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最終話・モノクロ

 美加は担任が言った通り、水曜日に学校へ復帰した。

 翌週には百夏も学校へ来るようになり、全てが元の鞘に収まった。

 しかし……美加のせいで自殺してしまった女性はどうなるのだろう。

 失った命は戻らないと言っていた。

 ところが、彼女は死亡宣告を受けた直後、実は奇跡的に蘇生していたそうだ。

 夙は知っていたのだろうか……どうして、彼女が死んだなんて言ったのだろう。

 時に情報は間違いを犯すのか、史美菜たちを脅えさせる為の演出だったのか。

 一度も見舞いに訪れなかった城之内剛彦に、美加は見切りを付けたが、彼は既に他で宜しくやっているようだった。

 とにかく、史美菜の周囲は元に戻った。

 百夏は捕り付かれていた何かが解けたように、黒髪に戻って腐敗したような男付き合いを絶った。

「やっぱりさ、制服デートとかしたいじゃん」

 そう言って、無邪気に笑う。

「そうだよ。学生のうちしか出来ないんだからさ」

 史美菜はそう言って笑うだけだ。

 健全に同世代の男の子と付き合って、健全に笑う百夏を見たい。それは、友人としての本音だった。

 もちろん、それが汐泊孝樹だったりすればちょっと心が軋むけど。

 梅雨の気配を感じる合間のある晴れた日。史美菜と百夏は久しぶりに美加の家に遊びに来ていた。

 美加の具合が思わしくない間、史美菜が心配して何度か様子を見に来たりしたので、母親がお礼にご馳走してくれるそうだ。百夏はその便乗に授かって来た。

 玄関を入って長い廊下を歩き、階段の手前で史美菜は足を止める。

 戸の開いた和室には大きな仏壇があり、菊の花が大輪の群れを成していた。

 檜の大きなテーブルの上に写真たてに入った遺影やアルバムが散乱している。

「ああ、なんかお父さんが急に掃除始めてさ。夢におばあちゃんが出て来たんだって」

 立ち止まる史美菜に、美加が笑って言う。

「お婆ちゃんって、魔法事典を貰ったお婆ちゃん?」

「なに? 魔法事典?」

 美加はきょとんと史美菜を見つめ、大きな声で笑った。

「なにそれ。フミやばいよ」

 振り返ると、百夏も笑っている。

 二人の記憶の中に、魔法事典は存在しないのだ。

 今回の事の起こりとなった、魔法事典は二人の何処にも存在しない。

 どういう事なのか解らない。でも、全てが帳消しという事なのだろうか。

 あの時、史美菜が手にしていた魔法事典は下からの突風に煽られる様に手の中から消えてしまった。

 それに気付いたのは、彼女も家に帰ってからだった。

 そして自分以外は魔法事典の事も、桜木夙の事も知らない。

 しかし、百夏の家の借金は返済された。あれは、魔法が無くてもそうなったという事なのだろうか。

 とにかく二人は元に戻った。

 細かい事はさておき、それで充分だと史美菜は思っている。

 もちろん離婚した史美菜の両親は、あの不透明な出来事である魔法とは関係ないからそのままだ。

 家に帰る夕暮れや朝起き抜けの淋しい家の風景は何も変わらない。

 それはそれで仕方がないのだけれど……



 史美菜は何となく和室のテーブルの上を覗き込む。

 乾いた畳の匂いと焼香の香りがした。

 ふと美加の祖母に興味が戻る。古い神社に間借りしていたであろう草臥くたびれた魔女に魔法事典を貰った女。

「お婆ちゃんて綺麗だった?」

「ああ、昔は綺麗だったよ」

 美加は和室に史美菜と百夏を促して、テーブルに置かれたアルバムを開いて見せた。

 手前のページには晩年の祖母の姿が、それでもイキキと写っている。

 年老いてからずいぶん旅行へ行ったのか、観光地でのカラー写真が多い。その中でもお寺や神社の観光地がやたら多い気がする。

 途中からは白黒写真になった。いかにも昭和初期と思われる町並みの背景を背にしている。

 お婆さんの姿も、それにしたがってやたらと若々しくなってゆく。この中には彼女の人生の全てが詰め込まれているようだった。

 時間を逆行して他界した人の人生を見るのは不思議な気分だった。

 彼女の人生を逆行して眺めている気分だ。

 その時、美加がめくるアルバムのページを、史美菜は思わず手で押さえた。

「ちょ、ちょっとまって」

「どうしたの?」

 1頁に4枚貼られたうちの一枚の写真を食い入るように見つめる史美菜に、美加が驚いている。

 史美菜は顔の位置を変えて、いろいろな角度からその写真を覗いた。

「これ、今のウチらの学校だよ。当時は、南原女学院っていったかな」

 食い入るように写真を見つめる史美菜を覗き込んで美加が言った。

 そこに映っているのは女学校時代のお婆さんの若かりし日の姿。

 歳はちょうど十六、七歳だろうか。背景の木造校舎と木枠のガラス窓が時代を感じさせる。

「昔はセーラー服だったんだね」

 百夏が覗き込む。

 陶器のような白い頬を露に、上品に微笑むモノクロの少女。

 眩い白い頬はモノクロの中でハレーションを起こしてぼんやりと輝いて見える。

 流れるように綺麗な三本線が衿に入ったセーラー服を纏う凛々しい少女……

 着ているものこそ違うが、それは紛れも無く史美菜の知っている少女。

 確かに言葉を交わした少女。

 桜木夙の姿だった。





 桜木夙は美加の亡くなった祖母の若かりし日の姿だったのか。

 彼女は魔法を使ってその代償が……もしかしたら時を経て、孫の美加に起こった今回の出来事なのかもしれない。

 それを回避する為に彼女はやって来たのだろうか。

 そして、神社にいた魔女とは? 結局夙からそれについて聞きだす事は出来なくなってしまった。

 晩年やたらと神社やお寺を旅したという彼女は、もしかして自分自身再び魔女に会おうとしていたのかもしれない。

 史美菜は最近ファンデーションを額に塗らない。あの時、夙と魔法の呪文を執行したときに何故か痣痕が消えたのだ。

 顔に着いた小麦粉をはらい落とすと、何か額からスッと抜けた気がした。

 家に帰って再び洗顔すると、何も無かったように痣痕は綺麗に無くなっていたのだ。

 いくら目を凝らしても、そうすれば見えたはずの痣痕は綺麗サッパリ消えていた。

 魔法陣から出た光が、史美菜の痣痕を消してくれたのだ。もちろん、制服の下にあったお腹の痣痕は今も変わらないが……

 このくらいないと、割が合わないじゃん。

 今回の事件でひとりあくせくと、回し車に乗ったハムスターのように走り回った史美菜はそれなりに納得している。

 結局魔法を使った二人は何も失わず、近場で巻き添えをくった自分は一人で駆けずり回り、挙句の果てに親が離婚した。

 もちろん母親がいなくなった事は、除外に価する出来事なのだろうけれど。

 二人を助けたのだから、何か負に対する反作用……つまり、自分にプラスの出来事が起きても不思議ではないと思っている。

 たぶん……たぶんだけど、夙はあたし自身には何も起こらず、走り回れるのはあたしだけだと知っていたのだ。

 だから、最初からあたしに纏わり着いてきたに違いない。

 ほんとうに魔法にかかっていたのは、あたしなのかも……

「ねえ、美加ってお婆ちゃん子だった?」

 アルバムから視線を離した史美菜が、美加に笑いかける。

「うん。小さい頃はいっつもお婆ちゃんにくっついてた」

 彼女は嫌いなニンジンもピーマンも、お婆ちゃんの作った料理なら食べる事ができたのだと言う。

「あたしが怪我したカラスを拾ってきた時もさ、お母さんは嫌がってたけどお婆ちゃんは一緒に手当てしてくれたんだ」

「カラス?」

「うん、カラス。真っ黒の。元気になったら礼も言わずに飛んで行っちゃったけど」

 美加は懐かしそうにそんな事を言うと、史美菜の顔を見て

「どうして?」

 カラスって……そうだったのか。お婆ちゃんと美加を見届けていたんだ。

「えっ?」

「お婆ちゃんの事」

 美加はちょと怪訝に微笑んでいる。

「あ、ああ……フフッ、別に」

 史美菜は意味深に鼻で笑う「ほら、モモちゃんもよく見ておきなよ。美加のお婆ちゃん」

 百夏は不思議そうな顔でアルバムの写真を覗きこむ。

「なんかさ、どこかで見た気がするよ。気のせいだろうけどさ」

「そうだね」

 史美菜は小さな声で頷いた。

 縁側の開け放たれた大きな戸口から、太陽の香りを乗せた初夏の風が緩やかに吹き込んで桜木夙の上を撫でるように通り過ぎていった。






               了


最後までお読み頂き有難う御座います。

当初ファンタジージャンルで投稿したのですが、要素が弱い為に途中、ジャンル変更してしまいました(苦笑。

しかも、最終話はちょっと長かったですね……


少しでも覗いてくださった方々に感謝いたします。


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