11歳の霊能力者
市立豊村小学校の始業の鐘が鳴る。
「ひろしー」
「はーい」
「まこー」
「はいっ!」
「ゆうきー……」
6年4組の教室では、担任が教卓の横に立ち、生徒たちの出席を取り始めた。
しかし、ある生徒の名前のところで、キツめながらも美人な女教師の顔がゆがみ、舌打ちをする。
「おい、若葉! 紅葉! 愛のヤツはどうした! 来てないじゃないかっ」
教師としてはやや乱暴な口調で、教師は2人の生徒を名指しで呼ぶが、若葉と呼ばれた眼鏡をかけた少女は、それに冷静な様子で応える。
「ランちゃん先生。私たちが迎えにいったとき、愛ちゃんは、あと30分寝てから来るといってました。そういったのが7時35分頃で、今が8時20分ということは、愛ちゃんがゆっくり歩いて登校してきたとしても、あと10分もすれば来ると思います。身支度にも、たいして時間はかからないだろうから」
マイペースにもほどがある言い分に、ランちゃん先生と呼ばれた女教師の額に青筋が浮かんだ。
呼ばれたもう1人の少年である紅葉は、肩をすくませながらも静観を決め込んだ。金髪碧眼で、本来ならばまるでお人形さんみたーい! と形容されるほどの端正な顔を青くして引きつらせている。僕は関係ない……僕は関係ない……と、脳内で呪文のように唱えながら。
一方、話の渦中にある橋本 愛はといえば、両親に背中を押されて、やっと自宅を出て学校への道を歩みはじめたところだった。
「眠いなー。なんで人間って、寝ながら歩けないんだろ」
とぼとぼと寝ぼけ眼をこすりながら歩く少女は、すでに遅刻しているいもかかわらず、まったく慌てた様子はない。
「髪の毛結べなかったなぁ。学校いったら紅葉に結んでもらお。あいつ男のわりに器用だし」
新学期から愛のいるクラスに転校してきた、双子の片割れの顔を思い浮かべながら歩いていると、前方の木の下に人影があることに気づいた。
しかし愛はそれに気が付かないふりをして通り過ぎた。
あれは人ではない。
昨日まではあんなところにいなかったから、おそらく地縛霊ではなく、浮遊霊だ。
はっきりとした人の姿はしていないから、人間に憑りついたりはできないだろうけれど、かといって無害なタイプでもない。
ついてくんなよと思った矢先、背中にゾッと悪寒が走る。
「うわ、最悪」
一瞬、自宅に引き返そうかと迷ったけれど、今日の給食はカレーだったと思い出す。まあこの程度の霊なら放課後まで放っておいても大丈夫かと、愛は歩みを再開した。
「……一応聞いておこうか。なんで遅刻した?」
教室に着くなり、鬼の形相のランちゃん先生に出迎えられる。
ほかの生徒たちはといえば、去年から恒例となっている愛とランちゃん先生のやり取りを、どこか楽しそうに眺めていた。先月転校してきたばかりの、若葉と紅葉を除いて。
愛はケロッと応える。
「いやぁー。学校くる途中に浮遊霊がいてさー。なんか気に入られちゃったみたいで、ずっとついてくるんだよねー」
「…………それで?」
「そのせいで体が重いわけよ。だからさ……今日は怒らないで?」
きゅるんと上目遣いで、答えになっていない答えを返す愛に、先生は怒りを通り越して呆れた。
「……わかったわかった。またお母さんに学校に来てもらおうな。3人でよく話し合おうじゃないか」
「えぇー……またママ呼ぶの? ほんとにランちゃんは、うちのママのこと好きだなぁ」
暢気な愛の言葉に、しぼんでいた先生の怒りが再度爆発した。
「お前が呼ばせてんだろうがぁ!! 次で何度目だコラァ!!」
ゴゥン!、と、固い拳骨が愛の頭の上に落ちた。
それを見ていた4組の生徒たちから、大爆笑が沸き起こる。
「ランちゃん先生こえぇー!」
「元レディースだって愛ちゃんいってたよ」
「なに? レディースって?」
「愛ちゃん痛そー……」
2人のやり取りを囃し立てる生徒たちの中で、若葉と紅葉の双子だけが、愛の背後に人ならざるものを見ていた。
タイトルは12歳の(おバカ)と読みます。
さっそくおバカ炸裂な愛ちゃんをよろしく(^_-)-☆