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10・遅刻

 風が暖かかった。

 史美菜は朝起きた時、なんだか何時もと違う陽差の暖かさを感じて、目覚ましも鳴らないのに目が覚めた自分に賛嘆した。

 カーテンの向こうに外の白い光が透けていた。今日はやけに寝覚めがいい。

 しかし違っていた……

 目覚ましは何時の間にか止まっていたのだ。時計の針は幻覚のような位置を指している。八時を一分ほど過ぎていた。

 うそ! ヤバイ。

 史美菜は現実に引き戻されるように飛び起きる。

 何時もと違う陽差を感じたのは、時間が何時もより遅いからだった。

 キッチンを覗くと、誰もいなかった。

 そう言えば、母親は朝から何処かへ出かけると言っていた。

 史美菜は冷蔵庫のドアを開けると、ヨーグルトをひとつ取り出しスプーンでかき込むように食べると、急いで玄関を出た。

 自転車を命イッパイ漕いだ。

 ヤッパリ風は暖かかった。

 頬を照らす朝の陽差が眩しくて熱くて、国道に出る頃には背中と額に汗が滲んでいた。

 暑い……最悪。

 交差点で信号待ちする仲間はいなかった。

 南原女子高の生徒の姿はいないのに、興南の生徒が数人いる。

 隣の興南高校は、始業時間が五分遅いのだ。

 男子生徒に囲まれて、史美菜は横断歩道の信号を待った。

 額に汗が滲んでピンで留めた前髪の後れ毛が額に張り付いて、微かな半月型の赤い痣跡が浮き出ている。

 ファンデーションを塗ってる暇は無かった。

 史美菜は体育など、予め身体を動かす前には、こっそり薄くではあるが額にファンデを塗る。

 目立たないとはいえ気になるし、自分で鏡を覗けばやっぱり目立つのだ。

 しかし、今はそれどこれじゃない……信号が青になると、彼女は急いで自転車を走らせた。

 コンビ二の角を曲がって住宅街を抜けると、正門を目指す。

 腕時計を見る。ホームルームが始まるまであと五分。

 お喋りに湧きながらのんびり歩いている生徒を追い越す。彼女らは完全に諦めているのだろう。

 ひとつ角を右に行けば、直ぐに南原女子高の大きな正門だ。

 両脇に大きな花壇が植えられて、この時期はあじさいが植えられている。

 史美菜が勢いよく路地を曲がろうとした時、左から二人の男子生徒が走りこんで来た。

「うわっ」

「きゃっ!」

 一人が史美菜の自転車にぶつかって、よろける彼女をもう一人の男子がぶつかりそうになりながらも支えてくれた。

 慌てて足を地面に着いて、何とか史美菜は転ばずに済んだ。

「ご、ごめん。大丈夫?」

「あ、うん……」

 史美菜が視線を上げると、自転車のハンドルに手をかけているのは汐泊孝樹だった。

「あっ」と史美菜は声を上げると、孝樹も瞳を大きくする。

「あ、キミって確か……」

 史美菜は無言で笑顔を送る。

 校舎の中から、ホームルームの予鈴が鳴っているのが聞こえた。



 教室に着いた時はもう、額も背中の汗もひいていた。しかし、ホームルームは既に始まっている。

 教室の扉をそっと開けると

「アウトッ」

 と森原ゆきは言った。

 森原ゆきは史美菜のクラスの担任で、国語教師だ。

「珍しいね、フミが遅刻なんて」

 担任も史美菜の事はフミと呼んでいる。

 化粧っけのない輪郭のハッキリした顔は教師らしく、鼻の高い横顔は少し美人だ。

 史美菜は苦笑いで首だけの会釈をしながら自分の席に向う。向いながら美加の席を確認すると、彼女はまだ来ていなかった。

 史美菜は席に着きながら、何となく安堵の息を着く。

 自分より後に来る生徒がいれば、自分はそれよりはマシな存在になる気がした。

 しかし、美加は学校を休んだ。

 サボリ以外では滅多に休まない彼女が、風邪を引いたらしい。

 今までなら、風邪を引いてもウダウダしながらブツクサ言って、とりあえず学校には来た。

 彼女は独りが嫌いなのだ。

 家にいれば当然他の家族はいるが、誰か仲間に会いたくなるらしい。

 ヒョロリとしたモデル体型の彼女は、叩いたら折れそうだが意外にしぶとく健康だ。

 だから彼女は滅多に学校を病欠しないしフケたりもしない。

 フケる時は、間違いなく男が一緒だ。

 しかし、今日ははっきりと担任の森原が、彼女は風邪で休みだと言っていた。

 今朝、親から連絡があったので間違いないらしい。

 珍しい事もあるモノだと言ったのは、史美菜でも百夏でもなく、普段あまり目立たない桜木夙さくらぎなぎさだった。

 彼女は史美菜を見て、小さく笑う。

 色白の顔は周囲の明るさに反して、やけにかげっていた。





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