第25話 運命を変えるための戦い
薄暗い通路を駆け足で抜けた。もう少しで一階へ通じる階段に到着する。先頭を走る俺はさらに加速した。
遠くの方で声が聞こえた。
「待て」
俺は急停止して後方の二人にも止まるよう指示をした。
「どうしたラーセン」
「何か聞こえる。呻き声だ。しかも一人じゃない。複数だ」
「ワシの後ろからも聞こえる」
俺は前方を凝視した。声は徐々に近づいてくる。足音――いや、足を引き摺っているような音が聞こえる。
「何だあれは!」
ボルスが突然叫んだ。
「どうした?」
「顔色が灰色の連中ばかりだぜ。おまけに瞳も濁ったような赤色をしてやがる。気持ち悪い連中だ」
俺は後ろを振り返った。
鎧を身につけて長剣を手にしたまま、足を引き摺るように歩く男。同じく足を引きずって壁に身体を預けながら歩いている、法衣を身につけている女がいた。その逆、法衣を身につけている男、鎧を身につけている女もいた。
「意思を持つ死者だ」
「意思を持つ死者?」
「死者に呪術を施し、主従関係を認識させ、主の命令に従う意思を持たせる。その呪術を受けた者のことだ」
「ラーセン。それでは説明不足じゃ」
「何?」
「呪術は闇魔法。お前がおそらく使用しているのは直接的攻撃系の闇魔法。意思を持つ死者に詠唱した呪術、すなわち魔法は、間接的攻撃系の闇魔法。死者に意思を持たせて敵を攻撃するからそういう風に名付けられたのじゃ」
「シュマール、詳しすぎるな。お前本当は闇魔法使いじゃないのか?」
「違うわバカタレ。公の場で闇魔法の蘊蓄を傾けたらどうなるか知らんのか?」
(国家および国民を守る人間が闇魔法を習得するなどあってはいけないことらしい。だから国家重要機密漏洩の容疑で)
ボルスから聞いた話を思い出した。
「おい、そんな悠長な話をしてる場合じゃないだろ、ラーセン! シュマールさん!」
「多勢に無勢じゃ。こんな地下通路で戦っていたら追い込まれるのは目に見えている。どうするんじゃラーセン!?」
俺は考えた。この死者達は俺達を倒すためだけの必要最低限の意思しか持たされていない。
だがいくら必要最低限の意思しか持たせていないとは言え、数十人に間接的攻撃系の闇魔法を詠唱したら魔力は結構消費する。
ダルモアが俺達と戦う前にそんなことをするとは思えなかったが、もしダルモアだとすれば、あいつの魔力は相当高いことを示す。
その結論を導いた時、身体が震えた。
「俺が前方の奴等を蹴散らす! ボルスは援護を頼む。シュマールは後方の敵を近づけないようにしてくれ」
「うむ」
「了解っっ!!」
「いくぞ!」
俺は暗闇へ招く長剣を詠唱し、一階へ向かう階段付近にいる死者に群れの中へ突撃した。
「うおりゃあ!」
最前の剣士が身構える前に俺はソードで斬りつけた。死者達のスピードは遅いと感じた俺は、予想していた時間より早く一階へ行けると思った。
勢いに任せ、通路を塞ぐ剣士達を斬りつけた。一撃で壁の方へ吹っ飛んだ。
「ボルス、シュマール。敵は思ったより弱いぞ」
「おい、ラーセン! 後ろだ!」
「何?」
ボルスの声に導かれるまま、俺は後ろを振り向いた。そこには一番目に斬りつけた剣士が両手で長剣を持ち、頭の後ろまで振りかぶっていた。
「バカな!」
「薄気味悪い兄ちゃんの相手は俺だぜ!」
ボルスは俺に長剣を振り下ろそうとした剣士の背後に回り、長剣を奪い取って床に投げ捨てた。
「吹っ飛びな!」
剣士の背後に回った状態からボルスは回し蹴りを放った。剣士は吹っ飛び、壁に身体を打ち付けた後動かなくなった。鎧を装備していようが関係無く相手を吹っ飛ばせるボルスの力強さを認識した。
「油断するな、ラーセン」
「すまない、助かった。こいつらスピードは遅いが、通常の斬りつけでは倒せない」
「それなら早く一階へ行こう。ほら、また来てるぞ!」
「今度は魔術師か!」
「ウオオオオ」
女の魔術師が両手を掲げて炎の球を作り出した。魔法には魔法しかない。サウザン、ダルモアと戦うために魔力は温存しておきたかったが、ある程度の魔力消費はやむを得ないと感じた俺は左手に魔力を込めた。
「伏せろ、ラーセン! ボルス!」
声の主がシュマールと分かった瞬間、前方を見据えたまま身体を低くした。
「炎竜の息吹!」
頭上を龍の形をした炎が猛々しく、かつ疾風のごとく魔術師を飲み込んだ。炎の勢いは止まらず魔術師の後方にいる複数の死者も取り込んだ。死者達の断末魔というべきか、判別不能な声が聞こえた。
「もう少しで俺も燃えるところだったぜ。やるなら早めに言ってくれよ、シュマールさん!」
「これでも加減した方じゃ!」
「そんなことよりシュマール、後方の敵は蹴散らしたのか?」
俺はシュマールに尋ねた。
「殆ど倒した・・・・・・はずじゃ」
シュマールは笑みを浮かべた。
後方の敵にも炎竜の息吹を放ったのだろう。炎竜の息吹は火魔法の中でもトップクラスの破壊力を持つ。おまけに威力を縮小させることなく、その炎の大きさをコントロールできるのは魔法知識が豊富なためだろうと感じた。
しかしそのコントロールをするだけで、炎竜の息吹をそのまま放つよりも魔力を多く消費することを知っていた。シュマールが肩で息をしていることを見逃さなかった。
「ボルス、丸腰じゃ不安だろ。敵の長剣でも使ったらどうだ」
「そ、そうだな」
ボルスは嫌な顔をしたまま、動かなくなった死者の剣士が握っている手から長剣を取った。
後方から死者の呻き声が聞こえた。
「援軍か!?」
ボルスが言った。
「まともに相手していたらキリがない。一階へ行くぞ!」
俺達は大広間へ到着した。周囲を見渡しても転送される前、現実世界のガルディバ城の大広間と何ら変わりはなかった。大階段付近まで近寄った。
「ダルモアは細部まで再現しているんだな」
「そのようじゃな」
俺の発言にシュマールが答えた。
「そんなの当然でしょ」
大広間に響く女の声。俺はソードを構え、腰を低くした。ボルスも長剣を構え、シュマールも胸の前で両手を構えたのが見えた。二人とも戦闘態勢に入っている。
「ダルモア様の力を甘く見ない方がいいわ」
この声を忘れるわけがない。
「姿を見せろ、サウザン!」
「あらっ、姿は見せてるわよ」
サウザンの声が突然背後から鮮明に聞こえた。
「いつの間に!?」
通路と大広間を結ぶ場所にサウザンは、右手と左手をこちらへ見せるようにしながら腕を組み、笑みを浮かべて立っていた。
相変わらず肌は灰色だ。フードを被っているため目の動きが分からないのが不気味だ。それにサウザンが考えていることが読みにくい。そう考えるだけで腹が立った。
「何者かは知らねぇけど、ダルモアに様をつけて呼ぶ奴は容赦しねぇ!」
ボルスはサウザンに突撃した。しかしサウザンは動かない。気配を感じ取っているのだろうか、それとも見えているのだろうか。
何かしらの作戦だろうかと思った瞬間、俺はサウザンの両手を見つめた。
指輪を嵌めてない。
「待て、ボルス!」
ボルスはサウザンの目の前で大きく踏み込んで手にした長剣を突き上げるように斬りつけた。それでもサウザンは全く動かなかった。
「おい、本当に何者なんだ、こいつ。木を斬った感触がしたぜ」
「そいつは偽物だ!」
「えっ?」
ボルスが斬りつけたサウザンの手が、大木の生える地の中を這う太い根に変化した。その根をボルスに目掛けて振りかぶるまでの間に要した時間は、ほんの数秒だった。俺はボルスの元へ駆けつけることも、根に気をつけろと呼びかけることも出来なかった。
「守護の猛火」
ボルスの目の前に、床から炎の壁が現れた。的確に狙いを定めたであろう太い根が炎の壁に触れると、一瞬にして根全体が激しく燃え盛った。しかし偽物のサウザンの身体には炎が届かなかった。
すると偽物のサウザンは燃えている自分自身の根をもう片方の手で切断し、しばらくして身体ごと床の中へと沈んだ。そこだけ床が盛り上がっていた。
「シュマールさん、助かったぜ。もう少しで化物の根っこと抱き合うところだった」
「敵が現れたら、まず敵の攻撃傾向を見極める。そのためにはまず防御に徹する。そのおかげで守護の猛火の準備をしとったまでじゃ。そんなことよりラーセン」
「何だ」
「今の者も灰色の肌をしていた。しかし地下で戦った意思を持つ死者と比べれば格段に強い。何者じゃ? それになぜ偽物と気づいた?」
「あいつの名前はサウザン。殺し屋だ」
「殺し屋か」
シュマールは眼鏡の中央部分の縁を指で押した。
「暗殺組織の首謀者ダルモアが右腕として信頼し、ダルモアの企みのために行動している水魔法と土魔法を操る二つの属性魔術師だ」
「二つの属性魔術師とは厄介じゃな」
「サウザンは指に髑髏の指輪を嵌めていなかった。ダルモアに忠誠を誓う奴が指輪を嵌めないわけがない。いきなり後方に現れた時には偽物ではないかと疑った」
「それで指輪を嵌めてないから偽物だと確信したってわけか」
ボルスが言った。
「ああ。でも不思議なのが奴の攻撃方法だ。得手とする魔法の属性に近い場所で詠唱すれば、属性付与効果が働き、詠唱した魔法の威力が増す。奴が得手とする土魔法なら大地がある場所。森なら最大限の付与効果を得られるだろう。しかし、この場所に樹木があっただろうか?」
俺は疑問を口にした。
「その疑問は私が答えてあげる」
大階段の上からサウザンの声が聞こえたので俺は階段の上を睨んだ。そこにはフードを脱いでいるサウザンが立っていた。濁った赤色の瞳、指には髑髏の指輪を嵌めているのが見えた。
「そこの通路の両脇に草木を植えて育てているでしょ。その草木を成長させたのよ。少しでも樹木がある場所ならその樹木の成長させることができる。おまけにその場所には水も含まれるからワタシにとって好都合なのよ」
「それじゃ、お前と俺らが戦うためだけに、ダルモアは通路の両脇に草木を植えたのか?」
「そのようじゃな、ボルス」
「マメな男だな」
「だからダルモア様は好かれるのよ。覚えておいた方がいいわよ。筋肉人形さん」
「だ、誰が筋肉人形だ!」
「そちらの魔法使いのおじいさんはワタシのタイプね」
「そうか。でもワシは生憎火魔法の使い手。土魔法と、水魔法では相性が悪いのぉ。それでも良ければ付き合うか? 意思を持つ死者とは言え、その意思と身体ごと燃やし尽くすことぐらい容易い」
「あら、残念。燃やされるのは嫌だからやめておくわ」
「サウザン。戯言はそれまでだな」
「ラーセン・ブラックシップ。ワタシの底なし沼から良く脱出が出来たわね。処刑魔術師の頃の力を思い出したのかしら」
「お前のおかげで少しは思い出したよ」
「それなら完全に思い出させてあげる。それにしても良く偽物だって分かったわね」
「指輪はダルモアへの忠誠心を表している。その指輪を嵌めてないのはおかしい。だけどお前こそ指輪まで再現しなかったのは致命的だったな。それとも出来なかったか?」
「わざとしなったのよ。だって言ったでしょ。底なし沼から脱出できたら遊んであげるって」
「あれは遊びだって訳か。それならもう本気を出せ。だけど処刑魔術師の頃の力を思い出させた俺にお前は勝てない」
「あっそう。でもワタシが勝てないなんて、やってみないと分からないじゃない」
サウザンが茶色の光に包まれた指を鳴らした。
「二人とも気をつけろ! サウザンが何か――」
俺が振り向いた瞬間、轟音が鳴り響き床を壊す音と共に木々が生えた。その木々はボルスとシュマールの二人を囲んだ。木々は密集している。指一本入れることはできないほどだった。
「大地の牢屋よ」
「俺と一対一で勝負って訳か」
「ダルモア様がこの国を担うお方。その運命を邪魔させないわ!」
「その運命、俺が変えてやるよ!」
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