クウの養父フィネガスもドルイドである。自然崇拝や魂の不滅を信じているから、私は何度も生まれ変わっているのだろうか。
「アイルランド」のこと。「アイルランド」の神話に、「ルー」の息子であるアルスターの英雄クーフリンや、レンスターの騎士フィンマックールの話が出てくるそうだ。つまりは私の前世のエリンで生活していた人々が、「アイルランド」の神話に登場しているのだ。
クウの「赤い髪の女の子探し」は私が止めている。探すならば私はもう小丘に来ないと告げたのだ。それでも後ろ髪を引かれる様子であったので、立派になってから会いに行けばよいとそそのかした。
この4年の間、私は人の身でも生活をしていたので、万が一にもクウと会うことのないように注意していた。
時折必要な物資を入手するために育った村を訪れることもあったが、村人との接触はない。
数回新月の夜に村長宅に忍び込んだ結果、裏口の前に物資が置かれるようになっていた。私が代金代わりに薬草を置いておくと、次からは希望の薬草名が書かれるようになったので、こちらも欲しい物資を書いて置くようになった。
そして時が過ぎ、人の身の私が14才、クウが10才になった時、私たちに別れがやってきた。
クウがレンスターの元の家に戻る時がきたのだ。流石に10才ですぐに騎士団に入団というわけではないが、厳しい入団条件を達成するために実父が訓練をするらしい。
クウとの別れの日。ヒースの小丘を訪れた時、驚くべきことに彼は一人ではなかった。小さい動物型のゴーレムを連れていたのだ。
「それはなんだ?」
「僕の友達、ライオン丸だよ。」
「ライオン……ゴーレムではないのか?」
「そう、ついにゴーレムが完成したんだ! フィネガス様に相談してね、粘土に鮭の油を混ぜたんだ。それでね、おでこに書く文字は僕がちゃんと理解できる前世の文字にしたんだよ。そうしたらついに動いたんだ! ちゃんと止めることもできるんだよ。」
「そうか……。だが生臭そうだな。」
「そうなんだ。本物は獣臭いでしょ? だからきっとその一滴が大事だったんだ。……でもスコランは全然獣の匂いがしないね。」
そう言ってクウが私の耳の辺りに顔を近づけ、次に口元に鼻を近づけた。
「やめろ!」
相手が子供であっても、さすがの私も獣臭さを確認されるのは不快だった。
「ごめんね。でも大丈夫。スコランはいつも甘い花のいい匂いしかしないよ。……やっぱり神獣じゃなくて妖精なのかな?」
いつでもビクビクとすぐに謝り、恐る恐る相手の出方をうかがっていた怯える男児は、もうここには存在しないらしい。私は怒る気もなくしてゴーレムについて質問を続けた。
「そうか。……で、額にはなんて書いてあるんだ?」
大人しく座っているゴーレムには、私の知らない記号のような文字が書かれていた。
「“正”って書いてあるんだ。正しいって意味だよ。それで一番上の線を一本消すと“止”になって止まるんだよ。これで完璧! でも喋れたり自動学習能力が付けられればもっと楽しいんだけどな〜」
「そうか……。生命を生み出すとは神の所業だな。」
「ううん。ライオン丸は動くけど生きてないんだよ。ご飯も食べないし繁殖もしないからね。」
クウの定義する所は私にはよく分からなかったが、それよりも先程から気になっていることを尋ねた。
「そうか……。ところでライオン丸とは?」
「エンキドゥはライオンなんだよ。スコランよりも大きくて猫っぽくて肉食なんだ。」
「肉食? それが英雄の友なのか?」
「うーん……多分? 僕が見た本にはライオンを抱っこするギルガメシュが載ってたんだ。字はちょっと読めなかったんだけど……。あれもしかして違ったのかな??」
「そうか……。なんにしてもすごいな。これで私も赤い髪の少女もいなくて大丈夫だな。」
代わりの友達も見つけて元の家に帰れば、もう誘惑の魔女と関わる必要もなくなる。ほっとした私とは逆に、クウは激情を示した。
「違うよ! ダメなんだ。僕は……」
途端に昔に戻ったようにクウは唇を噛み締め俯いたが、すぐに意を決したように顔を上げた。
「スコランとはずっと一緒にいたいんだよ! でも君はこのヒースから離れられないんでしょ? だから修行が終わったら、必ずまた僕が会いに戻るよ。それであの子のことは……立派な騎士になったら、僕のきれいな花の妖精を迎えに来るんだ! そして……必ず結婚を申し込む!」
クウの剣幕にも、その宣言の内容にも私はうろたえた。だが、悩んだところでクウはもうここには現れないだろう。幼き日のいっときの迷いだ。
「そ、そうなのか? それは……まあ……なんにしても、騎士の修行をしてからだな。」
「そうだね。寂しくなるよ……。レンスターは今の僕には遠いからね。でも必ずまた会いに来るから! ……スコランは神獣だから、あと10年だって生きられるよね? 待っててくれるよね?」
「神獣……かどうかは分からないが、毎年四立の日には必ずここにくることにするさ。10年生きるくらい、なんてことはないぞ。」
いつもの散策と変わらぬ気分でクウに安請け合いをした私は、訪れぬものを待ち続ける寂しさを、この時は全く分かっていなかった。
その後私たちは、いつもどおりに小丘の下からしばらく黙ってヒースを眺めた。
少しの花を、工夫で多く見えるようにすることを「ショウエネ」と言うそうだ。
クウは「ショウエネ」が下手だった。
互いにやるべきことがあるのに、ここで丸一日非効率な時間を過ごさせる。普段は喋らない私の言葉を、やたらに沢山必要とする。そして会わない間は毎日少しで済む胸の苦しさを、クウの眼差しは倍増させるのだ。
痛いほどのその胸の苦しさは、いつも別れ際に酷くなる。今日のそれは特に酷かった。
クウはいつもと同じく最後に私に抱きついた。私の首元の毛を湿らせる小さな頭と、震える少し大きくなった背を私は撫ぜてやりたく思ったが、相変わらずの狼の手ではそれも叶わぬ願いであった。
2021.8.16
章立てはしていませんが、第一章完結といったところです。
遅ればせながら第一話のあとがきに参考文献を載せました。それから今までは完結後に掲載していた参考資料(元ネタ)を『番外編 バードの歌』に随時更新ということで載せてあります。
想定と少々設定の変更もありましたので、ある程度目処がたったらあらすじも変更します。完結前の投稿は中々に大変ではありますが、ハッパは充分に掛かっているようです。完結まで頑張ります!