11・二人乗り
美加は今日も学校へは来なかった。
風邪のウイルスが直接体内に入り、胃腸炎を併発したらしい。
史美菜は少し心配だったが、実はそれどころではなくて、彼女には他の用事ができていた。
放課後、帰り道とは逆方向の駅へ向かうと、駐輪場で待った。
今日の昼休み、学食と校舎を繋ぐ桟橋でフェンス越しに孝樹を再び見かけると、そのまま暫く話しこんだ。
校舎の裏から学食に繋がる桟橋は、隣の高校とを仕切るフェンスの近くに在る。
フェンスの向こう、隣の興南高校は体育館が位置しているのだが、弁当やサンドイッチを食べる連中はその体育館の陰の段差によく腰掛けているのだ。それが、南原高校側を向いている。
史美菜に気付いた孝樹が手を振って、彼女もそれに応えた。上履きのまま土を踏んでフェンスに駆け寄る。
文化祭などではなく、日常で再び出逢った二人は自然に言葉を交わす事ができた。
学校帰りに会おうという事になり、駅の駐輪場で待ち合わせというわけだ。
興南高校は、他校からの人気が意外と高い。
スポーツが盛んで、それなりに素行不良な連中もいるが学力もそれなりにあるし常識的で、見た目ほど凶暴じゃない。
それが、周囲の同世代からの評価だった。
もちろん、モテない連中というのは何処にでも存在するが……
薄曇りの空から、太陽が見え隠れして風を暖めていた。
興南高校は始業時間が五分遅い分、終わるのは五分遅い。
掃除当番だと言っていたから、もう少し待たなくてはいけない。
興南の制服を着た連中の姿がぼちぼち現れて、何人かが駐輪場へ入って来た。
自転車を数百台置ける大きな場所で、腰ほどの高さのフェンスでぐるりと囲われている。
どうしてここに自転車を置くのだろう……興南にもりっぱな駐輪場はあるのに、何故目と鼻の先に在るここへ?
史美菜はすまし顔で、彼らをさり気なく観察していた。
すると、彼らが触れたのは原付バイクだった。
かなり遠方で、公共交通機関の乏しい地域から通う連中は、バイク通学が許される。しかし、よほどの悪条件でない限り、バイクでの通学は禁止なのだ。
おそらく彼らは許可のないバイク通学者たちなのだろう。
低く高らかな笑い声が響いた。
彼らは各々にバイクのエンジンをかけると、小さな集団となって反対側の出口から消えた。
「まった?」
振り返ると、孝樹が来ていた「どうしたの?」
「うん、こっそりバイクで来てる人がいるんだなぁって」
「ああ、こっそりって言っても、学校側も察しはついてるんだ。何も言わないけどね」
孝樹はそう言って笑った。
陽差の暖かさが、胸の奥を高鳴らせる。
久しぶりに感じる高揚感に、史美菜の頬が熱をおびる。
駅からは見えないが、時折通り過ぎる興南と南原の生徒の視線が、遠くから浴びせられた。
もっとひと気の無い場所で待ち合わせするんだった……
「ずっと電車で来てるの?」
「ああ、一年の時は下宿してたんだけど、去年道路が綺麗になってバスが速くなってさ。今は家から通ってるんだ」
孝樹の家は二つ先の駅からバスで海沿いを廻り、小さな峠を二つ越えた小さな町だ。
国道なのだが道幅が狭くてバスはゆっくりしか走れなかった。
去年の初めに峠を二つとも貫いたトンネルが完成した為、以前は40分かかった道のりが15分で辿り着くようになった。
史美菜のクラスにも一人だけ同じ町から来ている生徒がいるので、それは知っていた。
「そうか、芳江と同じ中学だったんだ」
孝樹は小さな町の小さな中学の話しをした。
市内の端に位置するような町の中学は何処もそうで、1クラスかよくて2クラスしかないのは常識だった。
野球部は無く、個人技のスポーツが比較的盛んな事も、特長のひとつだった。
史美菜は中学の時に卓球部にいた為、田舎の学校ほどそう言った小人数成のスポーツが異常に強い事を知っている。
もちろん、孝樹のいた中学も名前は知っていた。
史美菜は市の中心部で育った為、中学でも各学年が6クラスあった。美加の学校は小さかったが、それでも3クラスあったと聞いてる。
どんな話しでも楽しかった。
特に、自分の知らない話は些細な事でも興味を示して大きく相づちを打つ。
何時もより30%増しで笑った。
心が躍る。
バス停のある駅まで歩こうという話しになって、史美菜は自分の家が遠ざかると不平を言いながらも内心は欣快な思いで自転車を押して歩き出す。
駐輪場から出ると、孝樹は史美菜の自転車のサドルに跨った。
「後、乗りなよ」
ワクワクした。
二人乗りの自転車は、ワクワクする。
些細な交通違反で世間に抗う事が楽しいのか、誰かと一緒にひとつの自転車を共有する事が嬉しいのか判らないが、とにかく心が弾む。
荷台に横乗りした史美菜の短いスカートが、風を拾ってはためいた。
「痛ったい!」
歩道の段差を越えた時、ステンレスの荷台は容赦なく史美菜のお尻に衝撃を伝える。
本当はそれほどでもなかったが、彼女は少しオーバーに声を出して孝樹の背中に手を触れた。
サラサラしたブレザーの背中は、心地よい生地の香りがした。




