第一話 ②
結局、何が彼女を怒らせてしまったのか分からないまま二人で歩き続け、なんとか日が暮れていく前には村へとたどり着くことが出来た。今回はこの村を拠点にしていきながら、仕事を行っていく予定だ。
村とは言うが、その大きさの規模は場所によってかなりの差が見られる。人がよく行き交うような所にある村では発展しているし、逆に人があまり行きそうにない所の村はよく辺境の地と呼ばれている。
僕らが拠点としようとしているこの村は、どちらかと言うのであれば、大きくはないが道中商人の馬車がいくつか通っていた所を見ていると、そこそこ発展しているようだ。一つの基準としては、村の周りには囲うような少し高めの柵が作られており、入口には村人が門番のような役割を行っていること。もし、門番が身を守るための鎧を付けているのであれば冒険者である場合が多く、それを雇うほどのゆとりがあるということになる。
つまり、門番を村人が行っているのであれば、村には程ほどのゆとりがあり、おそらく中には宿や小さな市場、あとは酒場などがあるということになる。人が多ければそういった所が活用されやすく、人が少なければ自分たちの生活で精一杯ということだ。
「どうもこんばんわ。二人なんだけれども、中に入ってもいいかな?」
「ああ、別に構わないぜ。しっかりと税を納めてくれりゃあ文句はないさ」
二人分の村に入るためのお金を村人に渡し、代わりに小さな木の板に印が彫られた物を手渡される。どうやらこれがこの村での証ということになるのだろう。
「それは村から出ていく時まで無くさないでおくれよ。もちろん、そこにいるお嬢ちゃんの分もだ」
「親切にどうも。ついでに一つ聞きたいのだけど、お勧めの宿と酒場はどこにあるか教えてくれませんか?」
「あー……悪いが、ここは宿と酒場が一つになっているやつしかねえんだ。よくこの村を通るやつはいるんだが、泊まるってなるとそんなにいなくてよ」
「それはむしろこちらとしてはありがたいです。どこに行けばありますか?」
「ああ、それならこの道を真っすぐ進んでいけば分かる。右側の方に他のやつよりでっかい建物があれば、そこが宿だ」
門番の人にお礼を言いながら、教えてもらった通りに歩いていく。村の中に入ると日が落ちてきているという事もあり、外に出ている人はあまりいない様子だ。となると、出店などもほとんど閉まっていると思われるため、買い出しなどは明日にした方が良さそうか。
「さっきの人、私の事を『お嬢ちゃん』なんて言ってたわね」
「ああ。そりゃあ、君の見た目だけで言うとそう思われてもしょうがないと思うけれど」
「あなたから見ても、私は『お嬢ちゃん』という風に見えるという事にもなるわね」
「いったい何の話をしているんだい?」
突然、怒りの矛先を向けられた事で、正直冷や汗が出てきているような気がする。
彼女の事を知っている僕からすれば、見た目の話をすることは一つのタブーになっている。周りから言われる事にこの件については、触れるだけでも彼女の怒りを買ってしまう事になる。
「僕としては、よくあの場で怒らなかったなと感心してた所だったのに」
「それは当たり前よ。私がどれだけこの体形の事についてさんざん言われたの思っているの? いい加減慣れてくるわ」
「まぁ、そりゃ君からしたらそうだんだろうけれども……」
「それよりも、感心したとか言うのであれば、あなたの方から否定してくれてもいいんじゃないのかしら」
あ、これは相当あの門番に対して怒ってるな。
「あなたが否定をしないという事は、あなたも同じことを考えているということになるでしょう? 何も答えていないという事であれば、ええ、いいわ。私への宣戦布告と受け取ってあげましょう。宿についた所で――」
「いやいやいや、それは誤解ってもんだ。僕に対しても、さっきの人に関しても」
「あら、言い訳をするのであれば今のうちに聞いておくわ」
お互いに宿へと進めていた足を止めて、この嫌な空気を止めるために僕はなんとか頭は動かす。ここまでの道のりは長かったという事ではないが、彼女を怒らせてしまうという事についてだけは、どうにかして回避しないといけない。
「ほら、僕はもちろん君の事はよく知っているつもりだから、決してそんな事を思っていない。そりゃあ、初めはそう思った事があったかもしれないけれども、君という事を知ってからは、神に誓って感じたことはない」
「…………それで?」
「さっきの人からは……あー、あれだ、きっと家族とかにでも思われたんじゃないかな。うん、きっとそうだ、そうに決まっている」
「……ふぅん」
さっきまで静かに怒っていた彼女だが、僕がそう言った途端に少しだけ雰囲気が和らいだ。
「家族、家族ね……。それなら、例え本当にそう思われてたとしたら、別に悪くはないわね」
「僕も君と家族と思われるんだったら、嫌な気分にはならないかなー」
実際の所、彼女と一緒に過ごしている時間はかなり長い。彼女の見た目からしても、傍から見れば僕の娘だと思われても不思議な話ではないはずだ。
「そうね……。いいわ、今回の事に関しては不問にしてあげる。私の寛大な配慮に感謝することね」
「ははー」
何はともあれ、なんとかこの状況を打破することが出来たみたいだ。一気に疲労感が出てきたが、これは旅の疲れのせいだと思いたい。
早く宿を取って、今日は僕も休もう。
そんな事を考えながら、再び足を動かそうとした瞬間、さきほど僕らが通った入口の方から急に叫び声が聞こえてきた。
振り返ってみると、門番をしていた村人が慌てた様子でこっちに走ってくる姿が見えた。他にもいろんな人が村の外を見ながら何かを叫んでおり、どれも怯えている表情だ。
「……何かあったのかしら」
「どうだろう。この状況からしても、絶対に嫌な予感しかしないんだけれど」
「おい! あんたらも突っ立ってないでさっさと建物の中に逃げろ!」
気さくに話しかけてくれていた門番が、僕たちに声をかけてくれる。
「何かあったんですか?」
「どうもこうもねぇ。暗くなってきた所で急に狼の群れがやってきやがったんだ! しかも、背中に小さな人みたいな、変な生き物が乗っかってて、斧とか武器を持ってやがる!」
「……なるほど」
盗賊の類かと思ったけれども、人ではなく変な生き物か。もしそうだとするのであれば、ここまでの騒ぎになるのは間違いないだろう。
「ちくしょう、運が悪いことに今は頼りになる冒険者があんまいねぇ。村の若い男衆を急いで集めねぇと――」
「私が行こうかしら?」
僕が言おうと思っていたら、彼女の方から先に言い出した。それを聞いた門番は、目を大きく見開き驚いていた。
「あ、あんたらもしかして冒険者なのか? だが、あんたみたいなお嬢ちゃんじゃあぶねえぞ!」
「あー……冒険者と言うのは間違いではないんだけれども。とりあえず僕たちでなんとか出来ると思いますので、あなたは念のためここを守れそうな人を集めておいてください」
「お、おう! 分かった!」
そう言うと、門番は再びどこかへと走っていった。この村の大きさだと、そこそこの人を集めることが出来そうではあるが、少しだけ時間がかかりそうだ。
それについては一度置いておくとして……。
「珍しいね。君の方からあんな事を言い出すなんて」
「ただの気まぐれよ。今の私は少しだけ気分が良いの。それに、あの人の話を聞いて無視することなんてしないでしょう?」
「まあね。変な生き物だって言うなら、それはまさに僕の分野だ。放っておくことは出来ないじゃないか」
門番が言っていた『小さな人みたいな、変な生き物』。彼の見間違いとかではなく、その言葉の意味通りだとするのであれば、おそらく思い当たるものは一つしかないだろう。
気付けば外に出ている人はいなくなっており、皆建物の中に避難していた。僕らは背負っていたバッグを地面に置いて身軽にしておき、僕は腰に差していたナイフを抜き、臨戦態勢を取る。
そして彼女は、日除けのためにしていたフード付きのローブを脱ぎ、その姿を見せる。深くフードを被っていたことであまり見えていなかったが、彼女の小さな体の腰まで伸びているその綺麗な金色の髪をたなびかせ、黒いワンピースの長いスカートを揺らしながら、彼女は少し微笑みながら小さくこう呟いた。
「――さあ、蹂躙を始めましょう」