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幻獣観察冒険日誌  作者: 破乃道化
第一章 「アルラウネ」
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第一話 ④

 軽く状況の報告と、後始末の方を村の人達にお願いをし、僕らは紹介されていた宿へと向かうことにする。


「……あのゴブリン達、調べなくて良かったの?」


「一回生態とかは調査したことあるし、特に問題はないよ。あるとするなら、この後の事ぐらいだけれど……」


 おそらく、あのゴブリン達は偵察としてこの村を調べに来たのだと思われる。

 単独で行動をするという事はゴブリンではあまりなく、あれだけの狼を引き連れながら来たのだとすれば、この村の近くに群れがあるはず。

 群れと言っても、現在見つかっている群れの数では最大でも二十匹ほど。それ以上大きくなった群れはまだ見られていないが、それだけの数でも一つの村が滅ぼされる事もあったため、いずれ他の冒険者へ依頼が回され、討伐されることだろう。


 けれど仮にも『幻獣』と呼ばれている存在。その脅威を知る人はまだ少ない。

 そもそも幻獣というものは、この世界に存在しているが、その生態や存在という事を知っている人は少ない。それどころか、見ることのないまま寿命を迎える事の方がほとんどだ。

 むしろ、今回みたいに村を襲うことの方が珍しい。

 普通なら、村から村へと移動する商人や旅人を襲い、食料などを略奪する事が多いのだが……。


「……まあ、後の事はこの村で暮らしている人たちと、冒険者に任せよう。僕らは僕らでやることがあるんだから」


「あなたの仕事優先という所は嫌いではないけれども、薄情と呼ばれても無理はないわね」


「やりたいことだけをやる、という事であれば否定はしないさ」


 勘違いしてほしくないのは、元々僕は戦闘をする事は本来であれば苦手なのだ。

 『ヴァンパイア』である彼女は人間とは違い、能力にかなりの差がある。さっきの戦闘でもそうだったが、普通なら武器を使って戦わないといけない相手に、素手のみで戦うことが出来るのだから、それだけでも強いという事が分かる。僕なんかが仮に戦っても、すぐに負けるだろう。

 僕の主な仕事は、幻獣という存在を確認し、その生態を調べることだ。だからこその調査員だし、戦闘は専門外だ。


 そんな事を思いながら歩いていると、あの門番の人が言っていた通り、他よりも少し大きめの建物を見つける。ここがたぶん、宿なんだろう。

 扉を開けて中に入ると、まるで食堂のように広々としており、テーブルやカウンターがあり、奥にはエプロンを付けた女性が立っていた。一階がどうやら酒場となっているみたいだ。


「すみません、二人で泊まりたいんですけれど、部屋って空いていますか?」


「ああ、いらっしゃいませ。ごめんなさいね、今なんか外の方でドタバタしてて、少し案内が遅くなっちゃうかもしれないんだけど……」


「外の騒ぎについては、もう大丈夫だと思いますよ。すでに収まっているので」


「そうなんですか? ということは……もしかして、あなた達があの人が言っていた冒険者さん?」


「まあ、そうですね」


 あの人っていうのは、門番の人のことだろう。


「それならお礼を言わないと! 本当にありがとう。今は他の冒険者の人がそんなにいなくて、困っていた所だったの」


「いえいえ、お役に立てたのなら良かったです。それで、部屋の方は空いてそうですか?」


「ええ。どのくらい宿泊にしますか? 村を助けてくれたお礼で、少し安くしますね」


「それはありがたい。一応、予定としては一ヵ月ほどで。ご飯とかは付いていますか?」


「うちは基本、この酒場で出しているの。だから食べる時はここで注文してくださいな」


「分かりました」


「ねえ」


 僕と女性の話を聞いていたミネルが、質問をしてきた。


「ちょっと汚れて、体を拭きたいのだけれど水とかはあるのかしら。出来れば大きな桶に入れてもらいたいのだけれど」


「それなら用意出来るわ。部屋に案内した後に、持っていくわ」


 ちなみにだが、今の彼女は宿に着く前にフード付きのローブを着ており、血で汚れているという事が分かりにくくなっている。別に隠しているつもりはないのだろうけれども、普通の人が見たらいらない心配をするかもという事で、あえて見せないようにしているらしい。


 宿の手続きが終わり、部屋の方へと案内される。一階より上の階が宿となっているようで、案内されたのは三階にある一番奥の部屋だった。中には二つのベッドが置かれており、部屋の広さもまあまあ広めだ。


「丁度空いているのもあるけれど、この宿で一番広めの部屋よ。それじゃあ水の方はすぐに持ってきますね」


「ありがとうございます」


 女性がいなくなった後、荷物を下ろして二人で整理を行っていく。夕食については、時間的に遅くなってしまった事もあり、残っていた携帯食料を食べる事にした。


「……どうせなら、温かい物を食べたかったわ」


「まあまあ。日持ちするとはいえ、なるべく早めに食べた方が良いんだから。明日からは下にある酒場で美味しい物でも食べよう」


「約束通り、あなたの干し肉一枚もらうわね」


「それ本気で言ってたんだ……。別にいいけどさ」


 ミネルが頼んでいた水はすぐにさっきの女性が持ってきてくれ、タオルも一緒につけてくれた。

 夕食と荷物の整理が一段落ついた所で、ミネルは体を洗うためにローブとワンピースを脱ぎ始める。


「ふふ、知らない人に見られるならともかく、あなたは特別に見てもいいのよ?」


「……いつもこのやり取りしてるけれど、僕にそんなつもりはないよ」


「相変わらずなのね。けれど、今日働いたお礼に背中を洗うことぐらいはしてもらいたいわ」


「さっき僕の干し肉を食べたくせに……。はいはい、仰せの通りにしますよ」


 久しぶりの旅で、もう体を休めようとしていた所だったが……。まあ、こればかりは仕方ない。

 彼女の背中を洗ってあげるために、自分の服が汚れないように袖を捲り、タオルを濡らして準備をする。


「優しくお願い。あ、けどしっかり洗いなさい」


「分かってるよ」


 彼女が長い金髪を前にどけると、シルクのように綺麗な白い肌が見える。あれだけの狼とゴブリン達を相手にしていたのに、体や腕には筋肉などはまったくついておらず、軽く抱きしめると折れてしまいそうに細い。

 もし、彼女が見た目通りの歳だったとしても、こんなに細い少女はあまりいないのではないだろうか。

 肌を傷つけない程度の強さで背中を洗い、ついでに腕も洗ってあげる事にする。彼女の腕にはまだ狼とゴブリンの血が落ちておらず、洗うのも大変そうだと思ったからだ。


「私の爪は危ないから、後で自分で洗うわ」


「了解。それにしても、いつ見ても君は強いなぁ……」


 幻獣という存在は、この世界において人間とはまったく異なる存在。

 その種類は多くいると聞いた事はあるが、実際確認されているのは数少ない。基本的に、一つの種族に対する数が圧倒的に少ないためだ。そのため、幻獣そのものを知らない人もいる。

 この村を襲ってきたゴブリンですらそうだ。幻獣の中では比較的見たことがある人はいるが、その情報が広まる事はあまりない。

 なぜなら、人間よりも幻獣は強く、知った所ですぐに殺されてしまうからだ。一対一でならなんとか倒せるかもだが、ゴブリンはその数でこちらを圧倒してくる。故に、幻獣の中では弱い部類に入るとしても、集団による連携によって、人間を遥かに凌いでくる。

 僕がゴブリンを倒せたのは、ただ場数を踏んでいただけ。それと、彼女がいたからだ。

 だからこそ、僕という人間は今の今まで生きていることが出来ている。

 そんな事を思いながら洗っていたからか、僕は彼女の小さく呟いていた事に気付かなかった。


「こんな力、あった所で価値なんかないわ……」

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