1 狼と赤い髪
また生まれ変わった。
今度はどの土地か。狭い島の中、代わり映えのしない景色を見ながら、代わり映えのしない人生を何度も何度も送ってきた。
愛のない結婚、後継者を残すためだけの出産、馬鹿げた禁忌、戦い、奪い合い……。衣食住に困らなかっただけ、恵まれていたと言うべきか。
静かだ……。というか耳がよく聞こえない。目も開かないな。どうするべきか……。
空気に魔力を感じる。ここはあの島ではないようだ。……もしかして誰でも魔法を使える国なんじゃないか? だとすれば、やっと普通の人間のような生活が送れるかもしれない。
おや? 耳が聞こえるようになった。目も開くが遠くまでは見通せない。……が、ここは外か。屋外で出産とは、今度の親はどうなっているんだ。ううっ、寒くなってきた。
あ、また見えない聞こえないに逆戻りだ。この状態だと寒さが和らぐ。……どういうことだ? 親はどうした?
さっきはうつ伏せで地面しか見えなかったな。仰向けになって見聞きしてみよう。……よし、目が見える。自分で2つの姿を切り替えられるようだ。
!? ……なんだ、目の前の物体は。獣? ……親か? 今生は獣に生まれ変わったのか? いや、しかし我が手は見る限り人の赤子のもの。私は拐われて来たのか? だがこの獣は事切れているようだ。
見えない聞こえないに戻ろう。……自分の体を触ってみたが、濡れている、そして随分と毛深い。上手く体を操れないが、どうやらこの身は犬のような生き物らしい。
今度の生の変身能力は、いきなり成体へ変身、とは便利にいかないようだ。
……かつての生では、私は生まれてすぐに変身できていただろうか? そう考えるとこの、人の赤子と犬の赤子との切り替えは、かつてのように魔法でカラスに変身するのとは違うような気もする。
……? 振動を感じる。何かが近づいてくる。人の身になると、草をかき分ける音とかすかに話し声が聞こえてきた。
さて、親と思しき存在が近くにない以上、私はこのままでは死ぬだろう。近づく人間がなんであれ、拾ってもらわねばならない。人の身か、犬の身か。どちらを選べば生き延びられるだろうか?
どうやら今度の生は、すぐにに終わるにしろ続くにしろ、かつてとは代わり映えのするものになりそうだ。
「おい、あそこに何かいるぞ! ……狼? 動かないな。死んでるのか?」
「……えっ? 子供? 生まれたての赤子だ! 大変だ! おーい、ちょっとこっちに来てくれ!!」
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
私は拾われた。
赤茶の髪色なので「アカチャ」と呼ばれている。やはりこの国では人が魔法を使えるようだった。しかし極めて稀なようで、私は髪色から、土魔法の行使を期待されて養われている。
加えて私は獣人と呼ばれる存在のようだ。生まれた時にそばにあった獣は狼だった。
けれど私は村の人間には狼の身は見せていない。土魔法も見せていない。この村に魔法が使える者は誰もいない以上、うかつなことはできないと思ったからだ。
私は魔法が使える。前世で女神と呼ばれていた時には、魔法での戦いやカラスへの変身をしていた。その感覚でいうと土魔法、という概念では魔法は使わない。ここでは私の魔法は、かつてより容易に、成さんとするように成るのだった。
希少なものは崇められやすい。私は普通に生きたいので、極力村人には見せないようにしようと思う。とはいえ、折角の代わり映えのする人生だ。見咎められないところでは存分に楽しみたい。
養父母はこの村では標準的な農民だった。私の他には子供はいない。裕福でないのに置いてくれるのもそのためだろう。それに平民だからか人と人の距離が近いように思う。特に養父は子供好きなのか、私を大層撫でまわし、至る所に口づけをする。
5才の時、いつものように養父に可愛がられているところを養母に見られた。そして追い出された。
「この淫魔! 置いてやったのに恩を仇で返しやがって! 色付きの髪のくせに魔法も使えない役立たずはこの家から出ていけ!!」
性的な接触はなかったが、やはり養父の子供好きは行き過ぎていたようだ。
私は村長の家に引き取られた。
そしてこの村の村長も子供好きだった。養父より度合いが高いようだ。養母には淫魔と呼ばれたが、実際私の体からは魔力が漏れ出していた。前世でも女神だ魔女だと呼ばれた身。無意識に魅了の魔法でも使ってしまっているのだろう。
私は家を出る準備を少しずつ始めた。
この家には本があった。今までに見たことのない文字。文字で保存された物語。この国に吟遊詩人はいないのかもしれない。私はなんとか文字を覚えた。
村の外に拠点を作った。大きな虚のある大木だ。毎日少しずつ成長させ、虚も広げた。周囲に畑を作った。葉野菜や根菜、薬草を植えた。
裕福な村長の家から、ナイフや鍋などの古びた金属製品を少しずつ持ち出した。これらを自分で作るのは大仕事だからだ。支払い代わりに家の補修などをこっそり行った。
この島は風が強く、土壁はもろく剥がれやすい。育ててもらった恩もあるので、気が向いた時に養父母の家も外壁だけはこっそり修理している。
赤茶色だった私の髪は少しずつ赤みが増していき、10才になるころには真っ赤に変わっていた。私の呼び名は「マッカ」になった。
人気のない拠点の周りでの獣人化の練習も完了した。人の身の私は赤い髪、灰色の目。狼の身の私は赤い目、毛並みは灰色。赤い狼では目立って仕方がないので、灰色狼で良かったと思う。
この頃には魔力の制御も万全になっていた。もう魅了の魔力は漏れていないようで、村人からは嫌煙されている。火の魔力を宿すと考えられている赤い髪のせいかもしれない。実は私は色に関係なく水でも風でも操れるということはもちろん内緒だ。
魔力の制御に時間が掛かったため、長年それに晒されていた村長は魅了の影響が抜けないようだ。少々度を越してきたと思うので、そろそろここを出ていこうと思う。
言葉は記憶にある前世のものとは別に、新たにこの国のものを覚えた。言い回しも村の若者の喋り方を見聞きして覚えた。恐らくこう言えば後腐れなく村を出られるはずだ。朝一番に村の中心にある村長宅前で大声を張り上げた。
「人の寝込みを襲ってんじゃねぇよ、エロ爺! どうせ揉むなら乳じゃなくて肩を揉め!」
案の定、養母の時と同じ様に「魔女だ」「誘惑の魔法のせいだ」と罵られた。淫魔よりはましになったように思う。「出ていけ」と言われ、笑みを浮かべて颯爽と村を出る。
その時の私の姿は村人に何らかの恐怖を与えたようだ。「10才の子供が泣きもせず……」と後ろ指を差され、私に無闇に近寄るものはいなくなった。
私の呼び名は「魔女」になった。
初稿2021.8.7
【今回の参考文献】
『ケルト神話ファンタジー 炎の戦士クーフリン/黄金の騎士フィン・マックール』ローズマリー・サトクリフ(筑摩書房)
『動物奇譚集2(西洋古典叢書)』アイリアノス(京都大学学術出版会)
『図解錬金術(F FILES)』草野 巧(新紀元社)
『ケルト神話(Truth In Fantasy)』池上 正太(新紀元社)
『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』武部 好伸(淡交社)
『幻想動物事典』草野 巧(新紀元社)