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20・屋上の影

 史美菜は四人部屋の入り口を静かに入る。カーテンが半分閉められた窓から、午後の黄色い陽差がゆるく入り込んでいた。

 確認するように部屋を見渡すと、手前右側のベッドの人は布団に包まってよく見えない。

 左側には丸々肥ったオバサンが、半身を起こして点滴している。

 史美菜は一瞬目が合って首だけで小さく会釈した。

 奥の左はカーテンが閉められている。

 あれかな? と思ったが、右奥に寝ているのが美加だと気付いた。

 史美菜はゆっくりと彼女のベッドに近づく。静かに眠っていた。言い方は悪いが死んでいるように眠っている。

 史美菜は思わず美加の鼻のそばに手のひらをかざした。

 静かな息を肌で感じる……生きてる。

 白く透き通る頬が、何時もより不健康に見えた。閉じた瞼は睫毛が長い。

 よく見ると、ゆっくりだが胸元が上下に動いて呼吸しているのがわかった。

 せっかく来たのだが、起こす気にはなれなかった。

 どうして男を独り狙っただけでこんな……きっと魔法なんて使わなくても勇気を出せば、美加ならきっとゲット出来たはずなのに……

 心に寒風が吹いた。

 荒野を吹き抜けるような、荒れた砂で覆われた肌寒い風だ。それは心中で渦を巻いて、何処かへ飛んで行く。

 これから美加はどうなるのだろう……不安が過る。

 彼女の母親の話によると、白血球と赤血球の数がバラバラで、鉄分もかなり不足しているのだという。

 貧血症にくわえ、吐き気などの症状があるらしい。

 白く透き通る顔を見ていると、ふと過る。

 このまま消えてしまうのではないか。美加は、明日になったら何事も、存在さえなかったように消えてしまうのではないか……?

 五分くらいいただろうか。

 顔を見ているのが、怖くなった。

 病状を心配してではない。消えてしまいそうな美加の白さが怖かったのだ。

 史美菜は小さな丸椅子に腰掛けて彼女を見つめていたが、すくっと立ち上がると病室を出た。

 出て少し歩くとナースステーションがある。その角を曲がってエレベーターホールへ出ると、少女が立っていた。

 桜木夙だ。

「何してるの?」

 思わず声が出た。陶器のような白い頬は、まるで死神のようだ。

「美加さん、どうかと思って」

「あんた、死神?」

 そんなバカな……史美菜は自分で自分の心に思わず言い返す。

「フミさんって、面白い事いいますね」

 不敵に笑う顔が、妙に似合う少女だった。

 史美菜は夙に近づくと

「おかしくない?」

「何がですか?」夙は史美菜の顔を覗う。

「男ひとり願っただけで、何で入院なの?」

「彼女は人をひとり殺しました」

 夙は顔色ひとつ変えずに、小さな声で言った。

「何それ? 美加がそんなことするわけ無いじゃん」

 史美菜はまた一歩、夙へ歩みを進める。

 夙の身長はちょうど史美菜と同じくらいで、視線が微かに下に見えた。

「美加が、いくらなんでも人殺しをするわけ無いでしょ」

 誰もいないエレベーターホールに、声が響く。

「ここじゃ……屋上行きませんか?」

 夙は史美菜の横をすり抜けると、ホールの横から続く階段を上り始める。

「ちょ、ちょっと……」

 史美菜は慌ててそれを追った。

 廊下より少し薄暗い階段を、夙の後について上る。

 六階を通り越してさらにその上に向う。

 鉄の扉を抜けると、夙の黒髪が風に揺れた。

 大きなシーツがたくさん風にはためいている。バタバタと布がそよぐ音がした。

 屋上全てが開放されているわけではなく、洗濯物を干したり出来る僅かなスペース(と言ってもかなり広いが)が、高い金網で囲われていた。

 史美菜は、風に流れる自分の髪を横から押さえて

「で? どういう事? 美加が人を殺したって」

 夙はゆっくりと振り返り、空を仰ぐ。

 思わず史美菜もつられて空を見上げた。

 西日に光る雲が、速いスピードでぐんぐん動いてゆく。

「緑町で起きた飛び降り自殺……」

 夙が空に視線を向けたまま言う。 

「緑町?」

 史美菜はそれが、前に孝樹から聞いたあの場所だと直ぐに気付いた。

 緑町という住所は知らないが、こんな田舎でそうそう自殺なんて起こらない。

「それが、美加の仕業だって言うの? でも何の為に?」

「彼女の名前は峰津エミ。城之内剛彦の元カノなのです。いいえ、死ぬ寸前までカノジョでした」

 史美菜は眉根にシワを寄せる。

「失恋で自殺したの? でも確か、命は取り止めたんじゃ……」

「二日後に亡くなりました」

「それが全部、美加のせいなの?」

 夙は空に向けた顔を下ろして、史美菜を見る。

「美加さんが呪文を使わなければ、カノジョは失恋しませんでした」

「でも……」

 史美菜には上手い言い訳が浮かばない。言い返せない歯がゆさが、喉元に痞える。

「だから、美加さんはその反作用を受けるのです」

「なにそれ? だって、そんなのおかしいじゃん」

「結果が全てです」

「そんな……」

 史美菜はそう言いかけて、周囲の気配に気付いた。

 屋上の高いフェンスの上に、カラスが並んで止まっている。次々に集まって来て、鉄のフレームにとまる。ほぼ満席だった。

 陽差を受けた黒い影が、コンクリートの上でうごめいている。

 気持ち悪い……

 黒々とした縁取りは、各々に勝手な動きをしている。

 真っ白なシーツは、夙の後ろでゆらゆらと揺れていた。

 史美菜はそれ以上屋上に留まっている事ができず、先に鉄の扉をくぐって階段を駆け下りた。



 美加が魔法の呪文で強引に獲得した男、城之内剛彦。その元カノが自殺した女性だった。

 そんな事って在るのだろうか。

 それじゃあ、美加はそのカノジョと同じ目に合うのだろうか……死んでしまうのだろうか?

 反作用って、つまり呪いのようなもの?

 帰りは再び国道の高架を越えなくてはならない。

 緋色に変わり始めた空が、視線を埋め尽くす。

 鳥の群れが、小さな塊となってそれを横切ってゆく。

 歩道の柵の下は家々に明かりが灯って、来た時とは別の風景が広がっていた。

 窓の明かりは暖かく、どこか懐かしいのは何故だろう……線路沿いの路地にぽつりぽつりと街路灯が並んでいた。

 頂上からは一直線にダウンヒルだ。

 髪を靡かせ、スカートをひるがえしてペダルに乗せた足は動かす必要がない。薄暗い景色は、どれだけスカートが捲れても隠してくれるだろう。

 細いタイヤが小さな凹凸でガタガタハンドルを揺らした。






お読み頂き有難う御座います。

ゆっくりですが、お話はちゃんと前に進んでおります(笑。

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