10 妖精ジジイと森の魔女
不愉快な訪問者が去った後、私は人が入ってこられないよう結界を強めようか真剣に悩んだ。しかしある日突然に、愛すべきあの客人が直接この家に来る可能性も考えて、その計画は断念した。
するとやはりまた人を迎えることになった。
人……でいいのだろうか。その男は非常に小さかった。顔つきも髭の具合からしても子供ではありえない。赤い帽子と前掛けをつけていた。
「お前さんには俺っちの代わりにダチの様子を見てきてもらいてえんだ。」
人のことは言えないが、口調で年齢を推測するのは難しいようだ。
「なぜ私が行かねばならないのだ?」
「お前さんは森の便利屋なんだろ?」
なぜそんな当たり前のことを聞くのかといった様子で、その男は私に返答した。
魔女よ、魔女と名乗った覚えはない、の一連の流れをせずに済むのはいいのだが、なんだか調子が狂う。……よく考えれば便利屋を始めた覚えも、自ら人を招き寄せた覚えも無いのだ。勝手に村人が押しかけてきて、さらに部外者が押しかけくるようになっただけだった。
しかし元を辿れば、そもそも私はこの生では崇められない普通の生活をしたいと思ったのだった。不埒な真似をされ、悪しきものとして扱われたために逃げ出しきたが、最近は村長とも対等な取引をしているし、減ってきてはいるがまだ来る押しかけ村人も、ひどい態度は取ってこない。
私は魔法と豊穣の雌牛のおかげで生活には困っていないが、普通の大人は仕事をして生活の糧を得るものだ。ここを店と見なすならば訪問者を拒むのは得策ではない。……しかし便利屋では本当に便利に扱われそうで、人が多く訪れるようになっても困る。
忌まれる魔女の店か、手軽に扱われる便利屋か……。
エリンとは違い、ここ辺境の地では魔女と女神は大分素性が異なるようで、女神は崇められ魔女は蔑まれるようだった。……妖精はどちらの世界でもその中間だろうか。
そういえばいつぞや鳥神夫婦に会った際には、魔女と呼ばれたような気もする。だがスレンの話では、淫魔や誘惑の魔法の類は私に当てはまらないようだった。ではなぜあの夫婦は私を魔女と読んだのだろうか。……一度ゆっくり話してみたいものである。
試しに妖精と思われる目の前の小男にも尋ねてみた。
「そなたにとって魔女とはどんな存在だ?」
「お? お前さん魔女なのか? 魔女といやぁ薬の専門家だな。薬や毒はもちろん、酒用の草根木皮を扱うようになりゃ一人前の魔女様だ。もちろん植物だけじゃなく虫やらカエルやらも使うこともあるだろうぜ。蛇の酒は珍酒だがな。酒も薬も調合は一子相伝だろ?」
「ふむ。」
薬は作れる。材料がなくても治癒魔法を込めた水は作れるが、椅子を作るのと同じで材料があったほうが楽だ。火でも水でも土でも金でも、実は何もないところから作ることはできる。だがものによっては二度とやりたくないような死ぬ思いをするのだ。
それを考えれば動植物や昆虫を使って薬を作るのは難なく出来るだろう。怪我が治る、死ぬ、などと結果さえ想像できればいいのだ。あとは材料の効率が良いか悪いか意味がないかだ。なるほど、それが配合のさじ加減ということなのだろう。
淫なる魔女と区別する意味でも、薬の材料を特定する意味でも、薬草や治癒の薬を取引するのにも、“森の”魔女というのは良い呼び名なのかもしれない。そう考えるとあれほどムキになって否定する必要はなかったということになる。
「……人からは森の魔女と呼ばれている。」
「そんじゃあなおさら適任だ。街に住んでる俺っちのダチが音信不通でよ。死にかけてるんなら治してきてもらいてえんだよ。」
「……牛の世話がある。ここに連れてくるか私の薬を持っていけ。」
本当はドルドナは庭の草と水を勝手に摂取するので世話はいらない。ただ私がきれいな緑の斑を保ちたくて、毎日身を拭ってやっているだけなのだ。乳も絞らなければ溜まったりしない便利な魔法の牛なのであった。
「それが俺っちにも酒の世話があるんだよ。それにダチは音信不通だから呼べねえ。お前さん使い魔はいねえのか? ちょっと頼んで見てきてもらってくれねえか。なんなら体に薬をくくりつけて持っていってくれてもいい。」
「なるほど。それでいいのか。……だが使い魔には人探しはできぬだろう?」
「そうなのか? だがダチの居場所は分かってるんだ。俺っちが俺っちの酒蔵から出ねえように、ダチはナヴァンフォートの靴屋から出て来ねえ。」
今現在酒蔵にいないではないか、と思ったが言わないでおいた。この御仁は中々に有益な意見を私にくれるのだ。わざわざ機嫌を損ねる必要もないだろう。
「具合が悪けりゃお前さんの薬で治してくれ。もうダメだってんなら俺っちのこの命の水を口に突っ込めゃ死人も生き返るってぇ寸法だ。これを2本やる。使わずに済めば2本ともお前さんの取り分だ。」
「ナヴァンフォートには靴屋は一軒しかないのか?」
「俺っちはそんなこたぁ知らねえ。ダチの名前はレプラだ。レプラコーンのレプラ。分かりやすいだろ?」
名前は分かりやすいが店の場所が全くわからない。虱潰しに探せというのだろうか。
「そなたはさしずめクルラか? それだけの情報じゃ探せないだろう。期限はないのか?」
「おお! なぜ俺っちの名が分かった? 魔女の魔法か? 期限はダチが死ぬ前までだ。いくら命の水でも死にたてホヤホヤじゃなけりゃ生き返らせねぇぞ。」
子供のように小さい体で、ジジイで、しきりと酒のことを口にするレプラコーンの友人といえばクルラホーンしかないだろう。
それにしても期限は死ぬ直前まで? 死んでも生き返らせる? 信じられないことだ。私には不可能だ。この御仁は鳥神や、エフニェにルーを授けた存在同様、神のような存在なのかもしれない。
そのような貴重な水であれば、騎士となるべく修行をしているあの親愛なる友人のために取っておきたい。私の治癒薬で済むうちに、ぜひともこの仕事を済ませたいものだ。
「では急がねばな。」
「おお、引き受けてくれるか。じゃあダチにたまには遊びに来るように言ってくれ。その時はお前さんも試飲に呼んでやるよ。じゃあ頼んだぜ!」
そういってクルラは帰っていった。扉が開けられないと言うので私が開けて送り出してやった。あれでどうやって酒を作っているのだろうか。ブレンドが、などと言ってもいたのでどこぞから調達してきているのかもしれない。
命の水と治癒薬をかばんに入れ、私は早速カラスに変身した。狼の姿ではそうもいかないが、これは魔法による変身なので体に瓶をくくりつける必要もない。
すぐに帰れるとは限らないので念のため結界を強め、私はくちばしをナヴァンフォートへ向けた。
2021.10.31