第2話 グレングラッサ魔法予備校 2
酒場を出て五分ほど走ったところにグレングラッサ魔法予備校はあった。
例え軽度な毒であっても、この五分が命を左右する。今まで嫌というほど経験をしてきたから分かることだ。
特に『運命の一週間』の時は。
玄関口で乱暴に靴を脱ぎ、酒場に来た男の後ろを追った。
予備校に通っている生徒達と目が合う。汚らしい物を見るような視線を送ってくる。もう気にしなくなってしまった。人の命が関わっていると尚更気にしなくなった。
校内の訓練場へ繋がる廊下を通って校内の奥の方にある医務室へ到着した。ドアを開けるとそこには黒山の人だかりが出来ていた。
「どいて! どいて! 回復系の魔術師さんを連れてきたから」
俺は人だかりの間を縫って歩き、ベッドでうなされている女性の側に跪いた。
この娘がリオナか。
長い黒髪、端正な顔立ち、魔法糸で縫われたワンピースを身に纏っている。これは中々手が出せない高級な装備品だ。金持ちの生徒かもしれないと思った。
「噛まれた場所はどこだ?」
「首です」
「首? 毒ヘビが首元を狙ったと言うのか?」
俺はリオナの髪をどけて首元を眺めた。小さな傷跡が二つある。傷跡が青紫色に変色している。
「目撃した予備校生の話を聞くと、そうらしいです」
荷物に忍び込んでいた毒ヘビが真っ先に噛みつくとしたら手か腕だと思っていた。手や腕よりも高確率で命を奪えるよう、何者かが毒ヘビに意思を吹き込んだというのか?
ふとマスターが言ったことを思い出した。
グレングラッサ魔法予備校を潰そうとしている奴等がいる。
厄介な連中に目を付けられた娘だな。
まあ、しばらくはこの城塞都市に滞在しよう。
「なあアンタ。さっきからリオナさんの首元ばっかり見て、本当に治せるのか?」
「疑うなら帰るぞ」
「か、帰らないでくれ。言い過ぎたのは謝る。だけど治せるなら早く治してくれ! リオナさんが死んでしまう!」
「これぐらいの毒なら一秒で治せる」
「へっ?」
俺は彼女の首元の患部に手を当てて「解毒魔法」を唱えた。俺の手と彼女の首元がまばゆい光に包まれた。
光が消え、そっと手を離すと、二つの小さな傷跡は完全に消え失せていた。
「う・・・・・・」
「リオナさん!」
「ここは・・・・・・医務室?」
例えば毒に冒されて気絶した者に解毒魔法を使用し、解毒に成功しても患者が目覚めるのに時間はかかる。その時間によって魔術師の力量が分かる。
一般的には数時間だ。相当魔力が高い魔術師なら二、三時間で目覚めるだろう。でもそれほどの高レベルな魔術師が一般人と会うわけがない。国王軍に所属していれば黙っていても金はもらえるのだから。
解毒魔法を詠唱してから一分以内に患者が目覚めるほどの力を持つ魔術師など俺ぐらいだろう。
リオナは上半身を起こして額に手を添えた。
「そう言えば私宛に届けられた荷物を開けたら毒ヘビが入っていたんだっけ。その毒ヘビに噛まれて」
リオナが俺に視線を送ってきた。
「魔法陣の刻印が施されたブローチ。あなたが私を助けてくれた魔術師さんですか?」
「そうだ」
「ありがとうございます」
「お礼よりも治療費を頂きたい」
「治療費?」
「俺はボランティアで回復行為をやってるわけではない。回復魔法で人助けをして金を稼いでいる」
「アンタさぁ、リオナさんを助けてくれたのは感謝するけど、いきなり金をよこせってのは無いんじゃない?」
「私の前で言い争いはやめなさい。この方の言うとおりです。助けてくれた代償を払うのは当然です。で、おいくらですか?」
「十万ガルディバだ」
一ガルディバを前世の日本円に換算すると一円相当だ。
「おい、さすがにそれはボッタクリだろ! ふざけるな! 他の魔術師にお願いしても高くて一万ガルディバだろ! 十倍ってどういう了見だ!?」
「払えないなら酒場のマスターに請求するだけだ」
「そんなことしたら私がマスターに会わせる顔がありません。ちゃんと払いますので給料日まで待ってください」
「給料日? あんた働いているのか?」
「ええ。この予備校の講師ですから」
リオナは胸の前でパンと両手を叩いた。
「そう言えば自己紹介をしていませんでしたね。私はリオナ・グレングラッサです。あなたのお名前は?」
「俺はラーセン・ブラックシップだ。って、ちょっと待て。リオナ・グレングラッサって言ったか? もしかしてこの予備校の校長は」
「今は母が校長を務めています。二年前までは父が務めていましたが」
二年前。『運命の一週間』が勃発した年だということは改まって言わなくても、誰もが承知の歴史だ。その二年前まで務めていたと過去形で言うことは、どういう経緯で母親が校長に就任したのか深く考えるまでもない。
あの一週間、人によっては思い出したくない歴史のはずだ。そして多くの人間が加害者になり被害者になった。
俺もその内の一人だから。
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