最終話 転生
現実世界に戻ってきた俺は棺からリオナを引っ張り出した。胸にソードを刺し貫かれた傷跡があった。身体は冷たい。呼びかけても反応はしなかった。
「リオナ・・・・・・」
「一番の害虫を駆除しても、これじゃ団長の墓前に報告出来やしねぇよ」
「無念じゃ。本当に無念じゃ」
シュマールが膝から崩れ落ちた。
俺はリオナの笑顔を、怒り顔を、いじけた顔を思い出した。
どれもこれも愛おしい存在だと痛感した。
大切な人を失ったと初めて認識した瞬間に訪れる絶望に近い悲しみ。俺は心の底から泣いた。
俺はリオナを利用していたことを後悔した。死ぬほど後悔した。
リオナ。
お前が死んで、俺が生きていては意味がない。
俺は両親の敵討ちが出来た。もう旅をすることはない。
だからこの戦いで俺は死んでも良かった。
そしてお前が後世のために生きなければならなかった。
俺の命でお前が生き返るなら何でもする。
リオナが生き返るなら。
俺はハッとした。
「どうしたラーセン」
「一つだけ方法がある」
「何の方法だ?」
「リオナを生き返らせる方法が」
「何を馬鹿なことを言ってるんだよ! 頭がおかしくなったか!?」
「ラーセン。死ぬ気か?」
「シュマールさん?」
「お前、蘇生魔法を詠唱するつもりじゃろ」
「蘇生魔法!? やっぱり頭がおかしくなったか?」
「俺は真剣だ」
「ラーセン。蘇生魔法は亡き者を蘇生する代わりに――」
「その代償として詠唱した魔術師の心身が滅ぶって言うんだろ? そんなことは百も承知だ。だけど言われてるのは心身が滅ぶってことだ。死ぬとは聞いたことがない」
「同じ意味だろ!」
ボルスが突っかかってくる。
「やってみなくては分からないだろ!」
「やるって言うなら俺が強引にでも止めさせるだけだ!」
「ボルス」
シュマールは立ち上がり、ボルスを手で制止した。
「ここはラーセンに任せよう」
「シュマールさん!?」
「ラーセンとリオナの二人が助かると信じるのじゃ。ラーセンなら奇跡を起こすかも知れん」
「・・・・・・分かった、分かったよ! 信じれば良いんだろ!」
「ボルス」
「絶対に死ぬなよラーセン!」
「分かってる」
「ボルス、ワシらはドアの側で待機していよう。ラーセン、何か異変が起きたらすぐに中止するんだぞ」
俺は口で返事をせず手を上に挙げた。
リオナ。今すぐ助けるからな。
俺はリオナの手を両手で掴み、魔力を注ぎ始めた。
自分自信の身体も白い光に包まれているのが分かる。
「何という魔力じゃ」
「これはイケるかもしれないぜ!」
「リオナ。頼むから目を覚ましてくれ!」
頭の血管が切れそうな感じがしたが、魔力の放出を抑えるわけにはいかなかった。
蘇生させたい相手に魔力を注ぎ、命の神の許しを請え。
蘇生させたい相手への強き想いを胸に抱け。
我が身の心身が代償となっても受け容れることを誓え。
「蘇生魔法!!!!!!!!!!!!!!」
俺とリオナの周りに白い光と白き波動が周回し始めた。暖かく優しい風が肌に触れる。髪を靡かせる。それでもリオナの手は冷たいままだった。
ダメか。
いや、まだ諦めない。
俺はリオナの手を更に強く握り締めた。
目眩がして、視界が揺れた。一瞬だけリオナの身体が二重に見えた。
まずい。予想以上に魔力を放出している。
このままでは――死ぬ。
いや、それでも構わない。
むしろそれを望もう。俺の役目は終わったのだから。
リオナが生き返ってくれさえすれば、この命の灯火が消えても悔いはない。
再び視界が揺れた。頭痛がする。指先と足も痛み始めた。
誇り高きデュワーズ・グレングラッサの血を引く娘。リオナ・グレングラッサはこの国を変えてくれるはずだと俺は信じている。
こんなところで死なせるわけにはいかない。
そのためなら俺は喜んで命を捧げる。
『その言葉は誠か』
誰だ。いや、もう誰でも構わないか。
『もう一度だけ聞く。誠か?』
ああ、本当だ。早く俺の命を持っていけ。
『汝の誓い、承知した。蘇生を願う者の命の灯火よ。いざ再びこの地へ戻ることを許可する』
俺の身体から魔力の全てがリオナの手へ流れていくのが分かった。
「うあああああ!!!!!」
「ラーセン!!」
ボルスとシュマールが俺を呼んだのが聞こえた。
白き光と白き波動がリオナを包み込む。リオナの身体から魂を飲み込むような邪悪なほど黒い光が放出されたのが見えた。その瞬間、稲妻のような閃光が周囲を照らした。
光が消えた。
俺はリオナの手を握ったままその場から動けなかった。
失敗したのか。
何で。確かにあの時、俺の誓いを聞いてくれたはず。
俺は絶望という名の追い打ちにうちひしがれた。
自分の手に力が入らなくなったのが分かった。俺の手からリオナの手が掬った水のように滑り落ちた。
「ラーセン、大丈夫か?」
「ラーセン!?」
ボルスとシュマールが近づいてきたのが分かった。でも俺は返事をしたかったが力が思うように入らなかった。少しだけ意識が朦朧としているのが分かる。
指が微かに動いたのが見えた。
「リオ・・・・・・ナ?」
「んんっ? ここ、は?」
リオナがゆっくりと起き上がった。
「リオナちゃん!?」
「リオナ?」
「ブリザールさん? シュマールさん? 私は確か・・・・・・ダルモアに殺されたはず」
「ラーセンが蘇生魔法を詠唱してくれたんだよ!」
「ラーセンが!?」
リオナが俺に抱きついたのが分かった。華奢な身体から温もりが伝わった。
「ありがとうラーセン!! それでダルモアは?」
「ラーセンが倒した」
俺の代わりにボルスが答えてくれた。
「やっぱりさすがだわ、ラーセン!!」
「ラーセン? 大丈夫か?」
シュマールの声が聞こえた。
「だいじょ・・・ぶ、じゃ・・・・・・ない」
「えっ? ちょっと、ラーセン! しっかりしてよ!」
「蘇生魔法の代償は詠唱した魔術師の命。やはり奇跡は起きなかったか」
「どういう意味!?」
「ラーセンはリオナに蘇生魔法を詠唱した。その結果、リオナは無事に生き返った。だが蘇生魔法というのは本来死ぬべき人間を文字通り蘇生させること。運命に逆らうことになる。そのため命を司る神に許可を得なければならない。その代償は詠唱した魔術師の心身。つまり命を捧げることを誓わなければならない」
「そんな・・・・・・それじゃラーセンは死ぬの?」
シュマールは答えなかった。
「そんなの嫌よ! ねぇ、ラーセン、返事して! お願い何か言って!」
「リオナ! これは受け容れなければならん。ラーセンが決断したことなのじゃ」
「ラーセンの決断?」
「自らの命を捧げても、リオナ、そなたを蘇生させることを選んだ」
「そんな」
リオナが俺の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
「ラーセン! お願い、返事してよ! あなたのおかげで父の死の真相が分かったのよ。それにラーセンが仇を討ってくれた。そのお礼をまだ言ってないわ! 早く言わせなさい! だから返事して!」
俺の身体から黒い風が発生した。しかしその風は今までと違う。俺を包み込んでどこかへ連れて行こうとしている。
『死を受け容れた者よ。迎えに来た』
迎え? ああ、今度はそっちの世界へ行くんだな。なあ、お願いがあるんだが。少しだけ時間をくれないか?
『束の間だけ許可しよう』
「ラーセン!?」
「リオナ?」
「やっと返事してくれた! 黒い風が発生したから驚いたわ。でも何で消えないの?」
「この風は消えない。俺を迎えに来た風だからな。きっとこの風が消えた時は俺が死ぬ時だ」
「嫌よ、行かないで!」
「すまないリオナ。俺は多くの人を殺してしまった。その罪を償わなければならない。その代わりとは言えないかも知れないが、リオナを蘇生することにこの命を捧げることを決断した」
「ありがとう。でも、ラーセンが居なくなったら――私」
「俺は君を利用した」
「知ってる。でもそれは許すって言ったじゃない!」
「ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」
「だからお願い。行かないで」
「リオナ。君はもっと自分に自信と誇りを持つべきだ。君の親父さんは誰からも愛された剣士デュワーズ・グレングラッサ。その名に劣らない人になれると俺は信じている」
「ラーセン」
「この国を変えるのは君だ。遠い世界で見守っているよ」
「嫌、行かないで!」
「そろそろ時間だ」
「ラーセン! 父の死の真相を手伝ってくれてありがとう! あなたのこと絶対に忘れないから! 私、あなたのこと――」
俺の身体が黒い風に包まれた。視界が闇に覆われ、意識を失った。
『自ら犯した罪を命を差し出して償った。女神の仲裁を継ぐ娘の命を救った。結果、ガルディバを救ったその覚悟は褒めてやろう』
『さあ参ろうか。そなたが居るべき元の世界へ』
「――じ」
「―うじ」
「光司!」
「リオナ!」
「うぉわ! ビックリした! 驚かすなよ光司」
「えっ、えっと・・・・恵介? こ、ここは?」
「何寝ぼけてんの光司。やっぱ、飲み過ぎたんだな。今日はここでお開きにすっか。すんませーん、お会計お願いします」
「飲み過ぎ?」
俺は周りを見渡した。
スーツを着たサラリーマンとOL、大学生っぽい男女が笑いながら俺を見つめていた。
ここは前世。
しかもワンボックスカーに轢かれて死ぬ前夜に飲んでいた居酒屋だ。
「おい、光司。さっきの『りおな』ちゃんって誰?」
「俺、そんなこと言った?」
「とぼけんなよ!」
俺は転生した世界、ガルディバ国にいた時の記憶がある。つまりここは転生する前の人生とは違う次元に戻ってきたと言うことになる。
この世界はパラレルワールドなのか。
「はい、伝票。ねぇ、そこの君」
「はい?」
「さっき『りおな』って言ったでしょ。『りお』だったら返事してたのに、惜しかったわね。ちなみに私は理科の理に桜って書いて理桜よ。よしなに。何てね」
「光司より俺の方が記憶力に自信があるんで覚えておきます」
「君はエロそうだから嫌」
「なんすか、それ」
俺は伝票を眺めた。居酒屋『だぶるしょっと』
恵介と一緒に店を出ようとした時、ポケットに手を突っ込んだ。
スマホがない。きっとテーブルに置き忘れたんだと思った。
思い出した。あの日の夜、俺はさっさと帰りたかったから、てっきりポケットにスマホが入っているものだと思い込んでいた。
俺はテーブルに戻った。スマホはちゃんとテーブルの上に置かれていた。
これを手にすれば、明日死ぬことはない。
もしここへスマホを忘れて、明日ワンボックスカーに轢かれたとしても、再び転生するとは限らない。
転生した世界での記憶を引き継いだ状態で前世に、いや本来いるべき世界に戻ってきた以上、ガルディバへ転生するなんて考えないほうが良いと俺は思った。
ループはあり得ない。
俺はスマホをポケットの中に入れた。
「なあ、光司」
「何だ?」
「面白いアプリがあるんだけど興味ある?」
「アプリ? 興味ないけど、お前のことだから誰かに話したくてウズウズしてるんだろ」
「よく分かったな」
「お前の考えてることは分かる。聞いてやるよ」
「上から目線だな。まあ、いいか」
恵介はスマホを取り出した。
「この前ダウンロードしたドラマティックヒューマンRPGが面白いんだ」
「タイトルは?」
「『聖戦なる運命の一週間』だぜ」
「それで?」
「ヨーロッパ地方のとある街に残っている、中世時代の書物に記されていた史実をモデルに製作されたらしいんだ」
「よくあるパターンだな」
「主人公の名前はリオナ・グレングラッサ」
リオナ。
「あれっ、お前さっき口にした名前ってリオナだっけ?」
「聞き間違いだろ。俺が言ったのは理桜だ」
「そうだっけ?」
「早く続きを話せ」
「分かったよ。それでその主人公が国の繁栄と存亡をかけて戦い抜く一生が描かれているんだ。このリオナちゃんが最高なんだよ。優しくて、格好良くて、勇ましい。たまに弱音を見せるから、ぎゅっと抱きしめたくなるね」
「そうか」
恵介の話はまだ続いた。
「でも、最後にはガルディバ国の、あっ、このゲームに登場する舞台がガルディバって言うんだけど、そこの王様の息子と結婚するんだ。オスロスクっていう自由奔放なイケメンなんだよ。ゲームなのに少しだけ嫉妬したのは初めてだな。それに加えて黒幕にはイラッとしたな」
「黒幕?」
「ネタバレしてもいいか?」
「良いよ」
「その黒幕ってのが」
「ダルモアだろ。王様の次男」
「光司。やったことあるならそう言えよ。人が悪いな」
「やったことない。アプリの攻略や感想が載ってるまとめサイトの記事で見た」
「それならそう言えよ。そうだ、後は脇役で登場するカラフェって不動産屋が逮捕されたのは痛快だった」
「何をしたんだ?」
「人の土地を買うのに暴力、強迫、賄賂、他にもあった気がしたけど忘れた。要は罪を犯したってことだ。悪さをした人は必ず捕まりますよって言いたかったんだろうと思うぜ」
「現実的なゲームだな」
「それで最後に光司にも聞きたいんだけど」
「何だ?」
「このリオナ・グレングラッサが本当に存在していたかどうか、ちょっとした話題になっているんだ」
「そこは興味あるな」
「光司が興味を示すなんて珍しいな。それで、このゲームのモデルとなった史実を信じる派と信じない派に分かれているんだ。って言っても、光司は派閥が嫌いだもんな」
「どっち派か聞きたいんだろ? 答えるぜ」
「マジ? それじゃ聞くけど光司はどっち派だ?」
俺は迷わずに答えた。
「当然、信じる派だ」
今までご覧頂いた全ての読者様に感謝致します。