第28話 親の元へ
リオナの力は想像以上に強かった。
華奢な細い腕から手と伝わって放たれている黒い覇気は、男の俺でさえも振り解くのが困難だった。
「リオナ」
リオナは俺の顔をじっと見つめていた。すると微かに口が開き、黒い光が見えた。
「まずい!」
リオナは俺の頭に手を回して引き寄せた。
あの黒い光は闇底に沈む毒。このまま唇を重ねれば俺の体内へ毒を流し込まれる。
「やむを得ない!」
俺はリオナの腹部目掛けて蹴りを浴びせた。リオナの身体が後方へ吹っ飛んだ。だが床に手をつけて後転しながら華麗に受け身を取った。黒い覇気は身体能力も増幅させるものだと認識し、驚愕した。
死の口づけ。異性を暗殺するには相応しい方法だ。
だがそれを俺に放ったと言うことは、間違いなく俺を殺そうと考えている。
闇の力に心を奪われ、闇魔法を使いこなしている。
リオナは暗闇へ招く長剣を詠唱し、刀身を黒い炎で包んだ。本気でかかってくるなら、こちらも本気で戦わなければ死ぬ。例え相手がリオナであっても。
俺も暗闇へ招く長剣を詠唱し、同じように刀身を黒い炎で包んだ。魔力の消費量は格段に増える。しかしそんなことを考えている暇はない。
リオナが踏み込んで突進してきたのが見えた。身構えるより俺もリオナに向かって突進した。黒い炎の轟音と共に、ソードとソードが激しくぶつかり合う。一瞬の油断で肉を切り裂かれ燃やされるだろう。
鍔迫り合いもいつも以上に体力を奪われた。燃え盛る黒い炎の熱のせいで体勢が崩れる。ソードに上手く重心が移せなかった。
リオナのハイキックが見えた。寸前で裂けることができたが、完全に体勢が崩れたので俺は後退した。すかさず顔を上げてソードを構えた。
手を銃のように構え、指を弾いたリオナの姿が視界に入った。
俺は嘆きの黒い風を詠唱して、影を焦がす灼熱の弾丸の軌道を反らしながら、自分自身の身体も動かして弾丸を避けた。壁に埋まった弾丸は着火して燃えたのが見えた。
すぐさま戦闘態勢に入った俺は前方を見つめた。リオナの姿がなかった。左右を見渡しても見当たらなかったので天井を仰いだ。
今まさにソードを振り下ろそうとしているリオナがいた。
矢継ぎ早な攻撃を繰り広げてくるリオナに対して俺は驚きを隠せなかった。
「コレデオワリヨ!」
頭上でソードを水平に構えて、リオナの攻撃を防いだ。その衝撃が両手に伝わり、少しだけ痺れた。
地に足をつけたリオナは休むことなく俺に突撃してきた。反撃することも出来ず、またしても鍔迫り合いになってしまった。
「リオナ!」
俺はリオナの名を叫びながら顔を見つめた。頬に光る物が流れた。
「リオナ!?」
「――セン」
リオナが何かを言っているのが聞こえた。
「リオナ!」
「ラーセン。ハヤクワタシヲ、コロシテ」
闇の力に支配されているリオナの意識の底に本当のリオナがいる。完全に闇の力に飲み込まれている訳ではないと確信した。
「リオナ! 俺がお前を助ける! もう少し待ってろ!」
「ラーセン。ワタシハ、ヤミマホウツカイ」
「だからどうした!」
リオナは俺と戦っている場面を見ている。自分自身でも抑制することができない自分の力に恐ろしさを感じているはずだ。
父親の死の真相を手伝って欲しいと切望した相手を殺そうとしている。良心の呵責によって自らの死を望んでいる状態に陥っている。まさに絶望な状態だ。
「俺は必ず助ける!」
リオナを利用したことを許して欲しい。闇魔法使いではない君の口から許すと言われたい。そのためなら俺は全力で助けることに力を注ぐ。
「ウガガガ、ジャマダ。ジャマヲスルナ!」
闇の力がリオナの意識を抑えつけたようだ。
「助ける方法は一つ。敵討ちの相手を倒せば元に戻るはずだ」
「俺がどうしたって?」
ダルモアがリオナの背後に立っていた。
「ダルモア!」
リオナの黒い覇気による風で吹っ飛ばされて、まだ意識を失っていたはずだと思っていた。完全に迂闊だった。
「お前に闇の力を持たせてはいけないと本能が伝えている。邪魔だから死ね」
リオナの左胸から暗闇へ招く長剣の剣先が突き出てくるのが見えた。
背中から胸にかけて刺し貫かれたことを受け容れるまで時間はかからなかった。リオナの胸から大量の血が溢れた。少し経ってダルモアのソードはフッと風のように消えた。
「リオナ?」
リオナの手からソードが消え、両手がダラリと下がった。身体が俺の方向へ倒れてくる。俺はしっかりとリオナの身体を抱きしめた。
「回復魔法!」
白い光がリオナを包み込む。しかし血は止まらなかった。
「ラーセン・・・・・・?」
「喋るな! もう一度回復魔法を唱える!」
リオナが震える手を伸ばしてきた。俺は迷わず手を掴んだ。
「あなた・・・・・・私を・・・・・・利用した・・・・・・気にしてない・・・・・・」
「分かった。分かったから喋らないでくれ!」
「私は・・・・・・父のところへ・・・・・・。ダルモアを・・・・・・して」
俺の手の中からリオナの手が抜け落ちた。
「リオナ? リオナ!」
俺は再度回復魔法を唱えた。しかし白い光はリオナを空しく包み込むだけで、目を開けることはなかった。
「ラーセン・ブラックシップ。俺に感謝しろ。その女は極めて危険因子だと判断したからやむを得ず殺した。あのまま放置していればこの仮想現実空間は木っ端微塵になっていただろう。純粋な心が闇魔法を習得すると意識まで完全に闇の力に支配されることが分かったから十分だ」
「何がやむを得ず殺した・・・・・・だ」
俺はリオナの身体を静かに床へ置いた。ゆっくりと立ち上がり、身体の底から闇の力を解放した。黒い風がダルモアを襲った。
「な、何だこれは!」
「これが『運命の一週間』で国王軍の兵士千人を五分で殲滅させた処刑魔術師の力だ」
「その力を持っていても自分自身の意思はちゃんと保っているのだな!? す、素晴らしい! ぜひその力を利用させてもらうぞ」
「利用? 利用なんて言葉はもうウンザリだ」
「俺の研究に協力できない奴は死ぬしかないぞ。それでも良いのか?」
「死ぬのはダルモア、お前だ。リオナの敵を討つ」
「やってみろ」
「お前は一撃で倒す。五百人の兵士を一度で葬り去った闇魔法を、お前一人だけに放ってやる」
「それはぜひ拝んでみたいものだ! せいぜい失敗しないでくれ! ハッハッハ!」
「この警告が俺からの最後通牒だ」
ダルモアは両手に暗闇へ招く長剣を詠唱した。
「俺と交渉か? 何を望む?」
「そうだな。この国の後世のためにこの場で自害しろ。そうすればお前の名誉だけは傷つけないでおこう」
「断ると言ったら?」
「二度も言わせるな。一撃でお前を倒す」
「そうか。それなら断った方が面白そうだな」
ダルモアは両手を広げて向かってきた。左手のソードと右手のソードを巧みに操り、斬りつけと突きを繰り出してきた。俺は壁に気をつけながらダルモアのソードを全て避けた。
「避けてばかりでは、俺を倒すことなんて出来ないぞ!」
「それはそうだ。でもお前の攻撃は俺の肌すら切ってないぞ」
「くっ!」
ダルモアはソードを消し、俺との距離を取った。
「これならどうだ!」
両手を銃のように構えた。両手が黒い炎が包まれた。
「影を焦がす灼熱の弾丸!」
ダルモアは弾丸を撃ってきた。一発。俺は紙一重で避けた。するとダルモアは二発目、三発目、四発目と連続して撃ち続けた。さらに五発目、六発目、七発目、八発目、九発目、十発目。
「何故、一発も当たらない」
「お前は自分自身の魔力を一部過信しているようだな」
「俺が過信だと!?」
「地下の死者達やサウザンを施した呪術。すなわち間接的攻撃系の闇魔法は誰もお前に勝てないだろう。俺も実際には詠唱できない。しかし直接的攻撃系の闇魔法は使わなければ上達しない。魔力が高いお前なら威力が高い直接的攻撃系の闇魔法を詠唱できるだろう。だが所詮それだけだ。さっきのリオナが撃った弾丸より遙かに遅い」
「この俺を侮辱するつもりか。良い度胸だな」
「もう一度、ソードを詠唱してかかってこい」
「死ねぇ!」
ダルモアは再び二刀流となって襲いかかってきた。俺は右へ左へ動きながら、ダルモアのソードを全て避けた。
「ダルモア、お前が俺に言ったことを覚えているか?」
「何?」
「闇魔法使いのくせに気づかないのか?」
ダルモアはハッとした表情を浮かべて俺を見つめた。
「もう遅い」
「な、何だ。床に描かれているこの魔法陣は。亀裂ではない」
「何だ。お前は知らないのか、この闇魔法を」
ダルモアの床に描かれた魔法陣から黒い光と波動が現れた。
「や、やめろ。やはりもう一度交渉をしようではないか。ラーセン・ブラックシップ」
「俺が得する交渉なのか?」
「当然だ。死ぬまでに見合った報酬や環境、地位を用意しよう」
「魂に侵入する闇!」
「やめろーっ!!!!!!!!!」
ダルモアの断末魔が謁見の間に響いた。
魔法陣から現れた黒い波動がダルモアを包み込む。
「い、息苦しい。それに身体が魔法陣の中へ沈み込んでいく」
「魂に闇を注いでいる。お前にはあまり効果がないかもしれないが、本来ならそこで闇に襲われる恐怖の念を抱く」
「俺をどこへ連れて行くつもりだ!」
「俺が殺した千人の兵士がいる世界。要するにお前の部下が彷徨っている地獄の世界だ。彼らの声に耳を傾けろ」
「こんなところで死ぬわけには」
俺は影を焦がす灼熱の弾丸を放った。ダルモアの足に命中した。
「がはっ!」
ダルモアが魔法陣に手を突いた。
「いつもなら相手の身体を黒い炎で焦がすがお前にはそうしない。『運命の一週間』の元凶として、自らの罪を地獄で償ってこい」
「た、たすけ――」
黒い波動がダルモアを完全に包み込んだ。亡霊のような呻き声、いや、亡き兵士達の声とダルモアの最期の悲鳴が聞こえたような気がした。魔法陣は一瞬だけ黒い光を放つと、波動と共に消え去った。
終わった。これで終わった。
「ラーセン!」
ボルスとシュマールが駆け寄ってきた。
刹那、天井から光が放たれた。
「何だ!?」
俺は天井を見上げた。黄金色に輝いている魔法陣が浮かんでいる。
「ワシたちがここへ転送してきた時と同じ現象が起きている」
「つまり現実世界へ戻れるってことか?」
「そうじゃろ。この仮想現実空間のマスターであるダルモアが死んだ。現実世界へ転送と考えても何ら不思議ではない」
「どうすれば良いんだ?」と、ボルス。
「光に従うしかない」
俺はシュマールの指示に従い、魔法陣から放たれた黄金色の光に身を任せた。
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