19 執務室と誹謗中傷
なぜだか上王の城へは5人で行くことになった。
行きはアルスター地方のナヴァンフォートの街を経由する。王城のあるミード地方の王都タラへの道のおよそ中間にあるからだ。自分だけなら飛べば一日でたどり着くだろう距離を、歩いて行くのは非常に面倒に思えた。
「いや、絨毯で飛んでいくよ。」
クウの言うことが理解不能だ。ルーは、世界観が……と言って絨毯を嫌がっていたが、謎だ。以前ルーが私をホウキで飛ばせようとするのも受け入れがたかったが。
そういえば、クウとルーは名前が似ていて呼びづらいということで、ルーの前世の愛称のボブと呼ぶことにしたそうだ。意味が分からない。しかし二人の仲は改善したようで、よくこそこそと話し込んでいる。
キアンの風魔法で飛ぶのかと思ったが、散々クウとルー、もといクウとボブの二人でジュウリョク、ヨウリョク、デンジリョクと話し合っていた。最終的にはイメージだと言ってよく分からない魔法で飛ばすことにしたらしい。絨毯はクウのカバンから出てきた。
私が変化の秘密を明かしていればカラスになって飛んでいけたのだが、残念ながら絨毯5人乗りの狭苦しい事態となった。結局ボブが先頭、私とエフニェは夫の膝に乗るという作戦をとったため、夫たちの機嫌が向上し、ボブには爆発しろと罵られた。解せない。
結局クウの結界魔法がなければ呼吸が困難になるほどの速さで飛行したため、宿での一泊を挟み、二日目の昼にはタラへと到着した。ちなみに宿の部屋割の際にもボブに爆発を指示された。了承しかねた。
そしていきなりの王城、執務室だ。
事前の約束もなしに上王に相見えたことも驚いたが、謁見の間ではなく初対面で執務室に通されるなど信じられないことだった。
クウは騎士の敬礼を、キアンとボブは頭を下げ、エフニェは姫らしい礼をとっていたので、私はキアンとボブを真似ることにした。
「君たち、もう戻ったのか? こっちは忌々しい吟遊詩人のおかげで風評被害が大変だったんだ。」
初対面の上王は、黒髪を短く切って櫛目が残るくらいにきっちり整え、地味な服装をした見た目は生真面目そうな男だった。それはエリンでの記憶にある、美しく傍若無人で父方の親類の言いなりになっていたブレスの姿とはかけ離れていた。
「戻ってきたわけではありません。以前よりお話していた婚約者に結婚の了承をもらえたので、書類の手続きに来ただけです。」
クウがいっそ不敬なほどの慇懃無礼な態度で上王に答えた。婚約者とはなんのことだろう?
「ああ、子供の時からの初恋の妖精ってやつ? 実在したんだ? じゃあ受理してやるから王立騎士団の団長になってよ。」
ずっと書面から目も上げなかった上王が、ニヤリとクウに笑いかけた。
この世界では私も小人ジジイたちにしか会っていないが、妖精は実在するだろう。
「お断りします。代わりにキアンとエフニェの息子で、有能な男を連れてきました。どうぞお受け取りください。」
「ちょ、クウさん、俺を売らないで欲しいっす。」
「おお、生き別れの息子にもう会えたのか? すごいな。君の両親は密航の罪を償うために私の仕事を手伝っている。君も手伝えばその分刑期は短くなるが、どうする? 見捨てるか?」
やはりこちらのブレスも性格が悪いように感じる。
「そ、それは……労働条件を確認させて欲しいっす。」
「ほう、この世界の人間にしては中々慎重ではないか。いいだろう。隣の部屋で両親とともに部下から話を聞いてこい。」
この世界、という言葉に引っかかりを覚えるのは考え過ぎなのだろうか。
ボブたちが隣の部屋に移動すると、上王は私のことをジロジロと観察しはじめた。
「僕の妻を見ないでください。不愉快です、減ります、穢れます。」
「おい、私の扱いがひどくないか? ……それにしても見事な赤毛、というより真紅の髪だな。きれいに手入れすればさぞ美しいだろう。」
面白そうに私を眺める上王の視線から隠すように、クウが私を抱きしめた。私の髪は普段から癖が強くて結ってもいない。結界を張ったとはいえ今日は人の身で空を飛んできたので、もつれて鳥の巣のようになっていた。
「家に戻ったら僕が手入れして、僕だけが美しいマーナを見るからそれでいいんです。だから早く手続きをしてください。」
「なんというか……あれだな! トゥモロウというよりは恐怖の森だな。ああ、あれはスコットランドだったか。案外ヴァハがモデルだったりして。」
半分は言っていることが分からなかったが、元々エリンでのブレスは我がダナ神族とは敵対関係にあったものだった。なぜ今ヴァハの名を出すのか分からず、私の体が震えた。
「……ブレス様。あなたが日本の公務員だったのは知っていますが、なぜ今地球での話を始めたんですか?」
クウが私を抱きしめる手を強め、上王を問いただした。
「あ、すまん。転生者カミングアウトまだだった? いや、私的にアメリカで赤毛といえばアニー、カナダならアン、北欧ならでトール、ケルトならヴァハってイメージで。そこそこゲームも嗜んでたからさ。女で三つ編みじゃないしそこそこ髪長いから、消去法であのキャラっかなってさ。」
どうやら私の前世がヴァハだと知れたわけではないと分かったが、ニホンでそこまで知られているとは驚きだった。……ということはクウも知っているのだろうか。
「僕はゲームを与えられる環境じゃなかったし、映画でも他メディアでも、女神にはそれほど詳しくありませんよ。ああ、面倒なのでいつの年代に死んだかなんて聞かないでくださいよ。僕、子供だったんですから配慮してください。」
クウは私が知りたいことが分かるのだろうか。まあクウになら知られても構わないが、できればアルスターの男たちにかけた呪いのことは知らないままであって欲しいと思う。
「ああ、すまん。じゃあここで書類にサインしていってくれ。今日はもう立冬の祭りも最終日で、役所も納会というか忘年会だから顔出していけよ。」
私とクウは書類にサインをしたが、決済箱に入れて放置されるのを嫌ったクウが、自ら担当部署まで書類を持参することになった。クウは当然のように私を連れて行こうとしたが、役所は関係者以外立入禁止だと言われ、散々念を押して渋々一人で出ていった。
「……それで、あ〜、マーナさん? あなたも転生者?」
クウが戸を出るやいなや、ブレスが私に質問をした。
「……申告する必要性を感じない。」
ブレスは手元の書類から目も上げずに話を続ける。
「別にどっちでもいいんだけど。私と同じ時代の転生者なら、政策とか手伝って欲しかっただけだからさ。」
「……それには該当しない。」
「そう。じゃあいいや。あー……ただ、クウァルはあなたにベタ惚れみたいだけど、独占しないでちゃんとこっちで仕事させてね。」
そういうと上目遣いにこちらを見据えた。全く嫌な男だ。
「どのように生きるかは私が口を出すことではない。クウが決めることだ。無論ブレス殿が決めることでもない。」
「……私は一応上王なんだけどね。」
「王も騎士も、生まれではなく職業だとクウから説明された。」
「ふぅん? もちろん魔女もだよね?」
一体この男は私に何を言わせたいのだろうか。
「あぁ、そう説明された。そしてクウは私に廃業して、クウァルの妻と名乗って欲しいそうだ。」
「あなたがどう生きるかはあなたが決めることなんだよね? 夫が口を出すことではないんじゃないの?」
「……私が意見を求めれば、それは口出しとは言わないはずだ。」
「へぇ〜面白いね。あなたもここで一緒に働かない? 共働きもいいものだよ。」
ニヤニヤと勧誘されたがお断りだ。だがなにやら聞いたことのある言われようだった。
「人のことを面白がるのがディアンケヒト一家の流儀なのか?」
「なんだって? 王妃に? ……いやまさか、コープルに何か言ったのか? 私はあいつにロクでもない詩を歌われて、今大変なんだぞ!?」
さてあの日靴屋の小人に会った後、あのバードに私は何と言ったのだったか……。
「確か……名誉を質にとって意のままに従わせようとするようなバードは好きじゃない、と言ったはずだ。」
「なん、だと?! わはははは! 傑作だ! 私も是非その場に居たかったものだ!」
よほどバードに痛い目にあわされているのか、上王は腹を抱えて大笑いし始めた。
「あの時のあれ、マジョコさんだったっすか? 俺もあの時養父のマナナンとナヴァンフォートにいたっすよ! バードを批判するなんて、さすがつわものっすね。」
隣の部屋から戻ってきたボブがそう言うと、走って戻ってきたクウも同じように話し出す。
「あの時のあの靴屋前の人混みの中にマーナがいたのか!? だからブランが木の上で待ってたのか。そこで会えてたらもっと早くに……」
収集がつかなくなってきた一行をキアンが追い立てて、私達は執務室を後にした。
2021.11.8
『番外編 バードの歌』
【詩】王の圧政への風刺・公僕の嘆き
吟遊詩人の歌とブレスからのアンサーソング?
よかったら読んでみてください。