第19話 暗殺の依頼者 6
村から離れて森の中へ入りベイリーズの後を追った。
森を抜けると、小さな広場に出た。薪が散乱し、切り株が点在している。まるで子供の遊び場、秘密基地のようだった。この一画だけ木々が無い広場だった。広場の奥は再び森になっている。
ここで木を伐採し、生活に必要な薪を確保しているのだろう。俺は広場の隅まで眺めた。そしてここは子供の秘密基地ではないと感じた。むしろ子供は近寄らないだろう。
木製の十字架が複数地面に突き刺さっている。
ここは墓場か。
「見て分かるだろ。ここは村で亡くなった者や住民の身内の亡骸が無事に手元へ届いた時、その亡骸を埋葬する場所だ」
「何故、この場所に俺をつれてきた」
「お前がガルディバという大きな敵に立ち向かえるかどうか、故人達にも見てもらおうと思ってな。闇魔法使いは特に自分自身の力を自負する傾向にある。自信に溢れた力で私を倒した時はさぞ優越感に浸れるはずだ。そう思っているだろ?」
俺はベイリーズの問いに答えず、暗闇へ招く長剣を詠唱した。
ベイリーズも鞘から剣を抜いた。
「初めから本気で行くぞ」と、ベイリーズ。
「本気じゃないと死ぬぞ」
俺がそう言った瞬間、ベイリーズが一歩踏み込んで突進してきた。
路地裏で戦った時よりもスピードが増しているように感じた。これが風魔法の力、不思議と冷静にそう思えた。
「嘆きの黒い風」
ベイリーズに向かって黒い風を放った。しかしネヴィスの時のように吹っ飛ばなかった。
「風魔法の力を備えた私に風の力をぶつけるとは血迷ったか!?」
亡霊の唸り声に近い音を発した黒い風はベイリーズの身体を包んだだけだった。しかしベイリーズが飛ばされないよう足に力を入れているのが分かった。
俺はその瞬間を狙った。
「うおりゃあ!」
ベイリーズの肩に目掛けてソードを振り下ろした。嘆きの黒い風に気を取られているほんの一瞬の隙を突くことが出来ればこの勝負は早く終わると思った。
「甘い」
ベイリーズは俺のソードを剣で弾いた。強い衝撃が雷鳴のごとく、一瞬にして手から腕、腕から肩へ、そして身体へと駆け巡った。
黒い風は消えた。
「休んでる暇はないぞ、闇魔法使い!」
まるで二本の剣を同時に操っているかのような錯覚さえ感じる突きを繰り出してきた。一本の剣を素早く動かしていると思うだけ、どう隙を作ればいいのか分からなくなってきた。
「ほら、どうした!? 闇魔法使いぃ! 逃げてばかりでは私に勝てぬぞ」
俺はベイリーズの突きをソードで弾きながら攻撃を回避した。時には右へ左へ半歩動いて奴が繰り出す無数の突きを避け、奴の身体に目掛けて足払いや蹴りを放った。しかし自分でも動きが遅いと分かってしまうため、悉く避けられた。
「同じ攻撃は通用しないぞ」
「やってみないと分からないだろ。ほんの一瞬だけ隙を作ることが出来れば俺が勝つ」
「なるほど、ほんの一瞬の隙か」
ベイリーズが笑った。
「牙狼斬!」
素早い突きを繰り出している中、閃光の一撃を放ってきた。無数の突きの中でそれだけが異質だった。
俺は上半身を反らして避けるのが精一杯だった。不用意に動かした腕の一部を切り裂かれてしまった。
「くそっ!」
洋服の腕の部分が血で滲んだ。
「ほんの一瞬の隙を作るんだろう? それとも私のために隙を作ってくれるのか?」
「うるせぇよ」
「その程度の力ではガルディバへ行っても犬死にするだけだな。私がここでその命の灯を消してやろう」
ベイリーズの瞳が赤く染まり、奴の足元から風が巻き起こった。その風はベイリーズを優しく包むも、こちら側には威嚇しているように思えた。
「終わりだ、闇魔法使い」
怪我を恐れぬ獣が、己の身体を使って突進してくるようだ。己の身体を使えば反撃されることだって十分に考えられる。それは死と隣り合わせを意味する。つまり諸刃の攻撃。
「連撃牙狼斬!」
先ほどまでの突きとは比べものにならない速さの突きだった。ソードで弾いて避けるどころか、身体を反らして避けるのも紙一重の状態。自分の足でつまずいて体勢を崩した一瞬を狙われたのが運の尽きだった。
身体のあらゆる箇所を切り裂かれた俺は、ベイリーズの連撃牙狼斬が終わったと同時に倒れた。
青い空が見える。
身体のあらゆる箇所から血が流れているのが分かる。
「ここに住民の誰かが来ても部外者のお前を病院へ連れて行く者はいない。いずれ出血多量で死ぬ。この青い空を眺めるのは最期だろう。十分に堪能しておけ」
ベイリーズはそう言うと「さらばだ」と言って立ち去って行く音が聞こえた。
「回復魔法」
俺は自分自身に詠唱した。白い光に包まれ、切り裂かれた傷が癒えていくのが分かった。
「何だと!?」
ベイリーズが振り向いて驚きの表情を見せた。
「お前、回復魔法も使えるのか!?」
「言わなかったか?」
「闇魔法使い。お前は一体何者だ。何のために旅をしている? 何のためにリオナ・グレングラッサの命を狙う者を追っている?」
「俺は元処刑魔術師だ」
「元処刑魔術師!?」
「カラフェから聞いていないのか?」
「聞いてない」
「そうか」
「言え。何のために旅をしている」
「二年前に両親が殺された。その敵討ちだ」
「それで闇魔法を習得したのか。で、何のためにリオナ・グレングラッサの命を狙う者を追っている? あの女を助けたいためなのか?」
「いや、俺自身の敵討ちのために利用しているだけだ」
「利用だと。ふざけるな。あの路地裏でお前と私が戦った時、リオナ・グレングラッサはお前の背中を信じて命を預けたのではないのか!?」
俺の背中を信じて命を預けた。その言葉が静かに胸の奥へ突き刺さった。
「リオナ・グレングラッサを利用する。本気で言っているのか?」
「ああ、本気だ」
「そうか――。話は終わりだな」
ベイリーズが両手で剣を持ち直し上段の構えを取った。
「次の一撃で終わらせよう」
「その台詞は俺の台詞だ」
俺はベイリーズが戦闘態勢に入ったと同時に左手を右手に添えて魔力を込めた。自分自身を回復させるために魔力を使ったのは誤算だったが、それでも奴に勝つための魔力は温存している。
この一撃で決める。
「いくぞ! 連撃がろ――」
「ベイリーズ。これが俺からの最後通牒だ」
「何っ!?」
「冥府からの闇火招待状」
俺は地面に拳を叩きつけた。拳から放たれた黒い炎が地面に伝わった。地が揺れた。赤黒い色の亀裂が走った。ベイリーズの突きを避けながら地面に闇魔法の力を注入した場所全てに亀裂が走る。その隙間から黒い炎の球が飛び出した。
「お前! 私の最初の突きで逃げていたのはこのためだったのか!」
「今さら気づいても遅い。限界突破を見いだした者の力を思い知れ」
地面から飛び出したいくつかの黒い炎の球が激しく燃え盛っている。ウゴオオオオと叫んでいるかのようにその身を燃やしている。
「風で身を守るしかない!」
「無駄だ、ベイリーズ」
俺の合図で黒い炎の球はベイリーズを飲み込んだ。風で防御しているのが分かるが、その防御も空しく崩れた。冥府からの闇火招待状の攻撃が休まることはなかった。ベイリーズの身体が黒い炎によって激しく燃え盛る。
(家族は反乱軍の人質となった。国王軍は救出するどころか人質の犠牲はやむを得ないと判断した。そのせいで家族を失った)
ベイリーズの言葉が突然脳裏を過ぎった。
「くそっ!」
俺は冥府からの闇火招待状の詠唱を強制的に終わらせた。
ベイリーズはゆっくりと膝から崩れ落ちた。俺は急いでベイリーズの元へ駆け寄り、回復魔法を唱えて傷を回復させた。
「お前、一体何を考えている」
ベイリーズは上半身を起こして俺を睨みながら言った。
「自分でも分からない。ただお前を殺そうとしたのは確かだ。だがその時、お前が家族を失ったことを思い出した」
「それで殺すのを躊躇ったのか」
「そうだ」
「バカな男だ」
「だけど俺はまだ諦めてはいない。お前の返答次第ではその心臓にソードを突き刺す」
「返答次第? どういうことだ」
「お前が暗殺してきたのは犯罪者だけなのか?」
ベイリーズは眉間に皺を寄せて宙の一点を凝視した。
「正確に言えばガルディバ国の国王軍や官僚達の中で罪を犯した者だけを狙っている。奴等は国民の命を何とも思っていない。本来流れないはずの血と涙を流させた元凶だからな。元凶を絶たねばこの国はいつか必ず崩壊する!」
やはりベイリーズを殺さないで良かったと感じた。この男が抱いている覚悟と目的、それに絡む己の意志は、自分自信を裏切らないためのものだと痛感した。
「その言葉が聞けて良かった。単に人を殴った程度の犯罪者も暗殺したと言っていたら本当に突き刺していたぜ」
「おい、私がカラフェと契約してお前の命を狙ったことはどう解釈するつもりだ? 単に人を殴った程度の犯罪者以前の問題だ。それでも私の心臓にソードを突き刺さないつもりか?」
「そうだ」
「本当にバカな男だ」
「ベイリーズ。さっきの返答に嘘はないだろ?」
ベイリーズは黙った。
俺はその沈黙を肯定と受け止めた。ベイリーズはプロの殺し屋。ターゲット以外の命は狙わない。もしそのターゲットが自分の意志に反する相手なら殺さない。
俺はベイリーズの元を離れようと歩き始めた。
「おい、これからどこへ行くつもりだ」
「決まってるだろ。王都ガルディバだ」
「絶対に死ぬなよ、ラーセン・ブラックシップ」
「死ぬわけないだろ」
「ラーセン。お前が暗殺組織の首謀者を殺した時、俺は憲兵団に自首する」
「自首!?」
「本当ならその首謀者こそ、俺が狙うべき相手だと思う。だがターゲットが三人いる上に、私は暗殺組織に顔が割れているから王都に近づけない。それにこの村を離れるわけにはいかない」
ベイリーズは徐ろに立ち上がった。
「首謀者が死ねば俺は家族の墓前へ報告できる。報告が出来ると分かった時は報告をする前に犯した罪は償うべきだと決めている」
「いくら自首でも、暗殺した人間が国王軍や官僚達なら、下手したら処刑されるぞ」
「それで人生が終焉するなら本望だ。直接家族の元へ行って報告できる」
ベイリーズの覚悟を垣間見た。
「さっさと行け、ラーセン・ブラックシップ。さっきからあの女が目障りだ」
「あの女?」
「何だ、一緒じゃなかったのか。あの木の所に隠れているつもりでいる女はお前の知り合いだろう」
「知り合い!?」
俺はベイリーズが指差した方を見つめた。木に隠れているつもりでいる女と目が合うと、女は驚いた表情を浮かべて、再び木に身を隠した。
「じゃあな、ベイリーズ」
「吉報を待っているぞ。おい、必ず連れて帰れよ」
俺はイライラした。
何故ここにリオナがいるんだ。
俺はリオナが身を隠している木に近づいてリオナと言った。
「ラーセン?」
リオナはひょっこりと顔を出した。
「インヴィターレに戻るぞ」
「う、うん」
話は歩きながら聞くしかないと思った。
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