中編
スティング:赤2-青7、右4。前5
ボンド:OK
ふるふる:あいあい
ハックマン:ケー
ブッシュ:おいー
ドッチキング:うっす
この中で一番目の良い私が声を掛けるとレギオンメンバーの皆が周囲の岩場に身を隠す。その動きは淀みなくさながら軍隊のようだ。いや、軍隊の模倣をしているのか。
見た目は黒服、クマムシの着ぐるみにぼろ服、成金みたいな金ぴかスーツ、そして海パンとバラバラだけど。どう考えても戦場にいる格好じゃない。私か?私のほうがおかしいのか?
今日はLSBのメインコンテンツ。大規模対人戦である模擬戦争の日だ。実力主義のイルキシオン、魔法至上のディムロギア、そして自由第一のレンミシアスの三つに分かれて陣地を奪い合う。プレイヤーが偏った場合はステータス補正という形で調整がかかるが、基本的に多くのプレイヤーを集められた方が戦略的に有利だ。
戦略は大事で遠くの相手には基本的にチャットを届けられないシステムと相まって、事前の作戦会議は重要だ。スパイがいるかもしれないのでオープンチャットで話すなど論外で基本的に作戦は各レギオンリーダーまでにしか伝えられない。
レンミシアスには無いが、別の勢力にはクランの中でも特に優れた作戦立案をする人はオピニオンリーダーと呼ばれて模擬戦中にも本陣で指示を出している。レンミシアスは現場主義なのか行き当たりばったりなのかそういう人はいない。作戦もクランのマスターが集まって決める民主主義制だ。
戦術にせよ戦略にせよ二勢力であればもう少しごり押しも効くのだろうけど、三勢力というのが厄介だ。少し優勢だとしても他勢力が結託して押し返してくるなんて日常だ。個人が突出していたとしてもよほどのことがない限り袋叩きにされてしまうし、そうでなくても足止めをされる。
つまり今の私たちの状況だ。
ドッチキング:それにしても警戒されてますね。他が手薄になってるんじゃないっすか?
スティング:それが狙いだから良いけど、ちょっと厳しいね。
私たちの今回の所属はレンミシアスだ。にゃんにゃんウォリアーズはレンミシアスに所属して戦うことが多い。理由はルヴィア先輩の気分である。他の勢力は最低限買い物ができる程度の好感度を稼いで基本的にはこの自由大好きな勢力に力を貸すことにしている。
勢力の好感度を稼ぐと勢力の特徴に沿った特典が付いてくる。レンミシアスの場合ハウスポータルの利用可能地点の増加で、街やダンジョンの前以外にも痒い所に手が届くようなあると便利な位置に転移できるようになる。他勢力は武器の強化成功率上昇とか地脈から還元による常時MP回復とか無視できない利点がある。
ふるふる:おかわり赤3-青2、左3。前2。
ハックマン:6対5対9? あっちで争う気配が無いしこれ6対14だ。
ちょっと前回派手にやりすぎたのか。私たちが行くと情報を流したこの周辺は敵勢力だらけだ。赤はイルキシオン所属、青はディムロギア所属のパーティを指す。ちなみにレンミシアスは緑だ。
前回の模擬戦では私が率いるレギオンがひたすらに戦力が薄いところを奇襲かけて、さんざん引っ掻き回した後にルヴィア先輩率いるクラン本隊が拠点を制圧。本隊が制圧した拠点で籠城を決め込んでいる間にルヴィア先輩と私の冒険者コンビ(私はやめたけど)で相手拠点にちょっかいをかけて回った。その間に別のクランマスターが率いていたレンミシアス本隊が目標である中央の城を奪ったらしい。
華こそ別クランに持たせたが、にゃんにゃんウォリアーズはやばいと再認識されて現在に至る。元々戦況を乱すのが得意なクランであるので要注意扱いだったわけだが、より警戒されるようになってしまった。
スティング:隠れていても仕方ないか。今回マスターは本体の方で作戦に当たってるみたいだし、最悪ここで討ち取られても大局に影響は出ないよ。
ボンド:負ける気はないんだろ?
ニヒルな笑みを浮かべる黒服のメンバーに同じような笑みを返す。
スティング:もちろん。スモーク炊いて、奇襲かけるよ。
距離的にそろそろ見つかってもおかしくない。相手もかなり警戒しているようだ。こちらはメンバーのスキルによりかなり高い隠密性を発揮しているうえに元冒険者のシューターである私はどういう風に隠れれば良いか熟知している。索敵の魔術もあるけど、効果範囲もわかっているので楽な物だ。
黒服と成金が私の合図とともにミストボムというアイテムを二個ずつ投擲する。これは錬金術スキルでのみ作られるアイテムで素材収集の面倒くささから数を集めるのが難しいアイテムだ。効果は着弾地点に霧を発生させるものだが、同じ場所に複数個着弾した場合更に霧が深くなるため、四つも使えば全くの視界ゼロになるといういかにも対人向けな効果を発揮する。なのでこれ専門で素材集めをしたり錬金術師もこれを作って金策することが多い。
なぜスモークと言われているかは銃器による対人ゲーでよくつかわれるスモークボムとほぼ同じ効果だからだ。
ミストボムの効果で相手の姿が全く見えなくなる。相手は一瞬で視界が無くなったからさぞ戸惑っていることだろう。と言っても一部のプレイヤーは何度もミストボムを受けているはずだ。すぐに体勢を立て直すだろうから即効で決めようか。
スティング:俺とハッさんで突っ込む。ボンちゃんとブーちゃんはスモークから出たのを倒して、ふるふると変態は逃げようとしたやつの足止めね。
メンバーの返答を聞く前に走る。と同時に縮地のスキルを発動する。走破技能の最終スキルである縮地は一定距離を一瞬で詰める移動術の一つ。スタミナの消費は普通に走る場合の三倍かかるが、発動準備もディレイも無い優良スキルだ。戦士系で覚えている人はあまりいないけど、私のような早さ重視の剣士系や盗賊系には覚えている人が多い。変わり種では魔法拳士を名乗った人が覚えているときはびびった。炎付与した拳で一息に間合いを詰められるのは恐怖だ。
ゴーガン:敵襲!相手は…
そこで相手の言葉が途切れる。私の剣に貫かれて戦闘不能になったのだ。ほとんど見えないけど恐らく魔術師系の見た目だったと思う。霧の中相手の正確な位置を把握できているのは偵察技能を上げているためだ。これのおかげで自身の周囲に敵がいる場合にその情報がわかるようになる。技能を極めていけば強さや装備、所持技能まで看破できるようになるが、まぁそこまでわからなくてもある程度対策はできる。たまにとんでもないビルドしてる人と当たるけど、それは運が悪かったとあきらめる。
二人目を斬り伏せたところで横合いから斧が振り下ろされる。軽く後ろにステップして回避して相手がいたと思われる方向に意識を集中する。なにせ視覚が全く頼りにならないのだ。霧の範囲外から怒号が聞こえてくるあたり、メンバーが霧を抜けた相手と交戦しているようだ。
二度三度と連続で斧が振るわれる。それを危なげなく回避し反撃に移るも盾に弾かれる。手練れのようだ。なら私のすることはただ一つ。
スティング:トラ。離脱。
ボンド:K
ふるふる:あい
ハックマン:ケ
ブッシュ:いー
ドッチキング:っす
トラは私たちの間で同格以上がいた場合の合図だ。私の合図でメンバーがこの場を離れていく、私も霧の中手練れ以外を斬り伏せながら霧から外に出る。思ったよりも削れていないようで数人に包囲された。
コウタ:猫の切り込み隊長がいたぞ!
ピンポンダッシャー:かこめかこめ
相手がオープンチャットで話しているのは別勢力同士で結託しているからだろう。霧も薄くなってきているし、あんまり集まられると不味い。メンバーが離れるまで少し時間がかかるだろう。黒服や変態は足が速いから大丈夫だろうけど、ふるふるが逃げるまでは引き付けたほうが良いだろう。
スティング:ちょっと相手してやるよ。
言うが早いか一番近い相手に縮地で肉迫する。縮地を使うことはわかっていたようで相手もすぐに行動に移る。盾を持っている者が前に出て後ろで魔術の詠唱が始まっている。バフを翔けられると厄介だ。
スティング:まずはそこ!
前衛に斬りかかると見せかけてもう一度縮地を発動する。場所は詠唱していた二人の魔術師の間ぎりぎり二人を巻き込める位置。
スティング:『ワイドスライサー』
狙い通り二人を斬り付ける。片方は戦闘不能になったようだが、片方は健在。魔術師に珍しく耐久にも多少能力を振っているようだ。しかも詠唱が止まってない!?
バズ:『スロウカース』
どうやら呪術師だった相手から鈍足のデバフをかけられる。このままだと逃げるのが難しくなる。舌打ちしつつ解呪薬を取り出して自身に振りかける。その隙を相手は見逃してくれるわけもなく、霧から出てきた弓兵が矢を放ってくる。状況判断能力が高い。うちにほしいくらいだ。
矢を辛うじて避けたところで接近してきた盾持ちが三人同時に攻撃を仕掛けてくる。槍に鈍器に剣と得物は思い思いの物であるが連携はしっかりしており避けるのが非常に難しい。回避だけでは間に合わず、武器によるパリィも組み合わせていく。
コウタ:全部受けきるとか化け物かよ!
パリィは武器によるがある程度技能が高くなると使えるようになる防御行動の一つで、相手の攻撃に合わせてこちらも攻撃を武器の一定のポイントに当てることで成立する物だ。成立した場合相手の攻撃を無効化したうえで多少の硬直とスタミナの減少を与える。同時にこちらも相手より短い硬直を受けることになるので複数に囲まれた場合はむやみにパリィをした場合ピンチになることがある。その辺の見極めは慣れるしかない。
何はともあれ、たじろいでいる相手に遠慮することは無い。防具を貫通する雷の魔法剣を発動し、大きく振りぬく。精霊魔術を高めた今魔法剣は属性の付与に留まらずリーチも大きく増強される。対集団戦で範囲攻撃の少ない剣士にとってこれほどありがたいものは無い。ただ、それ相応にMPの消費も多いので使いどころは見極めないといけない。
前衛の一人が崩れ落ちると同時にバックステップでその場を飛びのく。私がいた場所を高速で大質量が通り抜ける。
レッドブル:ずいぶんと派手に荒らしてくれたな。
先ほど霧の中で相対しただろう赤い鎧を着た斧戦士が現れた。じりじりと包囲も狭められており、遠距離攻撃手段を持っている相手はいつでも撃てるように準備されている。フレンドリーファイアが怖いのか今のところ撃ってこないが、私が動けばどうなるかわからない。どう考えても分が悪い。
剣を構えて姿勢を低くする。相手も油断なく構えているが、こちとら元冒険者だ。この程度の修羅場はいくらでも乗り越えている。スタミナが少々心許ないけどなんとかなるだろう。
振り下ろされる斧を紙一重で躱し、胴を斬り付けて通り抜ける。矢と魔術による炎が飛来するのを縮地で前方にぬけることにより回避。そのまま包囲網の比較的防御が薄そうな戦士をその周辺の後衛職らしき人員とともに回転するように大振りの横なぎで吹き飛ばす。直撃した数名はそのまま戦闘不能になったのか動かなくなった。
後ろを確認せずに走り出す。狙われないように上下左右に不規則な動きで翻弄しながら射撃を回避する。数発被弾するが気にせずに合流地点へ向かう。ある程度距離を離したところで縮地を使用して追っ手を振り切る。
合流地点は各拠点から離れた小高い丘となっている場所だ。レンミシアスの勢力圏内のため他勢力の部隊が来ることも少ない、もし来たとしても戦略的に何の意味もない穴場だ。周辺を見渡し、戦況を確認できるのもグッド。
私以外のメンバーはだいぶ前に無事合流できていたようだ。
ふるふる:遅かったですね。リーダー。
ハックマン:やられてしまったのかと思いましたよ。
HPを確認したところ残り二割だった。かなり危なかった。ローリエにCCしてスティングのHPを回復する。周囲の警戒はブッシュがやっているようだ。
ローリエ:ちょっと時間稼ぎしてたんだよ。ほら、足遅い人もいるでしょ?ほら、みんなも回復するから、ついでにバフの付与もしていくね。
メンバーを万全な状態にしていき、戦況の確認に移る。
ボンド:ここから見る限り、作戦通り本隊が敵本陣に特攻してるみたいだ。今回イルキシオンが優勢のようでディムロギアと一時的に共同戦線を張ってるようだな。
そういえばさっきの斧使いもイルキシオンの勢力か。強力なプレイヤーが多く流れたっぽい?それにしても本隊の方で強力するならこっちでもイルキシオン勢力叩き潰すのに加勢してくれれば良いと思うが、情報は伝達要員が到着するまでの間ラグがあるだろうし、もしかしたら今頃あっちではお互い争っているかもしれないな。
ローリエ:私たちはこのまま周辺を荒らしながら本隊と合流しましょう。本拠地が落とされることは無いにしても苦戦しているなら加勢したほうが良いでしょうし、次の指示をもらえるかもしれない。
次の方針を決めてメンバーを見渡すと特に意見は無いのかみな頷いてくれた。