13・不透明な彼女
「美加のところ、行ってみようと思うんだけど」
放課後、そう切り出したのは史美菜だった。
「えっ……」
百夏は少し考えて「ゴメン」と言う。
史美菜は正直驚いた。
美加は百夏が保健室へ行くと人知れず覗きに行って元気付けたり、もちろん暇つぶしでも在るのだが……話し相手になってあげたり、根底の理由はどうであれ、様子を覗いに行く優しさがあった。
だから、以前インフルエンザで美加が長期学校を休んだ時、家の方角が全然違うのに「様子見に、行ってみようよ」と言ったのは、百夏だった。
それなのに、髪をキャメルブラウンに染め、爪には淡いクリアピンクのマニュキアを塗った百夏は、用事があって行けないと言う。
「そう……」
「ゴメンね」
百夏はそう言って、スライド式の携帯電話を取り出した。
鮮やかなマリンブルーが眩しい。
「携帯、買い換えたの?」
「うん。もう三年以上使ってたから」
最新機種だった……
百夏は携帯の買い換えもずっと我慢していた。
周囲のみんなは、少なくても高校に入った時に買い換えてる。
「ネットなんて使わないから、電話とメールが出来ればいいよ」
それが彼女の口癖だった。
美加に限っては毎年買い換えて、小学校から数えて7台目の機種に先月買い換えたばかりだ。
ずっと我慢してたから……百夏の視線から、そんな言葉が聞こえてきた。
大容量ハイスピードダウンロードか可能で、地デジも観れる、高画質液晶の最新型のフラッグシップ機種だ。
「じゃあ、あたし帰るね」
百夏は会話をしながらメールを打ち終えると、教室から出て行った。
史美菜が校舎を出た時、携帯にメールが届いた。
孝樹だった。
史美菜は美加の見舞いに行くので今日は会えない事を書き込むと、送信ボタンを押した。
美加の家に行くと、母親の対応は暗かった。
「何だか容態が悪化してね、昨日から内科に入院してるの」
小さな花柄のエプロンで玄関先に出て来た母親は、蔭りのある笑顔を史美菜に向けた。
敷地を出る間際、ビニールハウスから出て来た父親に会った。
史美菜は小さく会釈をすると、自転車に乗って帰路につく。
橋を渡って既に青々と茂る桜並木の堀沿いを走ると、前方に見覚えのある誰かが立っている。南原女子高の制服だ。
低いフェンス越しに植えられた、青葉の茂る桜を眺めている。
史美菜は眼を細めてそれを見つめながら自転車を進めた。
次第に近づく人影を見て「嗚呼」と思わず小さな声を出す。
じっと佇んでいたのは、桜木夙。自分と同じ名前の木だから、好きなのだろうか……青葉の桜を眺める人は、あまりいない。
桜木夙は三年になると同時に転入して来た、いわゆる転校生だ。
高校の転校なんてドラマか漫画の都合だけの出来事だと思っていた史美菜は、彼女に少しだけ興味があった。
しかし夙は影が薄い。
教室にいても、まるで気配を消し、身体を透明にしているかのように存在感が皆無なのだ。
史美菜が自転車のブレーキを握ると、微かなノイズが響いて夙は振り返った。
白い……
改めてそう思った。
彼女の顔は真っ白に艶やかだった。
美加もかなりの色白だが、その質感は別物だ。
美加の白さは、瑞々しく透き通った水菓子のような白さ。でも、夙の白さは陶器を思わせる硬質なものだった。
しかし、どちらも美しい。
「桜木さん……どうしたの?」
史美菜は自転車を止めて、振り返った夙に声をかける。
「ウチ、こっちなんです」
会話を交わしたのは初めてだった。
新学期が始まって二ヶ月以上経っているのに、初めて話した。声は……以前聞いたことがあるような無いような。
低く小さく、でも以外に通る声だ。
「あ、そうなんだ」
愛想笑いで応える「じ、じゃあね」
話す事はない。史美菜は自転車のペダルに足をかけた。
「あなたたち、魔術を使いましたね」
背筋の産毛が逆立った。いや、背中にそんな産毛が在るとは思いたくないが、まるでそんな感じにゾワゾワと素早く冷たい電流が脊椎に沿って這い回った。
「な、何?」
「魔法の事典を使ってしまったんでしょ?」
夙の表情は変わらなかった。
ぼんやりと青々とした葉桜を眺めていた瞳のまま、言葉を発する。
「何でそんな事?」
史美菜の言葉に、夙は小さく笑った。
いや、実際は笑っていないのに、そう見えただけかもしれない。




