15・羽音
庭にボケの花が咲き乱れている。
真っ赤な花が幾つもの群れをなして生い茂るそれは、何年かに一度切ってはいるのだが、何時の間にか枝を伸ばし幹の本数を増やして絡み合うように上に、横に伸び盛る。
史美菜は縁側から洗濯物を取り込みながら、ふと目が止まる。
「年に何度も花を咲かせて、ボケているからボケの木って言うんだよ」
以前祖母から聞いた話だ。
しかし、辞書で引くと木瓜となっているから、それがなまって「ボケ」と呼ぶようになったのだろう。
「カア」という鳴き声が聞こえた。
史美菜はビクリとして、視線が中をさ迷う。
桜木夙の肩に止まったカラスの姿が脳裏を過る。
つけられた? まさか……カラスなんて何処にでもいるし、だからどうしったっていうの?
電線に一羽のカラスが止まっている。
しかし、向こう側を向いて、特に史美菜に興味を示すわけでもこちらを観察しているわけでもない。
カラスに観察? 馬鹿げている。
史美菜は思わず苦笑を浮かべたまま、洗濯物を掴んで家の中へ入った。
机の上に不釣合いに置いてあるぶ厚い事典が、何処か謎めいたくすみで存在感を主張している。
……作用と反作用……史美菜の頭の中で、夙の言った言葉が勝手にさ迷い歩く。
等価交換ってこと? なんだか何処かで聞いた話だ。
そんな原理でこの世が動いていたら、犯罪者はみな何らかの罰を受けるはずだ。それなのに、今だ裁かれていない犯罪者が五萬といるではないか。
史美菜は事典に手を伸ばす。
ページを開くと、古びた甘い香りがふわっと湧き上がる。
反作用なる罰則については何も書かれていない。
史美菜は静かにページをめくる。
文字が重い……硬質な活版印刷の活字は、現代っ子の史美菜には重く感じて読み進められない。
文学少女ならなんの抵抗も無いのだろうが、史美菜はそうそう活字を読む習慣もない。
美加はこの呪文で本当に願いが叶ったのだろうか。だから、その見返りに自分の身体を壊した……?
じゃあ、モモちゃんは? 彼女もこの書籍に載っていた呪文で家族が救われたとしたら、モモちゃんもいずれ身体を壊すのだろうか……?
史美菜が事典をパラパラと捲る。
捲るたびに、穂のかに甘い古木のような香気が漂う。
玄関で物音がした。母親の帰宅だろう。
史美菜は事典を閉じると、部屋を出た。
「あれ? お父さん今日は早いんだね」
史美菜が階段を降りると、リビングで背広を脱ぐ父親の姿があった。
「ああ、少しな。でも、もう八時だぞ」
「あっ、本当だ」
史美菜は瀟洒な金色の振り子が動く、洋風のお城の型をした置時計を見る。
「お母さんまだだよ」
「ああ、今日は少し遅くなるらしい」
「電話きたの?」
「いや、メール」
「そう……」
史美菜が小さく肩をすくめると父親は
「飯、買って来たぞ」
そう言って牛丼屋の袋を掲げた。
中には大盛が二つ入っている。
「別に、言ってくれればあたしが作るのに」
「まあ、いいじゃないか」
父親は笑いながらキッチンへ行くと、湯飲みを取り出す。
史美菜は再び肩をすくめて小さく溜息をつくとキッチンへ入り
「お茶ぐらいあたしがやるよ」
暗い漆黒の闇が何処までも広がっていた。
何も見えないのに、何かの気配。生き物がいる。しかし、その姿は果てしない闇に閉ざされて見えない。
バサッと羽根の羽ばたく音。史美菜はそれがカラスだと直感した。
闇の中に丸くて小さな眼がチロチロと光った。瞬きしたのだろう。
そして背中に他の気配。
振り向かずとも、それが誰なのか、彼女には判っていた。
全てを飲み込む闇の世界に、白い陶器のような顔がふわりと浮かんでいた。
桜木夙……
冷たくて無機質な瞳が、史美菜を見つめていた。
しかし、彼女は何かを言いたげで、何も言わない。ただ鉱物のように深い光沢の瞳が、史美菜を捉えて放さなかった。
少し更新頻度が遅れています。
下書きは26話くらいまで進んでいますのでご安心下さい(苦笑。
ちょっと暗いのが……




