恋と雨、微熱
人からすれば何てことないけど、自分だけは見過ごせない。そんな感情は誰にでもあると思う。
少女は床に落ちたフルーツを見下ろしながら、歯ブラシと歯間ブラシを取った。
歳の離れた弟が描き、切り抜いたサクランボ・ブドウ・イチゴ・サクランボが、セロテープで繋がれている。
歯磨き粉の匂いを嗅ぎながら、それを足でどかそうとして、親指に絡みつくテープ。まずは一点。
眠気の取れない顔に汲んだ水をかけると、飛沫が洗面台にかかって、拭き取り辛い側面にまで広がった。二点。
月のものが影響したのか少し熱っぽい。節々が痛む気がして、鏡を見たら目が充血していた。三点。
着替えてから、冷蔵庫を開ける。朝ごはんがわりの野菜ジュースを飲もうとしたらきれていた。四点。
外に出ると、朝まで降り続いた雨で、道路には水たまりができていた。いつもの通学路を歩く。湿気が髪をもたつかせる。五点……
小さな失点でも、五つ集まれば、もはやそれはキレてもいい案件だろう。
そんな時用の自分ルールを想起する。不機嫌な時こそ優雅な音楽を聴かねばならない。別の次元から自分を見つめ直すのだ。
スマホにイヤホンを刺す。その感触で一点。
白いコードを一つづつさす。少し前に知らずに消えたアプリの代わりに、適当な単語で動画検索すると、導かれた動画サイトを再生した。
この動画は当たりだ。二点。
坂を下りてくる子供が水たまりを思い切り踏んだ。隣の子供と大きく笑う。三点。
雲間からさす光に、水たまりがシャープに浮き上がる。焦点を合わせる、覗き込んだ自分の顔は、見下すように傲慢だった。
「そんな目で見るなよ」とまつ毛が揺れる。四点。
抗議の代わりに鏡面を踏むと、
「わっ」
と坂下君が驚いた。よし、これでプラマイゼロだ。追いかけてくる坂下君の声を置き去りにしながら、何となく気づく。
微熱のせいか最後のは二点だったな。