第6話 カラフェの立退交渉 2
俺が寝ている間に客の半分以上は帰ったようだ。テーブル席に空きが目立つ。
そのおかげもあるが、ボルスの凄みをきかせた言葉は、俺しか聞こえなかったようだ。アルバイトもこちらを気にしている様子は見られない。
「リオナちゃんのところで何かあったな?」
俺は黙っていた。
人は黙っていても、それを肯定と受け止める時がある。場合によっては否定と受け止める奴もいるが確率は低い。
「なるほどな」
ボルスは前者だった。
俺はグレングラッサ魔法予備校で起きたことを話した。
この男を信じた訳ではないが、リオナをちゃん付けで呼んでいることから、それなりに交流はあるものだという考えに至ったからだ。
リオナを解毒した矢先にカラフェが殴り込みに来た。サージュという青年を回復させた後、キルホーマンを殺し、カラフェが去り、俺を狙っていることまで詳らかに話した。ただ闇魔法を使ったことだけは伏せた。
「ラーセン」
「何だ」
「お前、回復系の魔術師だよな?」
「そうだ」
「キルホーマンって奴を殺したのか? 倒したの間違いじゃないのか?」
「意味は同じだろ」
「解釈によっては気絶させて追い払ったことも、人によっては倒したと言うんだよ!」
「分かった、分かった。で、ボルスは何が言いたいんだ?」
俺はわざと聞いた。言いたいことは分かる。
「お前、どうやってキルホーマンを殺した?」
思った通り。当然の疑問だ。
「回復系の魔術師が人を殺めることが出来るのは、剣術も習得している者、または空手を修練している者。乃至は正当防衛の時だ」
「それで?」
「ラーセン、お前は前者の二つには見えん。女みたいな細い腕で剣を操ったり空手が出来たりするとは正直思えねぇ。でも正当防衛、場合によっては過剰防衛になっちまうかもしれないが、たまたま身近にあったナイフやソードで手にして、相手を刺したり斬りつけたりしたとしても、わざわざ相手を殺したことまで言わねぇと思う」
百万人に一人ぐらいは言うかも知れないと言いたかったが、俺は黙って聞き続けた。
「お前の言い方だと、故意でキルホーマンを殺したように聞こえた。しかも、お前自身の中ではわりと自然な出来事の一つにしか過ぎない様に聞こえたぜ。どうだ、違うか?」
一瞬だけ目を細めてボルスを見つめた。しかし俺は沈黙を貫いた。
「沈黙か。答えねぇならそれで良い」
ボルスは拭いているコップに視線を落とした。
「まあ、答えは聞かなくても大体分かる」
聞かなくても分かる。俺の胸の中でその一言が引っかかった。
「聞かなくても分かるってどういう意味だ?」
「消去法で考えれば簡単だ。剣や拳が達者ではない上に防衛手段は取らなかった。残る答えは一つだ。ラーセン、お前闇魔法が使えるだろう」
この世界の魔法は至ってシンプルだ。攻撃魔法の属性は四つ。火、水、風、土。攻撃補助魔法の属性も四つだ。
それにプラスして回復魔法が存在する。
魔法を習得したい者は魔法の基礎を学ぶ。そして専攻魔法を選択する時、攻撃魔法を学ぶか回復魔法を学ぶかを必ず選択しなければならない。
どちらかを選び、どちらかを捨てなければならない。
魔法の基礎は同じでも、攻撃と回復では各々魔法としての存在意義および主旨が正反対だから仕方のないことなのだ。
しかし、魔術師の中には攻撃魔法を習得し、軽度な回復魔法も習得した魔術師は存在する。もちろんその逆パターンの魔術師も存在して然りだ。
四つの属性が存在する攻撃魔法と攻撃補助魔法。そして回復魔法。
さらにもう一つ、存在自体が異質な魔法がある。それが闇魔法だ。
闇魔法の習得に憧れる者、逆に忌み嫌う者がいると聞く。
憧れと嫌い。相反する気持ちが存在する摩訶不思議な現象が起きているが、闇魔法の存在を知る人間は誰も首を傾げない。
何故なら、人を殺すためだけに生まれた魔法だからである。
この闇魔法を習得するためにするべきことは、言葉で言えば非常に簡単だ。
他の魔術師より数倍、数十倍の鍛錬を行うこと。そして限界突破を見いだすこと。
だが、この限界突破は、四つの属性を持つ攻撃および攻撃補助そして回復魔法のレベルを上げるためには一切関係ない。だから一般的な魔術師は限界突破を知るわけがないのだ。
民間が運営する図書館に保存されている最も古い魔法書にも限界突破を見いだす方法は載っていない。
習得した者がその方法を書物として残せば高く売れるはずなのに勿体ない。とある商人がぼやいていたのを思い出したが書に記して残せるはずがない。
人殺しの魔法なのだから。
「ああ。使える」
隠しても無駄だと思った。俺が闇魔法を放った時、リオナ、サージュ、カラフェの野郎が目撃している。誰かの口から漏れて、ボルスの耳に届くのは時間の問題だと感じたからだ。
「そうか」
ボルスがあまり驚かなかったのが意外に思えた。
「あまり驚かないんだな」
つい聞いてしまった。
「俺の知り合いにも闇魔法が使える奴はいるからな」
「嘘をつくな」
「嘘じゃねぇよ。何だったらここへ呼んでやろうか?」
「ふざけるな。闇魔法を習得するためにはなぁ、人の死を心の底から望まなければいけないんだ」
「知ってるぜ、そんなことぐらい」
「何だと!?」
「まあ、ラーセンより長く生きてるから豆知識はそこそこ知ってるぜ。おかげで女にモテまくり」
「茶化すな」
闇魔法は人を殺すために存在する。
闇魔法を習得するための鍵、限界突破を見いだす鍵は、人の死。
即ち、人の死を心から望めば、闇魔法は習得できる。
俺はそう確信した。
だから習得できた。
「何だ。俺が知ってたら不満そうな顔してるな、ラーセン」
「当然だ。一般人は剣術と四つの属性が存在する攻撃魔法と攻撃補助魔法、回復魔法さえ知っていれば十分だ。それ以外のことを知っても意味は無い。むしろ余計なことを知ってしまうと、消される可能性がある」
「そうだな」
「なあボルス。さっき言った闇魔法を習得した知り合いをここへ呼んでくれるか?」
「悪い。無理だ」
「何故?」
「今、ラーセンが言った風になったからな」
「消されたのか!」
「バカ、声がでけぇよ」
「すまない」
「魔法大学攻撃魔法科を主席で卒業した後は魔法省に入省し、エリートコースを順調に歩んだ。だけどある日、将来一人しか座れない大臣席をそいつに奪われたと恨みを抱いたバカな先輩が、そいつの命を狙わず嫁さんの命を狙った」
胸糞悪い話だが最後まで聞くしかない。
「嫁さんは一命を取り止めたが、知り合いは即刻左遷を命じられた」
「何故だ!」
「家族の命を守れない者が、国民の命を守れる訳がないと言われて見放されたようだ」
「そんなバカな話があって良いのか! その犯人はどうした!?」
「逮捕されて服役して出所した。もうこの都市周辺にはいないだろうけどな」
「で、ボルスの知り合いは何故死んだ?」
「夫が左遷したのは自分の責任だと思った嫁さんが自殺しちまったんだ」
「妻の死が発端で、妻を襲った犯人を殺したいほど憎み、その結果闇魔法を習得したというのか!?」
「そうらしい。ここで酒を飲みながら自分自身の口で俺に話したからな」
「待て。闇魔法の習得と彼の死が結びつかない。どういうことだ?」
「次の説明で終わる。あいつは処刑された」
「何だと!」
「お偉いさん達の中では、国家および国民を守る人間が闇魔法を習得するなどあってはいけないという意見で一致したらしい。結果、あいつが犯した小さなミスを大きくして、国家重要機密漏洩の容疑で逮捕した後」
ボルスは首元に手を添えて切り落とす仕草を見せた。
「あいつはたぶん死ぬまで一度も闇魔法を使わなかったはずだ」
一体誰が好んで闇魔法を習得するものか。
闇魔法の習得に憧れる魔術師が実際にいるなら連れて来い。
その憧れをぶち壊してやる。
「ラーセン、お前も気をつけろ。国王軍に捕まったら、下手したら殺されるぞ」
「俺が? 俺は捕まらないよ。だってすでに死んでるからな」
反乱軍から脱退した直後に故郷へ帰ったあの日に。
「お、おい。不気味なこと言うなよ。俺、幽霊とか苦手なんだからさ」
「その図体で幽霊が怖い? そっちの話が不気味だぜ」
「やっぱりお前のバースディ割引は無効にする」
「勘弁してくれよ!」
「それなら冗談はもう言うな」
「分かったよ」
「カラフェはラーセンの闇魔法を目撃したんだよな」
「ああ」
「まあ、あのクソ野郎が国にラーセンのことを密告するとは思えねぇな」
「根拠は?」
「カラフェが不動産屋って知ってるよな?」
「ああ」
「あいつの地上げ方法は武力行使だからな」
「武力行使? その土地の所有者と交渉しないのか?」
「全くしない。土地の売買代金は考えられない安価で契約、立ち退き料は払わねぇって噂だ」
「最悪だな。そもそも武力行使って暴力行為だろ。犯罪だ」
「だから国に密告するとは思えねぇ」
「なるほどな」
口直しにアップルジュースを注文した。
「酒は飲まねぇのか?」
「カラフェが俺を狙ってるからな」
「そりゃ飲めねぇな」
「何でカラフェはグレングラッサ魔法予備校の土地を狙っているんだ?」
「理由は二つ。一つ目はコの字だ」
「コの字?」
「建物を建てようと考えた場合、土地がコの字だったら、ラーセンならどうする?」
「その空いている中央部分の土地を買い取る。あっ」
「そう。空いている中央部分にグレングラッサ魔法予備校がある。二つ目はカラフェも魔法予備校を運営している」
「まさか、生徒が集まらないってオチか?」
「そのまさかだ。不動産業で儲けた分、大枚をはたいて予備校を建てたは良いが生徒が集まらない。辞めた生徒をとっ捕まえて話を聞いたところ、グレングラッサ魔法予備校に入学したことを知ったらしい」
「随分詳しいな」
「とっ捕まった生徒さんの親がここで愚痴っていたからな」
「本当にワケありの客が来るんだな」
「ラーセン」
「何だ?」
「俺と話したことは内緒にしてくれよ。バー『ダブルショット』のマスターは口が軽いって噂が広がったら商売上がったりになっちまうからな」
「考えておく」
「真剣に考えろ! ったく。でも不思議だな。目の間にいる客が殺人者なのに、話しても平気だろうって気持ちが出てくる。根拠はねぇけどな」
俺は黙ってアップルジュースを飲んだ。
店のドアが開いた。
「いらっしゃ、えっ!? どうした!?」
「どうしたボルス。珍客でも来たのか?」
俺は上半身だけ動かしてドアの方へ振り向いた。
「探したわよ、ラーセン」
「リオナ!」
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