プロローグ.Day2
王道異世界バトルモノのつもりです。
よろしければ、お楽しみください。
2020年 関西某所
Day2
3:23 a.m.
タバコ臭い助手席から、窓に滴る雨粒を眺めていた。
断続したワイパーの所作に、俺は意識をはっきりさせていく。
しばらく眠ってしまっていたようだ。
隣でハンドルをとる親父の横顔には一筋の汗が流れていた。
3:44 a.m.
車は深い山道に入っていた。
「親父、ここは...」
未だに伝えられていない目的地を尋ねようとしたとき、前方の暗闇に人影が映った。その人影は不動明王のように、あるいは傲慢な政治家のように、こちらと対面していた。
一抹の悪寒が走った。しかし、このままの運転では轢き殺してしまうだろう。
「おい、親父!」
俺は親父に呼びかけたが、それに対して親父は舌打ちで返し、さらにスピードを上げた。俺はとっさに運転を止めさせようとしたが、シートベルトの束縛がそれを許さなかった。
慌てて見返したときには人影はもう目の前にあった。
一瞬のうちにその人物の容貌が目に飛び込んでくる。
男だった。
その雄大な体躯はとにかく圧倒的で、その切れ長の眼は極めて攻撃的だった。
俺が殺人の罪を意識した瞬間、男の姿が消えた。
そして、強烈な打撃音の後、浮遊と落下の感覚を同時に味わった。
車の側面に回り込んだ男が俺たちの車を蹴り上げたのだ。
吹っ飛ばされた車の天井が地に着き、衝撃が収まったとき、ようやくそれを理解した。
逆さになった視界を振り回し、親父の姿を確認する。
親父は血まみれになりながら、シートベルトを外していた。
支えるものが失われ、親父は自重によって天井に落とされた。
そして、小さいうめき声を上げてこちらに近づいてくる。
割れ落ちたルームミラーに目をやると、親父の向こう側からあの男がゆっくり歩いてくるのが分かった。
「おや...じ...」
背後に迫る脅威を伝えるために口を動かそうとするが、酷い耳鳴りでうまく言葉にできない。
親父は仰向けになると、懐から朽ちた棒状のものを取り出し、俺の手に握らせた。
どうやら小刀のようだ。
さらに親父は血塗れた手で俺の頭を撫で、ぶつぶつと何かを唱え始める。
すると、小刀と小刀を持つ俺の指が突然光り始めた。
それは、橙色の炎。
熱いというよりは温かかった。
親父の呪文らしき言葉に従って、炎は俺の腕から胸、そして身体全体を包み込んでいく。
詠唱はすぐに終わった。
身体のすべてが炎に覆われているのが分かる。
困惑と不安の意味を込めて、親父の眼をまっすぐ見た。
親父は答えるように笑って言った。
「生きろ。」
最も容易で最も困難なその使命は、重く優しく俺にのしかかった。
しかし、目下の脅威を忘れてはならない。
俺は思い出したかのようにあの男の方へ目を向けた。
そこには腕があった。
砕け散って、窓ガラスのなくなったサイドドアから腕が侵入し、親父の脚をつかんでいた。
(やめろ...)
抵抗を口に出そうとするが、身体を包む炎が能動感覚のすべてを否定してくる。
何もすることができない。
瞬きさえも、呼吸さえも。
限られた視界に映るのは、親父の頭とあの男の下半身だけだった。
耳鳴りの外で問答が交わされるが、内容を理解することも、聞き取ることもできない。
あの男の片足が上がる。
(え...)
踏み抜かれた。
親父の頭のどこかだったものが、俺の頬まで飛び散ってきた。
(あ...)
視界が消えていく。
思考が収縮していく。
(あぁぁ...)
俺が最後に見たものは、かがんでこちらを覗き込もうとするあの男の顎だった。
俺の瞼の底にかすかに入り込んだその唇は、不愉快な皺をつくっていた。
あの男は笑っていた...