12・変化
住宅街の路地を抜ける。
興南高校の生徒も南原女子高の生徒も歩いていた。中には仲睦まじく並ぶ男女の姿も在る。
車通りの多い道に出ると、小さな歩道に沿って進んだ。
自転車でこの辺りを通らない史美菜は、見慣れない風景に視線をめぐらせる。
「あそこのマンション……」
孝樹が指をさした。
道路から少し入った住宅街の中腹に、五〜六階建ての茶色い外壁のマンションが見えた。
「あれが、何?」
「先週自殺騒ぎがあったマンションだよ」
ニュースで知っていた。
専門学校生が、市内のマンションから飛び降りたのだ。
幸い駐輪場の屋根にぶつかって、小脇の垣根に落ちたらしく命は取り止めたらしいが、意識不明と聞いた。
「飛び降りたのは、あのマンションさ」
孝樹はいささか無表情で言った。
「知ってる人じゃないでしょ?」
「ああ……でも、彼女の付き合っていた男は、ウチの学校の先輩でさ……別れ話からのトラブルらしいよ」
彼は正面を見たまま応える。
「先輩はどうしたの?」
史美菜は孝樹の背中に問う。
「さあ、別に親しいわけじゃないから。でも、もう新しい彼女がいるらしいけど……」
「そうなんだ……」
恋愛のトラブルで自殺などというドロドロした現実なんて本当にあるのだと思った。
どこかドラマ的で、非現実的だ。
そんな事はあっても都会での出来事に過ぎないのだと勝手に解釈していた。
孝樹はそれから直ぐに、再び自分の住んでいる地元の話しをした。
海が近くて、気が向けば泳ぎにいけるが穴場を狙った海水浴客が路駐をして困るそうだ。
史美菜は彼の話しを聞いては、大げさに笑い声を上げた。
周囲の視線は、自分たちをどれだけ親しい関係だと思うだろうか。
ラブラブカップルだと思うだろうか……
二つ目の駅は意外なほど近かった。
もっと一緒に自転車で走っていたかったが、一時間に二本しかないバスの発車が迫っていた。
「じゃあ、また」
孝樹は明るい笑顔で手を振ると「帰り、気をつけてな」
史美菜も手を振って頷く。
「大丈夫。じゃあね」
胸の奥で、キュンと何かが萎んだ。
そんな遠くに帰るわけでもなく同じ市内に住んでいるのに、何だか遠距離恋愛を体感したような勝手な想いが胸の底から競りあがって来た。
毎週訪れる憂鬱な月曜日。
しかし雲ひとつ無い旻天は、まるでガラスに蒼インクを垂らしたように輝いている。
史美菜の心に憂鬱は無かった。
学校の帰りだけが、汐泊孝樹と会える時間なのだ。
あれから何度も一緒に帰り、会話を交わしたが、休みの日に逢う約束はできなかった。
今はそれでもいい。
少しづつ進展させればいいと思った。
教室に入ると、見慣れない生徒の姿に一瞬視線が止まる。
しかし、それがよく知る生徒だと気付くのに一秒もかからない。
「も、モモちゃん? どうしたの?」
百夏は黄金色に染めた髪を揺らして明るく笑った。
「だって、もう我慢しなくていいじゃん」
「いや……我慢って?」
「何もかもよ」
百夏は彼女なりにいろんな事に躊躇し、我慢して来た。
化粧品も洋服も最小限に抑え、彼氏を作る事さえ拒んできた。
家庭の事情、兄の苦悩を考えると、もう何でも我慢できた。逆に、高校生らしい贅沢は、彼女に罪悪感さえ与えた。
その呪縛から開放された百夏は、身も心も自由になった。
「うん。似合うじゃん」
百夏には黒髪が似合うと思った。
淡くグリーンがかった彼女の瞳には、黒髪が似合う。
しかし、史美菜はそれを気持ちの奥に留め、似合うと言った。自分だったらやっぱりそう言って欲しいと思うから。
自分の髪に触れた百夏の爪は、艶やかなクリアピンクに輝いていた。
「ほんと?」
「美容室いったの」
「ううん。自分でやっちゃったよ」
その辺がまだまだ、今までの節約生活が染み付いているのだろう。
「でも、イイカンジだよ」
史美菜は百夏の柔らかい髪に触れた。
脱色系カラーリングのせいか、前よりも質量が軽く弱々しく感じた。




