18 転生者と3つのサイクル
日付が変わってしまった……
私達が大樹の家に二人で戻った時、ルーたち家族は昼食を取っていた。
「あら、おかえり〜」
「若いっていいですね。」
「あ、マジそういう感じ?」
「はい、僕とマーナは結婚しますので、よく分からないまたいとこ殿は出ていってください。」
「ま、待て! ドルドナの世話とか村人の薬とか色々あるんだ。勝手に決めるな!」
扉をくぐって早々に矢継ぎ早に声を掛けられ、それに対してクウが敵対心をむき出しにルーに退去を勧告するので、私は慌てて止めに入ることとなった。
「じゃあ横槍を入れられないように、早く正式に婚姻届を提出しよう。今上王が戸籍に着手してるから、出来次第順次書類での婚姻手続きができるよ。」
目の前の3人に興味津々に見つめられてもお構いなしにクウは私を抱き寄せ、囁くには大きい声で話を進める。
「だ、だが私は納税もしてないから戸籍など……」
「大丈夫、最優先で作らせるよ。」
「ワオ、職権乱用〜」
「駆け落ちしちゃいなさいよ。」
「私がいとこ殿に口利きしてもいいですよ。」
聞き流しそうになった重要な情報を、私は慌てて問いただす。
「ちょ、ちょっと待て! キアン、いとこ殿とは?」
「上王妃のブリギッドです。」
族長の娘のブリギッドがいとこだというのならば、駆け落ちキアンの親は医師ケヒトだということになり……
「お前がルーの父神なのか?!」
「あ〜バレちゃいましたね。そうですよ。」
ポリポリと頬を掻きながらキアンが恥ずかしそうに言った。
「なぜ神が牛飼いをして駆け落ちなど……」
「アースの神がこの世界に楽しく滞在するには、色々暗黙のルールがあるんですよ。基本的に人として生きること。ただしアースで女神アヌの孫として持っていた知る力、この世界の神が許す限りの元の力は残されています。だから魔女さんは、確かにルーのまたいとこですよ。」
私は……。元の力、成すように成る魔法、カラスへの変化の魔法か。私はただ、いつもの転生という感覚だけで、神として異なる世界にやってきた自覚などなかった。
「なぜ私は自覚をせずに……」
「前世のあなたの願いがそうだったのではないですか?」
そうなのか……。そうなのかもしれない。
「お義父さんがお父さん……オゥ、パパン! 会いたかったっす!」
「キアンがあの方だったなんて気が付かなかったわ!」
「黙っててごめんなさい。でもここだけの秘密にしてくださいね。」
「お、おい。なぜそう簡単に受け入れられるのだ?」
私は後ろめたい思いをしながら過去生を隠していたのに。エフニェなど知らぬ前に子を授けられていたというのに。ルーは目の前にいたのに父親の名乗りをされもせ……そういえばしていたかもしれない。
「この島では神が人に扮して降臨するのはよくあることなのよ。」
「養父も半神っすから。」
「魔女さんは苦労したんですね。今からでも聞きたいことがあれば話せる限度まで話しますよ。」
「……マーナ」
「あ……」
また私は、クウをそっちのけでこの家族たちとの話に没頭してしまった。
「あら飼い主さんはマーナっていうのね。わたくしもそう呼ぶわ。」
「ワォ、マナとは神秘の力っすね。」
「ああ、私は余計なことを言ったみたいですね。私達は外でドルドナと遊んできますので、どうぞお二人でお話ください。私が蒔いた種なので……最悪は記憶を消してもいいですよ。」
「そんなことしない!」
「必要ありません!」
私達の揃った声を聞くと、3人は扉を開けて外へ出ていった。
残された私達は静まりかえった室内で顔を見合わせた。
「……何か食べるか?」
「そうだね。僕が作るよ。騎士見習いの時に何でも出来るように修行したんだ。」
「そうか……」
料理ができるまで、私達は本題を避けた話をした。私が村を出てこの家に住むまでの話をした時には、ナイフを持ったクウが非常に恐ろしい気配をさせていた。だが、最終的には概ねの事情は飲み込んでくれたようだった。
2つしかない椅子に掛けて食卓についた時、クウがつぶやくように言った。
「マーナはスコランと話し方がすごく似ているね……」
「……あ、当たり前だ! 私が‥…上位者だからな。」
もうクウにバレているのではないかとも思うが、今更私からは言い出せない。
「ペットが飼い主に似るっていうのは本当だったんだね。」
「……クウ。お前の前世ことは、スコランのと……スコランに聞いた。だから今度は私のことを話す。」
「うん、分かった。」
「私はお前の言うところのアイルランドの、神話になるくらい昔、エリンという名前だった時にそこに住んでいた。エリンにはここ、ヒベルニアと同様に、魔法もあったし神も地上にいた。理解できるか?」
「うん、なんとなく分かる。」
「私は神であったり妖精であったりした。……普通の人間だったこともあるな。王女だったり族長の妻だったこともある。何度も転生していて、その記憶を今引き継いでいる。理解できるか?」
「……したくない。マーナが他の男と結婚したり愛し合ってた記憶があるなんて。でも転生や記憶の継承自体は理解できるよ。」
「私はここに生まれて狭い世界で生きていたから、転生のことも過去生のことも今まで人には話してこなかった。」
「……でも夜に小丘で前世の名前を教えてくれたよね?」
「あ……」
求婚されたり魔女は職業だと言われたりで、私は舞い上がっていたのだろうか。
「つまりそれって、僕に一番最初に教えてくれたってことだよね。しかも無意識のうちに。」
「そ、そうなるな。それを知ってたってことは、つまりクウはさっきは……怒ってたわけじゃないのか?」
「いや、怒ってたよ。前世云々は、僕以外にもキアンさんが神なら知ってても仕方ないけど、僕のマーナが僕そっちのけで他の男と話してれば気分は悪いよね。ましてやあいつは……」
「あ、あいつも! ルーもニホンに住んでいたそうだぞ。ニホンジンと話したがっていたな。紹介してくれと言っていたから、後で話してやってくれ。」
これで私の秘密は3つの姿だけになった。
……ワォ、ラフカディオ・ハーンっすか? ……いや、本人じゃないから。小学生だったし……俺も本人じゃないロバート・ボイルで……ボイルの法則? ……名前似てて面倒だから俺はボブで……ボブさん日本人? リアクションが……いや、転勤で。ステレオタイプがウケるから……アイルランドじゃ輪廻転生は……ドルイドとかニホンのアニメとかにカブれて……四次元バックと結界と浄化は……中途半端な物理法則で……元素合成? 放射性の? ……科学反応で亜硫酸ガスも……もうさせないよ……じゃあお幸せにってことで……
クウとルーが二人でボソボソ話し合っている横で、私とキアンが口裏を合わせていた。ちなみにエフニェはドルドナと午睡中だ。
「ではエリンでは神をしていて、ここでは同じ役柄におさまっていると?」
「そうです。吟遊詩人のコープルの母親エーディンはディアンケヒトの実子ですが、私は肉体的に彼の子というわけではありません。だからこそルーは神の血を引くものとして存在しているのです。リルも私の同類ですよ。」
「私の体はタイグと獣人の母親の子のもので合っているのか?」
「そうです。あなたの母親は呪いではなく、満月に変身するタイプの獣人でした。あなたは任意で変身できるようですが、分類としては半分獣人といったところでしょう。タイグに知らせますか?」
「いや、やめてくれ。ヌアダの息子は上王ではないようだが、権力はもうこりごりだ。」
「そうですか……。でも手続きをしにテマルヘ、ヒベルニアではタラと呼ばれていますが、王城へ向かえば何かしらの干渉があるでしょう。あなたの夫は騎士団長ですからね。」
「改革でレンスターのフィアナ騎士団は解散だと言っていたが……。確かここの騎士団は赤枝騎士団といったか?」
「そうですね。そもそもその2つの騎士団は同じ時代のものではないのです。……このヒベルニアには、神話サイクル・アルスターサイクル・フィニアンサイクルの、別の時代の3つの物語群が混在しているのです。」
「ああ……昔小さかったクウから聞いたことがあるような気がする。クーフリンだとかフィンだとかいう英雄の話を。」
「そうですか……。古来よりどこの国でも、主役を語る前にその親の話をするものですからね。いづれの御時にか、というやつです。」
「何だそれは?」
2021.11.8
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