13 嵐を呼ぶ親類とヴァハの木の実
あの突然の再会から何度も季節が変わった。
私はあれから、大樹の家でぼんやりと薬草を育てて暮らしていた。不思議と村人以外の訪問者が途絶えたのは、無意識のうちに結界が変更されていたのかもしれない。私は四立の祭りの日にもヒースの小丘に行かなくなった。
養母は私を淫魔だと言った。スレンは私を誘惑する魔女ではないと言ってくれた。クルラは私を魔女だと言ってくれた。……私は自分が森の魔女でありたいと思った。
魔女である以上、一面だけでは見られない。立派な騎士団長になったクウは、やはり私のような人間に近づくべきではない。
見回りも止め、以前より増えた薬草で魔法に頼らない色々な薬を作り、月に一度の村への訪問で物々交換をするだけの日々だ。大樹の樹には魔法の力を注いでいたので、今では2階にも部屋を作れるほどの大きさに育っていた。
話しかけるのはドルドナにだけ。以前はそれでも十分なはずだった。かつてあの青い瞳に見つめられた時にだけ感じていた胸の苦しさは、今ではクウを思い出すだけでいつでも感じるようになった。
その後1度だけ、一人でヒースの小丘に立った。あの時に感じた胸の痛みは私には堪難く、とてもじゃないが足もくちばしも向けられなくなったのだ。
そんなある日、久々に村人以外の訪問者があった。
「マ〜ジョコさ〜ん! …‥うわっ、言っちゃったこのセリフ!」
扉の外から、大人にはまだ少し早いような男の声がした。
「たのも〜! 開けて〜! オープンセサミ!」
耳慣れぬ呪文を唱えだしたので、私は慌てて扉を開けた。そこには緑色の髪をした少年が立っていた。
「あ、どうも! 初めましてレディ。あなたが鳥神様の元同業者の魔女殿っすね? その節は俺を助けようとして下さり、ありがとうございました。……という訳でしばらくこちらでお世話になります、またいとこ殿!」
「なっ!?」
絶句する私の横をすり抜け、少年は家の中に入っていった。
「ちょっと待て! 勝手に入るな!」
「あ、俺自分のことは自分でできるんで世話ないっすよ。ルームシェアってかんじでお構いなく! マジョコさんの部屋は二階かな? じゃあ俺この一階の客間で! ちょっと疲れたんで寝ま〜す。起こさないでね。」
一方的にまくし立てると、以前私が寝室にしていた部屋に勝手に入っていき、ばたんとドアを締めた。魔法で閉じたのか、鍵もないのに押しても引いても動かなくなったのだ。
「なんなんだ……。はぁ〜」
私は名乗らない少年を放置した。
恐らくは「ルー」なのだろうが、鳥神に運ばれたマグメル島で、父神のいとこに別の名を付けられているかもしれない。
エリンでの現実がアイルランドでは神話だったように、エリンにいたのと同じ名の人々がここヒベルニアには多く存在する。しかしヌアザの病死のように必ずしも同じではないし、私のように中身だけ別の系譜にいたりもする。
エリンでの親戚は養子が入り乱れ混沌としていたが、族長のダグザ、医師ケヒト、海の主リル、上王ヌアザが母神ダヌの息子だったように思う。
エリンとヒベルニアでは全く同じではないだろうが、「ルー」のセリフを考えるとぞっとする。
私が仮にここでは、ヌアザの息子タイグの失踪中の娘だったとすると、「ルー」はマナナン・マクリルの養子として私のまたいとことなる。
あの駆け落ちキアンの息子ではないだろうが、父神キアンの子とすると、キアンはディアンケヒトの子なのだから、こちらでも私のまたいとことなるのだ。
そしてケヒトの孫にはエダンの子、吟遊詩人のコープルがいるし、ダグザの娘ブリギッドは上王ブレスの妻なのだ。
……親戚縁者が厄介なのは、時代や場所が変わっても変わらぬものなのかもしれない。中身はともかく、この身があの押しかけ少年の親類だと言うのであれば、養子とまでは言わずとも、預かるくらいは仕方ないと意識を切り替えた。
ある日の台所。どこから食材を取り出したのか、食事を作り出した少年に問いかける。仮にも年少の親類だ。心配不要な気もするのだが、怖がらせない口調を選ばねばならない。
「君は……誰、ですか?」
「え? そこから? ……俺の名前はご存知の通りルーっすよ。鳥神様によると、父はアースの神で母はあの塔のエフニェ。マナナン・マクリルに育ててもらって一緒に旅して、14才で成人したから独り立ちしたんっすわ。」
あの赤子が14才。クウと初めて会ったのもあの時だった。そして最後に会った時からは、2年近い年月が経っていた。
「……独り立ちしたのになぜここに転がり込むの?」
「あー……えっと、会いに来たのは鳥神様の勧め。俺も恩人に会ってみたかったし。魔女を見てみたかったし、とりあえずの拠点が欲しかったし。」
「君を見つけたのは私ではないし、助けたのも私ではないよ。……ちなみに君にとっての魔女ってどんなもの?」
「よくぞ聞いてくれました! まずはやっぱりホウキで空飛ぶ系だよね。荷物運んだり魔法に悩んだり、黒猫を連れてるとなお良いわ。ロマンだよ、俺のバイブルだよ。マジョコさんは使い魔いないの? やっぱカラスの方?」
「え……あぁ……」
「後はさ、魔法少女系! パァっと可愛く変身して、でも意外とエグい魔法で敵を倒したりしちゃうやつ。こっちの使い魔はプニプニかモフモフがいいね。ロマンだよ、ジャパニメイションだよ。マジョコさん、もう一匹くらい使い魔いないの?」
「あぁ……モフモフが……」
「で、最後はヤバい敵をみんなで倒したいよね。魔法使いって感じのローブ着て、杖振って。俺は白髭ジジイよりは丸メガネ君押しだな。あ、魔女じゃないか。魔女ならマーリンじゃなくてモーガンとか?」
「モーガン? モリガンを知っているのか?!」
ルーが何を言っているのかさっぱりわからなかったが、突如かつての生での姉の名が出てきたので、私は驚きを隠せなかった。
「えっ、何? ファンなの? 俺が知ってるのはどっちかというと児童文学なんだけど、強いて言うならアーサー王伝説のモーガンかな。」
「伝説……そうか……。君はもしかして前世に「アイルランド」に生きていたの?」
「え? マジョコさんも転生者? 俺の生まれはそうなんだけど、親の転勤でちょっと日本に住んでてさ。すっかりアニメにハマっちゃったんすよ。」
「ニホン? ニホンを知ってるの??」
「あ、マジョコさん日本人? ワォ、ウェルカムだよ! 異世界で日本人に会えるなんて最高だね!」
「あ、いや……。私はアイルランドもニホンも無関係だ。私の……友人から話を聞いただけだよ。」
「そうなの? じゃあ今度紹介してくださいよ。とりあえず今はホウキと使い魔、見せてくれる?」
「ちょ、ちょっと待て。君は食事を作ってるんだよね? それに使い魔は留守だ。ホウキは作らないとないし、とりあえず君の話をもう少し聞かせて欲しい。」
外へ出ようとするルーの腕を掴んで台所へ戻すと、ルーは落ち着きを取り戻して作業を再開した。
「あ、すんません、そうでした。ちょっと興奮しちゃって……。何が聞きたいっすか?」
「君の髪は緑だけど、何か魔法が使えるの? ここ辺境の地では魔法は珍しいからよくわからないんだ。」
「あ〜この髪は染めてるんっすわ。元々俺は真っ黄色の髪で。なんか、光の神? のポジションに生まれたみたいで、目が痛いくらいの黄色なんすよ。で、養父のマナナンは海の神的な一族らしくて真っ青な髪だから、親子の契りのつもりで魔法でミックスしたんすわ。」
「……魔法で髪の色だけ変えるのは思いつかなかった。」
私が赤い髪を掴みながらそう言うと、申し訳なさそうにルーが言う。
「あ〜。魔法でも色が変えられない人もいるらしいっすよ。例えば何度転生しても同じ色の人とかは、もう魂の色だから無理なんだって。髪と目の色は鳥神様でも中々思い通りにならないらしいっす。」
「そうか……まあ頭蓋に魂が宿るのは自ずと知れたことだし。髪も目もその付属品だと考えれば致し方ないね。」
「あ……そういえばマジョコさん。家の扉の外に沢山吊ってある頭蓋骨みたいなのは……戦利品?」
「戦利品? 蕪にウィルオウィスプが住んでるだけだけど。……今生の私に首刈りの習慣はないよ。」
「あれ、ハロウィンのルタバガ的な? 干し首かと思った。リアルすぎる……。あ、前世には首刈りの習慣があったんすね……」
「いや……前前前世くらい前のことだ。」
2021.10.31
Happy Halloween!
首のくだりを今日やりたかったのでした。
今日中の完結は難しいですが……今年の立冬は11月7日!