第7話 好きの意味ー①
(どうして、こうなった!?)
今俺の目の前には伊勢さんが座っていて、お互いにどちらから話を切り出そうか悩んでいるように視線を彷徨わせている。伊勢さんの顔も赤くなっているが、俺の方も頬に熱が溜まっているように顔が酷く熱い。
そして、今のこの空間もそんなおかしな空気に拍車をかけている。
個室になっているこの空間には俺と彼女しかいない。いわば二人きりの空間だった。
「あ、あの、なに頼みますか??」
この沈黙をまず破ったのは伊勢さんだった。
恥ずかしそうに視線を俯かせながらも、そんな問いかけをしてきたのだ。
(か、かわいいな・・・。)
思わずそんなことを思ってしまうほどに、その挙動は可愛らしく見えた。
「あ~。そうだな・・・じゃあ、とりあえずメニューでも確認するか。」
せっかく話の取っ掛かりを作ってくれたのだ。
そもそもここはご飯を食べる場所でもあり、注文しないというのもおかしな話というわけだ。
俺はメニューに手を伸ばし、伊勢さんに見えやすいように広げた。
「あ、雨宮さん、これ美味しそうじゃないですか・・・?」
「お、そうだな。」
俺と伊勢さんはメニュー表を見据えながら、何を注文しようかと考えていく。
先ほどまでの空気感はいつの間にか緩和されていた。
「わ~。美味しそうですね」
「お、ほんとだな。」
注文した食事がどんどん目の前に並べられていく。
どれも美味しそうで、食欲をそそられる。
「それじゃあ、食べるか。」
「はい!」
俺と伊勢さんは食事を食べ始めた。
お互いに空腹だったからなのか、その勢いは昼食の時よりも早い。
口に広がる料理の味わいとそれと共に飲むワインの味は格別だった。
伊勢さんという美女が目の前にいることも相まって、いつもよりもおいしく感じられる
「ふぅ~。食べた食べた。美味しかったな。」
「ほんと、美味しすぎて食べるのに夢中になってしまいましたよ~」
俺と伊勢さんは食事も一通り終わり、ワインを片手に話をしている最中だった。
食事の合間に料理の感想を言い合う事はしてはいたが、それ以外のこと。特にさっきのエレベーターの中での一件に関しては出方を探っていたのか、それとも食事に気を取られていたからか、一切口には出さなかった。
しかし、もう食事も終わり、ここからはそういう余計な緩衝物のない二人きりの時間。
(さっきの告白の真意について聞くべきか。それとも聞かないでいるべきか)
聞いてしまえば何かが大きく変わってしまう事は間違いなかった。
あれだけ大きな声、それも俺と伊勢さんしかいなかったあの空間で聞き間違いなんてことは多分ないだろう。もし、そうなのだとしたら幻聴も甚だしいというもの。
しかし・・・。
(好きって・・・。あの好きっていう事なんだよな??でも、それなら、どうして俺に)
聞き間違いでないことなのは確かだろう。
ただ、その言われた内容が頭を悩ませている要因でもあった。
もちろん俺はどちらかといえば伊勢さんのことは好きだ。
彼女とランチをしている時間は疲れ切った心を癒してもくれるし、何より楽しかった。
彼女となら楽しい未来だって掴めそうな気さえも感じる。
家族を失った悲しみさえも乗り越えていけるかもしれない。
出来ることならば付き合いたいし、一緒にいてほしいと思っているのも事実。
けれど、俺にはわからなかった。
どうして伊勢さんが俺のことを好きなのだろうか。
ランチに誘ってくれる時点で好意を持ってくれているのはおおよそ理解ができる。
嫌いな人をわざわざ食事になんて誘わないだろうし、一緒にいたいとは思わないだろう。
だけど、その好意がそういう形のものだったとは思いもしなかった。
単に同僚としての好意なのだとしか・・・。
ただ、あの告白してきてくれた時のあの表情や動きは明らかに恋愛的なそれだ。
これで勘違いとかなら恥ずかしいが・・・。
いかんせん、俺にはわからなかった。
なんで伊勢さんが俺のことを好きなのか、どういうところを好きなのか。
その好きと言ってくれた理由が何一つとして思い当たらなかった。
「あ、あのあの・・・」
そんな風に頭を悩ませていることを察されたのだろうか。
伊勢さんは頬を赤らめながら、何かを言いだそうと口をパクパクとさせていた。