愛罪のプロローグ
悲しい。虚しい。寂しい。でも、それだけ。特に特別な思いもないクセに買ってきた花束を投げた。その後手を合わせて祈る。
1週間前、両親がテレビの砂嵐のようなものになって消えた。理解出来ずに固まっていると、それを追うように飼い猫が消えた。つけていたテレビ番組のキャスターも消え、どのチャンネルに変えても阿鼻叫喚なスタジオが映し出される。
人間がモザイクのようになって消えていく現象は全世界ですぐに報道された。勿論いろんな国で対策が練られたらしいが、原因不明、同時多発、発生場所にも関連性はなかった為どれも意味をなさなかった。結果世界の人口はとんでもなく減った。
そしてモザイク現象の翌日、上空に地球に良く似た惑星が出現した。見上げればそれは今も、蜃気楼のように揺らめきながら空の一部を覆っている。
僕の頭がおかしくなったのかと思ったけど、テレビでも放映されていたからそうじゃないらしい。その日、僕はへんな老人に話しかけられた。
「この世界はもうあと6日もすれば上の地球と衝突して消えるんだ」
「…なぜそんなことを、僕に」
「君に協力して欲しいからだよ。もったいないとは思わないか?この世界は何もできずに消されるんだ。修復できるほど純粋な願いを持った人はそういない。でも、君ならそれが出来る」
「…付き合いきれないな。何者だ」
「魔法使いさ」
勿論信じられるはずがなかった。その時はため息を吐いて自宅へ戻ったのを覚えている。
あれから4日。どんどん荒れていくこの世界はあの老人が言ったようにすぐ終わるのだろう。道路はさまざまな事故、事件でボロボロになっているし、植物はなぜか急成長して建物にへばりつき、建物に使われている材木からさえ枝が生えてきていた。
買い物に出たのはいいものの、スーパーは大虐殺場になっていて食品を買う気になれず諦めた。その帰り道、僕はまたあの老人と会った。
「やあ、久しぶりだね」
「またあんたか。宗教なら一度教会に行ってくれ。暴行強姦処刑のための場所に成り果ててる。あんなもの見せられたら宗教信じる気もなくなるぞ」
「ははは、本物なんだけどなぁ…あ、なら証明すればいいのか」
「まあそうだけど。どう証明すると?」
「んー…向かってくる屈強な男2人を魔法で倒せば証明になるかな」
そう言い、老人は指を指した。背筋を這い上る嫌な予感とともにそっちを見ると、まさに言った通りの2人がこちらへ走ってきている。明らかにこんな細く脆い爺の体など、軽々と折り砕いてしまうだろう。
「は!?おい、早く逃げるぞ爺さん」
「まぁまぁ。よく見ておけよ?そら!」
老人が手を少し動かすと、火元もないのに炎がその2人を襲った。大男2人を焼くその焔は、彼の手の動きと対応するように揺れ動く。男達は、そのまま動かなくなった。
「…本当だったんだ」
「ああ。信じてくれてよかったよ。ただ…まずいな。もうタイムリミットか」
その言葉と同時に僕の体が一瞬ザザッと揺れた。どうやらそろそろ僕も消えるみたいだ。肩の荷が降りたような妙な達成感を感じるとともに、どこか寂寥感を感じる。これが、死か。
「…魔法使い」
「なにかな」
「僕を殺してくれ。こんな死に方だと…あの人に土産話もできない」
一瞬見えた愛しい人の顔。左手の薬指と小指につけた一対の指輪をさする。
「そのことなんだけど。君、僕と協力してこの世界を救ってみないかい?君は確かに僕に殺されて、この世界を救おうが世界に存在は残らないけど…君の願いは残るよ」
「……ならば、一個だけ」
彼女が生きてくれれば、僕はそれでいい。自分の決断に頷い魔法使いへ目を向ける。満足そうに、同時に心配そうに微笑まれ少したじろぐが、キッと見据えてやった。
「…そうか。なら望み通り。痛いよ?」
「結構。一緒に死ねなかった罪を清算する気です」
「そうか。それじゃ…さよなら。また」
いつのまにか彼は剣を持っていた。スッと振りかぶるその動きには無駄がない。振り下ろされる一瞬、あの人の悲しむ顔が見え、謝ろうと口を開いた瞬間に剣が体に突き刺さった。ぶちぶちと肉を斬り、骨を断つ。
痛みすら感じない。自分の血だまりに倒れ込む。寒い。寒い。怖い。ビクビクと意思とは関係なく跳ねる体に恐怖を感じながらもゆっくりと瞼が落ちていく。抵抗する気さえ、僕には起きなかった。