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21 ヤマタノオロチと赤い石






 タラからナヴァンフォートへと同じくらいの距離を進んだ頃、絨毯の速度が落とされた。


 そこは見通しの良い平野で、にも関わらず隠されている場所があった。局所的に霧がかかったかのようにその場所は煙り、秋の気配に色あせた芝が広がるその場所を、奇妙に白く塗りつぶしていた。




 速度を落として近づくと、そこには円形に石像が配置してあり、中心に人影と高所に祭壇のようなものがあった。


「ケリュケイオン?」


 クウがつぶやくと、上王とボブが食いついた?


「杖か?」

「手袋?」


「……杖じゃないけど近い。柱の上の方に羽があって下から蛇が2匹螺旋状に巻き付いてるでしょ? 普通はそれだけなんだけど、2匹の蛇がそれぞれ左右の羽に噛み付いてるよね? あれって……」


 私は杖には覚えがなかったが、あそこに立っている人物には見覚えがあった。そこから考えられることは……


「鳥神への反逆? ……では周囲にある石像はなんだ?」


「十二支?」

「星座かしら?」

「十二神将か?」

「……陰陽師のヤツっす!」


「……ではその中心にあるべきものは?」


「年神かな。」

「太陽ね。」

「薬師如来だったか。」

「……四神の真ん中は黄龍?」


 クウ、エフニェ、上王、ボブとそれぞれ違うものを挙げてきた。


「……とりあえず神と太陽とヤクシ? 薬師(クスシ)か? それからコウリュウとはなんだ?」


「龍っすよ。トカゲタイプじゃなくて蛇タイプのドラゴンっす。」


 ボブが答えると黙っていたキアンが唸った。


「ううん、まずいですね。これは二重にまずいです。12の石像からも、中央の像からも鳥神様とヘルメスに怒られる案件です。言い逃れができません。」


「ヘルメスって錬金術っすか? トリスメギトス?」


「違いますよ、ギリシャの神の方ですよ。」


「おい、ドラゴンが一匹の杖で医療関係(クスシ)は別の神様じゃなかったか?」


 上王がうろたえるキアンに尋ねると、さらに狼狽しだした。


「あ、そうでした! また間違えた、怒られる! いえ、怒られる人が一人増えてしまいました。あ〜どうしよう! アスクレピオスはこの世界に来てましたか……?」


「キアン殿、落ち着いてください。十二神将も十二天将もヨーロッパじゃ知られていませんよ。だから大丈夫ですよ、きっと。あそこにいるのがアジアの転生者じゃなければ……」


 慰めにはなっていないようなことをクウが言うと、上王がパンと一つ手を叩いた。


「なぜキアンが鳥神様たちに怒られるのかは置いておいて……とりあえず俺、あそこに立ってるヤツに見覚えがあるんだけどさ。いっぺんに言ってみようぜ。せーのっ!」


「エイ・マックモルナ」

「お父様」

「前団長」

「誰っすか? あのじいさん。」

「バロルだ」

「トーリー島の領主ですね。」


 私と駆け落ちカップルが同じ人物を挙げたのは分かったが、クウと上王が挙げた人物は別人のはずだ。


「前団長というのは確かクウの父親を……」


「そう。そして僕を暗殺しようとして、ライオン丸を壊し、僕が片目を切ってやったエイ・マックモルナだよ。」


「あ、だから包帯を……」


 バロルがエフニェとこれから生まれる子供を殺すように依頼してきた時のことを、私は思い出した。思い出してしまった。


「あ……まずいぞ。バロルの狙いはボブかもしれない。エフニェを殺せと頼まれたから、鳥神が連れ去った赤子を先になんとかしろって言ってしまった……」


「まぁ、マーナちゃん、わたくしを助けようとしてくれたのね。」


「さすがは魔女さんです。私の最愛の妻から目を反らしてくださるとは。」


「パパン、ママン……」


「「…………」」


「ボブ、すまない……。私が責任を持ってなんとかするさ。ヤツは過去の私の(かたき)でもあるからな。必ずヤッてやるさ。」


 過去の夫の敵でもあることは言わなかった私を、キアンがちらりと見やった。


「マーナ。あなた一人ではヤらせないよ。父の敵でもあるあいつは、僕が倒す!」


「えぇ、わたくしを殺そうとするお父様なんてヤッちゃいましょう!」


「我が子のみならず我が妻まで狙うとは、只人(ただびと)だとて容赦はしません。」


「あいつが赤子だった俺を海に捨てさせたジジイだったとは! マナナンから授かったこのフラグラッハ(旗を織りなすもの)が黙ってないっすよ!」


「まあ、そうだな。正式な決闘はまだしも闇討ちは暗殺だ。殺人未遂と器物破損だし、赤子を海に捨てさせるのは委託殺人だ。この国のルールじゃ敵討ちは止められないな。だができれば生け捕りで頼む!」


  狭い絨毯の上が連帯感で溢れていた。いや、各自の敵討ちなので一体感だろうか。


「こういう時はあれっすよ、円陣! ほらみんな手を……あ……あ、ヤバいっす! 下、下見て欲しいっす!!」




 上空近くから見ると祭壇中央の円柱の上には、ぎっしり組み上げた骨とその上に置いた金の皿に大量の赤い石があり、そこから白煙がモウモウと上がっていた。


 ケリュケイオンもどきとそばに倒れた男はみるみるうちに白煙に消え、同時にそこから白い柱が7本立ち昇っていった。


 白煙はアイレンの時とは比べ物にならないほどに濃くて、白い柱の輪郭がはっきりしていくと、まるで実体があるかのように見えた。



「クウさんに問題! アイレンが1体、ここに柱が7本、合わせると何になるでしょうか?」


 答えは8か。 ボブが出した簡単な問題に、クウは予想外の返答をした。


「まさか……ヤマタノオロチなのか?」


 その声に呼応するかのように柱に蛇のような頭部が出現し、それぞれ一つづつの赤い目がギラリと輝いた。


「おい、クウァル! 君が余計なこと言うからヤマタノオロチ完成しちゃったよ? どうするの? 酒樽なんてないんだぞ?!」


 上王がクウを責めると、クウが淡々と言い返した。


「フりはボブさんです。さすがフラグラッハの持ち主だね。ああ、酒樽はいりません。煙が酒を飲むわけないでしょ。それより先程のアイレンは赤い石が落ちたら去ったよね。さて、今ここに6人います。一人一体のノルマとすると……うん、当然ボブさんが2体でいいよね?」


「なんで?! なんか俺へのあたりが強くないっすか?」


「あの家で僕のマーナを独占してたんだから当たり前でしょ? ほら、もう絨毯下ろしますから各自よろしくお願いします!」


 言うやいなや絨毯を急降下させ、クウは私を抱いたまま飛び降りた。


 どうにも私は変身しないと身体能力がイマイチ発揮できないようで、まるで姫のように無力でクウに抱かれていた。だがそれも地面に着くまでのこと。着地と同時に各自が走り出した。




 私は担当の柱、オロチを魔法で消滅させようと考えた。が、またボブに怒られそうな気がしたので、水を生成し圧縮して勢いよく赤い目に打ち当てた。確か水は怒られないはずだ。


「ナイッシュ〜……じゃないですよ、マジョコさん! ヒットした赤い石が金の器に入っちゃいましたよ! 敵に塩贈らないでください!」


 解せない。一番にオロチを無効化したのに。塩なんてここにはないだろ! 上手くやったつもりがまた怒られて気分が悪いので、助けに入らずみんなの手並みを拝見することにした。




 キアンは圧縮した風ですぐに石を撃ち抜いた。


 エフニェは火の魔法で、オロチを根本から焼き払うほどの大火力を放出していた。エフニェも魔法が使えたんだな。しかし彼女もボブに、加熱したら水銀が気化するからやめろ、と怒られていた。


 しかも勢い余って炎が隣のオロチの方にまで広がったせいで、残った煙を吹き飛ばすキアンの風魔法に火が入り、火炎が勢いよく放射されて対角線状にいたボブに被害を及ぼしていた。


 ボブは光を細く打ち出して石を粉々に砕いていたが、火が迫ってきて慌てて水のカーテンを作ってしのいでいる。そのせいで担当分のもう一体が手つかずになっていた。



 私がそちらに助けに入ろうかと考えた時に、クウが上空に駆け上っていった。何かの魔法を足場にして登っている様子で、最後に踏切り剣で赤い石を叩き切った。


 そのクウとタイミングを合わせたのか、やり方を見て真似たのか、上王も空を駆け上って石を打ち砕いた。手にあるのは剣ではなく槍のようだ。上王は座って仕事をするのが似合うような、あまり身体能力が高そうでない見た目をしているが、中々どうしてやるものである。



 エフニェの業火が収束し、いざ残りに取り掛かろうかと各自が視線を交わしたその時、残りのひと柱がシュルシュルとしぼんでいった。赤い石はまだ地に落ちていない。いや、むしろ柱にそって赤い石が滑り降りていくのに合わせて煙が縮んでいるかのようだった。



 拍子抜けするほど簡単に済んだことにほっと息を吐き、私は見通せるようになった石像たちに目を向けた。




2021.11.9




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『番外編 バードの歌』赤鬣の魔女と渦巻きの結び目の関連作

【参考資料】シャムロックの一葉

【詩】王の圧政への風刺・公僕の嘆き

【詩】フィネガンの黄泉返り

ネタバレもあるかもしれません。元ネタを知りたい方は随時、ネタバレがお嫌いな方は完結後にお読みください。

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