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29・生け贄

 魔法陣と呪文……それだけではダメだ。

 誰を、誰に頼めばいいのだろう。

 誰かに頼まなければ。なんとかしなければ。

 史美菜が家に帰ると、父親はまだ帰っていない。会社の付き合いだと言っていたが、どうだか解ったものではない。

 史美菜は病院を出たはいいが歩いて帰る事ができない事に気付いて途中でタクシーを拾った。

 父親から貰ったお金が多めに財布に残っていたので助かった。

 暗い玄関に向って門扉を開けると、ふと人の気配。振り返ると暗闇に夙が立っていた。

 月明かりもないのに、白い頬がボウッと浮かび上がっている。周囲の家の窓明かりが微かに届いているのだろうか。

「大変な事になりましたね」

 無表情にポツリと言った。

 史美菜は夙に歩み寄ると徐に肩を掴んで

「いったいなんなの? あたしの友達を二人共奪うの? あたしは独りぼっちだよ。魔法のせいで独りぼっちだよ。あたしは何も願ってないのに」

「あたしにはわかりません。情報を少し知っているだけですから」

 暗がりの中に浮かぶ夙の白い顔が、無表情に口を動かす。まるでからくり人形のように。

「ねえ、あんた何処まであの魔法の事を知ってるの? あの魔法の効果を中和するにはどうすればいいの? 処女を殺して生き血をささげないとダメなの?」

 白い頬が微かに笑った。

 夙の唇は妙に色が薄かった。

 唇の色が無いから、コントラストの関係で顔全体が陶器の造りモノのような白色に感じるのかもしれない。

「あたし、処女です」

 やっぱり……ていうか、それでどうするの?

 唐突な夙の発言に、史美菜は藁をも掴みたい気持ちを前面に押し出す。

「生贄になってくれる?」

「生贄とか、そんな物騒な事ではないですよ」

「じゃあ、協力してくれる? あたしに協力して!」

 夙は黙って小さく頷いた。

 あまりの素直な要求の受け入れに史美菜はいささか拍子抜けするが

「ああ、でも人がたりない。魔法陣に立つのは最低三人、あんたを入れても一人たりないよ」

 史美菜はイライラして、地団駄を踏む。

「あたしは魔法陣の中央に立つから、人数には入りませんよ」

「ええ? そうなの。じゃあ、あと二人必要じゃん」

「鏡」夙がポツリと呟く。

「鏡?」

「そうです。鏡を使えば、あなた一人でも三人になります」

「あたしの姿を鏡で映せばいいの? それで人数分の代用になるの?」

 夙は再び頷く。

 そんな裏技があるのか? ていうか、夙は何故そんな事まで知っているのだろう。

「でも、そんな大きな姿見二つもないよ」

「蔵の奥、本棚の隙間にあります」

「なんで? なんでそんな事知ってるの? あんた誰なの? 何処から来たの?」

 史美菜は沸き起こる疑問を連射の如く吐き出すが……

「行きましょ。時間がないです」

 夙は構わず歩き出す。

「時間って?」史美菜も彼女を追うように歩き出した。

「美加さんが、危篤です」

「えっ?」

 史美菜は歩き出した足を止める。

 美加の顔が浮かんだ。真っ白で透き通るような病室での寝顔が脳裏に蘇える。白く透き通って薄れ、ベッドに敷かれたシーツの色と同化した。

 それは死と言うよりも、消えてなくなる。何もなくなる感じだ。

 夙は振り返らずに史美菜に背を向けたまま

「だから、今は美加さんの家に誰もいませんから」

「いや、でも美加が……」

「魔法の効果を中和させればいいだけですよね。そうすればきっと、美加さんは無事です」

「ああ……そ、そうか」

 史美菜は夙の背中に向って頷くと「あ、ちょっとまって」

 駆け足で家に戻り部屋へ駆け上がると魔法事典を掴んで外へ出る。自転車を乗り出して門を出た。

「乗って」

 夙を後の荷台に乗せると、そのままペダルを踏んで走り出す。

 大通りはもう交通量がだいぶ減っていた。横断歩道を横切って、美加の家に向かって風を切る。

 二人乗りってもっと負荷が大きいと思っていたが、後ろの夙は異常に軽くまったく重さを感じない。

 それに、日曜日なのにどうして彼女は制服姿なのか……?

 史美菜はいろんな疑問が湧いて出る思考をかき消す。今となってはそんな事、考えてもしかたない。

「お母さん、戻って来るといいですね」

 後ろで夙が囁いた。風のような小さな声だった。

「知ってたの?」

「はい……」

 史美菜は月のない夜空をちょっとだけ仰いで小さく笑うと

「どうだろう。なんか、無理だと思う」

 夙は何も応えなかった。

「あんたは? どこに住んでるの?」

 史美菜はチラリと後を振り返って、直ぐに前を向いた。

 ゴッと音を立てて、車道を走る車が追い越してゆく。

 左向きに横乗りした夙の伸ばした指先が、史美菜の視界に微かに入る。夙が華奢でか細い腕を伸ばし、遠くを指差していた。

「何?」史美菜が振り返る。

 夙は何も言わなかった。

 そして、延ばした指を下ろした。

 史美菜は少しの間彼女が指した方角に目を凝らしていたが、僅かな家並の向こうは漆黒の闇があるだけだった。

 カァと、どこかで鳴いた気がした。

 小さな国道沿いの街路灯が幾つか過ぎたところで路地を入る。

 桜並木の堀の横を駆け抜けて、橋向こうは別世界のような暗がりだった。無人精米機の機械だけが、ぼんやりと明かりを放っている。

 微かに見える景色と記憶を頼りに美加の家の敷地を進んで、蔵の前に辿り着いた。

 黒々と佇む夜の蔵は、昼間に見るよりずっと大きく見えた。

 史美菜が自転車を降りると、夙はもう蔵の入り口にいた。自転車のカゴから事典を掴むと小脇に抱えて蔵の入り口へ駆ける。

 鉄の扉には鍵はかかっていなくて、ギギッと錆びついた音と僅かな負荷で開くことができた。

 静まった冷たい空気が、微かな埃の匂いに混じって外へ流れ出る。

 何も無い闇だけが何処までも続いている気がした。

 史美菜は僅かな記憶をたよりに、手探りで明かりのスイッチを探すと意外と触れやすい場所にそれはあった。

 闇が消えて、蔵の中は明かりに包まれる。

 史美菜は自分の後ろに夙がいることを確認すると、二階部分へ続く梯子に歩み寄って手を掛ける。

 なんだか気配が無くて、いるのかいないのか目で確認したくなる。

 梯子が以前よりも、高く感じた。山吹色の明かりが、天井を高々と見せるかもしれない。

 史美菜が二階にあがると、あの時の魔法陣はまだそのままに残っていた。

 小麦粉で描いたあの魔法陣だ。

「鏡はどこ?」

 史美菜が振り返ると、夙は無言で指をさした。

 古びた本棚の後を覗くと、暗くてよく見えないが確かに何かが在る。

 史美菜は指を立ててそれを引き出した。

 途端に何かがガザガザと動く物音がして、史美菜はヒッと声を飲み込む。

 チューチューと鳴き声がした。

 ネズミ?

 史美菜はナマのネズミの声を初めて聞いた気がして、一瞬興味を示すが再び固体に指を立てる。

 出て来たのはこれまた古い姿見。フレームはロココ調に似た装飾に彫り込まれて洋風の立て鏡だった。

 しかし、本棚の隙間に入っていたのはそれだけ。

「もうひとつは? 無いよ」

 史美菜が振り返ると、夙は再び指をさす。史美菜がよく見るともうは一つ本棚の前に出されていた。

 美加が見つけて引っ張りだしたのだろうか。

 そんな事はどうでもいいので、史美菜は二つの鏡を魔法陣に置こうとするが二つとも脚が付いていない。

 史美菜はひとつ息をつくと、積まれた木箱を二つ引きずり出してそれに鏡を立てかけた。

 魔法陣のテッペンに立った自分が鏡にちょうど映り込むように、鏡の台座や角度を調整する。

 準備はこれでいいのだ。

 あとは夙を魔法陣の中央に置くだけ。

 でも……夙の身には何も起こらずに済むのだろうか。






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