第二話 ①
窓から差し込む日差しが顔に当たり、目が覚める。
夢に入るまでは少し時間がかかったような気がするが、夢から醒めるのは一瞬だった。なんだか、これからの仕事を考えていたら楽しみで、あっという間に時間が経っていたような気分だ。
「……ううん」
僕が体を起こすと、その物音に彼女が反応して声を出した。
ここまで言うと特にこれといった違和感はないだろう。寝ているときに音がなったら、誰でも反応すると思う。
違和感を感じたのは――隣のベッドで寝ているはずの彼女が、何故か僕のベッドの中に入っていることだ。
「……いつの間に入ってきたんだろう」
普通なら、寝ている時に入ってきたら気付くようなものだが、まったく分からなかった。
それだけ僕も、疲れてよほど深い眠りに入っていたんだと思う。
彼女を起こさないようにベッドから出て、一度窓から顔を出して日の高さを確認する。まだ太陽は出てきたばかりのようで、暑すぎない日差しが体に染み渡る。
「今日こそは、穏やかな仕事日和になりそうだなー」
昨日は村についてすぐに荒事になったため、ここからは少しくらいのんびりと過ごしたいものだ。
寝巻から普段着へと着替え、さっそく朝食を済ませるために酒場へと降りていく。酒場ではまだ朝だと言うのに少し賑わっており、村人だけでなく冒険者のような人も見られる。
どうやらここの酒場では食事を頼める場所と、冒険者が依頼を受けられる場所は別々のようで、ほとんどの人は依頼をお願いしたり、受けたりする方が多かった。
あまり待つという事はなく、二人分の食事を注文することが出来た。これならミネルが起きてくる前に部屋へと持っていくことが出来そうだ。
「昨日、教えてくれた事を村長に言ったら、すんなりと依頼を出すことが出来ましたよ」
注文を受けてくれた人が丁度、部屋を案内してくれた女性で、朝食の準備をしながら教えてくれる。
「お役に立てて良かったです」
「これでここもまた平和に過ごすことが出来そうで……。泊まってくれている間、こっちが出来る事があればなんでも言ってくださいね」
「ありがとうございます。でしたら、この村の近くに森があるって聞いたんですけど、その場所ってどこにあるか教えてもらえませんか?」
「森ですか? それだったら、ここから王都とは反対にある村に行く途中にあるけれど、そこで合ってるかしら」
準備をしながらも、棚に閉まってある地図を取り出してくれ、女性はテーブルの上に広げてくれた。
「この周辺だけの地図なんだけれど……ここからなら、そう遠くないはずよ。隣村まで行こうと思うと、徒歩なら半日はかかってしまうけど」
「なるほど……」
おそらくだが、報告をしてくれた冒険者は隣村からここに来る途中で、偶然見つけたという事になるのだろう。地図には森の大きさは書かれているが、中がどうなっているのかは記されていない。
人は何か特徴的な場所や物が無い限り、中身はあまり調べない。だから森の大きさは書かれていても、そこはただ多くの木が存在しているだけの場所、という認識しか持たないのだ。
そして幻獣というのも、そういった人が立ち入らないような場所で見つかる事が多い。木を隠すなら森、という話ではないけれども、細かく探索されることがない限り、運よく遭遇する以外で幻獣を知ることは少ない。
まあ反対の事を言えば、運悪く昨日のようなゴブリンみたいな人を襲う幻獣に遭遇する事もある訳だが。
「ありがとうございます。ちなみに、この地図って売っていただく事は出来ますか?」
「別に構わないわ。一応、冒険者さん用に何枚かあるから、一枚ぐらいなら大丈夫よ」
朝食の代金と一緒に払うことにする。この村に来るために地図はあったが、ここから先への道のりは書かれていなかったため、これは幸先が良い。
出来上がった朝食二人分と、地図を持って部屋に戻ると、丁度彼女が起きようとしている所だった。
「あら、おはようマルク」
「おはよう、ミネル。朝食を持ってきたんだけど……一つ聞いていいかい?」
「ええ、いいわよ」
「なんでそっちのベッドで寝てたのに、朝起きたら僕のベッドに潜り込んでいるんだ?」
「あら」
僕がそう尋ねると、彼女はまるでいたずらをする子供みたいな微笑みを見せてきた。
「一体何を勘違いしているのかしら。私はもともとこっちのベッドで寝ていたのよ。このベッドに入ってきたのはあなたの方よ」
「…………はい?」
「そもそもの話だけれども、私はてっきりあなたは野宿用の寝袋を使って寝るのかと思っていたのよ。それなら、この二つのベッドを私が使うのは特に問題なくて?」
「とてつもない屁理屈を作るね、君は……」
こうなってしまうと、僕がどう返しても、それすらからかう材料として使ってくる。昔はよく彼女の冗談に乗ってしまい、返答してしまっていたが、やり取りに大した意味は無かったという事に気付いてからは、あまり乗らないようにした。
「ほら、せっかく朝食を作ってもらったんだ。冷めないうちに早く食べよう」
「もうおしまいかしら。つまらないわね」
「どうせなら、一人で寝てるのが寂しくなったとか、寒かったから僕のベッドに入ったとか言ってくれた方が、まだ可愛げがあるんだけれど」
「なっ……!」
少しだけ、僕が負けっぱなしというのも癪なので仕返しをしてやった。別に彼女の冗談が嫌いという訳ではないのだけれども、たまには言われる側の気持ちを味わってもらいたい。
そんな軽い気持ちで言ってから彼女の反応を見てみると……。
「…………っ」
珍しく、本当に久しぶりに彼女の顔が赤くなっていた。
もちろん、何かの返り血を浴びて文字通り赤くなっているのではない。明らかに頬が赤く染まっており、目も余裕がある感じではなく、驚きや羞恥が入り乱れており、丸く見開いている。
つまり――赤面していた。
「あれ、もしかして図星だった、とか――」
「遺言があるなら聞いてあげるから、その首を差し出しなさい、今すぐ」
「処刑宣言が早すぎやしないかい!?」
赤面しているのを隠すように片手で顔を覆いながら、空いている手を構え、ゆっくりと近づいてくる。
これは、マズい。何がマズいかって、このままでは冗談ではなく、この部屋が血まみれになってしまう。
それにまだ死にたくないし、死んだ理由が自分から爆薬をつけたからとか、情けなさすぎる。
「ち、ちょっと待ってよ! 別に僕のベッドに入ってきた理由はそんなに気にしてないし、それにいつでも入ってきていいんだから!」
「…………」
「もし君を怒らせた理由に他にあれば教えてほしいし、きちんと謝りたい! 僕はただ、いつも君にやられているから少しやり返したくなっただけで……。いや、今のは嘘! だからごめんなさい殺さないでほしい!」
「……はあ」
僕の必死の懺悔が届いたのか、構えていた手を下ろしてくれた。
「ついカッとなってしまったわ……。私もちょっと冗談が過ぎたみたい」
「落ち着いてもらえて、良かったよ」
「あなたが変な事を言わなければ、ここまで怒らなかったわ……。いえ、私もからかい過ぎたわね。だっていつもあなたの反応が面白かったから」
「僕は君の遊び道具じゃないんだけども……。ほら、もう朝食でも食べよう」
「そうね」
少し冷めてしまった朝食を床に置いて、食べ始める。メニューはよくあるありきたりな物ではあるが、酒場ならではというか、香辛料などはあまりついておらず、素材の旨さだけなので味は薄く感じる。それでも美味しいことには変わりない。
「たまにはこういうご飯も良いものだね」
「そうかしら。もう少し味が濃くても良いと思うのだけれど」
「そりゃ、王都と比べたらそう感じるよ。僕はこんな素材そのもの味というのも、良いと思うよ」
塩や胡椒などの香辛料は一般的に普及されているが、価値は高めである。国の中心にある王都であれば、比較的手に入りやすいけれども、そこから離れていくとなかなか難しくなる。定期的に訪れる商人から買うしかないのだが、日用品などとは違って、香辛料は絶対に必要というほどでもない。
「この後の予定なんだけど、目的地までの地図を貰ったから、準備をしたらさっそく行こうと思うんだ」