27・寂しい影
日曜日、史美菜は久しぶりにショッピングモールへ出かける。家の日用品が切れているものは彼女が買わなくてはいけない。
もちろん、お金は昨晩父親に貰ってきたがこうしてよくよく考えれば、何時でも切れずにあったティッシュペーパーや洗剤は母親が絶えず買っていたのだ。
史美菜は慣れない日用品のコーナーをウロウロしながら、買い物カゴへ必要なモノを放り込む。
よく来ているショッピングモールだが、初めて通る通路ばかりだ。
本当に必要か解らない大きなカートを押した人混みが自分勝手うごめいて、そこここで通路を塞ぐ。その度に迂回をしいられた。
バタバタしながらひと通り買い物を終えるとお金が充分余ったので、史美菜はファッションモールをぶらぶらする。
両手には世帯染みた主婦のように、買い物の手提げをぶら下げたままだが。
日曜とあって、何処から出てくるのか腕を組んで身体を密着させたラブラブなカップルが多い。
彼女は下着専門店のディスプレイに飾られた夏向け最新見せブラを見つめながらその場を横切って、その隣のレディースショップに入る。
そろそろ新しい半袖が欲しくなる時期だった。
すると、通路から聞き覚えの在る声が聞こえた。
少しおっとりした甘ったるい声。それは、史美菜が知っているよりもずっとゆったりと濃厚な甘さを含んでいた。
振り返ると、店頭の大きな通路を百夏が男と歩いている。
史美菜は思わず什器の陰に隠れてそれを見送った。
声をかけるべきだったかもしれない。
学校においでよ。と、少しは言うべきだと思いながらも、それを言いに彼女の傍へ行く勇気が出なかった。
見知らぬ連れの男は、どう見ても社会人だったから、なんだか百夏が自分と同級生だとは思えなかった。
百夏までもが、顔は知っているが面識の無い年上の娘のように史美菜には映っていた。
史美菜は家に帰ると、ダメ元で百夏にメールを送ることにした。
できるだけさり気なく。
『久しぶり〜。元気? 何してた?』
できるだけさり気なく……
史美菜が携帯を閉じて、買ってきた物を台所のテールブルに広げていると、携帯に着信が来た。
急いで携帯を開いて見ると、百夏からの返信だ。
『元気だよ。ちょっと会わない?』
どういう事だろう。
史美菜は首をかしげた。
さっき見た時には彼とラブラブで歩いていたのに、今もう彼女は独りなのだろうか。彼の家には行かないのだろうか?
それとも、さっきモールで見たのは、人違いだったのだろうか。
史美菜は早速返信して、家の近所の公園で会うことにした。百夏が近くまで来ると言うのだ。
買い物や行楽地の帰りなのか、大通りは何時もより車が多く行きかって信号待ちでは列を成している。
史美菜の家から大通りに出てちょっとだけ学校とは反対に行くと、少し路地を入った場所に小さな児童公園がある。
鉄棒と砂場しかない、いかにも殺風景な公園だ。以前はブランコとスベリ台が在ったのだが、各地で起こる公園の遊具による怪我が問題となって取り外されたのだ。
なんだか寂しいというか、マヌケな姿だ。
史美菜が待ち合わせの時間に公園へ行くと、百夏は既に来ていた。
「久しぶり〜」
史美菜の姿を見た百夏は、マスカラで真っ黒な目で笑い、街灯の光に照らされて無邪気に手を振った。
動作は以前と変わらないままの百夏だった。
彼女の服装はヤッパリ史美菜がモールで見かけた姿で、見間違いでな無いのだと独りで納得する。
二人はベンチに腰掛けて少しの間他愛無い言葉を交わした。
「ていうかさ、フミのお母さんって、出て行っちゃったの?」
百夏が何処から聞いたらしく、少し気の毒そうに言う。最近学校に来ないわりには、そんな情報は伝わるだ。
たぶん、クラスのケバイ連中とは放課後とかに会っているのかもしれない。
「うん……まあね」
「大変だよね」
「そんな事も無いよ。元々お母さんは出歩くのが好きで、家にあんまりいなかったから」
「そう……よかった、フミが元気で」
百夏はそう言って笑う。
史美菜は百夏が以前の優しさを残している事に安堵した。
しかしその後百夏は「ねえ、今夜泊めてくれないかな」
「えっ?」
「フミの家に、泊めて」
史美菜はイマひとつ事態が飲み込めない。
「な、なんで?」
「彼氏と喧嘩してさ、ムカツクから今晩行くとこなくて」
「家、帰れば?」
史美菜は遠慮気味に苦笑する。しかし、その言葉は彼女の本心だった。
「嫌だよ」
百夏は即答して、茶色い髪の毛を手で玩ぶ。
「なんで? モモちゃん全然家に帰ってないんでしょ? そろそろ帰った方がいいよ」
「ヤダ。じゃあ、他あたる」
「他って?」
「他の誰か。男なら泊めてくれるし」
そう言ってベンチから立ち上がった百夏を追うように、史美菜も立ち上がる。
「ちょっと、何考えてんの?」
史美菜は百夏の腕を掴んだ。
「どうして急にそんな投げやりなの? もっと自分を大事にしようよ。ね」
「別に投げやりになってないよ。それに、自分を大事にって、なに?」
百夏の冷たい視線を、史美菜は初めて見た。
「だ、だから。ちゃんとしよう。ちゃんと学校来てさ……」
「ちゃんとって、なによ。あたしはちゃんとしてきたよ。ずっとずっと、アンタが男と付き合ってる時も、ずっとちゃんとしてたよ」
百夏の声に、史美菜は思わずたじろいだ。
コレはリバウンド? ずっと真面目に頑張ったが為の跳ね返りなのだろうか……
確かに百夏は何時も真面目だった。
中学の時に史美菜が男の子と一緒に帰る時、百夏は寂しく離れて歩きながら二人の背中を見ていた。
百夏と史美菜の家は国道を挟んで一見離れているが、中学の学区は一緒で途中までの通学路が一緒だったのだ。
百夏の住んでいる地区から一番近い中学が、史美菜の通う中学だったと言ってもいいかもしれない。
「フミは何時だれと初体験した?」
「な、なによ急に……」
史美菜は瞬きをして百夏を見つめた。
西に傾いた陽光が少し眩しくて目を細める。
気付けば二人の影が、雑草の生えた公園の荒れた地面に長く伸びている。
「あたしはお兄ちゃんだったよ……」
百夏の言葉に史美菜は驚愕を隠せなかった。
僅かに開いたままの口から「えっ?」と変な声が漏れた。
眉が歪んで、笑顔が作れなかった。




