第一話 ⑤
「うん? なんか言ったかい?」
「……いいえ、何も言ってないわ。後は一人で出来るからもう大丈夫よ」
「そっか」
それをキッカケに、ちょうど彼女の体を洗い終わった。ついでなので、汚れた僕らの服も一緒に洗う事にする。戦っていた時の返り血だけではなく、道中でついた土や泥などの汚れがついているため、一度はしっかりと洗っておきたい。
ミネルの体を洗ったことで水が少し濁ったが、二人分の服を入れたことでさらに濁っていく。
「そういえば」
体を拭いて、新しいワンピースに着替えた彼女が何かを思い出したかのように呟いた。
「今回のあなたの仕事について、この村の近くという情報は確かなのよね?」
「うん。確か、少し歩いたところにある森の中だったかな。具体的な場所は分からないけど、偶然それっぽい物を見つけた冒険者が報告してくれたんだ」
「ということは、狼とか犬のような、獣みたいな姿をしているのかしら。まさか、さっきのゴブリンって事はないでしょうね?」
「うーん……。どういう姿をしているのかは分からないけど、少なくともゴブリンではないよ。それだったらそう報告があるだろうし、僕に仕事が回ってくることはないよ」
「そういえばそうね。普段引きこもっているあなたが、幻獣相手に戦うなんてありえないもの」
「軽く僕を皮肉ってないか?」
そもそも前提が間違っているのだ。
どんなことも依頼があって報酬があるのであれば、基本的に受けるのは冒険者。
僕の戦闘能力は普通の人と比べれば経験の差で勝てる自信はあるけれども、僕は冒険者ではなく調査員だ。ある特定の分野を調べることに特化した肩書きのため、戦闘をするという事自体がおかしい。
今回みたいに仕方ない場合を除けば、痛い思いをするのは嫌なものだ。
「あら、本当の事を言っただけだけれど。あとの片付けは任せてもいいかしら?」
「それはそうなんだけども……。ああ、うん。こっちはやっておくよ」
「今日はもう寝るわ。少し疲れたもの」
そう言うと、欠伸をしながら彼女はベッドの中へと入っていった。
旅の後に休まず戦闘を行ったのだ。休みたくなるのも無理はない。
洗い終わった服を適当に窓から干し、汚くなった水を外に捨てに行く。宿の外ではもうだいぶ落ち着いていて、慌ただしさもなくなっていた。夜ではあるがちらほらと出歩く人がおり、酒場では晩酌をする人たちがいる。けれど滞在している冒険者が少ないというのはどうやら本当のようで、それらしい人は見なかった。
この様子だと、明日から少しめんどうな事に巻き込まれてしまうかもしれない。
そう思った僕は、桶を持ってきてくれた女性に返しに行くと同時に、ゴブリンについて話すことにした。
「そういえば、今日のような襲撃というのはここではよくある事ですか?」
「そうねー……。最近、増えてきた気がするわ。前は狼だけだったらしいけど、そのゴブリン? が襲ってきたというのは初めて聞いたわ」
「これは僕の予想なんですけれど、もしかすると奴らの巣が近くにあるかもしれません。ゴブリンは幻獣と呼ばれる種類の中では割と見かけやすいのですが、人を襲う種族です。しかも数も増えやすいので、他の冒険者などに依頼を出しておいた方が良いと思います」
「詳しいのね。あなたも冒険者じゃないの? それなら詳しいあなたに依頼をしたいんだけれども」
「残念ながら、僕は冒険者ではなく、国家認定調査員なんです。今回も、調べたい事があってこの村に来たんです」
「国家認定って……。この国の王族から選ばれた、特別なお仕事をする人たちのことじゃない!」
あまり自分の身分をさらけ出すのは好きではないが、後の事を考えるのであれば仕方ない。
冒険者というのはただの肩書きのような物で、腕っぷしがあれば誰でもなる事が出来る。つまり、自分は冒険者だ、とでも言えば依頼を受けることが出来るのだ。
だが、僕の『国家認定調査員』という物はまったく異なる。国のお偉いさんから功績を認められ、直々に援助をしてもらう代わりに、国のために普通の冒険者では行えないような仕事を任されるのが、国家認定と呼ばれるのだ。
ちなみに調査員というのは、僕が勝手に名乗っているだけであって、本来の呼ばれ方は『国家認定冒険者』。けれど僕は別に冒険者をやりたい訳ではないので、幻獣を調べるという所から、調査員と勝手に変えている。
「なので、別の冒険者が来たところで、討伐依頼をお願いするといいですよ。出来れば経験が豊富な人が望ましいですね」
「分かったわ。それじゃあ、明日からお願いしてみるわ」
話を終えた後、一息を付きながら部屋へと戻る。ひとまず、これでやりたくもない仕事を回されることは回避する事が出来た。今日は根回し出来るとすれば、こんな所だろう。
部屋に戻ると、ミネルが寝ているベッドから静かな寝息が聞こえてくる。だいぶ疲れていたんだろう。僕が近づいても、目を覚ますことなく眠り続けている。
「……今日はお疲れ様。いつもありがとうね」
面と向かってではなかなか言えない言葉だが、感謝をする事に偽ることは何もない。こういう時だからこそ、伝えていきたい。
彼女の布団をかけ直してあげ、僕も空いているベッドへと入り、夢の中へと潜っていく。
明日から、いよいよ調査を始められる。いったいどんな幻獣がいるのか。
楽しみだ。