表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(シリーズ)『千字短編小説の館』

分からず屋、あらためまして

作者: 近江ハタケ


 時は元禄(げんろく)。江戸は八百八町(はっぴゃくやちょう)のはずれに一軒の小さな骨董屋があった。

 店主は儀助(ぎすけ)という男で、三十を過ぎても嫁を取らず、骨董品集めに精を出す変わり者である。

 店には『分からず屋』という看板が掲げられている。この奇妙な店の名は、儀助がわざわざ真作贋作(しんさくがんさく)両方の品を仕入れて、買い手の目利(めき)きを試していることに由来する。商品の真贋(しんがん)については買い手の目利き次第、だから分からず屋、というわけである。

 儀助はこの秋口(あきぐち)から、お加代(かよ)という娘を店の手伝いに雇っている。

 お加代は二十を迎えたばかりの独り身で、心根の優しい働き者ではあったが、これが近隣でも知らぬ者のないほどの醜女(しこめ)だった。


 年の瀬も近づくある日、儀助は店で転んで腰を痛め、起き上がることさえ困難になった。

 そんな儀助を見るに見かねて、お加代が看病に駆けつけた。


 ふと儀助が目を覚ますとすでに夜ふけで、部屋には僅かな明かりが灯るばかり。儀助の枕元には、座ったまま目を閉じるお加代の姿があった。看病に疲れて眠っているようだ。

 ──お加代、と声をかけそうになって儀助は慌てて口を閉ざした。暗がりの中、(おぼろ)げな明かりに照らされたお加代の姿が、はっとするほど美しく見えたのだ。儀助はごしごしと何度も指で目をこすった。まるで狐に化かされたような気分だった。


 翌朝、幾分具合も良くなった儀助が居間に出ると、お加代が朝餉(あさげ)の支度をしていた。

「あら儀助様。具合の方はもう宜しいのですか?」

 にこりと微笑みかけるお加代を、儀助は穴があくほど眺めた。やはり何度見てもお加代は醜女である。

 しかし、よくよく考えてみれば、お加代は顔立ちこそたしかに不器量だが、この挙措(きょそ)の美しさ、気立ての良さは並大抵ではない。

 儀助はううむと唸りながらも、内心、ひどく愉快な心地になった。こんなにもお加代のことに想いを巡らす自分がおかしくもあり、新鮮な驚きでもあった。

 俺の目利きもまだまだ未熟だったか、と儀助は苦笑しつつ、ふぅ、と大きく息を吐いて、真っ直ぐにお加代を見つめた。

「……お、おい、お加代や」

 はい、なんでしょう、とこちらを見つめるお加代の手を、儀助は自らの手にそっと重ねた。驚き目を見開いたお加代の顔が、息のかかりそうなほど、すぐそばにあった。


 店に『目利き屋』という新たな看板が掲げられたのは、それから数日後のことである。

 仲睦まじい夫婦が切り盛りする店は、安くて良い品ばかり揃っていると、大層評判になったという。





以上、993字。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「俺の目利きもまだまだ未熟だったか」、と儀助は苦笑。 この一言が良かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ