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蔵島翠のX-ファイル  作者: 初壱 始
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なんでもありなこの世界で


  終章 何でもありのこの世界で


「知らない……いや、知ってる天井だ」

 目を覚ますと清司は千鳥探偵事務所の室内にいた。

以前のようにパイプ椅子に縛られた体制ではなく、来客用の大きなソファに足を突き出して今まで寝ていたらしい。

「寝起き一発目でくだらないボケをかませる辺り大丈夫そうだな」

 声がした方を見ると腰まで伸びた長髪を後ろに束ねた白衣姿の千鳥が清司に背を向けたまま窓から移る明るくなり始めた空をを見ながらマグカップに入ったコーヒーを飲んでいた。

「おはよう」

「ぶっ!」

 コーヒーを一杯啜って振り向いた千鳥の姿に清司は思わず噴き出した。

白のTシャツ一枚しか着ていなかったからだ。

「ななななななんて格好してんだよ!」

 太腿の辺りまではTシャツで隠れているが千鳥のあまりの無警戒ぶりに視線のやり場に困る。

 スレンダーな体の露になった艶かしい肌色の部分の刺激に清司は耐え切れず盛大に動揺しつつ耳まで赤面する。

「なんて格好とはなんだ。私は風呂上りはしばらく全裸と決めているのに君を気遣ってわざわざ下着を着けてやったんだろうが」

「恩着せがましいうえに変質者か! いいから服着ろぉ!」

「断る! 何人たりとも私の生活リズムは崩させはせん」

「そこまで開き直られたらもう何も言えねぇ!」

 蔵島のパンツを見ても猛烈な不快感しか沸かなかったため清司は自分が女性に興味のない人間なのかもという不安を抱いていたがどうやらそうではない事がわかり内心で少しだけ安堵した。

「どうやら夜間に変身しても君自身が魔力を使い果たしたり気絶したりするとトランスは解除され元の人間の姿に戻ってしまうようだな」

 話題を変えるように千鳥が言う。

目を覚ました清司の髪は金髪に戻っており、口からはみ出すほど出ていた牙も引っ込んでいた。

「ああ。魔力すっからかんになるまで消費したからな」

「そうか、君なりに全力で挑んだんだな」

「ああ。今は朝の……5時くらいか」

 事務所の壁にかけられていた時計を見て清司が呟く。

「蔵島と小森は……?」

「翠なら今風呂に入ってるよ」

 そう言って千鳥は右手の人差し指を上の天井に向けた。

「風呂? この上の階に?」

「国に雇われてこの事務所で働く事になった時に上の階に私が住み込めるよう改装してもらってるんだ」

「へぇ……でもなんだってこんな時間に風呂なんて」

「迎えの車に乗ってここに到着してからも人間体になって治癒し切れずにぶり返した君のダメージを今の今まで治療してくれていたんだよ」

「あ……」

 言われるまで体のダメージが残っていない事に気付いていなかった清司はどこか間の抜けた声を出して自分の腕や足をまじまじと見つめる。

 清司のヴァンパイアとしての治癒能力は完璧なものではない。傷が完全に塞がれるのはあくまでも清司が吸血鬼の姿に変身している時だけであって人間体に戻ると無理やり塞いでいた傷口が開き、受けたダメージの何割かはそのまま体に残った状態になるのだ。

それでも清司の体に傷一つ付いていないのは恐らくここに来るまでの間に僅かに回復した力も使い果たして蔵島が看病していたからだった。

「……後でジュースでも奢るか」

 傷一つ無い自分の体を見ながら清司が呟いた。

「小森の方はどうなったんだ?」

「……彼なら今病院のベッドで眠っているよ。外傷は一切無いが覚醒の水を使用した影響で体力はかなり消耗したらしいからな。ちなみに君が過去倒した者達も数日間は死んだように寝込んだ」

「目を覚ましたら?」

「身柄を拘束して国の機関の人間が取調べを行う」

 どうせ記憶を失っているから無駄だがなという台詞を飲み込んで千鳥は言った。

「国の機関って?」

「対異能犯罪者対策本部局。まぁ簡単に言うと私の雇い主ってところだな」

「そっか……やっぱり小森はそういう所に預けられちまうんだな」

 今回小森は犯罪を犯した。

異能の力を使い人を傷つけてしまったのだ。

現在の化学の力では解明できない異能の力を使っての犯行は普通の人間社会ではまず裁くことは出来ない。

しかし、表向きでない裏の組織というのはやはり存在するのだ。千鳥のような異能者を雇い、非公式に異能犯罪者を裁く組織がこの世にはあるのだと清司は始めて千鳥に会った時から推測していた。

「なぁ、罪を犯した異能者を捕まえた後はどうするんだ?」

 世の法則を逸脱した犯罪者は何かしらの罰を受けなければならない。

小森とてそれは例外ではないだろう。

頭では理解しているつもりでも、どこかやるせなさを感じさせる声色で清司は尋ねた。

「基本的には普通の犯罪者と同じだ。犯した罪の重さによって決められた刑期を異能者用に作られた施設で過ごしてもらう」

「じゃあ、小森も……」

「いや、小森栄太郎は魔力を現在魔力を無くし今はただの人間に戻っている。更にここ数日間の記憶も消去されている。普通の人間を異能犯罪者のいる施設になんて入れる訳無いだろう」

「……ん?」

「取調べの記憶消去と数日間は監視が付くが機関が無害だと判断すれば彼はすぐにでも元の生活に戻れる」

 あっけらかんとして言う千鳥に清司はしばらく唖然とする。自分が思っていたよりも小森への裁きが甘すぎたからだ。

「いいのかよ。そんな適当で」

「まぁ君が壊した駐車場内のアスファルトとかは国が上手く誤魔化すだろう。そこは私の仕事じゃないんでな。詳しくは説明できん」

「そうじゃなくて! 異能犯罪への罰がそんなに軽くていいのかって聞いてんだよ!」

 茶化すように言う千鳥の態度にイラついた清司が声を荒げる。

「異能者一人を人知れず隔離するための情報操作にだって多大な労力がかかる。普通の人間に戻った者にまで手はかけられん」

「それは……わかるけど」

「自分が戦った結果をしっかりと形として認識したいのか?」

 質問に黙って頷く。もう半端に関わらないと決めた清司は今回自分が何を成せたのかをしっかりと確認したかったのだ。自分は小森に何かしてやれたのか、自分がやったことは本当に正しかったのかを。

 そんな様子を察して半ば呆れ顔になった千鳥が言った。

「皆が皆こんなに軽い処罰を下されるわけじゃないさ」

「やっぱり重い処罰もあるのか?」

「君が過去に倒したバット、ブレイズ、ホッパーの異能を使って人を殺めた者達は3人とも元の人間の姿に戻ったが、その後普通の刑務所に入れられている。記憶を無くし、自分が何故牢屋に入れられているのか理解していない状態でだ」

 自分が倒した後の異能者達のその後を知り、清司は自分の無責任さを改めて思い知る。戦闘だけを楽しみ、勝利した後の一番大事な後始末は人任せにしていたのだから。

「今回小森がもしも郷田達の命を奪っていたのなら彼もそうなる審判が下されていただろう」

 重々しく言った後、千鳥は清司を見つめながら口元を緩める。

「だが今回はそうならなかった。翠と、そして君が止めたからだ」    

 昇り始めた朝日の光が窓から入って室内の千鳥と清司を照らす。

「君の働きで小森栄太郎を普通の暮らしに戻してあげることができた。今回の成果をはっきり口に出すとこんな感じだ」

 笑顔で言う千鳥の言葉に清司は胸が熱くなるのを確かに感じた。

 しかし、まだ何か納得できないのか心の中にあるもやもやしたものをそのまま口に出しす。

「けど、なんて言うか、確かに俺は小森の事を助けたかったんだけど綺麗に終わりすぎて現実感がないっていうか……何かこう……」

「……くっ、ははははっ!」

 それを聞いて突然千鳥が腹を抱えて笑い出す。

「何を言い出すかと思えば」

 馬鹿にしたように笑い続ける千鳥に清司は少しむっとする。

「いいか、この世界は何でもありなんだ」

「な、何だよ急に。そんな事知ってるっての」

「魔法や異能の話だけじゃない。この世界は色んな事象が存在するんだ。悲しい事、苦しい事、逃げられない事、許せない事など何故か負の事象がほとんどだがな」

 清司は千鳥が何を言いたいのか全く解らなかった。

「だからなぁ」

 くすくすと本当に可笑しそうに笑った後、千鳥は少し声のトーンを落としながら言った。

「何でもありのこの世界で、少しくらい綺麗事があってもいいと私は思うんだ」

「え?」

「確かに普通に考えれば命を奪わなくとも郷田達を傷つけた小森がお咎めなしなんていう結果はおかしい。だが郷田達だって小森を痛めつけた過去がある」

「だから今回の事でチャラだって言いたいのか」

「目には目、歯には歯、暴力には暴力。私は受けた屈辱をそのまま返しても何も問題はないと思っている。しかし、それ以上の報復は復讐側も不幸になってしまう。それを今回君が止めてくれた」

 いじめをいじめで返す事を肯定的に考えるという千鳥の話を聞いて清司は小森が最後まで復讐は間違っていないと言っていた事を思い出していた。

「君は小森が奪おうとした命を守った。彼が人殺しになるのを止めたんだ。私の仕事の結果としては十分だ」

 本当にそうだろうかと清司の中に疑心が芽生える。結局小森はお咎めなしでも学校に戻ればまたいじめられてしまうだろう。それで本当に十分な結果といえるのだろうか?

その考えを口に出そうとした時だった。

「それでも納得いかなければ、もう一度小森を助けてやれ。魔法使いやヴァンパイアとしてでなく、一人の人間としてな」

「一人の人間として……」

「今回の件、私からも礼を言う。綺麗ごとで終わらせてくれてありがとう上月清司君」

 千鳥が薄い笑顔で清司を見つめながら言ってすぐに事務所の扉が勢い良く開かれ、部屋中の真面目な空気がぶち壊される。

「千歳さんお風呂ありがとうございました! いいお湯でしたー」

 非常にさっぱりした声で首にいつもの白いマフラーを、体にバスタオルを巻いた蔵島が入ってきたのだ。風呂上りなのに右手にはなぜか黒革の手帳が握れていた。

「って清司君!? もう起きてたの!?」

「ん? ああ……」

 蔵島の方を見もせずに清司は返事した。

朝日に照らされているせいか蔵島からは清司の顔が千鳥を向いたまま赤面しているように見えた。

「ちょ……私今バスタオル姿なんだよ! 清司君ラッキースケベ状態なんだよ! もっとこう何かあるでしょリアクションがさ!!」

「なぁ蔵島」

「おっ、なになに清司君? いいよー、私の美しいプロポーションに感想があるならどんどん口に出して」

「俺さ、これからもお前と一緒にいたい」

 不意打ちの様な発言に蔵島の頬がみるみる紅潮していく。

「アィエ!? セイジクンナンテ!?」

 突然の告白に完全にテンパって片言になる蔵島に気遣うことなく清司は続ける。

「今回お前や、千鳥さんと一緒にいて思ったんだ。ここなら俺はちゃんとした力の使い方が出来るんじゃないかって」

「あ……一緒にいたいってそういう……」

 あからさまにがっかりした顔で蔵島呟く。そんな助手をよそに千鳥は厳しい視線を清司に向けた。

「それは君が今後戦うための、力を奮う為の口実作りじゃなかろうね?」

「……もしかしたらそうかもしれない。未だにトランス状態になるとアドレナリン全快で気分は良くなるし純粋に力を持て余してるのは本当だと思う」

 でも、と口に出し自分の思いを上手く言葉に出来ないのか数秒口ごもった後頭の中からひねり出すように清司は言った。

「それでも……ここでなら俺が仙道に関わった責任を最後まで果たせそうだと感じた。本当に正しい自分の力の使い方を、本当に人を救うって事がどういう事なのか学べそうだって感じたんだ。だから――」

 頭を下げる。在り来たりでも自分の誠意が伝わるように。

そして清司は自分の覚悟を口に出した。

「千鳥さん。俺をここで働かせて下さい」

「駄目だ」

「千歳さんそんな即答しなくても……」

 千鳥の一刀両断するような即答にこれまた素早く反応する蔵島が異を唱える。

「一瞬で答えずに少し考えてあげてくださいよ!」

「私がどうこうじゃない。国の決定だ」

 金切り声をあげる蔵島を心底うざったそうに顔を歪めながら、千鳥はデスクの引き出しから一枚の紙を摘み上げて清司に見せる。

「この紙には国が決定した君への処分が書いてある。何の処分かは言わなくても解っているな?」

 淡々と言う千鳥の言葉に清司は黙って頷いた。

小森のように他者から異能を渡された者でなく、生来異能者として生まれた者には破ってはならないルールがある。緊急時以外で自ら異能を使ってはいけないという規則だ。

今、普通に生きている人間達は異能という存在を忘れているだけで決して使えないわけではない。その忘れられた記憶を刺激しないため、異能に覚醒するものを作り出さない為に昔から現代までに伝わる規則を清司は破った。

 千鳥や蔵島とは違い、清司は国からの許可を得ず自ら進んで異能を使って戦闘行為を働いていたのだ。

それなりの処分があろう事は覚悟していた。

「君に下された処分は一つ」

目を瞑って覚悟を決める。

国が裁判も無しに直々に下す処分とはどのようなものなのか。懲役か、最悪殺処分というのも十分にありえる。様々な予想を頭の中で組み立てながら清司は千鳥の次の言葉を待った。

「今から3ヶ月間私の仕事のフォローをしながら修練を詰み、君の異能中毒を克服してもらう」

 清司と蔵島が驚いたように同時に目を見開いて千鳥を見る。

「たったそれだけなのか……?」

「それだけとは心外だな。こう見えて私の仕事は重責が伴うものがほとんどでフォローのみとはいえ君にも覚悟してやってもらわなければならない」

「フォローって、戦えってことか」

「違う。この探偵事務所は異能者や怪奇事件に巻き込まれた人の相談窓口も兼ねているんだ。君には雑務を通じてこれから様々な悩みを抱える人に会ってもらう」

 真面目な口調で千鳥は言った。蔵島も黙って聞いていた。

「会って……それで?」

「知ってもらうのさ。皆がどんな風に己の異能と向き合っているか、己の闇と向き合っているのか……君に存分に見てもらう」

 千鳥の静かな迫力に清司は思わず唾を飲み込む。

「それがヒーロー気取りで暴れ回り、自分の欲に勝てなかった君へ下された審判だ。ちなみに嫌なら3ヶ月〝施設〟に完全隔離し人格矯正セラピーを受けて貰う事になるのだがどっちがいい?」

「その人達を見れば……」

 自分の欲に勝てなかったという刃が刺さった左胸に手を当てながら清司は真っ直ぐに千鳥の目を見て言った。

「その人たちを見れば俺も変われるのか? 俺にも……本当にその人たちを助けられるのか?」

「それは君しだいさ」

「君しだいだよ清司君」

 口を揃えて千鳥と蔵島が言った。

「3ヶ月後、もしも君の胸に人々を守るために戦いたいという思いの火が消えていなければ、その時は正式に君を仲間に出来るように国へ掛け合ってみるつもりだ」

「千鳥さん……!」

「さぁ、君はどうしたい? 考えて決めろ」

 聞かずとも、考えずとも答えは解っていると言いたげに千鳥が右手を清司に差し出す。

自分を変えるため本当に人を救うとはどういうことなのかを知るために3ヶ月ここで働くか、隔離されセラピーを受けるか。清司にとっては考えるまでもなかった。

未だ心の内に眠る魔力を開放したいという欲をコントロールするために。

仙道を止めるために。

自分を知り、他人を知るために。

誰かを助けるための本当の力の使い方を知るために。

清司は差し出された右手を強く握り返した。

「やるよ……いや、やらせて下さい。千鳥さん」

「私の人使いは荒いぞ。覚悟しておけ」

 そう言って手を離した後、千鳥は窓から差し込む朝日に目を細めながら自分のデスクの椅子につく。

「さて、新しく人員が増えた事を国に報告しなきゃならんな。君らも早く学校の準備をしろ。そして翠はさっさと服を着ろ」

「あんたが言うな……」

「っていうか清司君いい加減赤面ぐらいしてよーっ! めったに見れないメインヒロインの半裸なんだよ!? 素面なんてどうかしてるよ!!」

「どうかしてんのはお前だ露出狂! だいたい何でマフラーは首に巻けて下着を忘れるんだよ、あり得ないだろ! さっさと服着ろ絶壁が!!」

「ぐぇっ……」

 しつこく迫る蔵島に清司は心底鬱陶しそうにしながらマフラーの両端を掴んでを思い切り首を絞めて、撃退する。

これから3ヶ月こんな調子なのかと思うと少し頭が痛くなる清司だった。


          ●


「なぁ、小森に襲われた郷田たちは蔵島が治療したんだよな?」

 日もすっかり昇った朝、時葉高校へ登校中の清司は唐突に蔵島に尋ねた。

「うん。事件に関する記憶は消されて今日も普通に登校してくると思うよ」

「そっか。そう来なくっちゃな……」

 郷田たちの無事を聞き、清司は嬉しそうに自分の拳を握る。

「なんで清司君がそんなに嬉しそうなの?」

「いや、お前が俺のダメージも治療してくれたから今日は人間としていろいろ解決出来ると思ってな」

「へ……? 良くわかんないよ」

「ま、俺なりに小森の助け方を考えたってことさ」

 あまり詮索されるのも面倒くさいと感じた清司は無理やり話を逸らそうと違う話題を頭の中で探す。

「……なぁ、俺達がしたことって本当に正しかったのかな?」

「正しかったって信じて生きることしか出来ないよ。私達は」

 すっぱりと答えた蔵島に対して改めて清司は蔵島の強さを感じた。

「それにね、小森君が倒れる前に何か呟いてたでしょ?」

「え、そうだったか? 俺には呻いてるようにしか聞こえなかったけど」

「言ってたよきっと。清司君に『ありがとう』って」

 蔵島の、小森の言葉に胸が少し胸が熱くなったのを感じて清司の口元が少し綻ぶ。

「……お前の空耳じゃないのか?」

「言ってたよ。絶対」

「……そっか」

心の中にあったつっかえが取れたようにすっきりとした清司は、ふと蔵島に言わなければならないことがあったことを思い出し口にする。

「そうだ、お前にまだお礼言ってなかったっけ」

「え……別にいいよそんなの。傷の治療なんて朝飯前だったし」 「ありがとうな蔵島。おかげで助かった」

 素直な感謝の気持ちを口にする清司。

それを聞いた蔵島は嬉しそうに頬を少し赤く染めて笑った。

「えへへ。どういたしまして! 体の治療くらいならまたいつでもしたげるよ」

「いや、治療のことだけじゃない」

「え?」

 蔵島から視線を外し、少し先を歩きながら清司は言った。

「今回、俺一人だったら絶対に小森を止められなかった。お前と一緒に行動したから、お前と一緒に戦ったから小森を人殺しにせずに済んだと思ってるんだ」

「清司君……」

「蔵島。昨日俺に自分は力が弱いから、だから俺に手伝って欲しいって言ったよな?」

「うん、言ったよ」

「確かに力は弱いかもしれないけど、お前にはいつも迷わず行動できる心の強さがあるって感じてるんだ俺は」

 自分の脆弱な心を摩るように胸の前で握りこぶしをつくりながら清司は続けた。

「俺の心は弱い。仙道の言葉一つで意志が揺らぐほどに軟弱だ。だから――」

 話の途中、二人の間に時葉町に流れる強い風が吹き、道々に植えられた木々の葉が擦れあって心地のよい音を奏でた。

風が吹きやみそうなタイミングで再び清司は口を開く。

「俺にお前の……心の強さを貸してくれ。俺もお前と一緒なら何とでも戦えそうな気がするんだ」

 完全に風が吹き止むと蔵島は清司の背中に向かって「きっと無敵のコンビになるね」とだけ返し、清司も「そうだな」と短く返事をする。

「へへ、今の台詞はメモっちゃおうかな」

 蔵島は嬉しそうに笑いながらスカートのポケットからペンと黒革の手帳を取り出して白紙のページに何かをすらすらと書き始めた。

「なぁ、お前が頻繁に何か書いてるその手帳って何なんだ?」

「ふふふ、気になる? 私の相棒となった清司君に特別に教えてあげよう!」

 天高く手帳を掲げながら蔵島は仰々しく言う。

「この手帳には今まで時葉町で起きた異能事件、出会った異能者に関する全てが記されているのさ!」

「な、なんだってー」

 棒読みで清司が驚く。

「名づけて、〝蔵島翠のXファイル〟! 今日私のノートには時葉町の吸血鬼の正体が記入されたよ!」

「へぇー……って俺の正体書いたのか!? 他人に見られたらどうすんだ!」

「間違いなく清司君がイタイ子認定されちゃうね」

「ふざけんな! そのノートよこせ!」

「やだよ~ん」

「あっ、待てこのまな板マフラー!」

 逃げる蔵島を追って清司は校門前の寝坊殺しの坂を寝坊もしていないのに駆け上がる。

こうして上月清司の時葉町での新たな日々が始まった。

 時葉町の外れにある探偵事務所にあくまでも罰則として3ヶ月間働く事となった清司だが、落ち葉が風で舞う町を歩く清司の顔はどこか晴れやかだった。

余談だがその後、登校してきた郷田たちが何者かに喧嘩で大負けし、次の日から何故か小森へのいじめは無くなったらしい。



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