第2話 魔法
ここでもうそろそろ『魔法』について触れておこう。この世界での魔法とは基本的に魔法と聞いて想像するようなものと同じだと思う。
少し詳しく説明するとあらゆる生き物ーー人間や動物、植物に至るまですべては生まれながらにして魔力というものを持っている。
また、その魔力の量は大小個人差があり、1日に使える量は限られている。これを回復するのには時間経過でしか回復しない、と言われている。平均の魔力量の人間だと全魔力を消費したあと回復までには2,3日かかるらしい。
つまり、魔法というのはあまり無駄遣いできるようなものではなく、とても貴重なものとなっている。
ーーといってもほとんどの人は日常生活で火をつけたり、水を出したりなど少ししか使わない為、あまり魔力量については意識せず、ただの便利な道具程度にしか考えていない。
しかし、傭兵や国の軍隊など、戦いを生業とする人たちにとっては魔法は武器であり防具であり、戦う為の道具でもある。その中でも特に魔法に対して適性を持つものたちを”騎士"と呼ぶのだが、これはまた機会があれば説明するとしよう。
ただ、この魔法というのは魔力があれば簡単にできるのかと言われればそうではないし、いいことばかりではない。日常生活程度の魔法なら問題ないが、大きな魔法なら大きな魔法ほど、何かしらの枷がつく。
例えば雷の魔法だと、発動すればとてもスピードが早く、威力も高い殺傷魔法だが、詠唱にものすごく時間がかかる。1人しか狙えない雷魔法でも数分魔力を練る時間がかかる。広範囲魔法なら…もう考えたくないぐらいの時間がかかるだろう。
回復魔法でいえば、腕を切断されたとして、くっつけられるかといえばくっつけられないし、出血を止めるぐらいの応急処置しかできない。また、自分を対象にはできない為、自分が怪我した場合他の人に魔法をかけてもらうしかないのだ。
このように魔法は結構使い勝手の良くないものが多く、魔法だけでは戦えないとして、現在は剣術や体術などの方が重きを置かれている部分がある。
そしてこの使い勝手の悪い魔法の効率のいい使い方、新しい魔法の開発をするのがユキとユイの両親の仕事だった魔法学の研究員なのである。
また、ユキが通っていた魔法学校とは、大きく分けて2つあり、戦闘魔法を学び、国の軍隊などを目指す学校と、ユキたちの両親のように研究員を目指す学校とがある。(ユキは後者の研究員の方を目指していた。)
ちなみに偉そうに説明をしてたわけだが、ナハトは記憶喪失でこれらの記憶もなかったため、2年前にユキに同じ説明を受けている。
さて、説明はこれぐらいにして現実に戻ってこよう。
いま、ナハトが向かっているのは家の裏の山に住んでいる、通称ーー仙人のところである。いつからそこに住んでいるのか、何歳なのか、何をしている人なのかすべて不明であり、しかし魔法と剣術に長けていることから仙人と呼ばれるようになったらしい。
その仙人にナハトは一年半ほど前から魔法と剣術の修行を受けているのだ。
「やばい。師匠のこと待たせちゃってるかな。急がないと!」
もう一年半も毎日通い慣れた獣道とも呼べる道無き道を軽快な足取りで駆け抜ける。
するとどこからか女の子の悲鳴が聞こえた。
「きゃぁあああああ!!」
「!!!!」
悲鳴の聞こえた方向に向かって走るとそこにはポニーテールの女の子と今にも襲いかかろうとしているイノシシの魔物がいた。
「くっ…炎球よ、我が敵の元へ、駆け抜けろ!ファイアボール!!」
ナハトが火の初級魔術であるファイアボールを唱えるとイノシシに向かって火の玉が走………らない!!!!?
ボフンっ!!
「また不発か…!?やっぱり魔法はダメか。…やばい!!間に合わない!!?」
するとその時、ナハトとは別の方向から火の玉が飛んできて魔物にあたり一瞬で黒焦げにした。
「なにをやってるんじゃナハト!何度も言ったじゃろうが!!お前に魔法は使えないと!!」
声のした方向を見るとそこには見た目はおじいちゃんなのだが、筋肉隆々でありまるで生涯現役!とも呼べるようなおじいちゃんが立っていた。
「師匠!?た、助かりました」
「助かりました、じゃないわバカナハトが!!そして誰が見た目はおじいちゃんじゃ!!まだまだわしはおじいちゃんじゃないわい!」
「ご、ごめんなさい…というより心を読まないでください!!ってそんなことはどうでも良くて、きみ!だいじょうぶ……ってシェリーじゃないか!!」
師匠との会話を中断して魔物に襲われそうになっていた女の子に目を向けるとそこには見知った顔の女の子がいた。
師匠が小さい声で、わしとの会話をどうでも良いと言ったな…修行を倍にしてやる…って言ってた気がしたけど、うん。ナニモキコエナイ。聞こえないったらない!
「ふ、ふぇぇぇえナハトくんこわかったよぉお…うぅぅう」
そしてこの目の前で泣いているポニーテールの女の子はうちの近所に住んでいるおそらく同学年ぐらいの仲良い子で、名前をシェリーという。とても心優しい女の子で虫は大の苦手なのに殺さないという女の子であり、そしてなによりとてもドジである。
どれぐらいドジかというとなにもないところで転んで、泣きながら立ち上がろうとしてスカートの裾を踏んでまた転ぶ…そんな感じのドジっぷりである。
ちなみになぜおそらく同学年ぐらいと曖昧な言い方をしたかというと、ナハトが記憶喪失だから何歳なのかはわからないからである。おそらく16,7歳ぐらいなはずであり、16歳のシェリーとはおそらく同学年だろう、ということである。
「助かってよかったよ……でも、なんでこんなところに1人でいたんだ?師匠がいなかったら危なかったんだぞ?!何度も言ってるだろ?1人で森に入っちゃダメだって」
「うぅぅぅ…だってナハトくんが修行したら疲れるだろうと思ってお茶とサンドイッチを持って言ってあげようとして…そしたら急に襲われたの…」
「う…すごく怒りにくい理由だけど…でもシェリーに何かあったらどうするんだ!もうひとりで森に入ろうとしたらダメだからね。はい!指切りげんまん!」
そういってシェリーの小指を僕の小指と絡めて強制的に約束させる。
するとシェリーはうつむきながら、
「えへへ…ナハトくんと小指で約束…えへへ…」
これは絶対にちゃんと聞いてないな。ナハトはそう確信した。