表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蔵島翠のX-ファイル  作者: 初壱 始
4/8

蜘蛛男


二章 蜘蛛男


時葉町にある運動公園。名前はそのまま時葉運動公園。

町にある公園にしては広大で、日中は奥様のダイエットとおしゃべりの憩いの場、夕方は運動部の鍛錬場、そして今のように日が完全に没した夜は会社帰りのサラリーマンの休憩場兼ヘッドホンを首にかけたミュージシャンのギターの練習場兼こっそりと煙草をすう不良達のたまり場となる。

 ようやく進路指導室から開放された茶髪の江田孝之は同じく進路指導室で説教をくらった伊達眼鏡の柴田逸郎と公園内のジョギングコースの端に設置された木製のベンチに腰掛けてお互いの鬱憤を爆発させていた。

その横では野良猫が腰を曲げて水のみ場の蛇口から垂れた水をぺろぺろと舐めて水分補給をしている。  

「やってらんねーよあのクソ教師!」

江田が不満そうに叫び、持っていたオレンジジュースの缶を残っていた中身ごと背後の芝生に投げ捨てた。

柴田も江田の不満に同調する。

「反省文50枚ってなんだよ!? お前こそ俺らをいじめてるじゃねーかっつーんだよ!」  二人とも今日の説教が終わった後に今週中に反省文50枚を書き上げて提出するという罰を与えられていた。

 清司と比べて処分が重いのは三田と郷田が怪我人相手に暴力を奮ったこととT4の普段の行いの悪さも考慮された結果である。

 説教中もただ聞き流しているような態度で実際に自分達がやった事は遊びのレベルだと思っていた二人にはこの反省分50枚はかなり思い罰に感じられたのだ。    「……でもやらなきゃ停学処分にするっつってたしな」

一転弱気にこぼす柴田。

対して江田の瞳孔は開いたままだった。

「誰のせいだ? 俺らがこんな目にあってんのは一体誰のせいだよ?」

「そりゃ小森だろ。あいつがちょっと小突いたくらいで大げさに転ぶから蔵島みたいな熱血正義女が飛び込んできて事が大げさになったんだ」

 柴田は舌打ちして唾を吐き捨てる。

数時間前、校内の自動販売機前で江田と柴田を含む男子4人に囲まれ暴行を受けていたのが体の小さい小森という生徒だった。

自分が買おうとしていたジュースを小森が買って売り切れてしまったため江田がよこせと言ったところ小森がこれを拒否したので激昂し殴り飛ばしたのが今回の発端なのだが江田もいじめに加担した柴田も自分が悪いとは塵ほども感じていない。

「お前もそう思うか柴田。俺も小森のチビが悪いと思う」

 むしろ誰かのせいにしなければ気がすまないという自分勝手な考えはおのずと標的を原点である小森に向けた。

「このままじゃ気がすまねぇな」

 何かを思いついたように江田が邪悪な笑みを浮かべる。

「何だよ江田、なんか思いついたのか?」

 柴田が不思議そうに訊く。

「ああ、どうやら小森のチビはおふざけといじめの区別がまだ出来ないみたいだから俺らがちゃんと教えてやろうぜ……本当のいじめってやつをさ」

 さも悪者を気取っているかのように言う江田の言葉を聞いて柴田は吹き出す。

「ぶはは、まじでやんの!?」

「当たり前だろ。ボコにしてやろうぜ」

 そう言って立ち上がり、ボクシングのシャドウを始める江田にまた柴田が笑う。

「でもよー江田、もしやりすぎて自殺なんかされたらどうする?」

 冗談まじりに柴田が言うと今度は江田が吹き出して言った。

「その時はまぁ……反省文50枚でも書いちゃうか!」

「ぎゃははははっ!」

 大きな笑い声にびっくりした猫が走り去る。

 どうやらこの2人は本当に小森が自殺することまでは考えていないようだった。

恐らく力も強くて仲間もいて、自分自身傷のつかない場所にいる者には本当に人が死んでしまう可能性があることも想像がつかないのだろう。

だからこんな風に下衆な笑いをあげるのだ。

だからこそ、小森は許せなかった。

「やっぱりお前らは生きてる価値の無いゴミクズ共だ」

「うおっ!?」

 背後からの突然の声に江田も柴田も驚いた顔で振り向く。

 二人の眼前に現れたのは人間の眼球とは別に額に左右4つずつ黒い目玉を付けた男だった。

「何だこいつ……」

 肌は薄茶色で両頬から口元にかけて蜘蛛の鋏角のようなものが突き出しており、その先には鋭い牙が生えていてとても人間とは思えない気味の悪い風貌に江田が後ずさる。

蜘蛛の巣柄の腰巻と紫の臑当、両手首に装着された紫の手甲以外はほぼ全裸でたくましい体を見せ付けているかのようだった。

 江田とは対照的に柴田は男のゴミクズ発言が頭にきたのかベンチから立ち上がりに悪態をつく。

「いきなりなんだおい? 気持ち悪いコスプレしやがって、殺すぞおい」

「つくづく馬鹿な奴だなお前。逆だよ」

 そう言って男は鼻で笑う。

「ああ!? 何言ってんだてめーは」

「僕が死ぬんじゃない。僕がお前らを殺しにきたんだ」

「上等だ……やってみろこらぁ!!」

 柴田は怒号をとばしながらベンチを踏み越えて男の顔面目掛けてて拳を放つ。

しかし拳が届く前に男のの目が青く光り、柴田の顔面めがけて口元から透明な糸を思い切り噴射した。

「うあああ!」

 糸の攻撃をもろに受けた柴田はそのあまりの勢いに踏み越えてきたベンチの背もたれまで吹き飛ばされる。

「何だこれ!? 何なんだよこれ!?」

 悲鳴を上げながら思わず自分の顔を両手で拭う柴田。

手についた透明色の太い糸は強い粘着性と伸縮性を持っているのかなかなか体から離れない。

 眉間に皺を寄せて叫ぶ柴田の様子をみて蜘蛛男は首を傾げた。

「おかしいな。確かに殺すつもりでやったのに」

明らかに異様な雰囲気の蜘蛛男を江田と柴田は緊張した様子で見ているしか出来なかった。

「他の力も試してみよう」

 男が背中に力を入れると一本、また一本と薄茶色の背中を突き破って長さ3メートルはあろうかという縞模様の蜘蛛の細長い脚が生えてくる。

「グオオオオオオオオオオオオッ!」

 自身の背中を突き破られる激痛に苦悶の叫びを上げる男。

江田と柴田はあまりに現実離れした光景にただ絶句して見ているしかなかった。

「はぁ……はぁ……」

 背中から8本目の脚が生え伸びたところで男の痛々しい叫びは止む。

鋭い棘の突いた脚が各自ばらばらにカクカクと動く。

「うっ、うわあああああ!」

「なっ、おい江田!?」

 恐怖に堪えきれなくなった江田はとうとう糸で動けなくなった柴田に背を向けてこの場からの逃亡を謀った。

「……逃がすか」

 男はまたもや口から糸を吐き出し、江田の首に巻きつかせて動きを止める。

「グエぇ!」

 突然後ろから首を締め付けられた江田は大きく体制を崩して背中から地面に倒れる。

「かぁ……! かっ……!」

 首にかかる圧力に耐え切れず、江田は白目を向いて気絶してしまう。

「なるほど……糸はこういう使い方の方が適してるのか」

 口から出した糸を噛み切り、自身の力を確かめるように男は言った。

「江田、おい江田起きろ! 起きて俺を助けろおら!」

 必死の形相で柴田が叫ぶが江田は倒れたままピクリとも動かない。

そんな様子を見て蜘蛛男は呆れたように嘆息する。

「いつまでも自分の心配ばかり……お前はきっとこれから先もずっと他人のことなど気にかけずに生きて行くんだろうな」

 未だに透明な糸に囚われたまま動けない柴田に男はゆっくりと歩み寄った。

背中から突き出た鋭い形の脚が不気味に揺らめく。

これから自分がどんな目に遭うのか予想してしまった柴田は悲鳴を上げながら必死にもがく。

「ヒッ、くるな……くるなよぉおおおお!」

 しかし無情にも糸は切れるどころか柴田が動けば動くほど体に絡みつき自由を奪っていく。

やがて蜘蛛男が柴田を自分の射程距離内に入れる。

「お前のような奴は生きてちゃいけない。人の痛みが解らないような奴は死んでしまえ」

 背中から生えた脚のうち一本をゆっくりと振り上げる。

「何で……? 何で俺がこんな目に……?」

 死への恐怖に涙を流しながら柴田が言う。

その台詞に蜘蛛男は目を見開いて怒号を響かせた。

「それはなぁ……僕の台詞なんだよぉおおおおおおおおお!!」

「うわぁあああああああ!」

 蜘蛛男の怒号と絶体絶命の柴田の叫びが公園中に響き渡り、振り上げられた縞模様の蜘蛛の脚が勢いよく柴田の頭めがけて振り下ろされた。

流れる暫しの静寂の時きただけささ間。

頭を真っ二つに割るはずだった蜘蛛の脚が柴田に当たる直前で制止している。

見知らぬ赤いパーカー姿のフードを被った男が左手一本で蜘蛛男の脚をがっしりと掴んでいたからだ。

「止せ。死んじまうぞ」

 恐怖で気絶した柴田を守ったパーカーの男は静かに言った。

「……誰だ?」

 蜘蛛男はフードに隠れた顔を覗き見ようとするが目元は影に隠れ、市販されている予防用マスクを着用していたため全く見えなかった。

「誰だっていい。それよりもこんな事もう止めろ!」

「関係ない奴が出しゃばるなぁ!」

 正体は何であれこの男の口ぶりから自分の邪魔をしに来たことだけは理解した蜘蛛男は左肩から生えた蜘蛛の脚をパーカーの男目掛けて振り下ろす。

しかし脚の切っ先が当たる前にパーカー男は蜘蛛男の腹を思い切り蹴って数メートル後退させる。

「ぐっ、うぅ」

(なんだこの馬鹿力は……!?)

 みぞおちを強く蹴られた蜘蛛男は攻撃された箇所を手で摩りながら額から冷や汗を垂らす。

小瓶の不思議な水の力で自分は人間の能力をはるかに超越した存在となったはずだ。 事実江田と柴田の二人がかりでも蜘蛛男に触れることさえ出来なかった。

なのに何故、目の前の赤いパーカーを着た男は自分の攻撃を片手で受け止め尚且つ自分を蹴り飛ばすことまで出来たのか?

蜘蛛男の脳裏に浮かんだ疑問はすぐに解消された。

「貴様……只の人間じゃないな」

 この男も自分と同じ。

人を超えた力を持っているのだと蜘蛛男はすぐに気付いた。

更にそこに気付いたことで男の正体についても一つの推理が蜘蛛男の頭に浮かぶ。

赤いパーカー、人間離れした怪力。

3ヶ月前にこの町に突如現れた異様な存在と特徴が合致していたのだ。

「お前この町の……時葉町の吸血鬼か!?」

 みぞおちの痛みが引き、ゆっくりと立ち上がる蜘蛛男。

 パーカーの男は無言のままおもむろに口に装着していた予防マスクに指を掛け、勢いよく取り外す。

男の口元が露になるが、相変わらず深く被ったフードの影で顔全体はよく見えないものの丸出しとなった男の口元には確かに吸血鬼と呼んで違わぬほどの2本の牙がうっすらと見えた。

相手が只の人間では無いと解ったところで蜘蛛男はもう一つの疑問を吸血鬼に投げかける。

「吸血鬼が何故俺の邪魔をする!?」

「……俺はただ、助けに来ただけだ」

 質問に対して吸血鬼は静かにそう返して続ける。

「もう十分暴れただろう? 変身を解いて小瓶を渡せ」

 どうやら吸血鬼は蜘蛛男の正体が人間である事も不思議な小瓶の存在も知っているようだった。

よこせと言わんばかりに開いた右手を突き出す吸血鬼を蜘蛛男は鼻で笑う。

「お前は馬鹿か? こんな素晴らしい力を自分から手放す奴がいるわけないだろうが」

「その力が危険なんだ。不用意に使えば暴走して自我を失うぞ」

「そんな脅しに騙されるか! 第一俺はまだそいつらを殺していない。そいつらの息の根を止めるまで……この力は誰にも渡せない」

 力なくぐったりと倒れている江田と柴田を指差しながら蜘蛛男は言う。

 その台詞に一度ため息をついて、吸血鬼は拳を構える。

「そうか……だったら仕方ない。力ずくで奪っていくだけだ」

「勝てると思うな! 俺だって人間を超越したんだ!」

 距離を詰められる前に蜘蛛男は糸を吐いて牽制する。

糸そのものに殺傷力はないものの、口から射出される速度はかなりのもので吸血鬼も完全には避けきれずに右手首に白い粘着性のある太い糸が絡みつく。

「ふはは、捕らえたぞ!」

「こんなもの!」

 糸をつかみ、怪力で引きちぎろうとするが予想以上に頑強でしかも伸縮性があるせいで思い切り引っ張っても絡まった糸は切れなかった。

「無駄だ。いかに貴様の怪力とて俺の糸は切る事は出来ん!」

 糸を手繰り寄せながら距離を詰め、片手が不自由になった吸血鬼に蜘蛛男は自らの背中に生えた蜘蛛の脚8本を総動員して攻撃を加える。

「くっ」

 あらゆる角度から繰り出される8本の爪の斬撃。

体をよじって何とか回避をするも、次々と飛んでくる蜘蛛の脚をいつまでもかわし続ける事はできず、左腕を使って防御する。

「ぐぅうう!」

 急所はなんとか避けるがそれでも腕一本で8本の足を凌ぎきるのは難しく、体のあちらこちらが鋭い爪で切り裂かれていった。

そんな防戦一方な展開に相手の蜘蛛男は気をよくする。  

「ふはは、何が時葉町の吸血鬼だ。手も足も出ないじゃないか!」

「この……調子にのりやがって!」

 苛立たしげに吸血鬼は左手で右手首に絡みついた糸を握り締める。

「馬鹿め。貴様の力では引きちぎれない事は解っているだろう!?」

「焼き尽くせ……」

 小さく何かの言葉を発した後、吸血鬼の瞳が徐々に紅色に染まっていく。それと同時に糸を握る手から先程までの力強さが抜け、変わりに拳の周りが徐々に熱気を帯び始める。「火炎魔法〝ブレイズ〟!」

吸血鬼の叫びを合図に両拳が一気に燃え上がる。

爆発的に熱気を増す火炎は握っていた蜘蛛の糸に引火し、未だに左手を拘束していた蜘蛛男の口の中まで勢いよく糸の上を疾走し蜘蛛男の顔面を燃やす。

「ギャァアアアアアアアッ!」

 頭全体が炎に包まれた蜘蛛男が苦痛の悲鳴をあげる。

「この糸、確かに力には強いようだけど熱には弱かったみたいだな」

 自分を拘束していた糸を燃やし切り、満足そうに吸血鬼が言ったが蜘蛛男は燃える痛みに芝生の上をのた打ち回っている最中だったので返事は返ってこなかった。

「馬鹿な……貴様、能力を……複数……持っているのか!?」

ようやく頭の火を鎮火させた蜘蛛男が驚いたように尋ねる。先程の火炎魔法で火が口の中まで達していたので若干喋り辛そうだった。

「どうせやられたら記憶無くなっちまうんだ。そんなこと聞いたって意味ないぜ!」

 瞳の色が黒に戻り、両手に宿っていた炎が弾けるように消える。

吸血鬼は満身創痍といった様子の蜘蛛男を獲物を狩る鷹のように鋭く見据え、膝を曲げて低く構えた。

「そろそろとどめといくか。蹴り上がれ……〝ホッパー〟!」

 先程の瞳の変色と同様に、今度は吸血鬼の両足が緑色のオーラに包まれて淡く輝く。

曲げていた膝を勢いよく伸ばし、両足で地面を蹴ると吸血鬼の体はまるで重力を感じていないかの如く、10メートル近く飛び上がった。

「喰らえ!」

 落下の勢いと自分の体重を緑の光を纏った右足に乗せて渾身の蹴りを蜘蛛男に放つ。

しかし、蜘蛛男もこの攻撃を貰ってはまずいと判断したのか最後の力を振り絞って口から糸を吐き出す。

周囲にある公園の木や街灯に糸をつけて紡ぎ合わせ、自分の眼前に巨大なネットを高速で作り上げたのだ。

吸血鬼は空中で軌道を変えることが出来ず、蹴りの体制のまま突っ込む。

「おりゃぁあああああ!」

 気迫と共に蜘蛛の巣の真芯に渾身の蹴りを放つもやはり糸は頑丈で完全に蹴り破る事は不可能だった。

しかし吸血鬼の飛び蹴りの威力も生半可なものではなく巣こそ破れなかったものの、真芯を捕らえて伸びきった糸の上から蜘蛛男を蹴り飛ばす事にはなんとか成功する。

「ぐわぁっ!」

「何、くそっ、絡みつく……!」

 胸に全力の蹴りを喰らった蜘蛛男と全身に蜘蛛の糸が絡みついた吸血鬼が同時に叫び声とうめき声を上げる。

蜘蛛の巣で蹴りのダメージを半減させていた蜘蛛男はよろけながらも何とか立ち上がって吸血鬼に背をむけて逃亡を謀る。

「くっ……! どうして、吸血鬼がどうして僕の邪魔を!?」

「待て、どこに行く!?」

 未だ蜘蛛の巣から抜け出せない吸血鬼の言葉を無視し、蜘蛛男は背中から生えた足を使ってその場から素早く姿を消した。

「くそ、ブレイズ!」

 再び火の魔法を使い、纏わりつく蜘蛛の巣を焼き払って地に足を着ける。

「そう簡単に逃がすか」

 逃げた蜘蛛男を追うため、足を一歩前に踏み出した瞬間だった。

 吸血鬼は何故か前に進めなかった。

正確には〝前に何もない空間で何かにぶつかった〟のだ。

「光明法〝結界〟」

 声のするほうを振り返ると、知らない顔と知っている顔が並んで立っていた。

「そう簡単に逃がすわけにはいかんな。時葉町の吸血鬼!」

 吸血鬼が知らない顔の方の女が睨みながら言った。

赤淵眼鏡をかけたきついつり目、腰まで伸びた黒のロングヘア、服装は赤の上下ジャージの上から白衣を着用し足元は便所サンダルという何とも奇抜なファッションの女で左手は彼女の武器であろう身の丈ほどもある長い日本刀が握られていた。

「やっと会えたな吸血鬼。今日こそお前の正体を暴いて……ってどこを見ている?」

 吸血鬼の視線は町を歩けば誰もが振り向くであろう奇抜なファッションの女の方ではなくその隣に釘付けとなっていた。

「おま……何で……?」

 視線の先にいたのは茶髪のショートヘアに花のヘアピン、この暖かい時期にも関わらず首に白いマフラーを巻いた小柄な少女。

「さぁ、年貢の納め時だよ! くぅ~っ、これ一回言ってみたかったんだよね」

 呑気にガッツポーズをする蔵島翠であった。


          ●


「やりましたね千歳さん! とうとう吸血鬼に会えましたよ!」

 蔵島は吸血鬼の風貌を右手で開いた手帳に余すことなく書き綴りながら嬉しそうに叫んだ。

「今メモするのは止せ。翠、お前は下がって後ろで倒れてる学生達の手当てをしてやれ」「千歳さんだけじゃ危険ですよ、私も闘います!」

「生意気言わずに言う通りにしろ! ここは私一人で十分だ」

翠が千歳と呼んだジャージ白衣の女は一喝して握っていた長刀をゆっくりと抜いて鞘を投げ捨てて構える。

翠はしぶしぶといった感じでその場を千歳に任せて自分は倒れている江田と柴田の救護へと向かった。

「さてと……吸血鬼。神妙にお縄についてくれるならこちらも手荒な真似はしなくて済むんだが……ってさっきからどこを見てる?」

 千歳は視線をずっと蔵島に向けている吸血鬼を不審に思いながら尋ねる。

少し間をおいて吸血鬼はようやく千鳥の顔を見て口を開く。

「狙われる心当たりが無いな。なぜ俺を狙う?」

「愚問だな。お前のように異能の力を使って悪さをしようとする者がいれば、それを裁く人間もいるってことさ」

「俺は何もしていない!」

 語気を強めて吸血鬼が叫ぶ。

「とぼけるな、最近この町で起きている異常事件にお前が関わっているのは解っているんだ。現にこの場にも被害者が2人いる」

 視線は固定したまま親指で後ろを指す千鳥。

吸血鬼がそちらへ目を移すと翠が倒れている江田に手を当てて何か呪文のようなものを詠唱していた。

恐らくは回復魔法の類だろうと吸血鬼は察する

必死に力を行使する翠の姿を見て吸血鬼は気になっていたことの一つが解消された。

「なるほどな……小森の傷が消えてたのはあいつが……」

「何をぶつくさ言っている!?」

 どこか満足げな笑みを浮かべる吸血鬼を前に千鳥が怪訝そうに尋ねる。

「何でもないさ。それより俺と闘う気なのか?」

 吸血鬼は飄々と言ってのけた。

「ああ。どうせおとなしく捕まるつもりもないんだろうからな」   

そう言って千歳は構えていた刀に右手を添える。

「随分勘違いしてそうだが、言っても解ってくれそうにないな」

「ほざけ!」

 勢いよく駆け出した千歳は瞬時に間合いを詰めて両手で握った長刀を吸血鬼めがけて振り下ろす。

光の如き鋭い斬撃を体の軸をずらして間一髪回避した吸血鬼は開いた右手を千歳に向けて魔力を籠める。

「ブレイズ!」

 自身の攻撃直後、それも至近距離からの反撃で放たれた火炎を避ける事は出来ず千歳はまともに火を体に受け、全身が炎に包まれる。

「くっ……これは」

「千歳さんっ!」

 燃え上がる千歳の姿を見て蔵島が治療を中断して駆け寄る。

「跳び上がれ〝ホッパー〟」

 その隙を見て吸血鬼が大きく跳躍して千歳と蔵島の頭を高く跳び越した。

「ちょっ、逃げる気!?」

「目くらまし程度の炎だ。軽い火傷は蔵島の回復術で治してやれ」

 空中の吸血鬼はそう言って翠に声をかける。

「……どうして私の名前を」

「どけ翠っ!」

 疑問を口に出そうとした翠を押しのけ、体に炎を纏ったまま千歳が猛進する。

「舐めた真似を……封印魔法〝シール〟!」

 走りながら千歳が唱えると自分を焼いていた炎が体を離れて握っていた長刀の刀身に全て吸い込まれてしまった。

それと同時に刀身が赤く変色する。

「この私に加減なぞした事を後悔させてやろう」

 手加減をされたのがよほどプライドを傷つけたのか、千歳は鬼の形相で未だ空中にいる吸血鬼を睨んで刀を構える。

「貴様の炎、倍にして返す!」

縦に勢いよく刀を振ると、切っ先から熱を発しながら火炎の斬撃が吸血鬼に向かって放たれた。

「俺の火を――うわぁあ!?」

 さすがの吸血鬼も空中で身動きは出来ず、千歳の放った火炎をまともにくらってしまった。体勢を崩し、もがきながら吸血鬼は頭から地上に落下する。

「くっそ、痛てて……」

 かなりの高さから落ちたにも関わらず吸血鬼はすぐに上半身を起こした。

しかし吸血鬼はすぐに絶望することになる。

起き上がった目の前に刀を高く振り上げていた千鳥が立っていたからだ。

「ちょっ、待って――」

「問答無用。おらぁあああああ!」

 敵の命乞いに一切耳を傾けず、千鳥は無慈悲に長刀を振り下ろす。

さすがの吸血鬼も上半身だけ起こした状態での回避は出来ずにフードを被った頭に長刀の直撃を喰らう。

鋭い痛みが頭頂部にはしり、吸血鬼は再び地面に倒れ今度こそ起きることはなかった。「まったく最後まで手間をかけさせてくれたな」

呆れたように言った千鳥は先程投げ捨てた鞘が近くにあったので拾い上げて納刀する。「殺しちゃったんですか……?」 

背後から江田と柴田の応急処置を終えた翠が恐る恐る尋ねる。

「いいや、生きてるよ。さっきのは峰打ちだ」

「でも思い切り振り下ろしましたよね? なんか血が流れてませんか……」

 手足をビクビクと痙攣させ、フードから滲み出た血が地面に流れ始める様子を翠は恐る恐る指差した。

「今のままじゃ血まみれでまともに顔も見れないな……治療はまかせたぞ」

「やっぱり殺す気だったんじゃないでしょうね!?」

「私相手に舐めた真似をしたんだ。いいか翠、真剣な戦いの場で舐めプするような奴はどんな酷い仕打ちを受けても文句は言えんのだ」

 責め立てるような翠の口調に対し、千歳はよく解らない理論を展開してごまかそうとした。

「つまりカッとなってやったと」

 痛いところを突かれたのか、千歳は冷や汗をかきながら端が焦げた白衣を翻して歩き出す。

「闘い疲れたから私は先に帰る。君はいつも通り救急車の手配とその吸血鬼を私の事務所まで運んでおいてくれ」

「……了解です。タクシーだけは手配しておいてくださいね」

 嘆息しつつも大人気ない上司を先に事務所に返し、残る翠は吸血鬼の治療に取り掛かった。

吸血鬼の傷口を見るため頭の近くに腰を下ろしてフードを捲ろうと指で端を摘む。

「吸血鬼の正体……」

 一度ごくりと生唾を飲み込みこんだ翠はゆっくりと吸血鬼が被っているフードを捲りあげた。

先程この男は確かに翠の苗字を叫んでいた。つまりはこの吸血鬼は自分の事を知っている人物という事になる。

「え……!?」

 ついに眼前に明かされた時葉町の吸血鬼の素顔を見た翠は驚愕した。

髪は黒色で口からは二本の牙が飛び出しているが、血まみれのまま気絶しているその顔は確かに翠のクラスメイト、上月清司に間違いなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ