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 4 八雲とスサノオ






 僕の前の名前は小泉八雲。


 有名な作家さんと同じ名前なんだ。その人はアイルランド人のお父さんと、ギリシャ人のお母さんがいて、日本人の奥さんと結婚したんだよ。みんな島出身ってところが僕と同じだね。あ、前世の僕も日本人だよ。


 僕は赤ちゃんの時に八雲神社って所に捨てられてたんだ。だからそれにちなんで、お役所の偉い大人が名付けてくれたんだって。




 学校で自分の名前の由来を調べる授業があった時、しょうがないから僕は神社のことを調べたんだ。タケハヤスサノオノミコトっていう神様が祀られてる(やしろ)なんだよ。牛頭天王とか、短くスサノオって呼ばれることもあるんだ。


 どんな神様かって? 太陽の神様と月の神様の弟で、ヤマタノオロチっていう怪物を倒したんだよ。すごいでしょ? それからクシナダヒメっていう奥さんに、日本で初めて作った和歌を贈ったんだ。


 ん? ……吟遊詩人とは違うかな。和歌を読むのを仕事にした、歌人って人たちもいたみたいだけどね。スサノオはそれじゃないよ。僕が知ってる歌も一つしかないし。「八雲立つ……」とかいう歌なんだけど、意味までは分からなかったな。


 なんで分からないかって? 和歌に使う昔の言葉を、ちゃんと学校で勉強する前に死んじゃったからだよ。




 でも僕は図書館に毎日通ってたから、色んな物語を知ってるんだ。図書館? 本が沢山ある施設だよ。学校が終わったらいつも閉館時間まで読み続けてたんだ。僕と同じ捨て子の話が色々あるんだよ。みんな英雄なんだ!


 ルーは海に捨てられたけど、邪眼の巨人バロルを倒すんだ。子供も有名な英雄になるんだよ。


 ペルセウスは川に捨てられたけど、怪物メデューサの首を切ったり、海の怪獣(ケートス)からアンドロメダ姫を助けたんだ。


 オイディプスは山に捨てられたけど、スフィンクスっていう怪物を退治したんだよ。


 ギルガメシュは塔から捨てられたけど、杉を護る巨人(フンババ)の首を切ったり、天国の牡牛(グガランナ)を退治したんだ。




 捨てられたってみんな強くてすごいんだ。中でも僕が一番好きなのがギルガメシュ。だってエンキドゥっていう友達がいるんだよ。くじけそうな時に励ましてくれるなんて羨ましいよね。


 僕もそんな友達が欲しくて、魔法があるこの世界に来てから、なんとか土で創ろうとしてるんだけど、全然ダメなんだ。なんで土なのかって? エンキドゥは神様が粘土で創ったからだよ。魔法があれば、生きて動く友達を僕にも作れるかもしれないから。


 え……創造じゃなくて成るもの? 友達を? ……僕の友達になろうとする子なんていないよ。前もそうだったし。今だって家から離れた村に捨てられて、村の子には友達になるどころか避けられてるんだ。




 今住んでるところ? 父上の知り合いの家だって。その人も父上とは話してたけど、僕にはなんにも言わないよ。いつも部屋の前に食事と服が置いてあるだけ。だから僕はいつも朝から探検してたんだ。


 え……預けられてるだけ? 僕、捨てられてないの? ……じゃあなんでみんな僕を疎むの?


 髪の色? 今度は僕、キレイな金髪に生まれたんだよ。ここの平民はみんな茶色の髪? ……そういえば村の人はみんなそうだったかも。……なんで茶色なの?! 前世では髪が茶色で、染めてるって、みんなと違うってイジメられたのに……。



 でも! あの子の髪は赤かったよ。キレイな赤だった! あの子も村で疎まれてるのかな……。あ! あの子、もう来ないから会えないって言ってた! もしかしてあの子も別の村に捨て……預けられちゃったのかもしれない。


 どうしようスコラン! 僕あの子にまた会いたくて、最近はずっと探してたんだよ。やっぱりもう……会えないのかな。やっと今度こそ、普通に話してくれる本当の友達ができるって思ってたのに……。






∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞






 どうやらクウの前の(せい)、前世で暮らしていた島「ニホン」は、私が暮らしていた島「エリン」とはまるで違うようだった。



 「コイズミヤクモ」という名も耳に馴染まない。


 何日も読みふけても読み切れないほどの本が収められた館が、平民に対価なしで開放されているということも信じられない。


 私がいた世界には、どの生でもここでいうところの記号のような文字しかなかった。いつでも大事な話や物語は、吟遊詩人(バード)の口伝によって伝承されていたのだ。



 だがクウのいう本の物語は、「ニホン」と同じ世界で別の島の別の国の話らしい。そこにに出てきた「ルー」は私の夫であったヌアザの親類だったし、「邪眼のバロル」は私たち夫婦を殺した男だった。


 それが物語になって遠い別の島にまで伝わっていることを考えると、私が「エリン」で生きていたのは、クウが、「ヤクモ」が生きていた時よりもずっと昔のことなのだとも考えられる。


 同じ世界だが別の島同士の「ニホン」と「エリン」方が、別の世界だが同じ島同士と思われるここヒベルニアと「エリン」よりも違いが多いというのは、時の流れとは恐ろしいものだと思う。



 私はかつて何度も生まれ変わっていたが、その間に劇的な変化はなかったように思う。一体どれほどの時間が経過すればそれほど環境が変わるのだろうか。


 試しにクウに「ルー」と「ヤクモ」の間の時の流れを尋ねたところ、驚くべきことに少なくとも2千年は経っているだろうとのことだった。「エリン」が「アイルランド」になるまでにも同様の時間が掛かっているのだろう。


 同じ世界の同じ時代「ニホン」と「アイルランド」は距離的に遠く、「ヤクモ」も詳しくは知らないらしい。我が故郷「エリン」、長い時を経て「アイルランド」となり、一体どのような島になっていったのだろう……。




 しかし幼いうちに亡くなったために知識が乏しいとは言われたが、それほど昔のそれほど遠い島での出来事を把握しているとは「ヤクモ」は恐ろしい子供だと思う。本のお陰だとはにかむクウの姿は6才相応なのだが。


 ……それとも幼少期より多量の本を読むということは、知恵の神の加護を得るための修練なのだろうか。






 なんにせよ、それほど常識の異なる前世を持っているならば、幼児が養子に出される意味が分からないのも無理はない。


 実父も養父も説明はしていないらしい。より良い勇士を育成するためなのだから、自らの気付きからの内面の成長を期待してのことなのだろう。しかしクウの根底には前世での捨て子体験がある。父たちは知らなかったのだから責められないが、私の余計な口出しもできれば咎めないで欲しい。


 それに私の口出しによる成長の阻害よりも、クウをこのまま私の所に通わせることの方が問題だ。養子の習慣は基本的に農民のものではない。騎士や支配者階級での習慣なのだ。狼はともかく評判の悪い魔女にクウを近づけてはならないのだ。




「クウ、お前はなんのために養子に出されたのかを考えなくてはならない。」


 あの子に会いたいと取り乱した様子のクウに、私は諭すように言った。


「……そうすればあの子を助けられるの?」


「相手は助けを求めているのか?」


「捨てられてないなら、求めてないかも……。でも僕、あの子に会いたいんだ! 探さなきゃ。」


「会ってどうする?」


「会って? ……友達になる、かな。」


「友達になる意味はあるのか?」


「……考える。僕はどうしてこんなにあの子に会いたいのか、理由を考えるよ。」


「養子に出された意味も考えよ。」


「……大事な意味があるんだね。分かった、僕考えるよ。」


「そのためには、ここに来るのに時間を使ってはいけない。」


「どうして?! あの子にも会いたいけどスコランにも会いたいよ! 僕たち友達だよね?」


「……ここはお前の家から遠いだろ? 養子に出された意味を考え、それを果たす時まで、ここに来てはいけない。」


 私の言葉に、クウは簡単にはうなずかなかった。




2021.8.16




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『番外編 バードの歌』赤鬣の魔女と渦巻きの結び目の関連作

【参考資料】シャムロックの一葉

【詩】王の圧政への風刺・公僕の嘆き

【詩】フィネガンの黄泉返り

ネタバレもあるかもしれません。元ネタを知りたい方は随時、ネタバレがお嫌いな方は完結後にお読みください。

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