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第0話 着衣でプロローグ

 身体には力が入らず最後の痙攣は終えた。

 計画を建ててから数日は絶食し腸内は空にしており、脱水症状まで水分をそぎ落としたお陰で脱糞もせず汚物に塗れた死体にならずにすんだ。

 あとは己の死体が腐敗する前に見つけてもらえれば迷惑はかからない、そう薄れゆく意識の中で男は見つける人の幸運を祈りながら死んだ。


 そう死ぬはずだった、しかし、そうはならなかった。

 何の因果かは男は意識を取り戻し、瞼を開くと太い首を掌で摩りつつぐるりと辺りを見回す。

 どこかの講堂なのだろうか、老若男女粗国籍とわずに様々な人間が居眠りをするように俯きながらパイプ椅子に座っている。

 なにかがおかしい、そう思った男は声を出そうとするも口は開き、舌も動くのだが声が出ない。

 喉元に手を当て、空気を嚥下する事により喉を鳴らす、横隔膜と腹筋に力を入れ細く強く息を吐き出し呼気音を確認する。

 声帯に異常はない、ただ何故か声を出そうとすると身体が止まってしまうことを確認する。

 即座に立ち上がろうとするも、身体は立ち上がろうともしてくれない。

 だが男は慌てることなく、随意筋を一つ一つ動かし身体の具合を試していく。


 結論として、四十肩のように痛みこそ走らないが腕は上げられず立つ事は出来ないが足は軽く伸ばす事ができる事までは確認できた。

 どうやら未体験の何かで動きを阻害されているようだ。

 どうにもならない事がわかると、再び死のうと思い舌を噛み切り窒息死を考え舌を突き出し口を閉めようとしたが、それはかなわなかった。


 「よし、死ぬな」


 男の突き出した舌を人差し指で口内に押し戻し、そのまま男の口の中まで指を押しすめる中性的で男とも女とも大人とも子供とも判断しきれない中肉中背の人が鈴を転がすような声で注意する。

 さしも死にたがりの男も見知らぬ人の指を食いちぎってまで自殺するわけにもいかず、腹いせ紛れに口に突っ込まれた人差し指を舌で舐りながら不満げに睨みつける。


 睨みつけながらも、男は目の前の人の特徴をみて少し驚きを覚えた何故なら顔の上半分を覆う巨大な皮製の眼帯は両目を隠し自分を見ることはできないはずだからだ。

 「くすぐったいよ。まぁ御柱の指をおしゃぶり代わりで死ぬのを我慢してくれるなら受け入れるけどね。御柱はまだやる事があるんだ、悪いけど線香が燃え尽きるぐらいの時間は待っておくれ」

 眼帯の人は愚図る赤子をあやす様に男の頭を撫でると、ぱたぱたと足音を立てながら立ち去っていく。

 男は仕方ないとため息を一つつくと、ゆるりと目をつぶり己の半生を軽く振り返り時間を潰す。



 男の名前は帰山きやま 近正ちかまさ、北の地の古い血筋を持つ母とロシアの血流れる父を持つクォーターだ。

 身長は2m近くあり、体重は140kgほどもある非常に巨漢であるのだが、その心は異常の一言に尽きる。


 物心つく頃には生きる事に意味を見出せていなかったが、近正が生まれる前に母親が死産を経験しており

 親より早く死ぬ事は無いように繰り返し言い続けていた為、親よりは死なない為に生きなければという程度にしか生きる気力を持っていなかった。

 ただ愛情を受け取れないほど捻くれておらず、親に迷惑をかけないよう物分りのいい幼少期を過ごす。


 近正6歳の時に出あった母親の妹の子である、当時1歳の那美との出会いと近正は生きがいをしった。

 生きる意味を見出したのだ、つまりは那美に一目ぼれしたのである、自分の一生はこの子の為にあるとそう頑なに信じた。

 叔母はそんな近正を見て、那美を守ってくれと強い男になれとはやしたてた。


 近正はその言葉を真に受け、文武両道を目指し身体を鍛え、知識を学んだ。

 早熟な精神は同年代に溶け込めず、どこか異常性を感じた子供達は近正を受け入れなかったのだ。

 そんなものは関係ないと、ただただ那美の為に近正は生きていった。


 那美5歳、近正11歳の時に二人の見ている前で叔母と母親は飲酒運転の車に跳ねられ植物人間となる。

 詳細は思い出したくもないが、人の醜さを見せ付けられ、人は、大切なものを簡単に失ってしまうものと理解した。


 父の稼ぎでは母親を助ける事ができず死を選ばざるできず、一般より裕福だった那美の家は叔母の命を繋ぐは重い負担だったが不可能ではなかった。

 そして金がなければ、こんなにも無力である事を知ってしまう。

 母親の死を大いに悲しんだ、だから近正ははやく金を稼げる道を探して海上技術学校に進学する事となる。


 全寮制の為、気軽に那美に会えなくなってしまうのは悲しかったが、別れの時には那美は一人前になったらお嫁さんになってあげるとませた事を言われ近正は喜んだ。

 それが、恐らく近正の人生で最大の幸せでだったと思われる。

 数年後船員となり、多少の経験を積み外洋タンカーに乗り長期に陸を離れるようになったが那美と心を通わせ、次の後悔を終えたときに那美は16歳となる。

 戻ってきたら近正と那美は結婚しようと約束した。


 もともと那美のために生きようと思っている近正は殆ど金も使わず貯金していた。

 これはIFではあるが、もし近正と那美が結婚できていれば幸せに暮せていただろう。

 めでたしめでたして近正と那美の物語は終わっていただろう。


 だが終わらなかった、近正の乗った船は海賊に襲われ再び近正が日本の地を踏むには5年の月日が流れた。

 この5年の事は近正は黙して語らず、ただ目には暗い影があり、公式記録で分る事といえば密航の取締りの時に保護されたという事だけだ。


 その時には、父親も叔父も叔母も死んでいた。

 近正が消息を絶って2年後、叔母を見舞いに行った帰りに父親と叔父と那美を乗せた車に居眠りトラックが衝突し那美を庇い二人は死んだ。

 半身不随となった那美を庇護する為に、叔父の取引先の若社長が那美を見初め那美は結婚する事となる、その1年後那美の妊娠が発覚。


 那美の幸せを願う近正が日本に戻ってみた姿は幸せそうに微笑む那美の顔と、その肩を抱く見知らぬ男。

 そして那美の腕に抱かれた双子の赤子、従姪の望信ののと従甥の希頼きらいの四人の姿だった。

 それでも、それでも近正は那美の幸せそうな顔を見て、納得し理解し飲み込んだ。

 金も幸せも、この男が那美に与えてくれる、自分の出番は終わったのだと。

 運命は残酷だった、宿命は近正を人生の幕を引くことを許さなかった。


 彼の生きがいは、ある言葉をいい彼を縛った、縛ってしまったのだ。


 「チカ兄ぃ、ありがとう。私を今まで守ってくれて。もう私に縛られないで自由に生きて幸せになって、子供達と一緒に笑っていて欲しいな」


 偶然なのか、母親の言葉に反応したのか、双子は人見知りもせず、近正に向って手を伸ばしながら、かつての那美のように、近正に笑いかけた。

 近正は泣きながら笑った、声を出して5年ぶりに笑った、腹の底から笑った。

 そして誓った、次こそは守る、次こそは幸せにしてみせる。

 ただもう近正の心は限界だったのか、那美の家族以外の人間との関わりは全て断った。

 空白の5年間、幼い頃見た母の保険金に集る人の醜さ、それらの経験は近正を人嫌いにさせるには十分な出来事だった。

 親の遺産、賠償金、貯金、退職金、慰労金から金を出し小さな山を買い山に引きこもる事にした。


 世捨て人のように山で生きていく近正に、双子は懐いた。

 夏休みになると近正の山でキャンプして過ごし、必要があれば近正が子守をするように那美の自宅に泊まる事もあった。

 そんな交流をして初めて会ってから8年後、那美と若社長が海難事故にあい死んだ。

 若社長が本格的に、親の後を次ぐための世代交代の船上パーティーの時に事故がおき船と共に沈んでしまったのだ。


 不幸中の幸いというべきなのか、双子は10歳と幼かったため為、船上パーティーには出席させてもらえず、近正と一緒に留守番しており無事だった。

 ただしその代償は大きく双子の家族と呼べるものは近正だけとなった。

 近正は必死になって、双子の財産を守り、人の醜さを見せぬように育て上げる事を心に誓った。


 世捨て人だった彼は、また人の悪意に触れながらも双子を守り全寮制の中学校に進学させる事が出来た。

 近正は自分が異常者である事を理解している、少しでもまともな大人たちに触れ合えるよう全寮制で自立性を育んで欲しいとの心遣いだった。

 年に3度の大型の休みのときは、大いに双子を甘やかし寂しい思いをさせないよう必死に頑張った。


 そして双子が14歳の時、修学旅行で沖縄に向う飛行機が墜落、炎上。

 双子は遺体さえ残らず死んだ。

 近正は3度守れず、絶望し、生きる目的を見出せず、財産を処分し、身体の中の内容物をすべて吐き出すまで絶食し、沖合いにて自ら石をくくり付けた死体袋に入り入水自殺を図った。


 そこまで思いを廻らし、小さく近正は頷いてやはり死のうと心に誓う。

 行動を起こそうとしたところで、ファンファーレが鳴り響く。

 先ほどまで意識を失っていたであろう周りの人間が首を持ち上げ辺りを見回す。


 音のするほうに首を向けると、先ほど近正の舌を押し戻した眼帯をした人、顔の下半分を隠す赤いバツ印が描かれ隙間のない面頬をつけ看板を持った人、巨大な耳当てをつけた人。

 三人が壇上にあがると眼帯をつけた人が口を開く。

 

 「え~まずは自己紹介から、御柱はけん


 その後に続くように看板を持った面頬をつけた人、ケンと同じように中肉中背で男とも女ともつかないものは看板をくるりと回すとこうかかれている


 『げん短い間だけど、よろしくね』


 声を発することは出来ず、かわりに看板で会話するのだろうか言がくるりくるりと看板を回すとまるでしゃべるかのように看板の文字が変わっていく。

 ただ不思議な事に、近正の知らぬ文字だとわかるのに何故か読めるのだ。

 象形文字の様な解読できないはずの文字なのに、読めてしまう。

 続けて、耳当てをつけた人は何がおかしいのかニコニコ笑いながら不可解な事を言い出す。


 「ゆるだ。ちなみにバベル前の言葉と文字で喋ってるから、どこの生まれでも聞けるしわかるから安心してくれ」


 バベル前とは何だと近正は首をかしげるが、それについては説明はしないようだ。

 三人は自分達は神の様なものだとつげた。

 とりあえず近正はこれから人ではなく柱で数えようとどうでも良いことを考えながら三柱の言葉に耳を傾けていく。


 「それじゃまぁ、異世界全裸サイバイバー!説明会はじめるよ~。質問会もあるから安心してね!」 

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