第26話 後世のための戦い
サウザンがゆっくりと下りてきた。
「さあ、どうやってワタシと戦うラーセン・ブラックシップ? 剣? 魔法? どうやってワタシに殺されたい? 好きな方を選びなさい」
サウザンの余裕か、それともハッタリか、しかしよく考えればあり得ない発言が含まれていた。
サウザンは二つの属性魔術師だ。剣術を習得しているわけがない。
「それなら剣を選ぼう」
俺は暗闇へ招く長剣を構え直した。
「思った通り剣を選んだわね」
「何?」
俺の側の床が盛り上がり、俺の目の前で動きが止まった瞬間、再び偽物のサウザンが床から現れた。手には樹木の色をした剣を持っている。
「偽物に剣を持たせても無駄だ」
「それはどうかしら」
偽物のサウザンが一歩踏み込んで来て襲いかかってきた。まるで熟練剣士のような速さだった。
何故二つの属性魔術師が剣術を心得ている。そんな奴は見たことも聞いたこともない。俺は人形が繰り出す突きや斬り払いをソードで防ぎ、突き返しては距離を取りつつそんなことを考えていた。
「大地の剣を操る人形。ワタシ自身に剣術がなくても作り出す偽物、つまり人形に魔力を注いで剣術を習得させた状態にすることが出来る。それが目の前で起きてることよ」
サウザンが言ったことに合点が行った。俺にそんなことを教えると言うことは余裕が含まれているのだろう。でもこの人形の剣術は低い。ベイリーズと比べれば足元にも及ばない。
いずれにしても剣で戦わせることを選んで正解だと思った。
「さっさと終わらせるぜ!」
今度は俺から人形に突進した。一丁前に剣を構えても隙だらけだったことに思わず笑いそうになった。
「わざわざ来なくても引き寄せるのに」
「引き寄せる!?」
人形の左手が大木の地に生える根に変化させ、俺の左手に向かってきた。圧倒的な速さに逃れることも出来ず根は左手に絡まった。
「くそっ!」
次の瞬間、俺の身体は人形の方へ引き寄せられた。
「ぬおっ!」
俺のソードと人形の剣がぶつかり合う。予期せぬ鍔迫り合いとなった。
お互い左手が使えないものの、俺は完全に力が入らない体勢を強いられているせいで、かつ右手だけなので劣勢に立たされてしまった。
「わざわざ来るから変な姿勢になるんじゃない。ほら、ほら、負けてるよ。そのままだと斬られちゃうわよ」
人形も本体のサウザンと同様に灰色の肌をしている。そして無表情なのが不気味さに拍車をかけている上、頬の筋肉が硬直しているのかと思うほど表情に変化は見られなかった。
ソードと剣が十字の状態となったまま俺は押されているため、人形の顔が近づいている。
「気持ち悪い顔をしているな」
「女性に向かって一番言っちゃいけない言葉だね。もう死んじゃいなよ」
俺は左手に魔力を込めた。手から黒い炎が現れ、腕に絡みついた根が燃えた。人形は根を引っ込めて左手を元の手の状態にし、二、三歩後退して距離を取った。
「死ぬのはお前だ、サウザン」
俺はチラッとサウザンを見つめた。
階段に腰を下ろしている。身体全体が茶色い覇気に包まれているのは土魔法を詠唱している証拠だ。
サウザンは今、大地の剣を操る人形を詠唱しているため無防備状態となっている上にあの場所から動けない。
人形に与えるダメージは本体には連動しないが、詠唱中は魔法による波動が人形と本体を結んでいる。
狙うには今が最大のチャンスだが、奴を狙えば人形に背中を見せることになるし、影を焦がす灼熱の弾丸を放てば人形が飛び込んできて犠牲になるのが目に見えている。
こんな時にボルスかシュマールが居れば良かったが、二人は大地の牢屋の中だ。俺は考えを巡らせた。
「あらっ、どうしたの? もう降参なの? もしかして処刑魔術師だったのは嘘じゃないの? よくある模倣犯ってやつかしら?」
運命の一週間
処刑魔術師だった頃、俺は荒んでいた。
刃向かってくる者は統べて敵だと認識して、容赦なくソードで斬りつけ、黒い炎で燃やした。
相手が女性兵士の場合でも俺は遠慮なく戦った。
彼女達の武器を弾き飛ばすと、死を覚悟した彼女達は隠し持っていたナイフで自害をしようとした。
どうせ死ぬなら痛みを感じさせないように安らかに殺してやる。
そう言った俺は闇底に沈む毒を詠唱した。
かつて命乞いした兵士とは違い、彼女達は死を覚悟したまま俺に戦いを挑んできた。敵に背中を見せれば死ぬのは自分。だから俺は自害しようとした兵士の前でも容赦しなかった。
「本当に降参なの?」
サウザンの声でハッとした俺は過去の事を思い出すのを止めた。
「お前のおかげで色々と思い出した。おまけにお前を倒す方法も見つけた」
「そう言ってくれると嬉しいわ。だけどワタシを倒す方法なんて、聞いただけでもイラッとするわ!」
「気色ばんで同じ攻撃をするなよ。この警告が俺からの最後通牒だ」
「最後通牒ねぇ。でも、ワタシは殺し屋。ラーセン・ブラックシップを暗殺するようダルモア様から命じられたのよ! 交渉には応じない」
「そうか。交渉以前に交渉の余地は無かったか」
人形は再び根を放ち、俺の左手に絡めた。
「それなら死ね。サウザン」
俺はソードを消して右手で絡まった根を掴んだ。黒い光が根を包み込んだ。
「今更何をしても無駄よ!」
「何?」
「足元の異変に気づかないの?」
俺はサウザンに言われて足元を見た。足元を取り囲むように水たまりが出来ていた。
「何だと!?」
「さっき考え中だった時に水を放ったのよ。その場から離れたら意味はなかったけど、それにも気づかないなんて、本当に何を考えていたのかしら」
足に水が絡みついた。全く動けない。
「しまった――」
足に上手く力が入れられない。でも幸いなことに人形は俺の左手に根を絡めたまま動こうとしなかった。
俺は暗闇へ招く長剣を詠唱し、絡まっている根を切り落とすために振りかぶった。
今度は右手が動かなかった。背後から腕を掴まれている。灰色の肌をした華奢な手だった。
「サウザン!!」
「何でワタシがここにいるって顔をしてるわね」
「大地の剣を操る人形の詠唱中、本体は動けないはず!」
「そう。動けないわ」
「それなら何故、俺の背後にいる!?」
「よぉく前を見なさい」
「何?」
サウザンに言われるがまま前を見た。俺の左手に根を絡めている先にいるのは人形の形をした木だった。木とは思えないほど精巧な作りをしている。
「戦いの最中に余計なことを考えるからよ。どうせワタシを倒した後のことでも考えていたんでしょ」
「くそっ!」
「観念しなさい。あなたは両足を拘束され、左手も拘束され、右手もワタシに掴まれている。でもワタシはあなたの右手を掴んでいる左手だけが自由じゃないけど、それ以外は自由なのよ。もう分かるでしょ」
サウザンは人形が使用していた剣を右手に出現させ、自分自身の脇に添えて引いた。切っ先が俺の腹部に狙いを定めているのが分かった。
「さようなら。処刑魔術師」
サウザンは抱き合うかのように近づいて剣を突き刺した。自分の視界に刺し貫いた剣の先が見えた瞬間、ニヤリと笑った。
「弱い。以外と弱かったわね! これでダルモア様と戦おうなんて百年早すぎるわ! 安心しなさい。お仲間の筋肉人形とおじいさんと彼女も、すぐにあなたの側へ連れて行ってあげるから」
サウザンはそう言った後、抱き合うような姿勢を崩さずその場から動かなかった。
「処刑魔術師の気配がする。掴んでいる右手の感触がフニャフニャで気持ち悪いわ」
「影の生け贄と抱き合っているお前の方が気持ち悪いぜ」
俺はサウザンの背後から声をかけた。
「はああっ!」
サウザンは気合いを込めた叫びを発しながら、振り向きざまに剣を水平に振り払ってきた。俺は心の中で遅いと呟きながらソードで弾き飛ばした。やはり奴は剣が苦手だと分かった。
「そう簡単にやられるわけがないと思ったわ」
「そうか? 意外と喜んでいたじゃないか。弱い! って」
サウザンが舌打ちをした。
俺が作り出した影は黒い煙と共に消えたのが見えた。
「さて、今度はお前自身と剣で勝負だな」
俺はそう言ってサウザンを挑発した。
お前が考えていることは分かっている。さあ、それを早くやれ。
「ワタシと剣で勝負? 何を言ってるのかしら」
「勝負を放棄するつもりか?」
「放棄ですって!? やっぱりあなたは弱すぎるわ!」
俺は背後から気配を感じた。振り向いた先にいたのは大地の剣を操る人形だった。木と化していた人形にサウザンが再び詠唱したのだろう。
「死になさい! エクス――うぐっ!」
人形は両手で剣を振りかぶった状態で止まり、再度その身体が木となった。そしてサウザンが床に倒れる音が聞こえた。
「ワタシにな、なにを・・・・・・したの?」
俺は地面に這いつくばっているサウザンに近づいた。
「さっき俺の左手に根を絡めただろう。その時に闇底に沈む毒を詠唱したんだ」
「ど・・・・・・く!?」
「詠唱してもお前がもがく様子が見られなかったから少し焦ったんだ。俺が詠唱する前に、お前が大地の剣を操る人形の詠唱を止めたんだろう。そこで考えたのは、お前が再度大地の剣を操る人形を詠唱する機会を与えること」
「ワ、ワタシが・・・・・・詠唱・・・・・・にん・・・・・・ぎょうに付与・・・・・・そこから感染」
「理解したようだな。大地の剣を操る人形を詠唱すれば本体と人形は魔法による波動で結ばれる。当然、木に付与した毒はその波動を伝って本体に感染する。人形に直接ダメージを与えても本体には一切影響はないが、波動で結ばれた瞬間に人形に付与した毒は感染する。新しく人形を作り出せばそんなことにはならなかった。だから俺はわざと毒に冒された人形のそばに立って、サウザンが同じ人形に大地の剣を操る人形を詠唱させるよう誘導した」
「さ・・・すが・・・・・・ね」
「安らかに眠れ、サウザン」
「・・・・・・そう・・・・・・させて・・・・・・もら」
サウザンは床に突っ伏して動かなくなった。サウザンに対して放った闇底に沈む毒に込めた魔力は、通常闇底に沈む毒を詠唱する時より三倍程度多めに強めた。
サウザンの体内に入った毒は、あっという間にサウザンの息の根を止めた。しかし消費した魔力も三倍とまではいかないが、それに等しい量を消費した。
「ラーセン!」
「ボルス、シュマール」
大地の牢屋から解放された二人は俺の元へ駆け寄ってきた。
「お前がこの姉ちゃんを倒したのか?」
「そうだ。そうしないと大地の牢屋から出てこられないだろ」
「そんなことを言ってる場合じゃないぞ。早く謁見の間へ!」
シュマールの言葉に俺は頷いた。
「謁見の間は大階段を上がった先にあるのか?」
「そうじゃ」
「でっけぇ扉があるからすぐ分かる」
俺は大階段を駆け上った。
謁見の間でダルモアと戦うことが後世の運命を決める。
同時にリオナの顔を思い出した。
俺は拳に力を込めた。
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