第二話 ②
「あら、もう今回は調査しに行くのね」
「うん。ひとまず下見がてら、森の中がどんな感じになっているのかを調べに。夕暮れ時ぐらいには村に戻って、なんかしらの情報がないか聞こうかな」
普通なら、情報とかを村の人に聞いて集めてから行うべきかもしれないが、昨日のゴブリンの襲撃の反応を見ている限り、この村ではまだ幻獣という存在をあまり認知されていないようにも感じた。
となると、もし仮にそれらしい物を見た事があっても、ただ動物がいただけと思ったり、気のせいと感じて覚えていない可能性が高い。情報を集めようとした所で、無駄足に終わりそうだ。
他にも理由はあるけれども、ひとまず現地に行ってみたい、という気持ちが強いだけだ。
「ちょっと地図を見せてくれないかしら」
「どうぞ」
朝食を食べ終えたミネルに地図を渡す。しばらく眺めていると、地図に書かれているある場所を指指して僕に見せてきた。
「村から見れば北側の方、ここから急に森じゃ無くなってるのだけれども、これは何かしら?」
「これは多分、山になっていると表してるんじゃないかな。一応、分かりやすいように線が引かれているでしょ。この線が山の始まり、と示してるんだよ。実際にここで森が終わり、という訳ではないけれど、知らない間に森かと思ったら山だった、みたいにならないようにしてるんだ」
「そう……。ちょっと分かりにくいのね」
「まあ、仕方ないよ」
地図にはただペンで書かれた大まかな物しか書かれていない。そのため、どこからどこまでが森なのか、その距離はどのくらいなのか、それら全てがおよそでしか分からないのだ。
それでもあるかないかでは違うため、旅をするには必要になる。
「今日探す場所だけれど、隣村までの道を真ん中にして、そこから南の方を調べようと思う」
「途中から山になる北とは逆の方ね。こっちの方が森が結構広くて、探すのに時間かかりそうね」
「僕の勘だけど、こういう広い場所の方が幻獣がいる可能性が高い気がする。だから一度こっちを調べて、いなかったら北の方を調べる」
「あなたの勘っていう所に少し不安だけれど、分かったわ」
食べ終わって空になった食器を重ねながら、彼女は荷物の中から最低限必要な物を取り出して、小さな袋に入れて腰にぶら下げるようにヒモを結んでいく。そして昨日着ていたローブとは別の新しい物を羽織る。
「今日は日差しが強そうだから、気を付けないとね」
「そう。別に森までなら特に問題はないはずよ」
「無理はしなくていいから、きつかったら言ってよ」
ミネルは幻獣の種族の中で、『ヴァンパイア』と呼ばれる種族。幻獣というだけで人間とは能力は高いが、それでも苦手な物が存在する。その一つに、強い日差しに対して、耐性があまりない。
本人曰く、「暑さが問題じゃないの、嫌なのは光の方なのよ」との事らしい。
だからと言って、朝はしっかりと起きてるし、寝るのは僕と同じぐらいの時間にいつも寝ている。夜行性という訳でもないようで、ローブをしっかりと羽織って日差しを浴びなければ、外で動くことも出来ている。
「必要ないものは、置いておいても平気よね?」
「うん、鍵をかけられるから、盗まれる事はないはずだよ」
僕も護身用のナイフや地図、他にも仕事用の道具を持ち運びがしやすい袋に入れ、準備を行っていく。他に持ってきているのは着替えや野宿用の道具ばかりのため、貴重品以外は盗まれても別に困らないだろう。
荷物の準備を済ませたら、朝食で使った食器を返してから宿を出て、昨日入ってきた門とは反対の方へと向かう。
そこまで大きくない村とはいえ、しっかりと出口の両側には門があるようだ。そして門番もいるが、当たり前だけれども別の門番が立っていた。
「あんたら、旅人か? にしては荷物が少ないな」
「ああいえ、宿に荷物を置いているだけなんですよ。ちょっとこの先にある森を調べに行って、終わったらまたここに戻ってくる予定です」
「この先の森だって? あそこはただ広くて木しかないような場所だが……。ということは、冒険者ってことか」
「そんなところです。この場合って、入るときに貰ったこれは返さなくても大丈夫ですか?」
昨日貰った木の板に印が彫られた、この村での証を取り出す。
「あーそうだな……。そんくらいなら別にいいか。ただ、隣村まで行くっていうなら別だ」
「そこは大丈夫です。行くのは森の中だけですから」
地図で見た限り、この村と隣村の間に森があるような感じで書かれていた。少なくとも森の中に村がある様子ではないから、この条件なら平気だろう。
「ならいい。どんくらいに戻ってくる? 夜には反対側と一緒に門を閉める事にしてるんだ」
「大体、夕暮れ時には戻るつもりです」
「もし遅れたら、朝まで門は閉めて野宿する事になっちまうから、気を付けろよ」
「分かりました」
村の門をくぐり抜けると、遠くに森が小さくだが見える。確かにこのぐらいの距離であれば、昼前頃にはたどり着くことが出来そうだ。
今回の仕事のおさらいをしておくと、今から調査しに行く森の中で、知り合いの冒険者が偶然『幻獣らしき生物』を見かけたという事で、僕らに仕事が依頼された。
現時点で確認されている幻獣は未だ少ない。人前に出ることが少なく、かつ人がいるような場所には近寄らない事が多いためだ。だからと言ってどの種族も大人しいという事はなく、ゴブリンのように人を襲うような幻獣もいるため、初めて遭遇する種族の場合、油断をしてはいけない。
だからと言って、好奇心を抑えられずに焦ってしまうこともある。未知との遭遇は、いつだって好奇心と恐怖との闘いといっても過言ではない。
「……顔が気持ち悪い事になっているわよ」
「あ、ごめん」
ミネルに指摘されて、緩んでいた表情を元に戻していく。
「いつもの事だけれども、あまり期待をしない方が良いんじゃないの? この前の時だって、新しい幻獣かと思ったらただの熊だった、なんて事もあったじゃない」
「そういえば、そんな事もあったねー……」
山奥の方に、なんか黒くて大きい生き物がいる、と噂で聞き向かってみると、ただそこで暮らしている熊がいただけだった、という事が過去にあった。
実際の所、何が幻獣なのかと判断する事が少し難しいのだ。よく見る動物や人間とは別の存在、という定義のようなものはあるが、その違いとはどういった物を言うのか、はっきりとしていない。
ミネルを見るとよく分かると思う。彼女の見た目はただの小さな女の子だ。そして人間と同じ言葉をしゃべることが出来るし、『ヴァンパイア』と言われなければ気付かないだろう。
だから、この調査は本当に幻獣なのかどうか、もしそうだとしたらその生態を調べてくる、というのが目的だ。
「あと少しで着きそうよ」
考え事をしたり、過去にあった事を思い出したりしていると、気付いたら森へと近づいていた。
森の中はあまり暗くなく、木々の間から太陽の光が差していた。そして隣村へと続いている道があるため、この道を目印にすれば、迷う事はなさそうだ。
「それで、最初は南の方を調べるで合ってるわよね」
「うん。だからこの道より左側かな。最初は道に沿って歩いてみて、ある程度行った所で森の中に入っていく。それらしい物があったら調べていく」
「いつも通りって事でしょ。けど、幻獣なのかどうかの判断は任せるわ」
「任せて」
期待と不安を抱きながら、僕らは森の中へと入っていく。