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蔵島翠のX-ファイル  作者: 初壱 始
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蔵島翠


   三章 蔵島翠


 時葉町で人の焼死体が見つかる事件が起こったのは蜘蛛男が現れる一ヶ月前のことだった。

月明かりが照らす夜の町の人だかりを押しのけ、ビルの隙間を右に左に細かく逃げるスーツの男を清司はしつこく追走しとうとう人気のない裏路地の行き止まりに追い詰める。

フードを被り自分の金髪が無駄に視界を遮るのとマスクを着用した息苦しい状態で人一人を追うのは苦しかったのか清司は肩で息をしながら開いた右手を突き出した。

「さぁ、もう逃げられねぇぞ。お前の持ってる小瓶をよこせ」

 若いスーツ姿の男は観念したのか手を震わせながら懐から赤い液体の入った透明な小瓶を取り出す。

ガラス製の小瓶の中央には火の玉のような彫刻が施されてあった。

「それをこっちに渡すんだ」

「……嫌だね」

「何?」

「まだ殺さなきゃいけない奴がいるんだ。いつも偉そうに説教ばかりする上司に俺の事を見下したような目で見る取引先の社員! そいつらこの世から灰にするまでコレはわたせねーなぁっ」

 額から滝のように汗を掻きながら小瓶の蓋を取り、スーツの男は小瓶の中身を一気に飲み干した。

「追い詰められたのは俺じゃない。お前のほうだぁあああ!」

 男の両の目が赤く染まり、強く握られた拳に禍々しく燃えあげる炎が宿る。

「この狭い場所じゃ避けられねぇぞ! 俺の〝ブレイズ〟を喰らえぇえ!」

 清司に向けて突き出された拳から、一直線に炎の弾が打ち出される。

男の言う通り清司達のいる路地は狭く、矢のような速度で襲い来る火球を避けるスペースが無く清司は直撃を受けてしまう。

火球が体に着弾した瞬間、轟音と共に炎が炸裂する。

「うわぁああああーーっ!!」

「ははっ、凄い勢いで追ってくるからどんな奴かと思えば何だ、弱いじゃねーか」

 燃え上がる清司を見ながらスーツの男は腹を抱えて笑い出した。

「ぐうぅう」

「……ん?」

 男が異変に気付いたのは自分が放った火球が着弾してから数秒経った後だった。

以前自分の上司に魔法を使った時は炸裂した瞬間に即死して相手はすぐに膝を付いて倒れたのだが、清司はふらつきながらも未だに両の足で地面に立っていたからだ。

「ぉおおおおおおおっ!」

 気合の雄たけびとともに清司は炎の中を飛び出し、眼前のスーツの男に迫り走り出す。「馬鹿なっ! 俺のブレイズを受けてまともに動けるなんて普通の人間には無理だぞ!」

 猛然と向かってくる清司の姿は先程とは違い闇と同化しそうなほどの漆黒の髪、ブレイズでマスクが焼き取れ露になった口元からは獣の牙のようなものがフード越しにうっすらとスーツの男の視界に入った。

「化け物め! ブレイズっ!」

開いた手の平からもう一度清司目掛けて火の玉が放たれる。

 先程と同じく避けられる空間は存在せず、もう一度火の玉は直撃するかと思われた。

しかし、清司は火球に恐れることなく前進を続けた。

「効くかよっ!」

 大きく踏み込み、迫る火球に固く握った拳を思い切り打ち込む。

その姿を見てスーツ男は動揺する様を見せながらも引きつった笑みを浮かべる。

「ばっ、馬鹿が、俺の魔法が素手で止められるわけないだろうが……」

「だぁあああああああっ!」

 だがスーツ男の読みとは裏腹に渾身の拳は火球を付きぬけ、自らが放った炎の玉は辺りに綺麗な火の粉を散りばめ、やがて完全に消失した。

「なんだとぉっ!?」

「悪いけど見た目どおり〝普通の人間〟じゃあないんだよ」

「くそ、ブレイ――」

「遅い!」

 再びブレイズを放つ為に腕を振り上げたスーツ男だったが、すでに自分の間合いまで近づいていた清司は素早く男の腕を掴んで背後に回って捻りあげる。

「アダダダダ! 痛い痛いって!」

「残念だったな。ここまでだぜ」

 清司は暴れる男の腕を掴んだまま背後から首筋に牙の生えた口で思い切り噛み付いた。

「うっ……あ……」

 首筋に突き立てられた牙が男の動脈から血を抜き取り、清司の体内へと吸収させる。

10秒ほど血を吸い続けて、ようやく鋭い牙は男の首から引き抜かれる。

「ったく手間どらせやがって。まだ魔力が弱い段階で楽に吸い出せてよかったぜ」

 掴んでいた手を離すと男は力なく膝から前のめりに倒れた。どうやら完全に意識は無いようだった。

 清司は男の手に握られた小瓶を奪ってまじまじと観察する。

先程スーツの男が一気飲みをしたので中はほとんど空だったが、底にまだ残った赤い水滴を見つけたので床において小瓶ごと踏み潰した。

と、同時に清司の前に一人の男が音も無く現れる。

「勿体無いですねぇ。せっかくのブレイズ……炎の魔法なのに」

 現れた黒いローブの男と清司は以前に一度だけ面識があったので前回と同じく音も無く現れたローブの男にも清司は大して驚かなかった。

「よう。多分来ると思ってたぜ、えーっと……」

「そういえば初めてお会いしたときは名乗っていませんでしたね。私の事はどうぞ仙道とでもお呼び下さい」

 仙道と名乗った黒髪長髪の男はそう言って会釈した。

「この小瓶、やっぱりお前のか」

 そう言って自分の足元でばらばらに砕けた小瓶の残骸に視線を移す清司。

問いかけに仙道は笑って首を縦に振る。

「ええ、初めて会った時にも話しましたよね。私の目的を……」

「異能を持つものが全てを支配する世界を作るだったか? ベタすぎててっきりギャグだと思ってたんだけどな」

 馬鹿にしたように言った清司の言葉を受け、仙道は芝居がかったように両手を広げて空を仰ぐ。

「……かつてこの世界には異能と呼ばれるものが当たり前に存在しました」

 まるで懐かしい思い出を語るようにうっとりとしたで話は切り出された。

「五百年前、人類は未だ進化を止めていなかった。人間の強い意志の元に生まれる魔力から作られる『魔法』に始まり他の生き物の特性をその身に宿し体の形すら変える『トランス』に死者とコンタクトできる『霊能力』、清廉な想いから生まれる癒しと守護の力である『光明法』など数多くの能力者がこの地球に混在していた」

 未だ夜空の星々を見上げながら仙道は語り続ける。

「異能が増え続ける中、やがて戦争が起きた。どの異能が、どの能力者が世界を統べるに相応しいかを決めるための戦争だった。皆が好きなときに自分の能力を存分に振るえる何でもありの世界、さぞかし素晴らしい時代だったろう。しかし……」

 この話の先は清司も父親に聞かされていて知っていた。 

長く続いた争いのせいで世界の人口が減りすぎてしまったのだ。

共倒れした末の絶滅という最悪のケースを避けるために異能者達は争いを止め、いつしか使わなくなった自分達の能力を封印し、後に生まれてくる子孫達に伝えることなく忘却していったという。

そうして異能者からただの人間に変化して今の世の中が出来ていったのだ。

「もはや多くの異能がこの世界から消え去ってしまった。あなたのように能力を忘れなかった先祖から色濃い血を受け継いだ後継者達を除いてはね」

 そこまで話して長い黒髪を左手で掻き揚げながら仙道は視線を夜空から清司に移した。

「今日は吸血鬼……あなたをもう一度勧誘しにきたんですよ。ぜひ私の仲間になっていただきたい」

 そう言って深々と頭を下げる仙道。

「最初はあんまりお前が胡散臭いもんだから何も聞かずに断っちまったけど、今度は一応目的だけは聞いておこうか。仙道、お前の目的は何だ?」

 清司の質問に仙道はもう一度頭を下げて「これは失礼。私とした事がまだ何も説明していませんでしたね」と苦笑した。

視線だけでなく、体も清司の正面に向けて優しい表情で仙道は微笑んだ。

軟らかい視線を向けられているはずの清司は何故か微笑む仙道の姿に威圧感を感じ、体の筋肉を緊張させる。

「隠すほどの難しい計画ではありませんしお話しましょう。ずばり私の目的は今の世を五百年前と同じ異能者で溢れ、異能者が支配する世界に戻したいのです」

 まるでそれが世界の為と言わんばかりに仙道はキッパリとした口調で自分の目的を口にした。

「正直、進化を止めてしまった人間達ばかりのこの世はつまらない。もう一度私達異能者の手でこの世界を支配し自分の才能と能力を存分に振るえる世界を作りたいのですよ」

 ビルの隙間を通り過ぎる車のライトが差込み、一瞬だけ狂気の目を露にした仙道の顔を照らす。

「……だからこんな物使って異能者増やしてんのか」

 足元で粉々に砕けた小瓶の破片を指差して清司が言った。

「この時葉町は素晴らしいですよ。異能者を先祖に持つ人間がかなりの数いて、眠っていた先祖の力を呼び覚ますその『覚醒の水』に順応する者も山程いますからね」

「順応? 暴走の間違いだろう」

 どうやらこの小瓶の水は誰にでも使えるものではないらしいと知って内心ホッとする清司。

「水によって異能に目覚めたものが暴走ですか。まるで……自分はまともだと思っているかのような口ぶりですね」

「何だと?」

「いいえ、何でもありません。忘れてください」

 わざとらしく手の平を振りながら仙道は自分が言ったことを誤魔化しつつ話の本題を進める。 

「さて、ここまで話した上であなたに答えを聞きたい。私の仲間になってくれる気はありませんか? 共にこのつまらない世界を変えようじゃないですか」

「嫌だね」

 即答だった。

「……何となく予想はしていましたが、こうも即決で返事をされるといささかショックですね」

「やかましい! お前みたいなサイコ野郎の野望に付き合ってられるか」

奥歯に痞えた米粒が取れたようにすっきりした表情で清司は改めて戦闘態勢をとる。

「予想以上にくだらない計画で良かったぜ。これで気兼ねなくぶち壊せる!」

「……残念です」

 仙道は小さく呟いてから拳を前に突き出して構える清司に背を向ける。その姿は無防備そのものだった。

「今日はこの辺で帰るとします。私はあなたを諦めませんよ、また勧誘に現れます」

「無理だね。今ここでお前をボコボコにして俺の正義の味方ごっこも今日で終わりにするんだからな」

「それこそ無理ですよ」

「試してみるか?」

 両の瞳を紅く染め、清司は固く握った右手に力を籠める。先程スーツの男から吸い取った血の力、自分の身に新たに宿った力を。

「狭いこの場所じゃあ、こいつは避けられないらしいぜ」

 徐々に清司の右手が熱気に覆われ、しばらくして熱気は火炎に姿を変えて纏った右拳を赤く照らした。

「吸い取った魔力を自分の物にする吸血鬼の特性ですか」

 未だ背を向けたままの仙道が言う。

「君の力は本当に素晴らしい。やはりあなたは人間の世界を守る側でなく壊す側でいるべきです」

「ごめんだと言ったはずだ」

 右手から放たれた火炎は仙道目掛けて飛んでいくが、当の仙道は動くことなく背中に火炎の直撃を受ける。

先程の口ぶりから仙道も何かしらの異能者であることは間違いないと考えていた清司は牽制で撃った火があっけなく直撃した事に少し面食らう。

燃え上がる仙道を中心に辺りが熱気に包まれる。

「予言しておきましょう……あなたはいつか必ず私の所へくると」

「なっ!?」

 仙道は反撃することも、もがき苦しむこともなくただただ自分の体が燃えていく様を興味深そうな声をあげながら観察していた。

その姿に清司は異様な気持ち悪さを覚え、燃え続ける仙道にもう一発火炎を放つ。

二撃目の火球も仙道にクリーンヒットするが、ただ燃える勢いが増すばかりで仙道は相変わらずブレイズの観察を続けている。

「ああ、この火の魔法も実に素晴らしい。素晴らしい……スバラシイ……スバ……イ……バ……」

 やがて仙道の口調が機械的なものに変わり、一言発するたびに仙道の体は立体感を失っていった。

十秒もしないうちに仙道の体は人間のものから人型に切られた平面の紙へと姿を変えていく。

「これは……式紙ってやつか!?」

 現れた人型の紙くずもすぐに火に包まれて燃えカスとなり吹きすさぶ時葉町の風に運ばれて空高く舞い上がっていった。

「おい、さっきからビルの裏で火が上がってるぞ」

「やばいんじゃないこれ、消防呼ぶ?」

 悔しがる暇も無くスーツの男と清司が召還した炎の明かりに気付いた人たちが表の通りの方で叫ぶ声がした。 

 焦げたフードを深く被り、上着のポケットから取り出した新しいマスクで牙の生えた口元を隠しなおすと清司はこれ以上騒ぎが大きくなる前に迷路のような裏路地を駆け抜けてその場から姿を消した。


              ●


寝覚めが悪かったのには2つ理由があった。

見ていたのが以前自分の体が焼かれた後、仙道をまんまと逃がしてしまった苦い過去の夢だったこと。

もう一つは気絶する前にジャージ白衣の女に殴られた頭のテッペンが割れるように痛むからだった。

「うぅ……ん」

『変身! とうっ!』

うっすらとした意識の中、懐かしい声がテレビのスピーカー越しに聞こえた気がした。

清司がまだ小さな子供の頃に見ていたヒーロー番組の主人公が正義の怪人に変身する時に必ず叫ぶ台詞だ。

このヒーローの好きなところは相手の怪人の手によって犠牲者が出る前に必ず敵を倒すところだった。

懐かしいなと感じながらゆっくりと目を覚ます清司。

「あ、上月君やっと起きた!」

 まだ頭がぼんやりとしている清司の背後から誰かが声をかける。

顔だけ振り向くと室内でも白いマフラーを巻き、ソファの上で黒革の手帳に何かを書いている蔵島が目に入った。

「蔵島……ここは……?」

 辺りを見渡すとどこかの事務所のような部屋の中に清司はいた。

グレーのビジネスデスク、ロッカーといったあまり色味のない部屋の中央で清司は座り心地の悪いパイプ椅子の背もたれごと鎖で体中をぐるぐる巻きに拘束されていた。

「んなぁ!?」

 自身の惨状をようやく理解した清司は驚きの声をあげる。

真横に置かれた等身大の鏡を見て自分の髪が黒から金髪に戻っているのに気付き、無理やり引きちぎろうとした腕の力を弱めた。

「ようやく気が付いたか……それにしてもまさか翠のクラスメイトが我々が探し続けていた吸血鬼の正体とはな。灯台下暗しとはこのことか」

 その時部屋の窓際に置かれてあったグレーのデスクから声がかかった。

「悪いが暴れられると困るんで拘束させてもらっているぞ。上月清司君」

回転椅子がくるりと回り、背もたれで隠れていた人物の顔が明かされる。

 現れたのは黒の長髪、赤渕の眼鏡、白衣の下に赤の運動ジャージを着込んだかなり個性的なファッションをした若い女性だった。

「だからって鎖で拘束とかやりすぎだろ」

「怪力を持つ吸血鬼を捕らえようというんだ。鎖でも心許ないくらいさ」

「吸血鬼の特性も知ってるのか。何者だあんた?」

「そういえば公園では自己紹介をしていなかったな。私の名は千鳥千歳、この探偵事務所の所長だ」

 こちらを刺激しないためなのか千鳥と名乗った女性は軟らかく微笑みながら言った。

「探偵?」

「そう。ただし、ただの探偵ではなく異常現象や超常事件を国からの命令で解決するいわばオカルト事件専門家のようなものさ」

千鳥は端的に自分の正体を清司に明かす。しかし清司は警戒をとくどころか益々疑いの

目を相手に向ける。

「超常現象の専門家なんて聞いた事ないな」

「まぁ私達の仕事の情報は決して表立ったところには出ないからな」

「で、その秘密の探偵さんが俺に何の用なんだ?」

「まどろっこしいのは嫌いな性分なので単刀直入に聞く。最近この町で急増している怪事件……元凶は君か?」 

千鳥の質問に清司はただ黙って目をそむけた。

「ふむ……だんまりか」

 一度小さく嘆息してデスクの引き出しを開けは千鳥は中から錆び付いた鋏、先端に血のついたニッパー、とんかち、ロープ、ライターを順番に一つずつ取り出して机の上に並べる。

「さて、どれから試そうか」

「俺じゃない! 元凶は俺じゃないです!」

 置かれ続ける不穏なアイテムの数々に冷や汗を滝のように掻き、机の上に紫色の錠剤が並んだ瞬間に清司は根を上げた。

「なんだつまらん。せっかく不死身の吸血鬼の体で遊べると思ったのに」

「俺は人間の血も混じってる半端者だから不死身じゃないんだよ!」

「でも清司君の体、傷一つ付いてないよね? それって吸血鬼の力じゃないの」

 唐突に後ろで座っていた蔵島がテレビから視線を移して疑問を投げかけた。

平然とした顔でクラスメイトであり吸血鬼の自分に質問を投げかけてくる蔵島の態度にとまどいつつも清司は質問に答える。

「いや、俺は父さんがヴァンパイアで母さんが人間のハーフだから治癒力が普通のヴァンパイアより弱いんだ。朝になって人間体に戻ったら受けたダメージの半分は返ってきちまうのさ」

 そう説明して事務所の壁に掛けてあった時計に目を移す。

随分長い事気絶していたのか時刻は午前3時を示していた。

「じゃあ上月君の最近の怪我って全部……」

 蔵島の疑問に清司は黙って頷く。

「どうして言ってくれなかったの?」

「……仮に話したとして、信じてくれると思わないだろ? 自分の怪我は町に出没する怪人達と闘った時のものなんて言ってもさ」

 そう言って薄く笑って見せるが蔵島の眉間には皺が寄ったままだった。

「その怪人の事なんだがな、私たちも何体か遭遇しているんだ。だが未だにただの人間が急に超能力を得たり、怪人と化したりする原因がつかめていないんだ。倒しても元の人間の記憶は消えてしまっているしな」

デスクに置かれたカップのコーヒーを一啜りして千鳥が続ける。

「そもそも血統や才能以外でただの人間が魔法を使うにはかなり長期間の修行が必要になるし、ヴァンパイアや狼男のような人外の姿に変身するには完全に血統の力が必要になってくる」

「それなのに最近の怪事件に関わってる人はそんな事とは無縁の一般人ばかりなの」

 話を補足するように蔵島が付け足す。

「普通の人間に先祖の記憶を呼び覚まさせて……異能を覚醒させる水」

 ぼそりと清司が呟いた。

「なんだと?」

「覚醒の水だよ。修行の必要なく一口飲むだけで超人的な力や体を得る事ができるって奴は言ってた。最近の事件に使われてんのはそれさ」

「一口飲むだけ……ってじゃあ今まで吸血鬼に首筋噛まれた人たちって」

「全員その覚醒の水で異能力に目覚めた奴らだよ。もっとも全員自分の能力をコントロールできずに暴走してたがな」

 完全に清司の話を信用しきっている蔵島と対照的にまだ半信半疑といった顔で千鳥はコーヒーを一口啜り、カップを皿の上に置く。

「その人たちを皆君が?」

「ああ。俺が出会った3人全員噛んで魔力を全部吸い取ってきたんだ」

 どこか誇らしげな顔で言う清司に千鳥は目を細める。

「……てっきり私は君が怪人を生み出しているのだと思っていたよ」

「何だと?」

 千鳥の一言に驚愕する清司。

「吸血鬼の牙は魔力や血液を吸い取るだけでなく噛んだ相手の体内へ送り込むことも出来るからな。普通の人間を魔法使いにすることだって出来るかもしれん」

「千歳さん!」

 歯に衣着せぬ物言いに蔵島が抗議の声をあげるが、鬼も殺しそうな千鳥の視線を当てられすぐに萎縮してしまう。

「……まぁ普通は信用できないよな」

「君の話には証拠が存在しない。すまないがまだ拘束を解くことは出来ないな」

「これからどうするんだ?」

「我々は国に雇われた異能者だからな。まずは責任者に連絡を」

 会話の途中で千鳥の白衣のポケットから軽快な音楽が流れ出す。顔に似合わず男性アイドルユニットの最新の着メロだった。

自分の趣味を知られたのが照れくさいのか千鳥は急ぐようにポケットから紫の携帯を取り出し耳に当てる。

「はいもしもし。ちょうどこちらから電話しようと思っていたところだ……何だと?」

通話中の千鳥が一瞬だけ清司に視線をやる。

部外者に聞かれてはまずい案件なのか千鳥は席を立って片手でドアノブを回し部屋から出て行った。

そして部屋に残った清司と蔵島の間に気まずい沈黙の時間が流れる。

昨日まで普通のクラスメイトだった2人が今や捕らえた側と捕らえられた側という特殊な関係に変化してしまったのだ。そんな両者がいきなり部屋に2人きりにされては息苦しい空間になるのも仕方のないことであった。

『黙ってちゃ気持ちは伝わらないぞ、君の言葉を俺にぶつけて来い!』

 静かな部屋の中テレビから流れるヒーローの台詞が妙にうざったいと清司は思った。

やがて我慢できなくなったのか、蔵島が嫌な空気を断ち切るように口を開いた。

「びっくりしたでしょ? 私が異能者だって知って」

「……そいつはお互い様だろ。まぁ確かに驚いたけど、以前からなんとなくそうかなって思ってたからそこまでは動揺してねーよ」

「ええ!? あたしそんなにバレバレだった?」

 基本的にこの世界に生きる異能者達は自分の能力を隠し、普通の人間として生活している。もちろん蔵島もこの特殊なアルバイト以外では普通の学生として振舞っていた為、清司のこの発言には少なからずショックを受けた。

そんな様子を見て清司は呆れたように嘆息する。

「今日の小森、階段から落ちて頭から血だって出てたのに数時間後に会った時には傷一つ残ってなかった。その時になんとなくこの学校にも異能者がいるんじゃないかと思ったんだ」

「あ、なんだ。じゃあ厳密に私だとは気付いてなかったんだね」

「いや、多分お前じゃないかって思ってたよ」

「えぇえええええ!?」

 ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、清司の特定宣言に再び驚きの声をあげる蔵島。「今朝のこと覚えてるか? お前俺の怪我してた箇所を無遠慮に触りまくってただろ」

「なんか言い方がやらしいよ」

「なんで顔赤らめてんだよ。お前に触られたとこだけ異常に回復が早かったんでな、ちょっとおかしいと思ってたんだよ」

「そっかー……完璧に隠せてると思ってたんだけどなぁ」

 そう言って落胆する蔵島。どうやらバイト以外で自分の正体がばれかかっていた事実が相当堪えているようだった。   

「ところで回復といえば上月君さ……頭、痛くない?」

 ソファ越しにどこか気まずそうな顔で言われた体を労わる台詞に清司は驚きつつも返事を返す。

「……正直まだ痛い。あの女本気で殴りやがって」

 返事を返しつつ千歳が出て行ったドアを睨む。

「まぁまぁ峰打ちだっただけマシだよ」

「俺が吸血鬼じゃなかったら死んでたかもしれないけどな」

「そこも計算しての力加減だったんじゃない……多分」

「どうだかな」

 そこまで話して会話が途切れたので今度は清司の方から蔵島に話しかける事にした。

「なぁ蔵島……お前はどうなんだ?」

「何が?」

「お前は俺が吸血鬼だって知ってなんて言うかその……俺の事が怖くないのか?」

「頭に大きなたんこぶ作ってる吸血鬼なんてどうしたって怖いと思えないよ」  

少し困ったように笑って言う蔵島。

「いや、そういうことじゃなくて……さっきお前の上司が言ってたとおり俺の話には証拠がないしもっと俺の事疑らないのかって――」

「じゃあ清司君がこの一連の事件の黒幕なの?」

「いや違うけど……違うけどさっ! あまりに無警戒じゃないかって言ってるんだよ」

言いたい事が上手く相手に伝わらず、清司は思わず自分の頭を掻きたくなったが現状両腕は体ごと鎖で縛られているためそれは叶わない。

そんな清司の情けない姿をじっくりと眺めてから蔵島は言った。

「……私は千歳さんと違って毎日学校で清司君と顔合わせてるからね」

「クラスメイトだから信用してるってのか」

「違う違う。そうじゃなくて」

 訝しむ清司に蔵島は両手を振って否定する。

「最近何かと体中怪我してたでしょ? その理由が異能者との戦いのためだって言われてなんだか妙に納得しちゃったの」

「中二とか言って馬鹿にしてたくせに」

「ごめんごめん。だって包帯ぐるぐる巻きにした次の日には完治した状態でいるんだから誰だって仮病だと思うよ」

「うっ、ぐ……まぁ、そうだな」

 謝罪交じりで言われた蔵島の反論の正当性に清司は何も言い返せなかった。

異能なんてものを知らない人たちから見れば肉が裂けるほどの重傷が一日二日で治ってしまう人間など理解出来ないだろう。

しかもそれが何日かごとに新しい傷が増えては数日後に治っているのだから体中に付いた包帯や絆創膏が思春期特有の痛々しい自演と思われても仕方がないと清司は頭をがっくり下げながら無理やり納得した。

「それに、上月君が事件の黒幕ならわざわざ自分が作った異能者と戦って怪我するなんて変じゃない?」

小首をかしげ、ショートヘアを揺らしながら蔵島は言って未だ垂れ流しにされているテレビを指差した。

「だから私は信じるよ。清司君が黒幕じゃない事も、この町を密かに守ってきたヒーローだってことも」

 画面の奥で主人公が得意の決めポーズを取って変身をした。

いつも少しだけダサいと思っていた仮面に全身スーツの男が今日はなぜか少しだけかっこよく見えて、清司は顔を伏せる。

「俺はこいつみたいにかっこいいもんじゃないぞ」

「え?」

「このヒーローさ、いつも被害者が出る前に怪人倒して話の最後は必ずハッピーエンドになるだろ」

 清司が子供の頃好きな番組だっただけに覚えている。

高速のバイクで駆けつけ、囚われた人質を守り、超人的パワーで怪人を粉砕し犠牲者は一人とて出さない。第一話から最終話までこのヒーローは徹頭徹尾完全無欠の正義の味方であり続けたのだ。

「俺が動くのはいつも犠牲者が出た後。いつも後手後手だ」

 清司に異能者の出現を伝える使い魔の蝙蝠達は町中の様子を上から見回せるのに便利だが、数はたったの3匹しかおらず夜しか活動できないうえに魔力反応があってからでしか清司に伝えられない欠点があった。

つまり異能者が能力を使った後に清司はようやく動く事ができるのでありそうなれば必ず対応は後手に回ってしまうのだ。

「被害者が出た後に現れるヒーローになんの意味や価値がある? 異能者を倒した後だって、俺が魔力を吸い取ればみんな自分がやったことを忘れちまうんだぜ」

 覚醒の水によって作り出された異能者が吸血鬼の牙で魔力を吸い取られたり、聖なる力で魔力を浄化してしまった場合、魔力を使っていた時期の記憶はほぼ消えてしまう。千歳達がなかなか清司を捕まえる事ができなかったのは今まで倒されてきた異能者からの証言が得られなかったというのも大きな原因だった。

「助けようとした奴は死んでて、異能者倒しても罪を自覚させる事はできない……今でも自分が何で戦ってんのかわかんねぇよ」

清司は渇いた声で呟く。

「意味や価値ならあるよ」

 その時、今まで黙って清司の話を聞いていた蔵島がソファから立ち上がり清司の目の前に立って言った。

「公園で倒れてた江田君や柴田君、病院に運ばれてまだ意識は戻ってないけど命に別状はないんだって」

 今回清司が素早く現場に駆けつけたことや蔵島による治療が行われた事もあり、江田と柴田は二人とも一命を取りとめていた。

「彼らの命を救ったのは間違いなく君だよ。清司君」

 いつもは上月君と呼ぶ蔵島が何故かこの時は下の名前で清司を呼び、優しく微笑んだ。「清司君は正しい事に自分の力を使ってる」

そう言って蔵島はそっと自分の右手を清司の頭に出来たたんこぶに被せる。

「〝治癒〟」

 静かに唱えられた後、右手が淡く光だし添えられた清司の頭の怪我を癒していく。

「……なんか女子に下の名前で呼ばれるのってくすぐったいな」

「嫌だった?」

「別に、好きに呼べよ。それより捕まえてる奴治療したりしていいのか?」

「いいんだよ。私も自分が正しいと思った事に力を使いたいから」  

しばらくして持続的に続いていた頭の痛みは止み、腫れも完全に引いていった。

「私の力が役に立つ、私の力で助けられる人がいるなら迷わず使おうって決めてるの」

「蔵島……」

その時、事務所の出入り口である扉が開き今まで席を外していた千鳥が戻ってきた。

何故か不機嫌そうな顔で右手には公園で清司の頭に巨大なこぶを作った日本刀が握られていた。

「千歳さん?」

 武器を携帯している千鳥に対し心配するように蔵島が声をかけるも千鳥は何も言わずに蔵島を押しのけて清司の前に立って鞘から刀を抜刀した。

「なんだよ、せっかく治してもらったんだからまた殴るのはかんべんしてくれよ」

「うるさい黙れ」

 千鳥はゆっくりと刀を振り上げる、公園の時のように峰ではなく今度は刃の方が清司に向けられていた。

「ちょっ!? ちょちょちょちょっとおいおい待て待て待て!」

「何やってるんですか千歳さん!?」

 それを見た清司が冷や汗を掻きながら抗議の声を上げ、焦るように蔵島が止めようとするも腕を掴まれる前に千鳥は勢いよく刀を振り下ろした。 

「ひぃいっ!」

 悲鳴をあげながら思わず両目を瞑る清司。

が、しばらくしても痛みや衝撃を感じなかったので恐る恐るゆっくりと瞼を開く。

体には特に異常は無く、ただ今まで体の自由を奪っていた鎖の束が断ち切られた状態で床に散乱していた。

「君が犯人ではないと解った。帰っていいぞ」

 相変わらず不機嫌そうな表情で千鳥は持っていた刀を鞘に納めた。

「……は?」

 突然の開放に清司は疑問の声をあげる。訳がわからないのは蔵島も同じらしく口を開けたまま固まっていた。

「隠す必要がなくなったから話すが君が目を覚ますまでの間知り合いのサイコメトラーに今回の被害者2人の記憶を読んでもらっていた」

 千鳥の言う被害者2人とは言わずもがな江田と柴田のことである。

「サイコメトラー?」

「簡単に言うと他人や物に宿った記憶を読み取ったり追体験できる異能力だよ。魔力を消費するらしいから一応魔法に分類されてるみたい」

 清司の疑問に蔵島は要点だけかみくだいた説明をした。

「2人からは吸血鬼に襲われていたなんて記憶は出てこなかったそうだ。逆に被害者を加害者であろう蜘蛛怪人から助けに入った映像まで見えたらしい」

「じゃあ……俺の疑いは」

「念のため今日一日使ってもう少し2人の記憶を探るが君の疑いはほぼ晴れたと言っていいだろう……私も志保が言っていることは信じざるえんからな」

完璧ではなくほぼというどこかすっきりしない言い回しで千鳥は言った。

 話の流れから恐らくその志保という人物がサイコメトラーなのだろうと清司は察する。

「何か、不機嫌そうだな」

「先程上司からも連絡があってな、この一連の事件の犯人捕まえるまではこの街に常駐しているように言われた。おかげで予定していたクマップの全国ツアーの追っかけが出来なくなってしまった……」

心底無念そうに言う千鳥とは対照的にあまりのくだらなさにジト目になる清司と蔵島。「いっそ君が犯人だったらスピード解決で追っかけも出来たのに……」

「たかがコンサートの為に冤罪にされてたまるかよ」

 そう言って立ち上がった清司はふと妙なことに気付く。

「なぁ、そんな便利な異能者がいて何で今まで俺の事やや他の事件の犯人達が解らなかったんだ?」

清司の素朴な疑問に蔵島がテレビのスイッチを切って答える。

「サイコメトリー能力は万能じゃないんだよ。死んだ人の記憶は探れないし、清司君が血を吸い取ったり私が浄化した犯人達は犯行時の記憶が消えてしまうから探れなかったの」「だから私達は異能者を倒す前に生け捕りにして志保に記憶を探らせようとしていたんだが、まるで誰かが邪魔するように町に出る怪人共をきっちりと倒しまわってくれていたからなぁ」

「ずいぶんさっきからつっかかるなおい。言いたいことがあるならはっきり言えよ」

 挑発するような千鳥の態度に我慢の限界を超え、今にも掴みかかりそうな形相で清司は睨みつけた。

「でははっきり言おう。君の邪魔が無ければ私たちはもっと早くこの一連の事件や黒幕の記憶を入手する事ができた。それによって救われた命もあるかもしれないということだ」「なっ……」

「千歳さん!」

 自分のデスクの上に座り視線を清司にあて、いやらしく笑う千鳥を蔵島が制する。

「俺が今までやってきたことが誰かの命を危険に晒したって言うのか?」

「そんなことないよ!」

「まぁそういうことだ。現に今まで私たちの目は覚醒の水とやらを配る黒幕ではなく君に向いていたのだからな」

 蔵島が否定して勢いよく首を横に振り、千鳥が肯定して首をゆっくり縦に振った。

 恐らく千鳥の返答が正しいのだろうと判断した清司は俯いて挙動不審に目を揺るがせ始めた。

「俺が邪魔しなきゃ……覚醒の水の事ももっと早くに知れたのか? 死ななかったはずの人もいたのか?」

「恐らくな」

 今度は千鳥だけが返答し、足を組んでコーヒーを口にした。

「で、でも……仕方ないよな?」

「……清司君?」  

やがて俯いたままの清司が口を開く。

「だって……だって俺にしか出来ないと思ってたんだ! 最初に戦った時に異能者の手から誰かを守ることは俺にしかできないって!」

 口にしたのは聞き苦しい言い訳だった。

自分を楽にする為だけに付くような子供のような言い分を清司は額に汗を浮かばせながら搾り出す。

「なぜそう思った?」

「……え?」

「君の魔力を吸い出す力を使えば必ず怪人を元の人間に戻せるという確証があって行動を起こしたのか」

「それは……でも現に今まで俺が戦ってきた人たちは元に戻ってるじゃないか!」

「君は怪人を倒した後さっさと現場から逃げていたようだから知らんと思うが、戦闘で受けたダメージは元の体にも引き継がれていたよ。後から到着した私達が治療しなければ皆死んでいた」

 刺すような視線を清司に向け、千鳥は言った。その言葉に清司は動揺を隠せなかった。「……嘘だ」

「ああ嘘だとも。しかしそうなる可能性だってあったのに君は無鉄砲に異能に覚醒した者達に戦闘を仕掛けていったんだ」

 反論しようにも言葉が見つからず、清司は押し黙る。

「なぜたった一人で解決しようと思った?」

厳しい顔つきで千鳥はコーヒーを飲み干して黙って俯いたままの清司を睨む。

「私が答えを言ってやろうか。誰にも気付かれずにヒーローごっこを楽しみたかったんだろう?」

「千歳さん、いくらなんでもそんな言い方酷すぎますよ!」

「誰かを助けるためという名目で全力で力を奮えるのはさぞかし気持ちが良かったことだろう」

「違う……俺は……正しい力の使い方を……」

 特に寒くもない室内で清司の体が小刻みに震えていく。

「お前は覚醒の水を使った者が暴走すると言ったが、自身の魔力に酔って中毒になり自我を失うというのは我々生まれつき異能者である人間にも起きる現象だと知っているか?」 千鳥の責めるような問いに清司は何も答えられない。

「その様子じゃ知らなかったようだな。便利な異能を知り、自分に降りかかる問題やストレスを全て己の異能で解決しようとする人格が形成されてしまう症状は生まれつき異能者として生まれた者にも起こる可能性はある」

「異能中毒者……」

 千鳥の説明を聞いていた蔵島が顔を伏せながら清司に聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

「この症状は異能者として生まれながら長期間能力を使わずにいた者がふとした拍子に魔法やトランスを使った者に発症しやすい傾向にある……無論私達はそうならないように訓練を詰んだがお前はどうだ?」

 清司の頭の中で以前仙道に言われた言葉がリピートされる。

まるで……自分はまともだと思っているかのような口ぶりですね?

拳から伝わる殴った感触、長く眠らせていた野生を解き放ち脳から溢れ出るアドレナリンと興奮を清司は戦いの中で確かに感じていた。

 全てを見透かした上で聞いてくるような千歳は畳み掛けるように質問をぶつけ続ける。

「さっき君に聞けなかった事を聞こう。君とは全く関係のない人物の事件に首を突っ込んだのは何故だ?」

 尋ねながらデスクから下りた千鳥が一歩一歩清司に歩み寄って行く。

 清司は何も言わずにただ俯いている。

そんな弱弱しい様子の清司の胸倉を掴んで千鳥は言った。

「君が言わないのなら私が言ってやろう」

「やめろ……」

「君は誰かを助けたいわけじゃない。ただ力を使う快感に溺れ、力を使う自分の正当性を主張するために異能者の起こす事件を利用しただけだ」

「違う!」

「ならば戦闘による周りの被害を考えた事はあるか? 普通は戦う前に周囲に結界を張って一般人に察知されないようにするのが基本だが、君が今までそうした戦闘をした事があったか?」

「……それは」

「お前はただ暴れ回るだけの戦闘狂で仙道と何も変わらない!! 強い力を奮ってつけ上がってるだけの関わった事に最後まで責任も取れないただのクソガキだっ!!」

 千鳥の怒号が室内に響く。

清司は何も反論できなかった。

今まで、唯の一人として誰かを守りきれたことの無かった清司がその言葉を口にするのは人間としてあまりに薄っぺらかったからだ。

「……私も翠も、命を賭けられるくらい強い信念があってこの街を守っている。戦いにおいて一番必要なのは力じゃない」

 そう言いながら千鳥は部屋のドアを指差す。

「君の戦う理由はなんだ? 誰かを救う為に介入するというのなら最後まで責任を取ってみろ!」

「……っ!」

「出て行け。中途半端な意志しかないのなら二度と戦うな」

 冷たく言い放たれた言葉に反論する言葉も見当たらなかった清司はまるでその場から逃げるように勢いよくドアを開けて事務所から去って行った。

「あいつ、ちゃんと帰れるかな?」

「ここも外れの方ですけど一応時葉町の中ですし大丈夫ですよ、きっと」

「話の最初はあんなに奴を庇っていたのに急に無口になったな、翠」

事務所の窓から清司が夜の街を走り去るのを見つめ、新しくカップに注いだコーヒーが冷めるのを待ちながら千鳥がたずねる。

 蔵島は苦笑しながら答えた。

「千歳さん……本当は清司君のせいで犠牲者が増えたなんて思ってないでしょ?」

「……さてね」

 図星だったのか何も言わずにコーヒーをブラックのまま啜る千鳥。

「半端な意志で戦うな。私もここに来て最初千歳さんにそう言われたことがあるからピンときたんですよ。これはあの時と同じ説教をしてるんだなって」

「そんな昔の事よく覚えているな?」

「忘れないですよ。大切な教えですから、清司君にもこの言葉の意味を受け止めて欲しかったんです」

 右手で自分の胸を優しく押さえながら蔵島はそう言った。

「清司君、大丈夫ですかね?」

「私が知るか」 

蔵島の心配を背中を向けたままぶっきらぼうに切って捨てる千鳥。

「……心配ならお前が見てやれ」

 最後にぼそりとこぼした一言に蔵島の表情が明るくなる。

「へへへ……ツンデレな千歳さん好きですよ私」

「私にそんな属性はない。私はただ奴が暴走した時にわざわざ相手してやるのが面倒なだけだ」

(それをツンデレって言うんじゃないのかなぁ)

 心の中でつっこみを入れつつ明日も学校がある蔵島は帰り支度を始める。

テレビの電源を切り、流していたDVDをデッキから取り出した時だった。

「おい、翠」

 唐突に千鳥が話しかけてきた。

「何ですか?」

「どうやらこの仕事もこれから忙しくなりそうだ。私と翠の2人だけでは人手が足りんと思わんかね?」

「はぁ……?」

「お前に一つ仕事をやろう」

月も沈みかけた深夜、時葉町の外れに建つ人気のないビルの3階にある千鳥探偵事務所の室内で蔵島はその室長から直々に指令を一つ下されたのだった。



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