16・代償
ベランダで小鳥の囀りが聞こえる。
史美菜はまどろみの中でその雑音を聞いた。
雑音なのに心地いい。
薄っすらと開いた目は、カーテンを通して降り注ぐ浅い陽差を感じ取った。部屋の本棚や小さなテレビが視界に浮き上がる。
彼女は何かを思い出したように飛び起きた。
何時もの自分の部屋は、何も変化は無かった。
チェストの上のヘアムースの缶がひとつ倒れている。
「夢……? だよね……」
史美菜は寝癖でもっさりした髪の毛に手を当てて呟いた。
いかにも黒い三角のとんがり帽子が似合いそうな桜木夙。
彼女は本当にクラスに存在するのだろうか……自分が見えているだけで、本当は存在しないんじゃないか?
史美菜はそんな錯覚さえ覚える。
あの席は、もともと空席でクラスのみんなは桜木夙なんて知らないのではないか。
教室のドアを開けると、何時もの時間に来るいつものメンバーが朝の教室のここそこに小さくたむろして話しこんでいた。
廊下側の一番後ろの席……史美菜は三上瑠衣の頭越しに覗き込む。
……いるじゃん。
小さな溜息をつく史美菜の視線を瑠衣が追って、怪訝に微笑む。
史美菜は「別に何でもないんだよ」という素振りで、そのまま窓際にある自分の席に向った。
ホームルームが始まって気付いたが、その日は美加の他にも欠席者がいた。
夙の姿に気をとられて気付かなかった。
百夏が来ていない。
が、百夏はよく身体の不調を訴えて休むし、途中で保健室へ行く事も多いからそれほど珍しい光景ではない。
一週間以上休む美加の姿に比べれば……
「ねえ、百夏変わったよね」
「そうそう、なんかあったのかな?」
「ケイタイ新機種持ってたよ」
「あたしアレ、親に買ってくれっていったら『バカ』って言われた」
お昼休みにそんな会話が聞こえた。
それらは雑談のネタのひとつに過ぎなくて、彼女達はすぐに他の話題に移っていく。
ぐるぐるとひと通り話題が駆け巡って、要所要所で笑い声が響く。
「ウリでも始めたのかな?」
史美菜はピクリと身体を震わせて聞き耳を立てる。
再び百夏の話題が出たのだ。
「違うんじゃない? 百夏の家って、一応工場経営でしょ。大口の発注でも入ったんじゃないの?」
「ああ、だから羽振りいいのか……」
史美菜は何故だか静かに胸を撫で下ろす思いだった。
「ねえフミ、なんか知らないの?」
右後方から声がかかる。
クラス一お喋りの、川口陽菜だった。
正確は悪くはなく、気さくで誰とでも仲良くなるタイプなのだが、とにかくお喋りが好きで授業中でも寝ている時意外はたいてい喋っている。
だから、私語にウルサイ数学の岩田鉄夫の授業ではずっと眠りこけている。
喋りも風貌も異常に怖くて、ヤクザのような数学教師の岩田は、授業の邪魔さえしなければ寝ていても何も言わない。
史美菜が振り返ると、陽菜は机の上に座ったままこちらに身体を向けている。
「ああ、あたしも判んないんだ」
フミは笑顔で応える。
魔法が原因なんて、口が裂けても言えない。
魔法が原因で……? と言う事は、モモちゃんの変貌は夙の言っていた反作用?
でも、アレが反作用だとしたら美加の病気に比べてあまりに軽いというかオイシイと言うか……
史美菜は考えもしなかった。
家庭環境が変わって百夏は変わった。と言う事は、きっとそれが百夏に与えられた反作用なのだろう。
しかし何故? 片や入院までしたというのに、もう片方は最新の携帯電話まで手に入れている。
史美菜は机の上に肘をついて、窓の外を眺めた。
ぽっかりと浮かんだ雲がひとつ、旻天に漂う。
作用と反作用にはムラがあるのだろうか……それとも、純粋に家族を救ったモモちゃんに対して、やっぱり男関係を願った美加に重い代償が課せられるのだろうか……
史美菜はふと夙が気になって再び振り返る。
相変わらず独りの彼女は、陶器のような白い頬をさらし静かに読書をしていた。
耳にかかった黒髪が、はらりと数本俯いた頬の横に落ちて垂れ下がる。
遠くの空で、カラスの鳴き声が聞こえた気がした。
お読みいただき有難う御座います。
誠に申し訳ないのですが、当分スローペースでの投稿となります。




