第二話 ④
※今回出てくる幻獣について、元ネタに近い表現がありますが、あくまで一つの設定です。異なる部分がある事をご了承ください。
「頭は人間のようだけれども、体はまるで植物みたいね」
「ここまで人に近い幻獣は珍しい。もしかすると、君みたいに会話が出来るのかな……」
僕が知っている中で、人間と似たような姿をした幻獣はミネルぐらいしかまだ見た事がない。ゴブリンのように、人とはまったく異なる容姿をしているのは遭遇した事はあるけれども、体の一部分が人に似ているのは初めてだ。
もしかすると、意思疎通が出来るのかもしれない。どんな声を発するんだろうか。口があるなら、何を食べるのだろうか。もっと近くで――。
「……待ちなさい」
無意識に体を動かして花畑に入ろうとしていた僕を、ミネルが腕を引っ張り止める。
「少しは落ち着きなさい。見た目は随分可愛らしいけれど、もし好戦的だったらどうするの? それじゃああなたの仕事は出来たと言えるのかしら」
「……そうだね。ごめん、ありがとう」
こんな短時間で見つけられた事で、思っていたよりも興奮が勝ってしまっていた。一度目を閉じて深く深呼吸。胸の動悸が興奮する気持ちと一緒にせわしなく動いているのを、無理やり落ち着かせていく。
「落ち着いてからで良いわ。これからどうやって観察していくの?」
「……とりあえず、ここから遠目で様子を見よう。しばらく観察をして、一度接触を図る。危険と判断したら逃げて明日また観察。大丈夫そうなら続行。これで行こう」
「分かったわ。それなら私は少し休んでるわ。観察の仕事はあなたの仕事だもの」
そう言って彼女は、木を背もたれにしながら座る。そして荷物の中から昼飯に持ってきた干し肉を食べ始めた。
僕は荷物の中から干し肉ではなく、紙と鉛筆を取り出す。遠目からなので細かい部分は見えないけれども、幻獣の姿と特徴を描き、考察をまとめていく。
僕らが見つけてからその幻獣は、目を瞑ったまま座り込んでおり、顔を上げた状態で動かない。足元は花畑に隠れて見えないため、植物のように根があるのか、それとも人間のように足があるのかはまだ分からない。
体から植物のように茶色になっており、見た目は木のように硬そうだ。頭から草が生えている事から、植物に近い幻獣ではないだろうか。そんな幻獣がいるなんて話は聞いた事はないけれども、いつぞや聞いた話を思い出す。
『幻獣なんて、人の常識に当てはめる事自体が間違いだ。見たままを信じろ』
そもそも、未知の存在なのだ。どうして存在しているのか、どうやって生まれたのかなんてのは分かる訳がない。そんなのは神様に聞けばいいのだ。もし神様とやらが存在するのであればだが。
それにしても、人の形をしたような植物。まるであの植物に似ている……。
「あの幻獣、なんか『マンドレイク』に似てないかしら」
「僕もちょうど、そう思ってた」
『マンドレイク』とは、草の根が人の形に見える植物だ。大きさは大人の手のひらより少し大きいぐらい。引き抜くときにまるで悲鳴のような音を出し、その音を聞いた人の命を奪う、という事からその名がついた。実際は奪う事はなく、少し驚く程度だけれども。
人の手で育成するのは難しく、その根は薬の作成で活用しやすいため、貴重な植物の一つだ。
あの幻獣はその植物を大きくさせたような感じで、マンドレイクが成長し続けると幻獣になったのかもしれない。そう考えると浪漫がある。
「マンドレイクか……。そうしたら、あの幻獣は『アルラウネ』って名前が合いそうかな」
「『アルラウネ』? どういう意味があるの?」
「『アルラウネ』っていうのは今思いついただけなんだけど、元の言葉はアルルーナから文字ってみた。言葉の意味としては、小さな人形って事」
「小さな人形っていうのは分かったけど、植物と関係ないじゃない」
「元々、マンドレイクっていうのも人の命を奪うって言われてるけど、別名で『大地の小人』とも呼ばれているんだ。だから、それに近い意味の方が分かりやすいかなと思って」
「なるほどね。ようやく理解できたけれど、随分小難しく考えたわね」
「別にいいだろ、僕が勝手に決めただけなんだから」
どうせ名前を付けるなら、意味がある言葉にしたい。仮に僕が誰かと結ばれて、子供が出来た時も最低でも一日は名前を決めるのに時間をかけたいのだ。それだけ、名前というのには価値があると僕は考えている。
しばらく観察を続けていたが、僕のお世辞にも上手とは言えない絵が完成してしまう間、あの幻獣――今後はアルラウネと呼ぶ――は動くことはなかった。
植物と考えたら、動く方がおかしいのだから当たり前なのかもしれないが、害はないのかもしれない。
「そろそろ、接触を図ろうと思う」
「分かったわ。くれぐれも注意しなさい」
「重々承知だよ。危なかったら助けてくれ」
「随分情けないことを言うのね。せいぜいあなたのご期待に応えられるようにしておくけれども」
こんな時でも冗談を言ってくれる彼女を頼もしいと感じながら、僕らは静かに近づいていく。
あくまで生態を調べることが目的なので、僕らから敵意はないようにする。けれど警戒されるかもしれないため、慎重にしていく必要もある。
「…………?」
あと半分、という所でこっちの存在に気付いたのか、アルラウネは閉じていた目を開けて僕らを見てきた。
これ以上近づくのは危険かもしれない。そう思い、一度立ち止まって声をかけてみる。
「やあ、言葉が通じるか分からないけれども、僕はマルク・ヴァンプール。こっちはミネルって言うんだ」
「…………」
「僕らは敵とかじゃない。近づいてもいいかな?」
「…………」
敵意がないという事を言葉で伝えてみるが、ただ無表情のまま僕らを見つめてくる。だからと言って何かしてくるという訳でもない。
ひとまず反応はなさそうのため、一歩ずつ近づいてみる。見つけた時は興奮で心臓がうるさかったのに、今度は不安や緊張で体が思うように動かない。
もし気付かない内に攻撃をされたら、いや逃げられてしまうかもしれない。
そんな想いを抱えながら近づいていくが、アルラウネはこっちの様子をじっと見つめてくるだけだった。
もう手を伸ばしたら触れる。そのぐらいの距離まで近づいても、アルラウネは何かするという事は無かった。
「警戒とかは、してなさそうかな……」
「分からないわよ。もしかしたら人間を見たのが初めてなのかもしれないわね」
「としたらこれは、僕らが観察してるように、逆にされているのかもしれないのか」
お互いにとって、未知の存在という事になる訳だ。
とりあえずここまで近づくことが出来た、というだけでも大きな一歩になる。
「……なんか、違和感を感じるわ」
「違和感? そういえば、幻影花を見つけた時も言ってたね」
「ここにある花のせいで匂いが混ざってるんだけれども……。どこかで嗅いだ事のある匂いがあるのよ」
「アルラウネからかい? としたら、頭に咲いてある蕾からとかじゃないか?」
「どうなのかし――あら?」
僕らが話していると、さっきまで無反応だったアルラウネの腕が動いた。
遠くからでは分からなかったが、アルラウネの腕は人の形をしているけれども、指はまるで枝のようになっていた。どんな構造をしているのか、枝は関節のようにある程度曲がるように動き、僕の腰についていた水筒を指で指していた。
「えっと……これが気になるのかい?」
僕の問いかけが伝わったのかは分からないが、ただ指を指している。
腰から下げていた水筒を取り出して渡そうとするが、アルラウネはそれをただひたすら見ているだけだった。
「これの中には水が入ってて、ここを開ければ出てくるんだよ」
水筒から自分の手をコップ代わりにして水を出すと、僕の手に重ねるようにアルラウネが手を置いてきた。
「ちょっと、あなた――」
「ミネル。多分、大丈夫だから」
急に動き出したアルラウネを警戒するミネルだけれども、変に刺激を与えてはいけない。そう思った僕は動かずに様子を見る。
少しすると重ねていた手を下ろした。見てみると、僕の手にあった水が綺麗に無くなっている。
「そうか……。植物だから、水を吸収したのか」
理屈が分かると納得行くが、手を重ねていた時間がとても長く感じるものだった。
アルラウネはまだ水はないのか、とでも言わんばかりの眼差しで水筒をまだ見ていた。
ひとまずではあるが、アルラウネとの接触は成功と言ってもいいだろう。