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25・うしろ姿

 陽美菜は桜木夙を追っていた。

 こっそり……といっても、国道沿いには身を隠す場所も少なく、自然に距離を開けなければならない。

 姿勢を低くして自転車のハンドルを押すのが関の山だった。

 距離をとって見る夙の後姿は、今にも消えそうなほど影が薄くて、黒髪だけがくっきりと風にはためいている。

 時折髪をかき上げる姿は何故かノスタルジックで、髪なんて誰だってかき上げるのに彼女のそんな仕草は背景をモノクロームに変える。

 路地を入って少し行くと桜並木の堀沿いに出るのだが、そこもまた身を隠す場所は少なかった。

 桜木夙の小さな後姿は、美加の家に入る手前の小さな橋を渡り、米の無人精米機所の陰に消えた。

 史美菜は身を屈めたまま慌てて橋まで自転車を引きずって走る。乗ればいいのに、それに気付かないほど慌てていたのだ。

 史美菜が無人精米所の所まで来ると、夙の姿は何処にもなかった。

 細い小道を跨げば美加の家の敷地に入る。

 もちろん両隣にも民家はあるが、美加の家の敷地が広いので両隣までは大分距離があり見通しはいい。

 史美菜は美加の家の前でキョロキョロと周囲を見渡すと、目をしばたたかせた。

 彼女は何処へ消えたのか?

「あら、フミちゃん。どうしたの?」

 少し先でビニールハウスから出て来たのは、美加の母親だった。

 美加の家の敷地は入ってすぐ右手にビニールハウスと小さな畑。左側にはキャベツ畑が広がって、その間を通って奥まで歩くとようやく家屋とあの蔵が在るのだ。

「あ、おばさん」

 史美菜はとっさの事で、何を言おうか迷ったが

「美加の具合、どうですか?」自然と口が動いた。

 日頃から彼女の容態を気に掛けているからだろう。

「ああ……どうも具合がよくなくて……原因も判らないから治療も上手くできないのよ」

 原因は解っている……たぶん。

「そ、そうですか……」

「わざわざ様子を訊きに?」

 小さい花柄のエプロンを着けた美加の母親は、史美菜の方へ近づいて来た。

「え、ええ。なんだか気になって」

 苦し紛れに適当に返事をする。

 その間も、史美菜は視線を辺りに巡らせていた。

 夙は何処へ行ったのだろう……史美菜の頭にはそれしかなかった。

「そう言えば、裏の神社って昔からあるんですか?」

 史美菜は間が持たないついでに、ほんの少しだけ気になっていた事を思い出す。

「ああ、あそこはあたしが嫁いできた時にはもう大分寂れていたよ。お婆ちゃんが若い頃から在るって聞いたから」

「お婆ちゃん?」

「美加のお婆ちゃんね」

 美加の母親は、そう言ってから意味深にフフッと笑いを漏らした。

 史美菜が不審な顔でそれを見ると

「ああ、ごめんなさいね。いえね、お婆ちゃんが若い頃にあの神社で魔女にあったなんて言ってたのを思い出して」

 美加の母親はこらえ切れないと言うか、恥かしさを隠すようにアハハと声を出して笑う。

「神社に魔女なんてね。河童とかならわかるけど」

「河童?」

 史美菜にしてみれば、どちらも変だ。

「魔女がいたんですか?」

「昔の人はほら、色んなものを見るからね。天狗とか」

 美加のお婆ちゃん、つまり美加の母親の義理母は高校生の頃夕暮れの神社の境内でくたびれた魔女に会い、魔法の事典を貰ったそうだ。

「魔法の事典って、お婆ちゃんが貰ったものなんですか?」

「えっ?」

 史美菜は自分の言葉に驚いた美加の母親に向って

「あ、いいえ。なんでも……」かぶりを振った。

「それで?」

「はあ?」

 美加の母親は気の抜けた声を出す。

「それで、お婆ちゃんは魔法事典をどうしたんですか?」

「さあね。焚き木にしてお芋でも焼いたんじゃない」

 美加の母親は、そう言って日に焼けた顔をクシャクシャにして再び声をたてて笑う。

「なんか面白そうな話しですね。お婆さんは今も?」

「三年前に亡くなってね」

 史美菜は心の中で落胆した。

 そのお婆ちゃんが生きていれば、魔法事典の事を詳しく訊けたのに……

 少しだけ風が吹いてきた。

 よく見ると、蔵の瓦屋根の向こうにはあの丘が見える。

 ただの雑木林だと思っていたが、木々の合間に微か上の鳥居が見えた。

 幼稚園の裏から続く魔女の森の終点地。

 あんなところに魔女がいたんだろうか……

「せっかくだし、お茶でも飲んでいく?」

 遠くを見つめる史美菜に、美加の母親は愛想よく声をかけた。

「あ、いいえ。もう帰ります」

 史美菜はそう言って小さく会釈をすると、美加の母親に背を向けて歩き出した。






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