前編
ヒルダ:ばわ~。
レヴィアタン:お、ヒルダさん。こん~。
リリアン:おひさ~。
猫忍者:こんこん。三週間ぶり?
ヒルダ:それくらいだと思う。人使い粗くて困るわぁ…
豊穣の雄たけび:ヒルダちゃんは冒険者って言ってたよね。体壊してたりしてない?
レックス:久しぶりにヒルダが来たんだしどっか狩りいかね?
ヒルダ:ゔぁー…ごめん。明日も早いから顔出ししに来ただけ。
リリアン:そっかー、残念。
ヒルダ:ごめんね。
レヴィアタン:あ、それなら次のギルド対抗の攻防戦は来れそう?
豊穣の雄たけび:三日後だっけか?
レヴィアタン:そうそう。
ヒルダ:ちょっと、待って予定確認する。
猫忍者:てら~。
レックス:ヾ(:3ノシヾ)ノシ
リリアン:たかざわじゅんすけ
リリアン:_(:3」∠)_
猫忍者:リリアンちゃん誤変換w
リリアン:見なかったことにして…
豊穣の雄たけび:<●><●>
レヴィアタン:やめてやれ。
ヒルダ:む~、無理だー! 行けそうにない。
リリアン:あうあう
レヴィアタン:う~ん…言いづらいんだけど、うちのギルドに入りたいって子がいるんだけどね。攻防戦の間だけで良いからヒルダさんに抜けてもらいたいんだけど、どうかな?
猫忍者:えー!? ヒルダちゃん初期メンバーなんじゃないの?
レックス:でも、今まで一度も攻防戦出てないし、攻防戦の間だけなら良いんじゃないか?
豊穣の雄たけび:俺は反対ー。
ヒルダ:いや、たしかに攻防戦に参加できてないのは事実だし、いったん抜けるよ。
レヴィアタン:ごめんね。今度埋め合わせするから。
ヒルダ:気にしない気にしない。もうそろそろ時間もやばいからここで落ち。
リリアン:リリアンが三十時をお知らせします。
レックス:もう日付が変わるのか。こうなったら朝まで狩りに行くかな。
豊穣の雄たけび:さっきも狩り行ってたのにまだ行くの?
レックス:狩りが俺を呼んでいる。
猫忍者:なんだそれw
「ふぅ…」
ログアウトをして、M.I.Dをシャットダウン。大きく伸びをして身体を捻る。
自室を見回すも女子力のかけらも見当たらないシンプルな光景だ。汚いのが耐えられないのでちゃんと掃除はして汚部屋になるのは回避できている。もっと女の子らしい装飾なんかをするべきだろうかと考えることもあるけど、柄でもないかと思いなおす。
普段はM.I.Dとベッド以外に用は無いから。滅多にこの狭い部屋を見渡すことは無いけど、たまにこうやって見るたびに頭を捻ってしまう。まぁ、些細なことなのでどうでも良いか。
「しかし、またかぁ…」
今日の話題は来るべくして来たといった感じだ。
老舗MMORPGフォルテシモクルセイダー。前時代的なシステムだが、丁寧な難易度調整で人気が続く作品だ。私もβテスター時代からやっていて、古参に数えられるプレイヤーになる。
だけど仕事の関係で後続のプレイヤーにレベルを追い抜かれた今では、たまにインしては拾われたギルドメンバーとチャットで時間を潰す日々。攻防戦に参加するギルドで戦力にならない私をこれまで在籍させてくれたのはかなり特殊なんじゃないだろうか。
今回のようにギルドを抜けることはもはや慣れっこである。あまり自分からギルドを探すようなことはしないが、勧誘されたらふらふらとついて行く。そんなことを繰り返している。リアルだったら人攫いに合っても仕方ない行動だ。
「攫われても逃げる自信はあるけどね」
今日まで酷使した道具を点検することにする。こまめな手入れには道具もしっかりと答えてくれる。大事な商売道具なので丁寧にやりたいところだが、もう日付が変わってしまったので手早くやっちゃおう。
「あー…こっちの短刀は刃こぼれしてるわ。急いで研いじゃおう。ライフルは問題なさそうだけど、ジャムったら嫌だし一応全部分解するかぁ」
もはやルーチンワークと化した日々の点検作業。これを怠るといざという時に危険にさらされるので手早くと言ってもしっかりとチェックしていく。
さて、私の職業が何かというと冒険者である。冒険者と言ったら何を思い浮かべるだろうか。モンスターと戦う狩人、宝を求めてダンジョンに潜るトレジャーハンター、はたまた便利屋か?
例に挙げた内容を行うこともあるが、どれも違う。
私たちがいる世界はイノジストと呼ばれている。世界に固有名詞が付いているという事でお気づきになった察しの良い人もいるだろう。
そう、イノジストでは別の世界に移動できる手段を確立しているのだ。冒険者の仕事はそういった未知の世界に渡って、環境や情勢そして文明の調査を目的とした職業なのだ。その結果身を守るためにモンスターと戦ったり、破滅に向かう為政者を失脚させることもあるが、基本的には干渉しないように注意する。下手に干渉しすぎると提出する始末書の数が増えてしまう。
では異世界に行ったから、ゲームをする時間が取れないのかと言われるとそうでもない。異世界はこちらと時の流れが同じとは限らない。遅く進む世界もあれば早く進む世界もある。極端な例だが1日が1分の世界なんかもあった。
だから冒険者は帰ってくると若返りの秘薬と言う薬を滞在年数分貰って、転移した直後の時間までタイムスリップさせられることになる。同じ世界に行くにはパラドックスが起きないように帰って来た日まで待つ必要がある。なので早く時間が経つ世界だと二度と同じ世界に行くことができないという事がたびたび起こる。
話を戻すが、なぜゲームをする時間が取れないのかと言うと…
「なんで探索者まがいのことをさせられるかなぁ…」
冒険者とは似て非なる探索者と言う仕事をさせられているからだ。こちらは別世界ではなく、イノジスト内の未開区域の調査を生業とするものだ。なんでも近年なり手が少なくて、人手不足なんだとか。
知らないよ。
別世界はまだ、人がいれば未知の文化に触れられるかもしれない期待があるが、探索者はひたすら危険な土地の調査をするという地味な仕事だ。
イノジストの未開の地と言うのは崩壊した世界の破片が流れ着いてできた土地なので、人類どころかまともな生物がおらずモンスターばかりだ。そのモンスターも量、質ともにほとんどの異世界より上だ。異世界に放り込んだらそのまま世界を滅ぼしかねないようなやつもいる。これは崩壊した世界というのは負の力が多く溜まっているからとか偉い学者さんが言ってた。
探索者はそんな未開の地にわずかに残った人類の足跡と使える資源がないかを調査するのが目的だ。
給料はその分高いんだけど、なりたい人が少ないのは必然だ。私も護衛任務とはいえ、探索者の仕事をしているので同じ給料をもらっている。おかげさまで貯金がどんどん膨れ上がっている。
「辞めちゃおうかな…」
十七歳から冒険者を初めて、いくつもの異世界を見てきた。現在肉体年齢的には二十七だが、実年齢は数えたくない。
そろそろ引退しても誰も文句言わないんじゃないかな。
さて、ライフルも動作も問題ないみたいだし、お風呂入って寝よう。異空間魔術で道具を全部収納する。容量の許す限りどこでも出し入れが可能な冒険者の必須魔術だ。まぁ、便利なので冒険者でなくても覚えていない人はほぼいないけどね。
狭い脱衣所には不相応な姿見が置いてある。栗梅の髪はぼさぼさになっており、それを無理やり括ってポニテにしている。淡藤色の瞳の周りは真っ赤に充血して、辛気臭い顔も相まってホラーゲームのモンスターみたいな容姿になっている。容姿が仕事に関わるわけじゃないけど、女としてちょっとまずいな。
「早く寝よう」
決意を口に出して確かなものにする。魔術の呪文に代表されるが言霊と言って、言葉には力が宿る。言葉にすることで臨んだ結果が引き出せるのだ。
まぁ、私は呪文を使う魔術なんて使わないけどね。
さっさと風呂を済ませた後は布団に飛び込んで泥のように眠る。明日起きれるかな…
朝七時。ふたつの太陽が競って空を目指し、大地から顔を出す時間帯。仕事中はまともに睡眠をとることができないから久しぶりに熟睡した。
トースターにパンを突っ込んでスイッチオン。その間に歯を磨いて、化粧をする。普段は化粧なんかしないんだけど、今日は報告のために冒険者組合の本部まで出向かなきゃならんわけで、あの人ごみの中すっぴんで歩き回る度胸は私にはない。
このひどい顔をひとまず見れる程度に整えてっと…これでよし。
おかずはハムエッグでお茶も入れるか。冷蔵庫から卵とハムを取り出し、カップにティーパック投下。調査区域では食事をする時間も惜しいからこんな風にゆっくりと調理なんかできない。次元魔術の中でも上位の時間操作で出来立てを保管しておけば良いんだろうけど、あいにく私は使えないし、使えたとしても魔力消費が激しくて常用できるものじゃないので、食事は必然簡素なものになってしまう。
実力がある人はモンスター討伐片手に料理までしてしまう。何回かご一緒したことあるけど、あれはもはや人じゃない。まぁ、人であることをどれだけ止めてるかと言うのが優秀な冒険者の指標の一つではあるんだけどね。私も理外深度六十二…つまり六十二パーセントは世界の理から外れた存在である。飲まず食わずで三ヵ月生き残る自信はある。
やらないけど。
「さてっと、ぼちぼち行きますかね」
ゆっくりお茶を楽しんでもなお時間はあるけど、余裕を持って家を出よう。慌てて出勤するのは嫌だしね。
「行ってきます。…行ってらっしゃい」
誰もいないのでセルフで返答。空しい…
外はまだ朝の冷気を帯びて少し肌寒い。ここが二十三階と言うのも原因の一つだろうけど、今日は命の月三日、冬が終わったばかりだ。他の住民も活動するには少し早い時間で動いている気配は疎らだ。
テレポッドと言う転移装置を使い一階まで降りる。正面から外へ出ると見慣れたコンクリートの道路が出迎える。大型の輸送用浮遊車がこんな時間でも走って行くのが見える。
朝からお疲れ様です。
このあたりは住宅街となっていて、私の住んでいるような集合住宅の他に個人の邸宅もちらほらと存在する。広さはなかなかのもので思い思いの乗り物を利用したり、テレポッドを利用したりする。比較的新しい文明の街並みを再現した光景だという触れ込みだったかな。私は集合住宅の価格の安さと必要最低限の広さと言うのが気に入って住んでいる。冒険していると広い場所と言うのは何か潜んでいそうで落ち着かない。
個人的な感想です。
町間移動用のテレポッドに入ってすぐに冒険者組合本部に転移する。本部内は朝だというのに既に職員がせわしなく行きかっている。邪魔にならないようにすり抜けて、目的の部屋まで一直線に到達する。
時代錯誤な木製の大きい扉の前に立ち、ノックをする。心持ち強めに叩く。決して八つ当たりじゃない。
「入れ」
「たのもー!」
ちょっと勢い付けて開けたつもりだったが、思ったより大きい音を立ててしまった。手を突き出したまま固まっている私を興味なさげに一瞥して、書類に目を落とす人物。彼こそが私の先輩であり上司であるフラヴィオである。
オーガ族である彼は種族特徴である白銀に輝く二本の角と筋骨隆々な体躯を持っている。優秀な冒険者であった名残は鋭い眼光に現れており、目を離しているにもかかわらず射すくめられているかのように錯覚する。彼にとって視界に入っているかどうかはさしたる問題では無いので、錯覚と言うわけではないのかもしれない。
一線を退く前は武器に頼らない格闘術で立ちふさがる敵を叩き潰す破壊の化身のような人だった。あの時しか知らない人からすれば、こうやって書類仕事をしている彼は信じられないだろう。私もM.I.Dに情報入力している先輩の姿は、はっきり言ってらしくないと思う。
「この間の探索者護衛の報告書を届けに来ましたよー」
「なんだ? 機嫌悪そうにして」
「そりゃあ、嫌になりますよ。何が悲しくて、探索者紛いのことしなきゃならんのですか」
「お前も知ってるだろ。探索者の数が足りてないんだよ」
「そうですけど…そうですけど!」
理屈はわかっていても納得はできない。既に次の護衛も決まっていて、そのおかげでギルドの攻防戦に参加できずにアウェーな空気を味わっているのだ。
「そういうわけで、もう一つ依頼を受けてほしい。近場だから、明日と明後日で終わる」
「はぁ? 私昨日帰って来たばかりなんすけど、それに明後日は依頼被ってますよ!」
「そっちは俺が調整する」
「他に手の空いた人いないんですか?」
「それが、以前受けた探索者組合の依頼でお前を気に入った人物から指名してきたんだ。お前と同格のやつらも休養期間だし、すまんがやってくれ」
「むむぅ…」
冒険者は異世界から帰還すると休養期間と言って、長期休暇を与えられる。何年も異世界で過ごすからこその措置であるが、その結果私に白羽の矢が立ったという事か。休養期間でもなく、依頼が受けられる実力を持った人材だったと…
探索者組合と冒険者組合の間で人員の派遣と言うのは珍しいことではない。新たに見つかった世界が滅びかけているときには大量の人員が必要になる。その際に探索者組合から大量に助っ人が来たのは今でも覚えている。しかし、ここ三年くらいずっと探索者組合の依頼ばかり受けている気がする。よほどの人材不足なのだろうが、迷惑だ。それにここ数か月は休みさえまともにとれていないのでイライラが限界突破しそうだ。
いっそのこと統合してしまえと思わないことも無いが、運営上そういうわけにもいかないらしい。
「はぁ…わかりました! この依頼が終わったら休みをもらいますからね!」
「善処する」
なんでそんな異世界の政治屋みたいな返しなんだよぉ…
ヒルダ:こんこん。
※ギルドに所属していません
あ、そうか。昨日ギルドから抜けたんだった。しょうがないたまり場まで行くか。誰かいるでしょ。
猫忍者:ヒルダちゃん。こん~。
ヒルダ:猫さんだけ? 他の人は?
猫忍者:みんな新人さんと狩りだね。攻防戦まで鍛えるんだって。
ヒルダ:そっかそっか。
たぶん連携とかの練習もしてるだろうし、私が行っても邪魔になるだけかな。今日はたまり場でまったりしてよう。
猫忍者:ヒルダちゃんが来たばかりだけどごめんね。あたしはもう落ちる~。
話し相手がいるかと思ったら、まさかの裏切り! 猫さんの都合もあるし仕方ないんだけどさ…
猫忍者:みんなに何か伝えておこうか?
ヒルダ:狩りの途中でしょ? あ、返事は良いからいっときインできないって伝えてもらえる?
猫忍者:りょーかい。
猫さんの反応がしばらくなくなる。私は見える範囲内で別のプレイヤーの装備を眺めて時間を潰すことにする。あ、あのドレスかわいい。
猫忍者:みんな、わかったって。
ヒルダ:猫さんありがとー。
伝言は無事できたようだ。猫さんは急いでいたようですぐにログアウトをしてしまった。引き留めてしまったようでちょっと罪悪感。一人でいても仕方ないし、私もログアウトしてさっさと寝よっと。
「ヒルダさん。今回もよろしくお願いします!」
探索者組合で出迎えたのは以前にも見たことのある優男。私よりもさらに年上で満三十一だったはず。黒檀の短髪はところどころ跳ねており、鈍色の瞳も少々濁っているように見える。寝不足なのが見て取れて、探索者組合も激務であることが伺える。だからと言ってその負担をこっちにかけてくるのはやめてほしい。
「たしか、リシャールさんでしたね。こちらこそよろしく」
対する私はすっぴんのままだ。町の外で化粧をする余裕が無いし、化粧崩れで山姥みたいになるのはいただけない。
挨拶もそこそこに目的地へ向かう。テレポッドで調査する街の北端まで転移し、門から外へ出る。そこには平穏な草原が広がっているが、しばらく進むとそこから先は一面真っ白の銀世界が広がっている。
ここが今回調査する未開地となる。イノジストのお偉いさんが作った障壁発生装置で切り取られたこちら側は人類が過ごしやすい地形と環境が保たれているが、一歩外へ出ると厳しい世界が広がっている。魔力が濃いからと外に家を構える変人もいるようだが、そんなのは一部の酔狂な人物だけだ。
今いる場所はすでに元異世界なのだそうだが、私は詳しいことはわからない。聞いた話によるとイノジスト自体が崩壊した世界をつぎはぎして成り立っていて、今なお別世界が崩壊した後の残滓が流れ着くことがあるそうだ。
それをなんやかんやしてくっつけて安定させているらしい。
天上の話過ぎてよくわからんね。
障壁の外へ出ると横殴りの猛吹雪が襲い掛かってくる。事前にわかっているので環境適応の魔道具を起動させて対策する。腕輪のような形のこの魔道具は内蔵されている魔力が続く限り、気温や無酸素状態等の悪環境の影響を受けなくなる。
私のように魔術が苦手であったり、魔力が少ない人は必ず所持している。視界の悪さはどうにもならないから、そこは気合で頑張るしかない。
視界の悪い中えっちらおっちら歩いていると目的地である地割れが見えてきた。数日前に大規模な地盤の崩壊があったらしく、今回は周囲の環境やモンスターに影響が出たかの調査となる。リシャールはさっさと周囲の光景を画像や動画で残し、魔力計測を始めている。私はスムーズな調査ができるように周辺警戒をするのが仕事だ。
「あれだと、スラッグ弾かなぁ…」
さっそく、こちらを狙うモンスターが近づいている。私くらいになると索敵系の魔術など使わなくとも気配でわかる。気配を隠すのが得意な相手だと音魔術のソナーとか使うけどね。
相手は遠くの岩場に身を潜めているがその程度で私から隠れられるとは思わないで欲しい。そこにいたのは熊型のモンスターでたしか名前はブラッドベア。人とあんまり変わらない大きさの癖にその腕力は純オリハルコンの延べ棒を飴のように捻じ曲げるモンスターだ。名前の由来は真っ赤に染まったその毛皮が返り血を浴びたように見えることから名づけられた。
ショットガンに弾を込めながら有効射程に来るまで気づかないふりをする。じりじりと距離を詰めてきたので射程に入った瞬間を狙って撃つ。魔力もサービスした弾丸は三百メートル程の距離を弾丸はまっすぐモンスターの頭に吸い込まれ、赤い花を咲かせることに成功した。
そういえば、異世界製のショットガンは有効射程は五十メートルくらいとか言っていたっけ。うろ覚えだけど。
やむなく戦争に加担した時は敵対した国から反則だって罵声を浴びせられた記憶がある。こっちもあの後レポート地獄だったのだから許してほしい。平穏な政策をしていれば、私が動く必要もなかったんだけどな。
「流石、ヒルダさんですね。 全く気づきませんでしたよ」
銃声で私がモンスターを処理したのに気付くリシャール。しかし、調査をする手を止めない探索者の鑑である。いつの間にか仰々しい機械が並べられており、いくつもの数値が絶え間なく変動している。地質や空気中の成分の他に龍脈の流れが表示されているんだったかな。
私にはさっぱりだ。
「いっそヒルダさんも探索者になったらよいのに」
「面白くないからやりたくない」
「わぉ、ノータイムな返し」
苦笑いしながら調査に集中する同行者を置いて、私は倒したモンスターを回収する。モンスターの死体は別のモンスターを引き寄せてしまうので早く処理しないといけないのだ。異空間倉庫の魔術が普及する二千年前くらいまでは引き寄せられたモンスターにやられる人が後を絶たなかったらしい。
リシャールの傍に戻ると調査の一環なのか魔術を何もないところに放っていた。雪や岩が黒い魔術の塊が触れたところから分解されて崩れ落ちるように消滅する。探索者も自衛のために戦う術は持っている。
彼は特に古典魔術の中でも混沌に属する魔術が得意で今使っているのもその一つだろう。混沌については私も良くわからない。精霊とか文象の魔術はなんとなくわかるんだけどなぁ。
その後も何事もなく、と言ってもモンスターの襲撃は度々あったのだが、今回の調査は無事終了した。
久々に帰って来た………リシャールさんの時とは違いトラブル続きで心身ともに疲れた。大規模調査で数週間は覚悟していたけど三ヵ月も帰ってこれないなんて予想外だ。
私以外にも冒険者はいたのだが、深度三十台と私からすればまだまだひよっこ集団だ。強力なモンスターが少ない場所とはいえ、彼らにとっては脅威になるのでそこそこの負傷者を出してしまった。私も全員をカバーできるわけではない。冒険者稼業は自己責任でもあるので異世界では負傷しないように祈っておこう。
「た~…のも~…」
「ひどい顔だな」
言われなくともわかってる。砂漠を乗り越え、岩山を越えた先にある森の中の遺跡までの道のりだ。誰だって疲れるに決まってる。
………前言撤回、先輩含め上位の変態どもは涼しい顔してそうだ。
「これ…報告書です。それで休みはどれだけもらえます?」
「それなんだがな」
先輩曰く、一ヵ月の休暇予定だったのだが、今回の任務で予想以上に時間がかかったため次の仕事が入ってしまったらしい。他の冒険者も既に異世界に再度旅立ったばかりという事で、また私にお鉢が回ってきたという。
「どうにもなりません?」
「…すまん」
先輩が悪いわけではない。だが、文明の無い未開の地をいつまでもうろつく趣味は私にはない。探索者の人達には悪いけど、何を好き好んであんな仕事しているのか私には理解しかねる。
故に私は我慢の限界だった。
「辞めます」
「ん?」
「私冒険者辞めます」
言ってやった。一生遊んで暮らせるに近いお金は稼いでいる。異世界での冒険も充分した。冒険者に固執する理由が今の私にはない。
「そうか………そんな気がしてた」
「止めないんですか?」
「お前が他人に引き留められて残るような奴か?」
「流石先輩、よくわかってらっしゃる」
先輩とは長い付き合いだ。私より私を理解しているかもしれない。
「これを機に探索者組合の方にも掛け合ってみるかな。ところで次は何するつもりなんだ?」
「冒険者をやります」
「???」
「違った。しばらく仕事をせずゲームでもやってますよ」
もうゲームをやることしか考えてなかった。先輩は訳が分からないと言った表情から一転して合点がいったようで、呆れ顔に変わる。
「そういう意味での冒険者か」
先輩もオンラインゲームをやってるという話を一度聞いたことがある。未だにやっているのかわからないが、私が言いたかったことを正確に把握してくれただろう。
「とりあえず、辞表だけは後で送ってくれ。手続きはこっちでやっておく」
「ありがとうございます」
先輩には頭が上がらない。辞表と一緒に先輩にお高いお酒でも送っておこう。私が辞めるからこれから先輩はさらに忙しくなるだろうしね。
自惚れじゃないけど、それなりに貢献していたんだから後任はなかなか見つからないと思う。冒険者の離職率が上がっているという話もあったし、さっきの先輩の口ぶりからすると探索者組合と交渉するのかもしれない。先輩より上の人が判断することになるだろうからどうなるかわかんないけど、もう私には関係ないか。
すっきりした気持ちでフォルテシモクルセイダーにインする。いつもの街のいつものたまり場、最後にログアウトしたのがここだったか。だけど、いつもと違って誰もいない。
「今二十一時だよね」
いつもこの時間であれば、狩りに行く前の時間なので誰かしらいるのに今日はメンバーが一人もいない。それに見知らぬ集団が近くに集まっている。ギルドフラッグが同じことからギルドの集まりなのだろうが、これから狩りに行くのに集まっているのだろうか。
ウーズ:えっと、ヒルダさん。ここは僕たちのたまり場なんだけど…
いきなり話しかけられたのとその内容に衝撃を受ける。ローカルルールではあるが、混乱が無いようにギルドのたまり場は同じ場所を使わないことになっている。私たちのギルドはそこそこ名前は知られていたはずなのだけど…
ヒルダ:すみません。ここは安らぎの揺り籠って言うギルドがたまり場としてつかっていますけど。
妖怪もっこり:あのギルドの人だったのか…もしかして、休止してた人?
ブラックバス:安らぎの揺り籠って、二ヵ月前くらいに解散しなかった?
ヒルダ:え!? 解散したんですか!?
突然の事実で頭の整理が追い付かない。その間にも周りの人からの話がログに表示されていく。新しく入った新人がもめて内部分裂を起こしたとか、攻防戦の結果がうまく伸びずに人が離れたとか、嘘かほんとかわからない内容ばかりだけど、とりあえず解散したのは間違いないらしい。彼らは安らぎの揺り籠が解散したのを聞いて、空いたこのたまり場を利用しているのだそうだ。
メンバーもちりじりとなって今も続けているかどうかは不明だ。こういう事なら友人登録しておけばよかった。私の友人欄は引退した人の名前で全部埋まっていて、思い出として残していたのだがこれが仇になるとは…
ウーズ:良ければ、枠も余ってるしうちのギルドに来る?
同情からか最後に誘われたが、玉虫色の返事をしてその場でログアウトをした。
「ま~じか~………」
自由の身になったばかりだというのに出鼻をくじかれた。気分は鳥かごから解放された鳥が猛禽に襲われた感じだ。
自分でも何言ってるのか分からん。
「寝よ」
精神的ショックが大きすぎる。夢の世界へ現実逃避しよう。
雀の鳴き声が聞こえる。一晩寝ても喪失感は相変わらずだ。そういえば、道具のメンテやってなかったな。さっさと終わらせて昼はどこか食べに行こう。これからこの道具を使うかどうかはわかんないけど、今まで一緒に修羅場をくぐって来た戦友たちなんだからしっかりねぎらってやらないとだね。
午前中いっぱいの時間をかけて、しっかりと整備をする。十五時、太陽が真上に来る時間には整備で汚れた体をお風呂で清めて、外に出る。外食に行くわけだから薄く化粧をする。昔は結婚願望でギラギラしていた時期もあったわけだが、今はそんなでもない。
異世界で虫歯ができそうなほど甘い恋愛物語をノンフィクションで見る機会があったり、逆に離婚騒動を目の当たりにしてめんどくさそうという気持ちが先行したのだ。
イノジストにはいろんな世界からの人がそのまま住み着いていて、人口が多い。探せば好みの男性の一人や二人くらいいるかもしれないが、積極的に探そうとは思わない。それよりも独身貴族でこれからを気楽に過ごしていく方が私としては魅力的に感じる。そう考えるのも今までが刺激の強すぎたせいかもしれない。冒険者になる前はあんなにいろいろ見て見たいと思っていたのに、年を取ると保守的になるのだろうか。
「こんなことを考えていると年齢以上に更けて見られるかも…」
私はまだ若い私はまだ若い私はまだ若い………ジコアンジダイジ。
精神的に枯れていても乙女な心を忘れないようにしよう。そうしよう。そうと決まれば、今日は乙女らしくカフェテリアで食事しましょう。わたくし、季節のパスタとおすすめのスイーツをご所望いたしますわ。
「痛い。ないわー」
セルフ突っ込みしながら、カフェでお昼にする。店内はモダンな落ち着いた雰囲気で鼻腔をくすぐるコーヒーの香りと流れているボサノヴァがそこにいる者に癒しをもたらす。
長期調査の時は流石に料理担当を決めて毎食温かいものを口にできたが、こう落ち着いてご飯を食べることはできない。静かで誰にも邪魔されない食事は尊いものだというのはそうでない環境になってはじめて気づくものだ。
注文を終えて一息ついたところで、新たなお客の訪れを扉に付いたベルが知らせる。お店の雰囲気作りの一環なのか自動ドアと電子音ではない。入ってきたお客は可愛らしいヒューマンの女の子が二人…いや、よく見ると一人は男の娘か。
誤字に非ず。
女の子はチョコレート色の髪をツーサイドアップにしてある。くりくりとした大きめのたれ目で優しげな印象を与える容姿だが、男の娘の手を引いているところを見るとそれなりに積極的なのかもしれない。緑色の瞳を輝かせてここのケーキがおいしいことを力説している。
対する男の娘の方は紺青色のミディアムヘアーで大きな瑠璃色の瞳は苦笑いを浮かべながらも女の子を見ている。女の子と間違うほどの風貌だが、大人になったらもてるようになると確信できる容姿だ。リア充爆発しろ。
普段であればこんなに観察することは無いのだが、二人が見た目以上に手練れだったので思わず見入ってしまった。特に男の娘の方は足運びが既に新参の冒険者と遜色がない。
私の視線に気づいたのか、男の娘の視線が私と合う。訝しげにしている彼にごまかすように愛想笑いをすると、おずおずといった感じで頭を下げていた。仕草は可愛らしいが、隙が少ないという妙なギャップがある。それよりも問題なのは私が少年趣味の危ない人とか思われていないかどうかだ。あの子がどうか勘違いしていないことを祈る。
「アル君、行くよ?」
「わわ、待って~」
私に気を取られて置いてかれそうになった男の娘は、慌てて女の子の元へ向かった。殺伐とした心に微笑ましい光景が染みわたり、ほっこりする。個人的にあの二人は私の琴線に触れる良いカップルだ。幼馴染か、友達か…成長するに従い男と女を意識する二人。女の子に告白するライバルの登場。周りの友人からの助けで自身の気持ちに正直になり、結ばれる二人…ふへへ、良いと思います! 王道こそ至高!
妄想から帰ってふと、女の子がケーキの話をしていたので気になって時計を確認すると、十六時を指していた。なるほど、二人にとっては早めのおやつタイムなのだろう。子供二人でこういう店に入ってくるという事はお手伝いか何かでお金を持っているんだろうな。少なくとも男の娘の方はお金を稼ぐ手段を持ってそうだ。
「お待たせしました」
あの二人についてまた思考が飛びそうになったところで注文したパスタが届く。デザートはアイスクリームにしようと思ったけど、あの女の子がおすすめと言っていたケーキを頼もう。
昼食の後は引きこもるための物資調達をして帰宅。食べ物は冷蔵庫に突っ込んでとりあえずM.I.Dをオン。カップ麺を取り出し、魔法瓶からお湯を注ぐ。朝に沸かしたものだけど、内部は時の流れる速度が五十分の一なので未だに熱々だ。おっと、忘れないうちに辞表を転送しないとだ。普段は壁の一部になっていて見えなくなっている転送機の蓋を開け、辞表を放り込んで転送先指定。これでよし。
「うーむ…もう、熱も冷めちゃったし別のゲームやろうかなぁ」
ギルドは解散の上、メンバーには連絡が取れない。惰性でやり続けてたので元からそんなにモチベーションが高いわけではなかったが、今回の出来事がやる気に止めを刺した感じだ。やめるならキーボードとマウスに暇を与えることになるだろう。
フォルテシモクルセイダーは妙なこだわりで操作はキーボードとマウス操作しか受け付けていなかった。現在主流である念動操作に対応しなかったのは他のゲームとの差別化を図ってのことだろう。そのめんどくささが人気の一つだったりするのだが、別の人気ゲームの台頭で最近厳しかったというのを聞いたことがある。私も嫌いではないのだが、これは時代の流れかもしれない。また数十年すれば見直されるかもしれない。
冒険者もやめたわけだし、新天地を探すとするかぁ。検索、検索ぅっと。ついでにモニター拡大で百八十度に展開っと。これで一度にたくさんの情報が出せる。
「街作りは好みに合わないし、銃撃戦系はリアルでぶっ放してるしパス。スポーツは興味ないから、いっそ戦車とか戦闘機のストラテジー…」
以前にゲーム検索したのもだいぶ昔なのだが、また種類が増えている気がする。こうやってゲームの概要を眺めているだけで、時間がどんどんすぎていく。まぁ、いっか時間なんていくらでもあるし。
「しまった。カップ麺のびてる…」
集中してしまって、カップ麺にお湯入れたの忘れてた。ぶちぶち切れる麺を涙ながらにすすりながら検索続行。両手が埋まってても念動操作だから、支障はない。
「んー? これ、良さそう」
タイトルはレジェンドサバイバルバトラーズ。略称はLSB。
プレイヤーは中期文明をモチーフとした世界で旅する冒険者となり、世界を自由に冒険する。ヒューマンしかいないのは珍しいがそういう世界設定なのだろう。
三つの陣営による対人要素が最大のコンテンツで各陣営による壮絶な陣取り合戦が売り…これは課金アイテム多々買えの匂いがするけど、手を出さなければいっか。
操作はVR対応でキャラクターと感覚連動のフルダイブモードと第三者視点のハーフダイブモード、それとVRシステムを使わないマリオネットモードの三種類から選べて、好きな操作を常に変更可能なのか。プレイスタイルに合わせて、操作変更できるのは高評価だ。
私にとって重要な絵柄とキャラメイクは…プレイヤー及びNPCの表示は三頭身のキッズ・五頭身のファンシー・七頭身のリアルから好きなのを選べてこれも常時変更可能。
開発費やばそう。
あ…服装とかガチャメインだこれ。交換できるみたいだし、欲しいのがあったら頑張ろう。モンスターの方は子供向けの可愛い物からホラゲーも真っ青なグロモンスターまで幅広いようだ。
このゲームで一番のユニークシステムはプレイヤーはキャラクター個人ではなくパーティ単位で、必ず二人で行動するところだろう。キャラクターはいつでも交代できるので、万能キャラと特化キャラを組ませたり、得手不得手を補えるから戦略性がありそうだ。このシステムが私を惹きつけた理由でもある。
キャラクターは初期で三人まで作れて、課金で枠を増やすことができる。作ったキャラクターは全員同じパーティ所属で、パーティハウスと言うプレイヤー個人の自宅で使うキャラクターを交代できる。キャラクターと自宅の装飾で人それぞれの嗜好が大きく出そうだ。
他のゲームで他人と組むことをパーティと言うのだが、プレイヤーが既にパーティ単位であるため、軍団を意味するレギオンと呼ばれるそうだ。更に大人数の集まりは一族を意味するクランとはまた大層な名前が付いている。
「とりあえず、インストールして雰囲気確認しよう」
これ以上情報見て最適解で進むのもなんだし、手探りでやってみるか。私は実力が伴えばパワーレベリングは厭わない派だ。しかし初心者がそのまま上級者のパーティに混ざるのは勘弁だから、やるならきっちりプレイヤースキルも上げてから来てほしい。
これから始める私は初心者なわけだからきっちり、いろんな壁にぶち当たって行こうと思う。これは初見の醍醐味だよね。
データ展開が始まったので、その間にすぐに寝られるように準備しておこう。昨日はそのままベッドに倒れこんじゃったからお湯張って、ちゃんとお風呂に入ろう。
「キャラメイクどうするかなぁ…」
湯船につかりながら、自身の分身の姿を妄想する。二人分のキャラで苦労も二倍だな!
キャラメイクはオンラインゲームの楽しい時間第三位に入る(私調べ)。ちなみに二位が友人とのゲーム内イベントの企画・参加。堂々の第一位は強力な装備が手に入った瞬間。確率コンマ以下のレアドロップや理不尽な強化沼を乗り越えた先にあるあの達成感と虚脱感は体験したものにしかわかるまい。
さて、二人で冒険させることになるから。作るならペアにして違和感がないキャラが良いなぁ。技の優男と力の熱血漢、対になる色の魔法少女、親子っぽい感じにするものありか。ちらっとだけみたけど、職業システムじゃなくて特技を選んで強化すると技を覚えるタイプだったし、お互いを支え合う構成にしたい。奇をてらった物は慣れてからだ。
「ベタだけど、戦士に回復役が良いかな」
最初はパターンなんかわかんないだろうし、被弾をする可能性が高いなら回復手段があったほうが良いだろう。
そこまで考えて、昼のお子様カップルを思い出す。男の娘は間違いなく何かしらの武術を身に着けていたし、女の子も見た目だけならヒーラーっぽかった。端から見てもお似合いだとわかる組み合わせだったし、あの子たちを参考にしようかな。
「そうと決まれば、記憶に残っているうちにちゃっちゃと作っちゃおう」
手早く着替えて、冷えた牛乳の入ったマグカップを片手にM.I.Dの前に戻る。風呂上りは牛乳、異論は受け付けない。
インストールはとっくの昔に終わっていたようでさっそく起動する。アカウント名を入力して、ゲーム開始!
「えっと、まずはパーティ名を決めるのか」
このパーティ名が個人を特定する情報になる。だからここの名前は既に決めてた。
「安らぎの揺り籠っと」
女々しいのはわかる。でもこうして残しておけば、もしかしたら知ってる人が声掛けしてるかもしれない。そんな淡い願いを込めて決めた。
「次に名前だけど、どうしよう」
イノジストでは人口の多さもあり、奇抜な名前もそれなりにいる。様々な姓名が氾濫しているので、被らないなんてほぼ不可能だ。逆に本名でゲームをやっていても、本名だと思われないことが多い。流石に豊穣の雄たけびとか猫忍者とか明らかに名前じゃなければ、確実に偽名だとわかる。でも、ネ・コニンさんは実在するんだよなぁ。
男の娘の方はアル君って呼ばれていたから、連想されないようにこの二文字は除外した名前にしよう。あの子たちの容姿は参考にするけど、身長や体型は成人平均くらいにしておこう。完全そっくりにしてしまって、もし見つかったら気まずい。それなら、オリジナルを作れって思うかもしれないけど、今はあの二人以外は考えられないんだ。それに早くゲームを始めたい!
「うん? こっちの角度から見たら奇形になってる。自動補正でなんとかなるかな? 表情は…」
大まかに整えてからがキャラクリの本番だ。角度や表情を変えるとクリーチャーみたいに顔面が崩れるから、この仕上げが一番時間がかかる。昔は補助が無くて、怪物が量産されていたという。たまに画像がネットワーク上に流されてるけど、思わず吹き出してしまう物ばかりだ。狙ったのなら大成功だろうけど大まじめにやってる人も多かったとか。
閑話休題、なんとか形になったので名前を付けよう。こういうのはさっと、頭に思い浮かんだのがベストだ。
「よし、男キャラはスティングで、女キャラはローリエに決定」
スティングは弱点をピンポイントで刺せるような戦士になるように願って、ローリエは乾燥させる前の月桂樹が神話にも出てくる物であることとモデルのイメージから命名した。男キャラの命名が適当感半端ないが、思い浮かんでしまったので仕方がない。許せ、名も知らぬ男の娘。名前に合わせて男キャラの目を鋭く修正しとこ。
「よっし、完成!」
我ながら良い仕事をした。初期なので無地のシャツにズボンと言ういで立ち。ゲームを進めればかっこいい装備も手に入るだろうし、今からどういう格好にするか夢が広がる。
「表示はファンシーで様子見して、操作はフルダイブタイプっと…さぁ、新たな世界へ出発ー!」
ログインと同時にM.I.D付属のVR装置が起動して、周囲に魔力が満ちていく。リンクした際の現実の肉体は眠ったような状態となる。ベッドでやる人も多いのだが、私はこれのためだけに高いリラックスチェアを購入している。意識が落ちる前に椅子の角度を変えて、VR装置から発せられる夢の誘いに身をゆだねた。
目を開くと広い木造の建物の中にいた。自分ではない手と服装から、無事キャラクターの視点となっていることが伺える。周囲には同じ格好の恐らく私と同じ開始したばかりの冒険者の姿も多くある。
木造の建物の中に数人、立派な装備のたくましい男性が腕組みを一歩も動かずに立っている。プレイヤーと思われる人が次々話しかけているところNPCなのだろう。NPCとはプレイヤーでないキャラクターのことだ。ゲームの進行はだいたい彼らに話しかけ、願いを聞いたりすることで先に進む。ここに数人NPCを設置してるのは始めたばかりの人が待たなくて良いようにという配慮なのだろう。
改めて自分の姿を確認する。今はスティングになっているようで、手持ちの道具はなし。武器の一つも持っていない貧弱な一般人だ。お金は五百B。アイテムやお金はパーティ単位での管理なのでローリエにチェンジしても持ち金は変わらない。
(交代すると五秒くらい再交代はできないのか)
交代をすると目の前が明るくなって、一瞬の浮遊感の後に完了する。交代動作自体にも三秒くらい隙があるので敵の目の前で不用意な交代は避けたほうが良いだろう。何はともあれ、NPCに話しかけようか。
ローリエ:あの…
***:おお! 君たちは新人冒険者だな! ようこそ、冒険者ギルドへ! 君たちを歓迎しよう! この世界でなにをするかは君達次第だが、微力ながら我らがそのお手伝いをしよう。
話しかけるといきなり大歓迎ムードだ。冒険者としての第一歩を踏み出すために、冒険者カードをもらうのが目的だったかな。いろいろ疑われて始まるよりもさらっと進めてくれた方が面倒が無くて良い。
***:さっそく冒険者の登録と言いたいところだが、一つ君たちの実力を示してほしい。何難しいことではない。近場に発生したモンスターを少々討伐してくれればよい。
これはあれだな。チュートリアルってやつ。長いとだれちゃうから手短に済ませてほしい。
***:何かわからないことがあれば、このクエストブックとヘルプブックを確認すると良い。
そう言いながら、二冊の本が手渡される。受け取った瞬間に消えてしまったのでアイテム欄を確認したが入っておらず、クエストとヘルプの二つのアイコンが点滅している。なるほど、ただの演出なのか。同時にクエスト開始の文字が視界の端に現れて、数秒後に消えた。
***:おっと、これだけは伝えておくが、外に出る前に技能を習得してアビリティを使えるようにしておくんだぞ!
言われるがままに技能の項目を開くと大量の技能が一覧に現れた。身体技能と魔法技能で大まかに分かれていて、身体技能は剣、斧、槍等の武器系から走破、偵察、登攀。魔術技能は精霊術、理捻術、治癒術、そして死霊術や召喚術。
ざっと目に入ったのはこれくらいだが、まだまだある。これ最適解探すの無理臭い。ちなみに生産は別枠となっており、こちらは生産すればするほど熟練度が上がっていくようだ。
現在はレベル一で、技能ポイントは三しか割り振りできないようだ。
技能を一つ上げると対応するアビリティが使えるようになるのか…そして、特定の組み合わせで開放されるアビリティもあると…
さっそくヘルプでどういうシステムか確認する。例えば剣技能を取得すると剣による攻撃力が上がり、同時に強力な一撃であるアビリティをいくつか使えるようになる。更に剣技能と共に精霊術技能を一定ランクまで上げると剣に魔力を纏わせる、いわゆる魔法剣を取得する。他にも槍と斧では一部のアビリティで互換性があったりするので組み合わせは多岐にわたりそうだ。情報サイト更新者の方々頑張ってください。
(こういうのはだいたい、特化が正解なんだよね)
そういうわけで、スティングには剣技能三、ローリエは治癒術二と鈍器技能一を習得させた。ローリエの技能を完全に回復だけにしてしまうと抵抗できなくなるから、無いよりまし程度に自衛できるようにする。
(丸腰だと武器アビリティも使えないし、武器と防具をそろえようか)
建物の外に出るとそこは石造りの立派な街並みの中だった。冒険者ギルドは大通りに面した立地でマップを確認すると、ここがほぼ中心だった。
遠くにはお城や屋敷が見え、機械は見受けられずこれぞ中期文明って感じだ。プレイヤーも多く、どこを見ても人人人。
現実と違うのはヒューマンしかいないところか。プレイヤーは指定すればパーティと現在のキャラクター名が表示され、NPCは常時名前が表示されているから間違うことは無い。
オンラインRPGの醍醐味でもある露天商もそこそこ存在するようだ。ちらっと覗いてみたけど百万単位の賞品ばかりで眩暈がした。
対人取引は四種類。
直接アイテムを交換する方法。
目の前のように露店を開く方法。
メール機能で送信する方法。
そしてオークション会場で出品する方法。
直接交換は説明不要だろう。露店はたとえダンジョン内でも開けるのが強み。メールはプレゼントなんかに最適。オークションは目当ての道具を探しやすいことと高い金額で販売できるのが強みになる。それぞれの長所を活かしてうまく取引できれば、一財産築くことができるだろう。まぁ、私は商売はさっぱりなんでむりです。
今回はNPCで無難に装備をそろえよう。スティングは盾技能を持ってないので両手剣。ローリエは少しでも回復量を上げるために杖を購入。魔法攻撃力がより高くなる魔導書もあったのだが、杖だと鈍器のアビリティが使えるのでこっちにした。防具についてはスティングはスピードが落ちないように革の防具。ローリエは布製のドレスに防御が増えるお守りを購入。素寒貧になってしまったが必要経費だろう。
(クエストはなんじゃらほい)
クエストブックには【冒険者の証】というクエストが載っており、内容は【街の外に出てモンスターを五体討伐せよ。】となっていた。何を倒すのか指定は無いのか。
街の周辺はどの方向も出て直前は平原となっている。そこから先に不用意に踏み出さなければ大丈夫なはず。経験則から街から少し遠出するといきなり敵が強くなるからね。
(初陣ってやつだね。張り切って行きますか)
アタッカーであるスティングに交代し、街の外へ向かう。途中でプレイヤーの会話が漏れ聞こえてくる。このゲームは遠距離通信手段がないという設定で、他のオンラインゲームと違い全体発言は存在しない。多くの人に見てもらいたい内容は各地に設置してある掲示板に書き込みをするしかない。
レギオン、クランの会話でさえ、有効範囲内でないと聞こえないという徹底ぶりだ。どうしても遠方に伝えたい場合はメール機能を利用するか、精神術のアビリティを利用するしかない。なのでこういう人通りの多いところでの発言は全体に伝える代わりに利用されているのだろう。
†クランド†:未所属の冒険者諸君! 次の模擬戦争では是非我ら【イルキシオン】軍へ! 共に勝利を掴もう!
バブリー☆:魔術に興味がある方は【ディムロギア】へどうぞ。まとめてなぎ払う快感をお教えしますよ。
アッサム:自由意思を尊重する【レンミシアス】こそ最強! 枠にとらわれない行動こそ勝利をもたらすと思い知らせましょう!
模擬戦争って、たしか大規模対人コンテンツだったはず。となるとあそこで呼び込みしてるのはそれぞれの代表者なんだろうな。私は今のところ参加する気もないし、スルースルー。
街の外へ踏み出し、モンスターを探す。心地よい風の吹く広大な草原が初心者冒険者を出迎える。隣町までの道が舗装されているという事もなく、自然のままだ。馬車の轍もないなんて現実では孤立していない限りありえないね。
スティング:おお! 足おっそい! 一メートルしかジャンプできない!
ついリアルの身体能力の感覚で走ってみたが、スピードが出ない。子供の頃の自分もこんな時代があったなぁ。
…しみじみするのはなんかババ臭くなるし、これ以上思い出に浸るのはやめておこう。
最初に相手するモンスターは子供向けの可愛らしいフォルムのモンスターが大半のようだ。兎に犬に蟻、そして狼。
あれ? あの狼だけキッズ系じゃなくてファンシー系の見た目だ。あ、こっち来た。
(これアクティブモンスターだ!)
最初から敵対的なモンスターであるアクティブモンスターは序盤では大抵他のモンスターより強力な能力を設定されていることが多い。見た目も他のモンスターとは違うし十中八九こいつもそうだろう。
だからといって黙ってやられるつもりなんてない。
剣を構えて、よく引き付けてカウンターを狙う。だが、予想していたように体が動かずまともに狼モンスターの攻撃を受けてしまう。
HPが六割もなくなったんだけど!? いや、その前にリアルの感覚のまま動こうとしたのが間違いだった!
思った通りに動けないのはすでに確認済みだったのに不覚だ。攻撃後の硬直があるのか、連続で攻撃してこないのでアビリティの中から『スタンスラッシュ』を使う。これで相手の動きを止めて体勢を立て直そう。
モンスターの胴体に剣が命中すると同時に動きが止まる。全然効いて無さそうだけど、今はとりあえず良しとしよう。この隙に交代しよう。
ちょっっと、復帰早くない?
後で冷静に考えたら、三秒も待ってくれるなんてかなり有情だ。交代が完了したところで狼が再活動する。後退しながら、パーティメンバーを回復する『パートナーヒール』を使う。だがそこまでで、詠唱を終えた直後に一発、交代までの時間を稼げずにもう一発もらってやられてしまった。
(あ…これやられたらキャラクターチェンジできないんだ)
倒れて真っ暗になった視界に帰還するかどうかの選択肢が現れる。スティングの方はまだぴんぴんしてるので反撃しようかと思ったけど、どうやらそれは叶わないようだ。街から出てすぐのところだし、戻ることにする。
帰還を選ぶとスティングがローリエを担いで走る映像がしばらく映り、視界が回復すると数十分前に見た光景が飛び込んできた。私は冒険者ギルドの中にスティングの姿となって立っていた。
(戦闘不能になったらパーティメンバーが担いで戻ってくるって設定なのか)
他のゲームだと戻ってくる描写が無いことが多いのだけど、無駄に力が入っているというかなんというか。ゲームシステムの理由付け描写、私は好きです。
今回はローリエが倒れたけど、逆だと絵的に悲壮感が出そうだ。シチュエーションとしては悪くないね。キャラクリの時に男二人にしなくて良かった。私には腐属性はない。
しかし、参ったな。あれだけ強い相手が街のすぐ外にいるって初心者にとって割と脅威だ。何か対策しないとまた返り討ちだ。ゾンビアタックしても良いけど、何度も負けるのは気分的に良い物じゃない。別方角の門から出るのは負けを認めることになるので却下だ。
しかし、対処法を考えるにしてもローリエのHPが一のままなので、どこかでお座りしなきゃ。
座るという行為は回復量は多くなくゆっくりとしたものだが、どこでもできるお手軽回復手段だ。外ではモンスターがいるから安全確保してからじゃないとできないけど、回復アイテムを使わずに回復できるのでしばらくはお世話になるだろう。街中はそんなことしなくてもどんどん自然回復していくようだけど、考え事もするし、気分的に座っていたい。おあつらえ向きに椅子がたくさん設置してあるしね。
レミア:あの! 初心者の方ですか?
しばらくローリエのHPとMPを回復させるために隅っこに設置してある椅子でお座りをしていたら、ごっついハンマーを持った幼女から声を掛けられた。武器含めさっきのNPC商人のところで売っていた装備だったのでこの子も初心者なのだろう。
しかし、幼女にハンマー…ギャップ萌え狙いかな。
ローリエ:ええ、そうだけどあなたも?
レミア:そうなんです! 外に出て狼に瞬殺されちゃって…
どうやら彼女もあの狼の被害者のようだ。ちょっと親近感が湧いてくる。
ローリエ:出てすぐ強敵なんてお互い運がないね。
レミア:うんうん。あのフォレストウルフって、少し進んだところのモブみたいなんです。きっと誰かが連れてきて放置しちゃったんですよぅ。
モブとはいわゆる雑魚モンスターのことだ。レミアちゃんの話で狼の強さに合点がいった。少し進んだところのモブという事であれば負けるのは必然だった。オンラインゲームに限らずRPGでは選択肢が少ない序盤は特にその傾向が顕著だからね。
レミア:それで、良ければなんですけどレギオン組みませんか?
私としても願ったりかなったりだ。二人だったら何とかなるかもしれない。
ローリエ:ええ、良いわよ。
レミア:やったー! よろしくお願いします!
レミアの上にレギオンを組むのか確認が出てきたのでYESと答えると、レミアちゃんの周辺に小さくゲージが姿を現した。赤と緑の二つのゲージは私の視界の端にあるものと同一のものなので現在のHPとMPを表している物だろう。具体的な数値は出てこないのでどれだけの割合かという事しかわからない。最大値は必要であれば聞けば良いか。
次に彼女に注目すると所属が表示された。レギオン名は『新しいレギオン』。これは作ったばかりでまだ命名してないからか。クランは未所属。
そして、パーティ名は裏家業の内職…なかなかブラックな匂いのする名前だ。
そうだ、外に出る前にこれだけは聞いて置かないとだ。
ローリエ:私は治癒術使いでパートナーは剣士なんだけど…
スティング:レミアちゃんは?
途中交代…以降めんどくさいしCCって略するか…を挟みながら聞く、どういうことができるのかは知っておかないと連携もできないからね。
レミア:あ、そうですね。私はこの通り大槌士で…ちょっと、CCしますね。
略は誰も考えることは一緒だったか。更に親近感を抱きながらCCするレミアさんを見ていると、少し浮かんだ後に光が彼女を包み込んだ。なるほど、他の人からはこう見えるのか。そして、光が収まるとそこには黒いローブ姿のやせぎすで不景気そうな中年男性がそこにいた。
微睡の使徒:相方の微睡の使徒です…錬金術と精神術をたしなんでおります…以後お見知りおきを
レミアちゃんとのギャップに面食らう。そして、この人あれだ。たぶんTRPG畑の人だ。テーブルトークアールピージー…TRPGとは広く知られている電源RPGの前身ともいえる遊びだ。
紙と鉛筆、そしてサイコロを使ってキャラクターを演じ、全員で物語を作る大人のごっこ遊び。いろんなルールが出ており、物語も参加者の思惑ひとつ。よってTRPGでできないことは無いと言われるほど自由度の高い遊びだ。
TRPGの醍醐味の一つは自分の作ったキャラになり切り演じることだ。普段の自分とは違う人格を演じるのは最初は恥ずかしいがだんだん楽しくなってくる。恐らく、目の前の子の人もその魅力に取りつかれたうちの一人なのだろう。かく言う私もRPが好きだ。でなければ、スティングもローリエでもない別のキャラを作ってる。
スティング:えーと、それじゃ使徒さん。よろしくお願いします。
微睡の使徒:ああ。
外へ向かいながら錬金術と精神術についてどんなことができるか聞いてみたが、錬金術は薬品の製造と利用。精神術は敵の能力ダウン――――デバフと呼ばれてるやつだね。それと催眠術による混乱や睡眠の状態異常付与だという事だ。
睡眠は攻撃されるまで長時間行動不能になる状態異常なので、ダメージを受けすぎたら睡眠を入れて体勢を立て直そうという事で作戦がまとまった。緊急時はレミアちゃんにCCしてスタンやノックバックを狙うとのこと。ただ、大槌は見た目通り遅いので、素早い相手に当たらないことも多いらしい。
微睡の使徒:いますね…
外に出ると相変わらず、フォレストウルフが闊歩していた。今もまた哀れな冒険者が犠牲になっている。私が戻るまでに何人かの冒険者が挑んだためか体に傷が見え、消耗しているようだ。HPが可視化されていない代わりにモンスターの見た目が何段階か変わるようだ。
強い冒険者はうまみが無いからか、ここに来る気配はない。
微睡の使徒:詠唱を始めます。その間は頼みます。
スティング:任せて。
使徒さんが魔術を使うための詠唱を始めるとそれを察知したフォレストウルフがこちらに走ってくる。私の感覚としては遅いと感じるのだが、キャラが動きに着いてこれないので予測して行動する。
スティング:ここだ…『スタンスラッシュ』!
予想通りの場所にとびかかって来たフォレストウルフにカウンターの一撃をお見舞いする。動きが止まったので追撃の一撃をお見舞いしたところで使徒さんの混乱を付与する『マインドシェイク』がフォレストウルフに命中する。
混乱したフォレストウルフは見えない何かを追い払うかのように周囲に爪を振り回す。精神を揺さぶり幻影を見せているようだ。
レミア:よーし! おっちゃんが成功したからぼっこぼこにしちゃうぞ~!
レミアちゃんにCCした同行者も加わり、二人で混乱したフォレストウルフに総攻撃を加えていく。耐久が高いのか。なかなか倒れる様子がない。そうこうしているうちにレミアちゃんが混乱したフォレストウルフからの攻撃を食らってしまう。混乱しているからかダメージが抑えられている。とはいえ、三割もHPを減らしていた。
スティング:『パワースラスト』!
レミア:『インパクトバッシュ』!
自分の渾身の突きとレミアちゃんの振り下ろしたハンマーがフォレストウルフに直撃したところでようやく、撃退することができた。同時にオーラが湧きだすような少々派手なエフェクトが私たちを中心に広がる。ステータスを確認するとレベル三になっていた。ログを見ると強敵だったからか多めに経験値が入っており、スティングだけでなくローリエも同じだけ上がっている。現在使っている子と同じだけ経験値がもらえるのか。技能ポイントも六になっており、大幅に強化できそうだ。
レミア:お疲れお疲れ~。やっぱ、格上に大槌はなかなか当たらないもんだね。
混乱している相手でなお攻撃を外していたレミアちゃんは舌を出しながら頬をかいている。しかし大槌は当たれば、剣士であるスティングの二倍近くのダメージを叩き出していた。振りが遅いのと命中率が低いのが欠点ではあるが、スキルの倍率を合わせると高い威力を発揮していたのでスキルの使用回数が限られている現状悪い選択肢ではないような気がする。
スティング:僕も混乱が無ければじり貧でしたし、助かりました。
CCしてレミアちゃんの受けたダメージを『ヒール』で回復させる。モンスターと同じでHP二割ごとにプレイヤーの見た目がダメージを受けたものになるようだ。先ほど受けたダメージでレミアちゃんの鎧が傷を受けたものになっていたがパッと消える。無駄なところにこだわりが見える。
控えめに言って好き。
レミア:ありがとー。良かったらこのまま依頼分まで狩って行かない?
私の予想は間違っていなかったようで一人称の変化には特に突っ込みはなかった。もしかしたらだけどこういうゲームだし、ネカマとかネナベはあまり意識しない土壌ができているのかもしれない。
私も効率が上がるのは歓迎なので裏家業の内職と共にそのまま狩りを続行した。レベルが上がって技能を強化できたことでスムーズな狩りになったと思う。
スティングは剣技能の強化の他に走破と精霊術を新規に取得。将来的に剣だけでダメージを与えるのがつらくなるかもしれないので魔法剣を視野に入れた育成にした。ローリエは治癒術を優先した強化と鈍器技能を少し、それと薬学を取得した。これがあると回復アイテムの効果が高くなるのでMP切れで回復ができないときにも回復ができるようにしたわけだ。効果が落ちるが仲間に対して、アイテムの投擲ができるアビリティもある。ポーションなんかの液体はわかるんだけど、食べ物もできるので実際使ってみた時にどうなるかちょっと楽しみだ。
しばらく裏家業の内職と共に狩りをしていると草原の中に他とは見た目が違う草地が密集している場所に出た。
レミア:んー…っと、ここ採集ポイントみたいだね。
ローリエ:採集ポイント?
ヘルプを見るとたしかに採集ポイントの項目があった。
その土地固有のアイテムが収穫できる場所で、草や岩などのオブジェクトを調べることでアイテムを取得できるようだ。簡単なミニゲームとなっており、草のオブジェクトだと薬草の見本から正しい物を探すことになる。岩だと鉱石を取り出す型抜きゲーム。木だと斧を振るのに合わせてメトロノームのように揺れるマークを中心に合わせるリズムゲーム。結果によって手に入るアイテムのレアリティが変わってくるので、うまい人はこれで一財産築いていそうだ。
レミア:ひぃ…ふぅ…みぃ。十一個あるね。少し集めていく?
ローリエ:せっかくだし、やってみようかな。
採集は生産技能の一つになるようで、キャラの技能に追加されるとあった。つまり採集するなら同じキャラでやり続けるのが良いという事だ。ミニゲームの種類によってそれぞれ技能が設定されているらしく、今回のは採取技能になるとのことだ。ここはイメージに合うローリエのままやって行こう。草のオブジェクトに近づいて調べると視界が変わる。正確には草の集合体をクローズアップして、他の場所が見えないようになる。見本が視界の端に現れたのでこの見えている範囲内から探すという事か。拡大と同時にカウントダウンが始まったのは制限時間かな?
ローリエ:結構似たようなのばかりね。
レミア:失敗すると毒草とか手に入るんだって、それ目当ての人もいるかもね。
仕事柄こういうことはやったことあるし、さっさと引き抜いていく。見本と同じものは全部で十本もあるのに二十秒しかなかったから五秒しか余らなかった。これ慣れてない人は絶対無理でしょ。
レミア:時間切れだー! 三つしか見つからなかったよ。
レミアちゃんの方はさっぱりだったようだ。ミニゲームが終わるとアイテム欄に薬草が入っていた。ただの薬草の他に霊気草、魔念草、凛凛草とよくわからないのも混じってる。霊気草と魔念草はそのまま使ってもMP回復に使えるみたいだけど、回復量低いし基本的には素材っぽいな。
草のオブジェクトはミニゲーム終了と同時に消滅している。再度生えてくる―――リポップには十分かかるという事なので、集めるならここでがん待ちしないといけない。採集系はメインにやる予定はないのだけど、頑張る人は頑張るんだろうなぁ。
レミア:ローリエちゃん。そっちはどうだった?私は薬草二つと毒草一つだったよ。
ローリエ:全部集めたからだろうけど、薬草七つと霊気草、魔念草、凛凛草っていうよくわかんないのが手に入ったよ。
そう伝えると驚いたのか目を見開いて固まってしまった。
ローリエ:えっとね。私、リアルで冒険者やってたから…
レミア:なるほど、それなら納得だ!
別にずるしたわけじゃないけど、居たたまれない。隠す必要もないんだけど、もう冒険者も辞めちゃってるしなぁ。
ローリエ:良かったら私が集めて薬草渡しましょうか?
レミア:う~ん…私も技能強化しておきたいし遠慮しとく~
気を取り直して二人で採取を続け、すべての草オブジェクトを採りつくした。最後の一つは私がもらって良いとのことだったので、お言葉に甘えさせてもらった。その代わりにたくさん採れたので少しお裾分け。
レミア:悪いね。こんなにもらっちゃってw
ローリエ:いいえ、こちらこそ狩りで助かりましたから。
レミア:おっと、そろそろ寝る準備しないとだ。
時計を確認すると二十八時を指していた。私にとってはこれからの時間帯だ。
ローリエ:お仕事ですか?
レミア:最近忙しくてね。これも気分転換に初めて見たんだよ。
忙しくて仕事から逃げた私にそれは効く。表面上はなんでもないように振舞うけど、これ結構堪えるな…
ローリエ:そ…そうですか。お仕事頑張ってくださいね。
レミア:ありがとー! あ、そうだ。せっかくだから盟友登録しておこうよ。そんなにインできないけどまた遊ぼう!
ローリエ:ええ、良いですよ。
気が合いそうだし、断る理由はない。盟友とはいわゆる友達のことだ。現在のログイン状況と盟友チャットを使うことができる。今更だが、こうやって普通に会話している内容は後でログで確認することができる。チャットのログはチャットの種類別に分けて表示もできるので、こうやって盟友登録をして盟友チャットをすることで内緒話も可能だ。ちなみにどこにいるかという表示はないし、遠隔会話も不可能だ。
盟友申請を許可すると一覧に裏家業の内職と表示された。相手側にも安らぎの揺り籠が登録されたことだろう。
レミア:では、落ちますー! またね~。
ローリエ:はい、またいつか!
レミアがその場からふっと消える。取り残された私はCCをして、疎らにいる敵を狩りながら街に向かった。
***:良く戻った! 新人冒険者諸君! これで君たちは今日から正式に冒険者だ。君達の力がこの国のためになるよう心から祈っているぞ!
嫌なくらい元気な声で冒険者ギルドの職員がこちらを激励してくる。正式に冒険者となったことでクエストがいくつか受注できるようになったようだ。メインストーリーのようなものは無いようだが、クエストの中には連続イベントのように相互に繋がりがある物がいくつもあるようだ。受注リストを見ると枝葉のように分かれたクエスト群が表示される。全部やるのは大変そうだ。
クエストの報告でまたレベルも上がってるし、技能を強化していこう。七まで上がっていたのでポイントは十二もある。得意分野を一気に上げようとしたが十から十一するのに必要ポイントが二に増えたので十で止めておいた。十の倍数で必要ポイントが増えるようだ。
スティングは剣を十にして精霊術を五、走破を六まで伸ばし、ローリエは治癒術十に鈍器を七、そして薬学を四にしておいた。
ここまで、やってみてわかったことは一つを特化で伸ばすとできることの幅が少なすぎてソロがきつすぎるという事だ。浮気しすぎるのも良くないがある程度バランスをとったほうが良さそうだ。
技能は最大で三十まで伸ばすことができる。つまり六十ポイントもあればカンストさせることができる。技能を強化するとその技能の扱いがうまくなり、威力やアビリティの詠唱や硬直等が軽減され、使い勝手が向上していく。
今も剣技能を強化したら、剣を振る速度の上昇や無理な姿勢からの攻撃ができるようになっている。リアルの自分だったらできていることができないというのは不思議な感覚だが、これはこれで面白い。
精霊術は自然の力を借りた魔術のようでリアルとあまり変わらないようだ。ただ、威力が他の魔法より低い設定らしく攻撃に使うような魔法は少ない。代わりに他技能と組み合わせで使えるスキルが多いようで、今のスティングだと数回の攻撃属性を斬撃属性プラス付与する属性に変化させる魔法剣、走破との組み合わせで移動速度を上昇させる『ウィンドウォーク』なんかも使えるようになっている。走破技能自体は足場の不安定な場所でも普通に歩けるほか素の移動速度が上がる技能だ。便利なアビリティが増えることを考えるとローリエにも精霊術を取得させようか少し悩んでしまう。
今のところは保留かな。
それとキャラクター自体の能力も上げておこう。モンスターを倒して得た経験値はレベル上昇だけでなく、キャラクターの能力の補強にも使う。レベルは総取得経験値で計算されているので能力を上げるために使ったからと言ってレベルが上がらなくなることは無い。合計能力値や一項目の上限など制限もあるが、基本的に自由に割り振りできる。もちろん一項目を高くしていこうとすると相応に必要経験値が増えていく。
能力の項目はPOW・VIT・MAG・MEN・DEX・AGIでそれぞれ力・活力・魔力・精神・器用さ・素早さを示す。器用万能何てよほどうまく組み合わせないと無理だろうし、こっちは方向性を考えてある程度特化したほうが良さそうだ。ただ、ソロ活動するならどれも低すぎるのも考え物だし悩む。高い能力はそれだけ経験値も要求されるしなぁ。スティングとローリエでそれぞれ無駄にならない能力を今は補強しておこう。
ちなみに取得した技能や上昇させた能力は課金や一部のイベント限定品でリセットできるようだ。開発費かかってそうだし仕方ないね。
一通り、ステータスの確認が終わって今度はアイテムの確認に入る。モンスターの落とすアイテム―――ドロップの中にはお金はない。解体する手間がないのは元冒険者としては面倒でなくて良いような、少し寂しいような。
そんなわけで、お金を稼ぐにはクエストをこなすかアイテムを売るかの二択だ。使わない物ならばNPCに売り払っても良いかもしれないが、だいたいは対人取引でお金を稼ぐのが主流だろう。だから私もすぐにNPCに売るなんてことはしない。幸いにも外には買取専門の露天商も並んでいる。その中から高く買ってくれる人を探して、売り払ってしまおう。
(あれ? こんなのあったっけ?)
アイテム整理している途中アイコンが増えているのに気が付いた。ログを確認してみるとパーティハウスが開放されましたと出ている。ログが最初のクエスト達成の次になっていたのでクエストの報酬の一つなのだろう。恐る恐るパーティハウスを開こうとするとここでは使えませんと表示が出て何も起こらなかった。ポップアップが出て、そこには街中や一部のセーフゾーンで利用可能と出ていた。建物内はNGらしい。
はやる気持ちを抑えて外へ出る。ワープゾーンのようなものを作るらしく、街中でもどこでも出せるわけではないようで、周りに誰もおらずかつそれなりの広さの場所じゃないといけないようだ。
しばらく歩いていると路地裏で良い感じの場所を見つけたのでパーティハウスを選択する。すると目の前の景色が割れてそこだけ切り取られたかのように歪んだ空間が現れた。
スティング:これ見たことあるな…
冒険者であれば度々見る光景だ。自然にできた別世界への扉、通称『次元の歪み』。明らかにそれを参考にした入口の開き方だった。これに巻き込まれてトラウマになってる人もいるかもしれないのに良いのかなぁ………私が心配してもどうしようもないんだけどね。
閉じるのは意識すればすぐできるようで、何度か開けたり閉じたりを繰り返す。次元の歪みはこんなレスポンスよく開いたり閉じたりしないので非日常感が半端ない。ゲームだから許される光景だ。
少々抵抗はあるが、意を決して中に飛び込むと茶色の土の地面に木製の小さな小屋がぽつんと立っている寂しい場所に出た。空は青空が広がっているが、雲一つなく味気ない。いかにもデフォルトって感じの自宅だ。
家の中も仕切りすらなく窓が左右に二つだけで椅子ひとつなし。もし、追加でキャラを作ったらここにぽつんと突っ立ってることになるのだろうか。
ホームメニューと言うのがアイコンに追加されていたのでチェックしてみるとパーティメンバーの変更や追加、除名それとアイテム倉庫と出てきた。前情報通りここが自分の拠点になるという事か。今のところ弄ることもできないし、クエストで使う予定のある収集品を突っ込んだらこの殺風景な場所からおさらばしよう。
外に出てパーティハウスの入口を閉じた私は街の中の散策を開始した。収集品の買取店舗を探すのもそうだし、別の町へのテレポートサービスがあるかどうか。それと最も重要なセーブポイントがどういったNPCか姿を見ておくことだ。
コンシューマゲーム(家庭用ゲーム機でやるゲームのこと)のセーブは再開する時にセーブした時の状態に戻るが、オンラインではそんなことは無い。
MMORPGでのセーブはやられた際の復活位置のことを指すのだ。セーブが重要なのはコンシューマゲームと同じで肝心なところでセーブを忘れると思わぬとこからの再開になってしまう。
必死こいて隣町まで歩いて行ったのにセーブを忘れると前の町まで戻されてしまう。経験者ならわかると思うが、移動だけでお金か時間、または両方がかかるのでボディブローのようにじわじわと効いてくる。だから、セーブは目的がない限りこまめにしておくのだ。そのためにもセーブがどんな形をしているか、確認しておかないといけない。
活気のある街並みを歩いて、露店を眺めていく。いくつか確認しながら慎重に収集品をさばいて、消耗品を手に入れる。商売人の技能持ちはNPCから安く仕入れができるようで、利益が出るギリギリの値段で置いてある店舗がいくつかあった。セーブポイントにすぐ帰還できる韋駄天の護符と回復用のポーションをいくつか仕入れる。装備の方は充分だし、ひとまず保留。
(やっと見つけた)
五メートル程の淡く光る女神の像がそこにはあった。出てきた説明にもセーブポイントの変更ができると書かれている。女神の名はミレニアと言うらしい。特に覚える必要もないか。今後セーブする際はこの自己主張の激しい像を探せばよいとわかったので撤収!
今は冒険者ギルドがセーブだからわざわざ上書きはしないよ。
(次はテレポートだな)
マップを見てもNPCがどこにいるかは表示されていない。航空写真のように自分の周囲が映し出されているだけだ。一部NPCを除いて歩き回っているし、足を使って探さなきゃならないのはちょっと不便だな。
(もしかしてテレポートのNPCはいないのか…)
じっくり街を練り歩いてもそれらしきNPCはいなかった。プレイヤーの魔法で転送できるアビリティがあるようでそれを使ってお金稼ぎしている人はいた。他に移動手段がないかヘルプを利用してみると、どうやらパーティハウスを使って一度行ったことのあるセーフゾーンに移動できるようになるらしい。必要イベントがいくつかあるが、今のレベルではクリアは難しいだろう。
マップを世界地図に切り替える。道中の適正レベルが丁寧に乗っているがどの街に向かうにしてもレベルが足りない。『ウィンドウォーク』で強行突破しても良いけど、行ったとしても何もできないので却下だ。
結論、何をするにもまずはレベリングしないとお話にならない。
(そうと決まれば、クエストも受けますかねぇ)
繰り返して受けることができるクエストの中で討伐とアイテム納品がある。討伐は事前にクエストを受けて指定されたモンスターを倒すクエストだ。経験値が多くもらえて労力の割に成長できる。効率の良い狩りができるなら戻る時間で狩りをすれば良いけど最初はそうもいかないからね。納品はドロップアイテムを中心としたアイテムを渡すクエストだ。こっちは報酬のお金が多くもらえ、アイテムさえあればすぐに達成できるのが魅力だ。
(討伐を何回かやって、アイテムが揃っていたら対象の納品をやれば良いかな)
ひとまず、その方針で進めよう。そうと決まれば、さっそくクエストブックを開いてっと…受けられるクエストを選ぶとNPCのいる方角を示してくれるから、迷わなくて良いね。あー、さっき売っちゃったアイテムでこのクエストがクリアできたな…残念。まだ残ってるアイテムで納品クエスト受けちゃおう。そのあとはこっちのスライムモドキの討伐をしようかな。
(別のゲームのようにクリア状況をキャラごとに管理しているわけじゃないから新鮮だな)
オンラインゲームでありがちなのだが、同じプレイヤーが別キャラクターを使うと各種NPCとは初対面となり、イベントを改めて攻略しないといけなくなる。
新しくやり直しができると考えれば、それも悪くないのだが、複数のキャラクターを作りたい場合はイベントをこなさないと入れない、入場制限がある場所も多いので全員分こなすのが非常に面倒な場合がある。
このゲームはキャラクター個人でなく、パーティを操作しているという事になるので例え全キャラを作り直してもやり直しにはならないようだ。
イベントも『追憶』と言う報酬はもらえないけど、再体験する事ができる気配りの届いたシステムもある。別選択肢の内容を知りたい人にもってこいだ。
スティング:やれそうなのは片っ端からクエスト終わらせてくか~。
できる物は極力終わらせておくのが私のスタイルだ。前に友人から美味しくないクエストとか無視したら良いのにと言われたことがあるが、こればかりは性分だ。準備も終わったので私はクエストを出してくれるNPCの元へ向かった。
スティング:うぅ…ぎりぎりだったぁ…
残りHPが一割を切ったところで、ようやく最後の討伐対象を撃退することができた。
目の前には三メートルにもなりそうな巨大な猪が横たわっている。タックルボアと言うモンスターなのだが、その名の通り強烈な体当たりを得意とし、まともに食らうとノックバックにスタンで動けなくなるし、防御すると体勢を崩して大きな隙ができるという厄介な相手だ。タックルボアはしばらくするとだんだんと透過して消えてしまう。後に残るのはモンスター討伐の証でもあるドロップアイテムだけだ。
あれから街で受注できるクエストを難易度の低い物から順番に受けている。レベルが上がるたびに受けられるクエストが増えていくので全部終わらせるのは根気のいる作業だった。おかげさまでレベルも十六まで上がっている。
スティングは剣を中心に技能を伸ばし、追加で軽業を取得した。素のままで登るのが厳しいところがあったので最低限だけ取得した。これがあるとマップ内の通常では到達できない場所に行けたり、ショートカットができて便利だ。ローリエもメイン技能である治癒魔術を強化し、防御補強のため盾技能を取得した。盾は攻撃にも使えるので鈍器技能と合わせて接近戦闘の選択肢が大きく広がった。
ローリエにCCした後に『パートナーヒール』でスティングのHPを回復する。ステータスと技能を上げたので回復力は上々だ。
周囲に敵がいないのを確認して、そのまま座ってMP回復を図る。
ローリエ:次のイベントでハウスポータルが使えるようになる。でも、ダンジョンかぁ。
ハウスポータルこそ他の場所に転移できるようになるシステムだ。これを使えるようにするための最後のクエストだが、最初のダンジョンである魔石の洞窟の最深部に行かなければならない。この洞窟最深部にある大魔石が必要と言う設定で取りに行く必要がある。
ハウスポータル関連のイベントはどれもモンスターのドロップを素材として要求してきたが、最後のイベントに討伐は無く最深部にある大魔石を取ってくるだけと表示されている。ダンジョン自体の難易度が屋外より高いというのもあるだろうが、移動手段はさっさと開放してほしいという意図が見える。移動がストレスになる人種は一定以上いるからなぁ。
せっかくVRシステムを使ってるから景色を楽しめばよいのに。
ローリエ:よっし、回復完了! ひとまず、街で荷物整理とダンジョンアタックの準備だね。
バックパックを背負いなおして歩き出す。バックパックは持てるアイテムが増えるので大抵の人は外に出る時には背負っている。アイテムを出す時は異空間魔術のようにすぐ手元に出せるんだけど、システム上所持数に制限があるのでいくらでも収納できるわけじゃない。
その制限を緩和させるのがこのバックパックだ。重さを感じることは無いがすごく冒険してる気分になれる。ちなみに物を持ちすぎると歩く以外の行動がとれなくなる。露店開設はできるので商売をしている人は常にこの制限を超えてるようだ。
アイテムの管理はパーティ単位でどっちのキャラがどのアイテムを持っているかと言うのは分けられていない。そのあたりはゲーム的に処理されておりシンプルになっている。二人で背負えばその分アイテムを持つことができるので、所持数を増やすため良いバックパックは二人分揃えたいところだ。
装備には重量の設定がされており、レベル、POW、VITを参照してどれくらいの重量なら問題なく装備できるか決まっている。具体的にどのように計算されてるか今のところは不明だが、基準値に達していないと移動速度にペナルティが発生する。
これは片方のキャラがペナルティを受けるともう一人にも影響するので、できるだけペナルティが発生しないように装備は見繕わなければならない。装備時にペナルティが発生する際は警告が出るので装備の厳選には結構時間がかかった。
今回はダンジョンに入るので装備の新調をしようと思う。無制限に装備させてほしいと思う反面、制限があるからこそあらゆる装備に意味が出てくるので悪くはないと思う。
それにうちの子達はどちらも肉体派なので装備重量にあまり悩まされていないんだよね。生粋の魔術師タイプはきついんだろうなぁ。
レディ・ミミリィ:新規さんですか? 体験からでも良いのでうちのクランに入りませんか?
スティング:いえ、今のところは考えていないのですみません。
レベル十を超えたあたりからちらほらクランの勧誘が増えてきた。ここまで遊んだ人ならそれなりに続けてくれるだろうと考えているんだろうな。それにしても声を掛けてくる率が高い気がする。少し気になるので聞いてみようか。
スティング:クランの勧誘が盛んのようですが、何かあるんですか?
レディ・ミミリィ:う~ん…特に何かあるわけじゃないんだけど、たぶんあなたの見た目が良いからかな。
スティング:見た目?
レディ・ミミリィ:そう、気合入ったキャラクリしてるからオンラインゲーム経験者だろうなって思ったからだね。
なるほど、そういう見方もあるか。気合入れて作ったのは事実だし、褒められるのはうれしい。
スティング:ありがとうございます。
レディ・ミミリィ:もし、気が変わったらよろしくね~
クランのリーダーらしき人から離れて、一人ダンジョンへ足を運ぶ。別に加入をしても良いんだけどソロ活動ができる序盤は誰の力も借りずに頑張ってみたかったのだ。幸いにも戦闘不能になるような事態は数えるほどしか経験してないしね。
(入口から紫水晶っぽい。わかりやすい入口ね)
リアルでもここまでいかにもなダンジョンに出会った試しがない。周囲が岩山で殺風景な中に魔石と言う設定の紫色の水晶が密集しており、その中心が冒険者を誘うようにぽっかりと穴をあけている。そこそこ冒険者がやってくるのか人の出入りがあり、補給用の商人が何人か入り口前の広場で商売をしている。街で売っている物より割り高だが、これは輸送料と考えれば妥当だろう。いちいち戻って補給する手間と天秤にかけて利用したい。
(今のところ欲しいアイテムは無いか)
準備も街で終わらせており、道中で消耗も無かったのでダンジョンの入口に入っていく。
HPを吸収してくる蝙蝠、ドレインバットが大勢で迎えてくれる。今回の目的はこのダンジョンの最深部なんだけど、これを放置して後続が倒れるのも嫌だし、きっちり相手をする。
魔法剣『エアブレイド』で風を纏った剣を横なぎに払うと一気に三体のドレインバットにダメージを与える。技能が強化されたおかげで魔法剣の攻撃可能回数が増え、かけ直しをあまり気にしないで戦える。
甲高い声をあげながら、襲い掛かってくるドレインバット。五匹近くいるので全部回避できるわけもなく、少しずつダメージが蓄積される。一発の威力は大きくないが、攻撃の度に回復されるのはいただけない。
まんべんなくダメージを与えても回復されるのでここは別個撃破をすることにする。範囲攻撃もあるにはあるが消耗が激しいので保留だ。
最初に攻撃した三体を無力化し、残りのドレインバットを斬り伏せる。その間にも冒険者が奥に進んでいくのが見えるが、こちらを手助けしようとする気配はない。
MMORPGのお約束だが、横殴りと言う戦っている途中でモンスターに手を出す行為はあまり良い顔をされない。昔のゲームで与えたダメージの割合で経験値が分配されていた物があり、そのゲーム内で決められたローカルルールが尾を引いて未だに根強く残っているのだ。
このゲームはFA―――最初に攻撃したパーティ、レギオンに経験値が入るシステムになっているが、腕試しをしているかもしれないのでやっぱり好ましい行為ではない。つまり、周りのプレイヤーはちゃんとマナーができている人たちという事だ。
ローリエ:いきなり、襲われるなんてついてないなぁ…
スティングの回復をしながらぼやく。周りでは冒険者が狩りをしているようで連続で戦う心配はあまりないかもしれない。これだったら、思い切って『ウィンドウォーク』を使って最深部に向かったほうが良いかもしれない。モンスターをぞろぞろ引き連れるトレインにならないように気を付けながらになるだろうけどね。
できるだけモンスターに気付かれないように距離を空けながら『ウィンドウォーク』で疾走していく、ダンジョン内のモンスターはほぼアクティブモンスターだ。足の遅いモンスターは気づかれたとしてもこちらに追いつけず見失うだろうから、大胆に横を通り抜ける。
天然のダンジョンという事で人工的な罠は無いが、たまに上部から紫水晶が落下して来る。最初に来るダンジョンであると想定しているのかそれ以外の凝った仕掛けは無いようだ。
モンスターの傾向としては洞窟に住み着く動物をベースとした物や鉱石系のモンスターが多い。動物は移動速度がなかなかあるので対処するが、鉱石系は遅かったり、そもそも動けないので無視している。今も目の前から現れた体が岩でできたモンスター、ロッキースネークを斬り倒す。MPが勿体ないので魔法剣も使わずに戦っているが、防御が高いのでちょいと時間がかかってしまう。
このダンジョンは歪な螺旋状となっており、地下へと進んでいく形となる。横道でのショートカットや下の階に繋がる落とし穴もあるのでそういったギミックも有効活用させてもらう。そうして、多少のダメージはあった物の無事に最深部に到着する。
スティング:ん…なんか、おかしいな。
最深部の部屋に踏み入れた際に違和感を感じる。人工的な手が入っていない紫水晶が突き出した壁。たしかに今まで通って来た部屋や通路に比べると明らかに広いので、感じる違和感かもしれない。見た目上特に部屋にはおかしいところがあるわけではない。
静かすぎるその一点を除けば。
(もしかして…これがプライベートディメンションってやつかな)
プライベートディメンションとは特定のイベント、マップで対象のプレイヤーまたはレギオン以外が侵入できない特別な場所のことだ。今いる場所は他の冒険者の姿が一切なく、モンスターの姿もない。通路の方を見ても追っかけてきていたモンスターが追い付いてくる気配はない。ここが隔絶された場所と言うのは明らかだ。
スティング:こんな場所に出たという事はやっぱり、タダで終わるわけないよなぁ…
イベントの内容は大魔石の回収だったけど、この様子だとボスモンスターと戦うことになりそうだ。
身構えながら部屋の奥にある台座に鎮座している大きな球状の魔石に向かっていくと、不意に視界がゆれる。バランスを崩すことは無いが地面がゆれているようで、その影響を受けて壁に埋まっていた水晶がいくつか剥がれ落ちる。
揺れが収まると同時に球状の魔石が鈍い光を放ちながら浮かび、剥がれ落ちた魔石を引き寄せてどんどんくっついていく。魔石は接合部分が見えなくなり、ぐにぐにと鉱石とは思えない変形をしていく。しばらくするとそこには五メートルほどの人型をした魔石の人形が出来上がっていた。
スティング:マジックゴーレム…か。レベルは二十だから少し上だけど、どこまで通用するかなぁ。
ぼやいている間にもゴーレムは動き出し、こちらに拳を振り下ろしてくる。幸いにも動きはものすごく遅いので回避は難しくない。名前から魔術がどこまで通用するかはわからないけど、ひとまず魔法剣を発動しゴーレムに突貫する。使う魔法剣は水属性の『アイスブレイド』。剣を氷が覆い触れたものを氷結の状態異常にすることもできる。状態異常無効の可能性がないとは言えないが試してみよう。
右側面から足元に到達しくるぶしに鋭い突きを入れる。ゴーレムの拳をバックステップでかわして攻撃した個所を見るとちゃんと凍っているのが確認できた。どうやら氷結は有効のようだ。そうと分かれば、動きを止めるため関節を中心に狙って行こう。
そう決めた瞬間、ゴーレムが鈍い光を放つ。嫌な予感がして横に飛ぶと元いた場所を紫水晶が高速で通過した。発動までのラグがそこそこあったので余裕を持って回避ができたが、制御の利かない空中にいるときに使われると厄介だ。
(リアルだったら距離取って、グレネードぶち込んでやるのにぃ!)
普段使っているグレネードランチャーを欲しても、このゲームにそんなものはない。『ウィンドウォーク』を追加で発動して、背後から両膝裏を斬り付ける。くるぶしの氷結状態はすでに解除されており、普通の敵に比べて耐性があることが伺える。
(でもそれで充分)
膝を凍らせたため、歩行に支障をきたしたゴーレムが倒れこむ。腕は無事なので拳に注意しながらゴーレムの身体によじ登り剣を突き立てる。一度で倒せないようだったので、拳を避けつつ時に薙ぎ、ときに突き立て執拗に追撃を仕掛けていく。再度鈍い光を目視したので飛び退るが、至近距離だったので一発が避け切れない位置に飛んできた。
スティング:くっ!
剣で受けることはできたが、衝撃を殺しきれずによろついてしまう。その隙をゴーレムは見逃さず、拳で振る。こちらは防御もできずに直撃し、壁際まで吹き飛ばされてしまった。
スティング:油断した…もう一発くらったらまずい
半分以上のHPを削られたのでやむなくローリエにCCする。スティングのように回避はうまくできないだろうが、盾でガードした場合にノックバックや硬直が軽減される。それに総合防御力はローリエのほうが高いのでそうそう倒れることは無いはずだ。
CCが終わるとすでにゴーレムは攻撃の体勢に入っている。走破スキルが無いのでさっきのタイミングだと移動速度が足りずに直撃してしまう。ギリギリを狙わずに最初から回避行動に移る。ゴーレムが遅いので余裕を持って攻撃を避けていく、しかし反撃に移れるほどではない。回避しながらスティングを回復させていき、反撃のタイミングをうかがう。
三度ゴーレムが光り出したので、行動に移す。
(さっきの威力なら大丈夫なはず!)
今度は避けるのではなく、ゴーレムに向かって走る。盾をしっかり構えて衝撃に備える。飛んできた水晶を盾で受け、いなしながら前進し攻撃後の硬直で固まっているゴーレムの前まで躍り出る。盾のアビリティである『ミサイルブロック』を使ったのだ。遠距離攻撃で受けるはずだったダメージを固定値分差し引いてくれるこのアビリティでほぼ無傷だったのだ。
ローリエ:たあ!
全力でゴーレムの足を横に薙ぐ。手持ちの武器は新しく購入したモーニングスターだ。ローリエ自体の攻撃力はそこまで高くはない。目的は今使った『ブレイクスマッシュ』と言うアビリティを当てることだ。攻撃した部位を骨折や破損させ、長時間に使用不可にするという割とえぐい攻撃だ。動作が遅いので当てづらいのが難点だが、この状況なら問題ないだろう。
ローリエ:よし! 狙い通り
足に大きくひび割れが入ったゴーレムはバランスを崩して膝をつく。同時に飛んでくる拳は避けることができそうにないので素直に盾を構えて真っ向から受け止めてやる。
ローリエ:っ!………
盾でしっかり受けても大幅にノックバックする。もとより離脱する予定だったのでこれはこれで結果オーライだ。ボロボロのゴーレムを見やり残りHPが少ないことを察し、すぐさまCCを行い止めに走る。
スティング:これで終わりだ!
悪あがきとばかりに水晶を飛ばしてくるが、これはすべて回避する。まだ『アイスブレイド』の効果は残っているので、かけ直しはせずに斬りかかる。片膝をついた状態なので胴体にも余裕で届き、ゴーレムの身体に次々と傷が増えていく。
スティング:『パワースラスト』!
最後に強烈な突きを放つアビリティでゴーレムの頭部を貫くと、その紫の輝きが鈍り、身体がさらさらと崩れるように消えていく。後に残ったのは台座にあった大魔石だ。
スティング:ボスモンスターはモブと違った消え方なんだ。
他のボスも消え方は同じなのかまた別の消え方なのか。興味があるが、それはまた別のボスを討伐する機会があるまでのお楽しみにしておこう。
目的の物である大魔石を手に入れると周囲の雰囲気が変わる。いつの間にか周りにモンスターが存在し、別の冒険者の姿もちらほら見える。プライベートディメンションから帰って来た証拠だ。
スティング:モンスターに絡まれる前に脱出しよう。
そう考えたが既に何匹かこっちに向かってきていたので、しっかりと片付けることになった。
ローリエ:えっと、今いける場所は首都クリディア、アルマモの森、ディラの岩山、魔石の洞窟………
あの後無事にイベントを終えて、ハウスポータルの機能を開放した。これでダンジョン前にもすぐ行くことができるし、移動に関してはすごく便利になった。クエストをこなす際も移動に時間がかける時間が短縮できる分たくさん受注できる。クエストは一度に複数受けることができるが、制限時間があるので同時に複数受ける場合、効率よくこなさないといけないのだ。
中にはぎりぎりに設定をされている物があり、ハウスポータルが無いと難しいものが結構存在する。他にも臨時レギオンで狩りに出かける際にも使えるので便利な代物だ。
何はともあれ、目的を達成したのでいったん終了しよう。
街中の適当なところでログアウトを選択すると視界が現実に引き戻される。外を見ると道を一定の明るさに照らす光明灯が一定間隔で並んでおり自己主張をしている。多機能情報管理小型端末…デバイスの時計は五時を指しており、開始したのが昨日の二十時だったので計十五時間もぶっ続けていたことになる。
「あちゃ~…久しぶりだったから夢中になりすぎちゃったな。まぁ、仕事があるわけでもないし良いか」
寝る準備は既に終わらせているので、そのまま布団に潜り込む。寝ようとしても興奮が収まらず、すぐに寝付くことができないので頭の中で次はどうするかを考える。
(まずはハウスポータルの行き先登録のために行ける都市やセーフゾーンの登録かな)
『ウィンドウォーク』を使って逃げながら進めば、いろんなところに行けるはずだ。剣はひとまず充分なので、ポイントを走破スキルにつぎ込んでしまっても良いかもしれない。ローリエの方も戦闘中に戦えるように魔術技能を何か習得させよう。防御が高くても足止めくらいしかできないんじゃ少し非力かもしれない。候補は治癒術との複合アビリティの取得ができる神聖術だろうか。個人的に神はいけ好かないので抵抗はあるが…ゲームの中だから割り切ろう。
以前の冒険で散々引っ掻き回された記憶があるから、あいつらは嫌いだ。何考えてるか分からんし。気さくで人間臭い良い神もいるんだけど、全体的に理不尽なのが神だ。あんなのが幅を利かせている世界がいくつも存在しているっていうから、私はイノジスト住民で良かったと心底思う。
愚痴っぽくなってしまった。空が明るみ始めているが、良い感じに眠気がやって来たのでそのまま眠ってしまおう。考えた内容はできるだけ覚えていたいけど、どこまで残っているだろうか…
けたたましいデバイスの呼び出し音が鳴り響く。設定している音楽からこれは遠距離通話機能の呼び出し音だ。一体何時だと思っているんだ。まだ人が寝ている時間帯に非常識な奴だ。
私は暖かい布団の中から、手探りでデバイスの位置を探し当て、布団の中に取り込む。暗い布団の中でサイコロ状のデバイスからの表示だけが視界に飛び込んでくる。デバイスの表示は基本的に持ち主にしか見ることができない。今見えている表示も指向性を持たせた光を直接目に届けている物だ。そして、そこには私を呼び出す人物の名前が映っている。
「ルヴィア先輩?」
ルヴィア先輩は新人冒険者だった私を指導してくれた人だ。戦闘能力だけでなく、諜報や偵察能力が非常に高く冒険者としての実力はトップクラスの人だ。単純な功績で言ったらフラヴィオ先輩よりも上なのだが、現場主義で書類仕事なんて死んでもごめんとフラヴィオ先輩に押し付けた過去がある。結果的に彼女が異世界を飛んで回っているのは、冒険者組合としても利となっているので、それで良かったのかもしれない。
そんなルヴィア先輩が冒険者を辞めた私に何の用だろう?
「もしもし、ヒルダです」
「やっと出た! やっほー! ルヴィアですよ~! ヒルダちゃん元気にしてる~?」
出るなり、ルヴィア先輩の元気の良い声がデバイスから伝わってくる。大きな声だが、先輩のハスキーボイスは聞き心地が良く、不快な気分は一切ない。
「お久しぶりです。ルヴィア先輩。まだ寝てたんですけど、何か用ですか?」
「え!? もう十五時過ぎてるけど、何かしてたの?」
「あー…ゲームを少々………」
「あっ………うん、わかった」
流石先輩、察しが良い。
「えっとね。仕事終わって戻ってきたからさ。久しぶりに飲みに行かない? ヒルダちゃんが冒険者辞めたって聞いたからそのあたりもお話ししたいしさ」
今までも仕事が無ければ、一ヵ月に一回はルヴィア先輩と飲みに出ることがある。そういえば、探索者組合の依頼のせいでご無沙汰だったっけ…
「りょーかいです。いつもの場所にいつもの時間で良いですか?」
「うんうん! 積もる話もあるし、楽しみにしてるよ!」
通話終了の操作でデバイスが沈黙する。夜のこともあるし、お昼ご飯は軽く済ませよう。夜まではまたLSBのクエスト消化とレベリングで時間を潰そうかな。
「お、来た来た! ヒルダちゃん。こっち~」
行きつけのバーに入るとルヴィア先輩がカウンターでマティーニ片手に手を振って来た。いつもの時間より三十分近く早いのに…というか、今までルヴィア先輩があとから来たことって一度もないなぁ。
「お久しぶりです。お待たせしました」
「ナハハ! あたしは人を待ちながら、お酒を楽しむのも好きだから気にしな~い!」
「そういえば四ヵ月ぶりくらいですけど、ルヴィアさんの方は?」
「あー、そうだね。二回くらい仕事したから、合計で十七年ぶりくらいかな~」
烏羽色のショートポニーテールを揺らしながら愉快そうなルヴィア先輩。私がポニーテールなのはこの先輩のまねだったりする。ものぐさな私でも括るだけでまとめられて、それなりに見れるようになるからと言う理由もある。
切れ長の目に紅緋の猛獣のような瞳孔は見る者の心の底に突き刺さる鋭利な印象を与えるが、お酒が入ったこの場では人懐っこい雰囲気を見せている。現に彼女の黒豹の尻尾はゆったりと大きく振っており、リラックスしている状態を示している。
そう、彼女はライカンスロープなのだ。
ライカンスロープは獣人というイメージが強いが本質は変身能力でヒューマンから別方向に進化した人種と言われている。
生まれた時から獣へ体を変化させることができ、高い身体能力と獣の特徴を発現する。本来ヒューマンと変わらない姿がライカンスロープの素ではあるのだが、多くの人は獣にも人にもすぐに変身できる半獣状態を好む。ライカンスロープと認識されやすいというあらゆる人種がいるイノジスト特有のメリットもある。
ライカンスロープとは逆に獣から人類に進化したワイルドハーフという種族もいるのだが、割愛。
「ほら、隣座りなよ。マスター、次はギムレットお願い。ヒルダちゃんはウィスキーで良かったっけ?」
「はい、マスターお勧めのモルト・ウィスキーをロックで」
無口なマスターだが、注文はしっかりと聞き届けてくれたようで手早く準備をする。お店の中は広く、他にも数名のバーテンが忙しそうに働いている。ラウンジ・ジャズが流れ、アンティークな調度品と合わさり独特な雰囲気を作り上げている。おしゃれではあるが、格式ばった感じではなく入ってくるお客さんは気合の入ったおしゃれをしてくる人は少ない。大騒ぎしている人はいないが、それなりに喧騒があり広く門戸が開かれたお店である。
そして、お酒にはこだわりを持っているようで、非常に多くの種類のお酒とそれに伴う幅広いカクテルを提供してくれる。こういうお店だからこそ、ここは多くの酒好きな冒険者が贔屓にしている。私もその一人で、たまに一人で飲みに来ることがある。カウンターに座っていれば、喧騒から程よい距離でお酒を飲むこともできるからだ。
ルヴィア先輩もここの常連で今座っている席も空いていたらではあるが、ほぼ確実に座る席だ。ここのマスターもそのあたりわかっているのか、ルヴィア先輩が来る時間帯はできるだけこの席が空席になるように取り計らっているらしい。リザードマンであるマスターの表情は読みずらいが、以前に口の端を上げつつ教えてくれた。あれは恐らく照れだろう。
ルヴィア先輩の格好はスニーカーにジーンズ、それにタンクトップと言うラフすぎる格好だ。私もカジュアルな格好ではあるが、ルヴィア先輩程ではない。良く引き締まったスレンダーな体型なのに、出るとこは出ており有名彫刻家の最高傑作のような体をしている。そんな体を惜しげもなくさらすルヴィア先輩の格好は店内の男性の視線を自然と集めることになる。
しかし、彼らがいくら懸想をしていたとしてもその想いが、届くことは一生ないだろう。
「この間うちの長女が冒険者になりたいって言いだしてね。友達に触発されたみたいなんだけどさ。小さい頃からあたしがいろいろ仕込んでやってるから、大丈夫だと思うんだけどさ~。やっぱり親として心配もするんだよね」
彼女は五児の母でもあるのだ。冒険者として凄腕であるルヴィア先輩であっても子育ては大変なようで、日々四苦八苦しているという。持ち前のタフネスで子供たちの元気について行っていると話していたが、さすがに多勢に無勢で押し負けることもあるという。先輩を下すとは子供たち恐るべし。
冒険者は仕事内容的には子守はしやすい環境だ。異世界で冒険をしてきてもイノジストに戻ったら、時間操作により翌日に帰ってきたことになるからだ。そのうえ、数か月の休みをもらえるので付きっ切りで子供の面倒を見ることができる。本人は数年間家族と離れることになるし、最悪戻ってこれなくなることもないとは言い切れないので、別の悩みが出てくるわけだが、そのあたりを理解されないことも多々ある。
私には子供どころか結婚もしてないからルヴィア先輩の体験談だけど………
「そうそう、フラヴィオ君が嘆いてたよ」
突然の話題転換で口に含んでいたチェイサーを慌てて飲み下す。
「フラヴィオ先輩が? なんて言ってたんですか」
「自分の力不足でヒルダちゃんに負担かけちゃったーって」
ルヴィア先輩は軽くで言っているが、重い口調だったに違いない。渋い表情でルヴィア先輩に伝える姿が容易に想像できる。
「フラヴィオ先輩に言っておいてください。先輩のせいじゃなく、私が耐えきれなかっただけだって」
「OK、伝えとく~。でも、あれから冒険者組合から探索者組合に抗議することになりそうでね。冒険者の派遣はこれからほとんどなくなるかもね」
「そ…そうなんですか!?」
「うん、うちの敏腕冒険者が辞めたんだがどうしてくれるんだー! って感じで乗り込むんじゃないの?」
カクテルを傾けつつ、なんでもないことのように言い放つ先輩。対する私は思った以上に速い動きで驚いていた。もしかしたら、何かきっかけがあったら抗議する予定だったのかもしれない。探索者組合の人には悪いが冒険者組合の中でも不満が溜まっていたのは確かだったしなぁ。
「敏腕って…ルヴィア先輩と比べたら私なんてまだまだひよっこですよ」
「そんなこと言わないの。研修したあたしが言ってるんだから、自分を過小評価するのは許さないよ」
「うっ………ありがとうございます」
不意に鋭いまなざしで射抜かれてたじろいでしまう。顔の造りが美人ではあるが、それはできる女という系統であるため、こうやって見られると威圧されてるように感じてしまう。先輩自身は気さくな人物なのだが、他人からは冷徹でとっつきにくい人と思われることが多いらしい。
「ヒルダちゃんが頑張ってたのあたしは知ってたからね。後輩が辞めたのは寂しいけど、それも一つの選択だからあたしは尊重するよ」
犬歯を光らせて笑うルヴィア先輩の笑顔がまぶしい………
「それに冒険者を縛り付けるなんてありえないからね! 新しい世界を見て回れるから冒険者やってるのに!」
自分のことのように怒ってくれるルヴィア先輩を見ていると、嬉しくなると同時に涙腺が緩んでしまう。自分の心が弱いから、ただ逃げただけだと思っていただけにそれは救いだった。
「先輩…ありがとうございます」
「よし! 湿っぽいのはおしまい! 今日はあたしが奢るから全部忘れちゃいな!」
「そんな悪いですよ」
「いいっていいって、あたしが稼ぎまくってるの知ってるでしょ? かわいい後輩のためなら多少散財しても問題なし! 誰にも迷惑はかけてないし文句は言わせないよ。たとえヒルダちゃんでもね!」
また別のジンベースカクテルとおつまみを注文しつつ、私にもおかわりを進めてくる先輩の目はひどく優しげだった。
「ありがとうございます。それじゃ、遠慮はしませんよ」
「うんうん、じゃんじゃん飲んじゃって嫌なことは流しちゃいな!」
楽しくそして和やかな先輩との会話は続いて行く。
私がこれからどうするかと言う話題になったので、しばらくは腕が鈍らないように自主トレを行いつつ、月一回ある多次元調査機関主催のモンスター討伐に参加することを伝えた。
「でも、多次元調査機関の職員になるつもりはないんでしょ?」
多次元調査機関とは、イノジストが異世界との境界が薄いために起こる様々な弊害に対して、対処する組織だ。異世界からの迷い人の保護、危険物の処理や怪物の討伐、他にも次元災害に対処するため冒険者以上に危険が付きまとう仕事である。
「そうですね。今のところは先のことなんて考えてないです。日々オンラインゲームやって過ごそうかなと」
「ふ~ん。ヒルダちゃんも稼いでるだろうし、正直働かなくても大丈夫なんでしょ?」
「あはは、そうなんですよね」
働かなくても充分な貯金があるのは確かだ。それでも自主トレを行うのは次元の歪みでイノジストから異世界に飛ばされる可能性が無いとは言い切れないからだ。多次元調査機関の尽力のおかげで街中での発生はほぼないし、事前に発生区域で警報もなるので巻き込まれる人は少ないのだが、ゼロではない。
そんな不測の事態が起きても大丈夫なように訓練を怠らないようにするのだ。これはイノジストの住民であれば、大なり小なり心がけていることだけど、元冒険者として異世界をいくつも渡った身としては、どれだけ自力を付けても楽観視はできない。
そんな感じで近況報告やルヴィア先輩の子供たちの話などを中心に談笑を続けている途中で、私がやっているオンラインゲームの話になった。
「ヒルダちゃんがやっているオンラインゲームって何?」
「レジェンドサバイバルバトラーズと言うタイトルです」
「!!」
私の答えに先輩はその切れ長の目を大きく見開く、耳と尻尾はピンと立っており、驚いているのが一目瞭然だ。
「それ、あたしもやってるよ!」
「ルヴィア先輩もですか!」
予想外の告白だ。先輩はとてもゲームに興味があるとは思えなかったというのもあるし、ゲームをたしなむにしても、オンラインゲームのように時間を取られるようなものは、子育ての傍らでするのは難しいからだ。
「うん。五十年…じゃなかった一年前くらいからやっててね。子供が寝てから夜中にやってるよ~」
「夜中って…先輩寝なくて大丈夫なんですか?」
「一日三時間も寝れば大丈夫!」
そういえば先輩は規格外冒険者の一人だった…
「流石先輩…だけど、意外です。先輩がオンラインゲームなんてやってるの想像がつかないですよ」
「あたしがFPSとかアクションゲーム得意なのは知ってたでしょ。ま、オンラインゲームはLSBが初めてだし、他のもやったことは無いけどね」
たしかにゲーム好きというわけではないが嗜み程度には楽しんでいるのは知ってたけど、イメージとかけ離れているので予想できなかったのだ。
「で? で? 今レベルいくつ?」
「今は二十三です」
思った以上にぐいぐい来る。どちらかと言うと私のほうがオンラインゲームの同士を見つけるとぐいぐい行く側なので、初めての経験だ。
「そっかそっか! クランに所属とかもうしてる?」
「いや、最初はソロ活動しようと思ってたからどこにも入ってないですよ」
「ならさ、あたしのとこに来なよ。模擬戦争に参加するけど、任意だし」
「クランのリーダーはルヴィア先輩なんですか?」
「そだよ。そこそこ大きいんだけど聞いたことあるかな?【にゃんにゃんウォリアーズ】ってとこだけど」
たしかにゲーム内で聞いたことがある。というか上位のクランだ。ルヴィア先輩めちゃくちゃヘヴィユーザーじゃないか。
「初心者だから足手まといになるかもしれませんが、それで良ければ」
「ヒルダちゃんなら大丈夫! あたしが保証したげる」
ルヴィア先輩の根拠の無い自信はどこから湧いてくるのだろうか。あまりにも自信満々に言うものだから、こちらまで感化されてしまう。そういえば、冒険者時代もこうやって引っ張ってくれたなぁ。
「それじゃ、良ければクランに入らせてもらいます」
「やったー! あ、ヒルダちゃん。デバイス持ってきてる?」
「はい? 持ってきてますけど?」
デバイスを持ち歩かない人なんてそうそういないだろう。いつ誰から連絡があるのかわからないんだから。だけど、このタイミングでデバイスで何をするのだろう?
「LSBはね。デバイスからでもインできるって知ってた?」
「そうなんですか!?」
「街やセーフゾーンからは出られないけどね」
ログアウトが街やセーフゾーン以外でできないのはこういう理由があったからか…そういえば、強制切断した場合は死んだ場合と同じくセーブポイントに戻されるって書いてあったな。
「このアプリケーションをインストールしてね………」
ルヴィア先輩に教えてもらいながら、レジェンドサバイバルバトラーズデバイスエディションを起動させる。すると、キッズ表示の自キャラがログアウトした街の中で佇んでいるのが見えた。表示の変更や視点の変更はできないらしい。街中でフルダイブするような人はいないだろうし、そもそもデバイスにVR機能が付いていないから不可能か。
チャット機能は問題なく使えるようで、入力しても音声入力しても良いみたいだ。出力もログと音声の両方が使える。ちなみにデバイスから出る音声だが、表示と同じく指向性を持っており、持ち主の許可したもの以外は内容が聞こえないようになっている。通話機能にも使われている機能で異世界の携帯電話のように盗み聞きをされる心配はない。
「今どこにいる?」
「首都の中央付近、NPCの薬屋の近くです」
「あいよ」
その場を動かずに待っているとにゃんにゃんウォリアーズのクランフラッグ(クランのシンボルマーク)を表示させたキャラクターがこちらにやって来た。
「これがあたしのパーティ猫鍋だよ」
「猫鍋って…先輩黒豹じゃないですか」
「どっちも猫科だし、実質黒猫よ」
画面内に現れたのは黒猫の耳と尻尾を装着した小柄な可愛らしいキャラクターだった。名前はニャサシンとなっていて、二本の短剣を装備している。名前の通りアサシンスタイルでの戦闘をするのだろう。
先輩のことだから深く考えずに名前を付けたのだと推測する。
ニャサシンからのクラン招待が来たので加入を選ぶと自分のキャラの所属がにゃんにゃんウォリアーズに変わった。キャラクター詳細にもクランフラッグが表示されクランの一員となったことが他人からもはっきりとわかるようになっている。
「これで、ヒルダちゃんもうちの一員だね。そのうちみんな集めて、歓迎会でもするから楽しみにしてて」
「あはは、よろしくお願いしますね」
それからは、どこまでイベントを終わらせているかとかどんな装備が良いとか、LSBのことで遅くまで二人で盛り上がることになった。
デバイスがけたたましい音を発している。朝なのはわかっているのだが、布団から出る気が起きない。
「頭………痛い」
見事に二日酔いである。先輩との話の合間にかなりの量を飲んでしまっていたようだ。近くにあるデバイスを止めるのも億劫だ。だけど、止めないと鳴り止まないアラームの音が、私の頭蓋の中へダイレクトアタックをいつまでも続けてくる。
のろのろと手だけでデバイスを操作してアラーム機能をストップする。
同時に部屋には静寂が訪れ、外から聞こえる小鳥の声がBGMとして聞こえてくるようになる。
今日も平和で爽やかな朝なのは間違いないのだろうが、私はそれどころではない。目を閉じていても視界が回り続けているような錯覚を覚え、気持ちが悪い。
「魔術を使っても良いんだけど、安全な自宅でこんなくだらないことに魔力を使うのはなぁ………」
大勢の冒険者同様、私も自浄能力は一般人よりはるかに高い。今回も一般人なら急性アルコール中毒で病院送りになっておかしくない量だ。
ちなみに私以上に飲んでいたルヴィア先輩は全く酔った様子が無かった。
冒険中であれば致命的なのですぐに魔術や薬で対処するのだが、二日酔いできるのも安全なイノジストの…しかも自宅であるが故の贅沢だ。
決して意地を張っているわけではない。
「とはいえ…うぷっ…気持ち悪い…水でも飲んでこよう」
緩慢な動作で布団から這い出して、台所へ向かう。マグカップに水を満たして戻ってくる。ベッドに腰掛けて、一息ついたらデバイスでニュースを確認する。
いくら仕事を辞めて引きこもると言っても世界情勢くらいは知っておかないとね。
【本日六時頃、十五歳学生のマギリ・レイさんが何者かにより殺害されました。遺体の損傷が激しく、私怨によるものと治安維持隊は捜査を進めている模様。蘇生を受け入れた被害者は犯人を見ておらず、心当たりのある人物もいないと話しており………】
怖いなぁ…戸締りしとこ。
【今日の天気は晴れ時々、流星雨。大気圏にて多次元調査機関が次元の歪みに対処しているようですね♪】
流星雨は数か月ぶりか…どうせまた多次元調査機関のものぐさ魔導士がぶっぱなしてるんだろうなぁ。ちなみに結界魔術により流星雨での街への被害はゼロ。住民にとってちょっと派手な花火みたいな気分である。
【北部を中心に次元が不安定な状態が続いています。近隣住民は注意してください。】
北部って、リシャールさんと調査したところだったかな。あの時調べていたのと何か関係があるかもしれない。
「………って、私はもう関係ないし考えてもどうしようもないか」
他にめぼしい情報もなさそうだし、二度寝するか。
中身のなくなったマグカップを台所まで持って行ってから、ベッドに戻ろうとしたがそれをデバイスが許さなかった。
「着信?」
視界にルヴィア先輩からの着信を知らせる文字が飛び込んでくる。デバイスを引き寄せて手に取り、応答する。
「もしもし、ルヴィア先輩どうしました?」
「おはよう! 昨日べろんべろんになってたから心配してかけてみたんだけど、大丈夫そう?」
「ハハハ……見事な二日酔いですよ」
「ありゃありゃ、それじゃ昨日話してた内容って覚えてる?」
「だいたい覚えていると思いますけど……」
「そっか、杞憂だったか。それじゃ、十五時にアルマモの森入口でね」
「すみません。どうやら記憶が抜けてるみたいです」
突然LSBの固有名詞が出てきたので慌ててストップをかける。
どうやら、あのあと約束をしていたみたいだが全く覚えていない。
「やっぱり覚えてなかったか、今日狩りに行こうって話してたでしょ」
私がストップをかけたのでルヴィア先輩は恐らく察したのだろう。やや呆れた声色で昨日の約束を話してくれた。
アルマモの森の深部まで進んでレベル上げをするという約束をしていたらしい。その時に集まれるクランメンバーと顔合わせをするという話だ。
先輩は先に他メンバーと打ち合わせとリアル周りを片付けるとのことで通話を終了した。
「よし! 私は十五時までレベリングしてようっと」
そうと決まれば、すぐに準備だ。M.I.Dの電源を入れて食料や飲み物を周囲に持ってくる。お手洗いにも行ってこよう。
「とりあえず、アルマモの森から近いところに行くか」
ゲームを起動しVR装置が動き出す。今日の冒険に期待しながら私はLSBの世界に飛び込んだ。