第6話 エレベーター
伊勢さんはやはり今の今まで打ち合わせに行っていたようで、
鞄を書類でパンパンに膨らませていた。
何よりも全体的に疲れ切っているような印象を受けてしまう。
「え、あ、伊勢さんは今まで打ち合わせだったの?」
「あ、はい、そうなんですよ。」
本当に疲れているのか口数が少ない。
いや、もしかしたらさっきの一件のせいで避けられているのかもしれない。
どちらとも取れるような態度についつい頭を悩ませてしまう。
もしも、後者ならば俺は多分嫌われてしまったのではないか。
(あ~、せっかくできた憩いの時間がなくなって・・・。)
「あ、雨宮さん。あの~。」
「うん。ごめん。」
俺は伊勢さんの呼びかけについ謝ってしまっていた。
知らず知らずのうちに罪悪感が限界値まで膨らんでいたのだろう。
その言葉を発するや否や、エレベーターに乗り込もうとしてしまう。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください」
そんな俺を追いかけるように伊勢さんもエレベーターへと乗り込んできた。
直後、ドアが閉まる。
(え、なんで、伊勢さん乗り込んで・・・?)
階数ボタンを押そうとしていた指がそのまま硬直している。
この空間には自分と伊勢さんの二人だけしかいない。
気まずさがお互いの間を支配している。
「あ、あの、私」
まず言葉を紡ぎ始めたのは伊勢さんの方だった。
しかし、その先の言葉を紡ぐのに時間がかかっているのか、声が途切れた。
その沈黙はおそらく10秒にも満たないものだったが、
俺にとってその10秒は果てしなく長い時間のように感じられた。
いつもは聞こえないはずの自分の心臓の音、呼吸の音、
そして伊勢さんの呼吸の音、
果てはエレベーターを動かす機械音が耳の中に響いている。
「わ、わたし、も、す、好きです」
そんな極限状態の集中の中、聞こえてきたのは告白にもとれる伊勢さんの言葉。
(え、え、え、え、えぇぇぇぇぇぇ!!)
瞬間、俺の中の脳内自分が暴れ始め、走り回る。
(え、どういうこと、どういうこと!?え、今、伊勢さん、好きって、え、
そう言ったよな・・・。え、どうして?え、どういうこと・・・?)
こんなにも頭を悩ませることなんて今までなかったのではないか。
そう錯覚してしまうほどに、今の伊勢さんの発言の意図が分からない。
(す、好き!?な、何が???)
「あ、あの、あ、雨宮さん!!」
考えが全然まとまらない俺を他所に
伊勢さんは追い打ちを掛けるように口を開く。
心なしか、エレベーターから出てきたときの
彼女よりも顔が赤くなっている気が・・・。
「こ、この後、飲みに行きませんか!?」
「いいよ」
思考回路がついにバグったのだと思う。
伊勢さんが切り出した誘いに対して、何も考えずに二つ返事をしてしまった。