第1話 はじまり
ーーーいつか、かならず、きみをーー
暑い…日光が直接当たるからか、ここ最近はいつも暑くて起きてしまう。目覚ましがいらないのはすごくいいことかもしれないが。だから目覚ましはもう1つの理由と相まって一度も使ったことがない。
「朝か…それにまたあの言葉か…なにかが夢として見えるわけでもなくただ声だけが聞こえるんだけどなぁ。それにたぶんあれ僕の声だよね?」
ずっと前から毎日聞こえる夢のようなものである。声だけが聞こえてそれ以上はなにもないのである。そして奇妙なことにそのセリフは僕自身が言ったセリフのようなのだ。しかし、思い出せない。
ドタドタドタッとドアの外からこちらに向かって走ってくる足音が聞こえてくる。
ほぉらきたぞもうひとつの目覚ましいらずの理由。
ドンッ!とドアを強く開けて人が入ってきた。
「おにいちゃ〜ん起きてる〜〜?!!」
活発そうな少女がツインテールをまるで犬の尻尾のように振り乱して部屋に走り込んでくる。二本あるから犬の尻尾というより触角というのだろうか。これを言うと怒られるから言わないが。
「起きてるよ。おはよう、ユイ。あと、女の子なんだから走ったりしないでおしとやかにしないとって何回も言ってるだろ?」
「それよりおにいちゃん今日は用事あるの?ユイ暇
だから遊んで〜♡」
「おい完全に無視か。…まぁいいや。ごめんなユイ。今日も…」
「またしゅぎょう〜?そんなの騎士さまじゃないんだからわたしたちがしても意味ないじゃない。ぶぅ〜」
「だから何度も言ってるじゃないか。なんでかはわからないんだけど、強くならないといけない気がして、やらないと…なんか頭が痛くなるんだよ。まぁ運動はからだにいいし毎日の日課なんだって」
「もういいもん!おにいちゃんのばか!どじ!かいしょーなし!ナハト!」
そういうとユイはまたドアをぶち破る勢いで走り去ってしまった。
「おい!だから走るなって!!ってか、ナハトってなんだ!僕の名前を悪口と一緒に羅列するな!…ってもういないか…はぁ…」
ため息をつくとともに少し考え事をする。このナハトというのは僕の名前なのだが、本当の名前というのはわからない。
というのも僕は2年前に今にも死にそうな体でこの家の裏の山に倒れているのをユイに発見されたらしい。そして1週間も寝たきりで起きた時には自分の名前すら覚えていない、いわゆる記憶喪失というやつだった。
そしてこの家に拾われて、名前がないと不便だからとりあえずナハトという名前をつけてくれた。
そのナハトという名前をつけてくれたのがーー
「いやぁ〜ユイとももう本当の兄妹のように仲良くなったねぇ〜」
急に声が聞こえたと思ってギョッとしつつ声の聞こえた方に振り向くと窓枠に腰をかけながら髪の長い女性がこちらにひらひらと手を振っていた。
「ユキ姉さん驚かさないでよ!っていうよりどこから入ってきてるのさ!」
「ん〜〜?窓からだよ〜開いてたし。なに〜?グラマラスなぼでぃの綺麗なお姉さんがいたからドキッとしちゃった?ん?ん?」
この自称グラマラスなぼでぃの綺麗なお姉さんはユイの姉のユキである。まぁ確かにスタイルも良くて綺麗ではあると客観的に見て思う。……喋らなければ。
この家の他の家族はというと…もういない。両親は2人とも魔法学の研究員だったらしいが、実験中の魔法の暴発により帰らぬ人となったそうだ。
そこからは姉のユキが通っていた魔法学校をやめて仕事をなんとか探し、ユイと2人で頑張ってきたらしい。
そんなすごい姉のユキなのだが、人を誰彼構わずしょっちゅう茶化してしまうという、性格に少し難があるため、なかなか嫁の貰い手がいないらしく、気にしている。本当は尊敬するべきなのだが、少し鬱陶しかったため、最もユキが気にしていることを言って反撃する。
「…グラマラス…ねぇ…。ユキ姉さん最近、少し太った…?」
「えっ!!??」
ピシッと一瞬で石のように固まるユキ姉さん。というのも本当は太ってるとかではないのだが、スタイルがいいせいか、体重が人より少しだけ重いらしく、気にしているためこれを言うといつもこうなる。
まぁ僕をからかった罰として放っておこう。そこで何気なく時計を見ると時刻は予定より半刻ほど進もうとしていた。
「うわっやばい早く出ようとしたのに遅れる!ユキ姉さん、行ってきます!!」
ユキ姉さんの小さい声で、太った…ぽっちゃり…と呟いてるのを背中に感じながら家を出る。
あれは少し効果的すぎたかな?あとでフォローしておこうと心に誓ったナハトだった。